第42話 お兄さまは王たる資質をまったく備えていません

 コンコン……っ


 早朝――


 俺の部屋のドアを叩く音がする。


「いったい誰だろう……?」


 俺がドアを開けると、


「おはよう……こんな早朝にすまない」


 訪ねてきたのは、ガイウスさんだった。


「おはようございます。どうしましたか?」

「アルフォンスくんに、話がある」


 ガイウスさんとは昨日、酒を一緒に飲んだ。

 そこで、お互いを名前で呼び合うことになった。

 ヴァリエ様じゃあ、堅苦しすぎる。

 俺はギルマスの部屋へ通された。


「おはようございます。アルフォンス」

「アルフォンス様、おはようございます」


 ギルマスの部屋にいたのは、オリヴィアとクレハだ。


 (オリヴィア√のイベントか……)


 3人(ガイウス、オリヴィア、クレハ)は、俺を真剣な眼差しで見つめている。

 原作のシナリオのオリヴィア√では、ギルマスの部屋で「計画」の話をされる。

 シナリオ上、かなり重要なイベントだ。

 これは、オリヴィア√でしかないイベント。

 まあそれは別に問題ないが……


 (ジークがいないのはシナリオ通りじゃないけど……)


 ただ……いろいろなヒロインの√が混ざっているのが気になる。

 リーセリア√専用のイベントもあったけど、今回はオリヴィア√専用のイベントだ。

 シナリオの√が壊れているのか……

 この世界の命運にどうかかわってくるのか、読めないところだ。


「アルフォンス、これから大事な話をします。ここでの会話は、絶対に秘密です」


 オリヴィアが話し始めた。


「わかった」

「ありがとう。話というのは……王位争いのことです」


 実は今回のダンジョン攻略は、王位争いと大きく関わっている。


「ふふふ。アルフォンス。そんなに怖い顔しないでください。ここにいる者たちは、みんなあたしたちの味方です」

「ごめん。ついつい……」


 オリヴィア√では、主人公のジークは王位争いに関わることになる。

 もちろん、ジークはオリヴィアの派閥に入るわけだが……


「勘のいいアルフォンスなら、もう気づいているかもしれませんが……実は今回のダンジョン攻略は、王位争いと大きく関わっているのです」


 (すまん……俺はすでに知っている)


 だが、知らないフリをして、俺はオリヴィアの話を聞く。


「今日、攻略するダンジョンに眠る【神剣デュランダル】 は、魔王ゾロアークを倒すために絶対必要な武器です。神剣デュランダルを手に入れないとアルトリア王国は破滅します」

「そうなのか……」


 オリヴィアには悪いけど、知らないフリをしながら話を聞く。


「そして、あたしのお父様、つまりアルトリア国王は、魔王ゾロアークを倒した者に王位を継がせることに決めました。だからあたしが王位を継いで、貴族も平民も、人間も亜人も平等に暮らせる国を創るために、あたしはなんとしても魔王ゾロアークを倒す必要があります」

「なるほど……」


 オリヴィアは部屋を歩きながら、窓の外を見た。


 (誰かに聞かれてないか気にしているのか?)


 そして再び、俺を見て、


「実は……この神剣デュランダルをお姉さまが狙っているみたいなのです」


 オリヴィアの姉――シャルロッテ第一王女だ。

 今まで王位争いに興味がなかったはずなのに、このタイミングで急に王位争いに名乗りを上げる。それは宰相のバッキンガム公爵が黒幕だからだ。


「で、シャルロッテ王女殿下も、ダンジョンにやってくると?」

「ええ。そうなのです。なんとしてもお姉さまより先に神剣デュランダルを手に入れないといけないのです」

「それなら、早くダンジョンに潜って――」


 俺がそう言いかけると、


「大きな問題が、ひとつある」


 今度はガイウスさんが話す。


 (そうだ……問題はヤツだ……)


「シャルロッテ王女殿下は……ファウスト将軍を連れてくるとの情報が入った」


 オリヴィア√の難関イベントのひとつ――ファウスト将軍との戦闘。

 ダスト・フォン・ファウスト子爵。アルトリア王国軍の将軍。

 ファウスト将軍は、アルトリア王国の「英雄」と言われている。

 若い頃、隣国のエステア公国との戦闘に勝利したらしい。

 一流の冒険者でもあって、王国に4人しかいないSSランク。


「俺は昔……ファウスト将軍とパーティーを組んでいた」


 原作の設定では、ガイウスは昔、【太陽の矢】というパーティーを組んでいた。

 冒険者ランクSSの4人とは、太陽の矢のパーティーメンバーのことだ。

 ファウストは魔術師で、炎属性魔法の使い手。


 (こいつと戦うのが大変なんだよな……)


 原作のシナリオでは、ジークたちがダンジョンの最深部に到達し、神剣デュランダルを手に入れる直前、ファウスト将軍が登場する。

 それで戦闘になるのだが……実はこの戦闘では勝てない。

 いわゆる「負けイベント」だ。

 ファウスト将軍のステータスは異常に高く、最初の戦闘では勝てない。

 それで一旦、神剣デュランダルはシャルロッテのところへ行く。

 だが、その後に、ジークたちが黒幕のバッキンガム公爵が実は隣国のエステア公国と通じていたことを突き止めて、シャルロッテを味方にする。

 そこでファウスト将軍と再び戦闘になって、ジークたちが勝つ――そういうシナリオだ。 

 俺がオリヴィア√は一度しかクリアしていない。

 理由は、ファウスト将軍と戦うのが面倒くさいからだ……


「ファウスト将軍はたしかに強い。この王国の英雄だからな。だが――」


 ガイウスさんは、俺の肩に手を置く。


「アルフォンスくんがいれば……あるいは勝てるかもしれない」

「ガイウスさんっ! いくらアルフォンスでもファウスト将軍相手では……」

「いや、アルフォンスくんならやれる。なんたってアルフォンス水の――」


 と、ガイウスが言いかけた時、


「むぐぐぐぐ……っ!」


 クレハがガイウスの口を塞ぐ。


「……! クレハさん、いったいどうして?」

「あははは……オリヴィア殿下、何でもないのです。なんとなく、ガイウスさんの口を触りたくて……ははは……」

「……? そ、そうですか……」


 (おいおい。不自然すぎるだろ……)


 だが、ここで水の魔術師だとオリヴィアにバレたらヤバかった。

 オリヴィアは王族だ。王族は貴族や平民を自由に要職につけることができる。

 もしも俺が水の魔術師だとオリヴィアが知れば、俺を騎士団とか魔術師団とかに放り込むに違いない……

 俺はモブ貴族として、平和に(ダラダラと)領地で生きていきたい。

 自分の実力は、ヴァリエ侯爵領を良くするために使いたい。

 たとえば領民が災害に遭った時とか。マジでヤバい時のために。


「……とにかく、わたしたちはお姉さまより先に、神剣デュランダルを手に入れなければいけません」

 

 ★


「ここがバルト神殿か……」

「大きいですね……アルフォンス」


 難易度A級ダンジョン――古代バルト神殿跡。

 俺たち6人(アルフォンス、オリヴィア、ユリウス、ジーク、ガイウス、クレハ)は、ロンダルディアの郊外にある、古代バルト神殿跡に行った。

 古代に栄えた宗教と言われる「バルト教」の神殿だ。

 今のこの世界では、邪教の扱いを受けているが、


「今までモンスターなんて出なかったと聞きますが……」


 オリヴィアは、古い石柱に手を触れる。


「迷宮化現象だ」


 俺はオリヴィアの隣で答える。


「迷宮化現象……?」


 迷宮化現象は、今まで迷宮でなかった場所が、迷宮になってしまうことだ。

 最近、世界中で起きている一種の災害だ。

 人々はその原因を知らない。

 実は……魔王ゾロアークと魔王ゾロアークと組んだ隣国のエステア公国が仕組んでいたわけで。

 たしか……そういう設定だったはず。

 俺はとっさに、ジークを見る。


「…………」


 (やけに大人しいな……)


 ジークは黙り込んでいる。

 もしジークが転生者なら、あいつも迷宮化現象の真相を知っているはずだ。

 そして、このダンジョンであるイベントも知っている。

 俺がこのダンジョンに来ている時点で、原作のシナリオは完全に壊れている。


 (ジークの動きは見ておかないと……)


 ★


【ジーク視点】


「ここでアルフォンスを殺さないといけない……」


 最大の難関は、ファウスト将軍との戦闘。

 「負けイベント」だから最初は撤退することになるだろう。

 原作のシナリオだとそうだ。

 シナリオ上、負けは確定している。 

 そこでファウスト将軍との戦闘のどさくさに紛れて、アルフォンスを殺す。

 魔封じの石。

 こいつが俺の切り札だ。

 実はセプテリオン学園の中にダンジョンがある。

 クリア後にしか行けない、いわゆる「隠しダンジョン」だ。

 俺はこっそり、隠しダンジョンに入った。

 そこでしか手には入らない隠しアイテム――それは魔封じの石だ。

 こいつを使えば、魔法を封じることができる。

 これでアルフォンスの魔法を封じて、ファウスト将軍に殺させる。

 あいつは、ここで死ぬんだ。

 アルフォンスは長く生きすぎた。


「もうとっくの昔に退場しているはずなのに……」


 そして、今朝、アルフォンスはガイウスたちから「計画」のことを聞かされていた。


「ふざけるな……。あれはジークのイベントのはずなのに……っ!」


 ジークがオリヴィアから「計画」の話を聞かされるはずなのに。

 また俺のイベントを奪いやがった。

 許せない。

 許せない。

 許せない。


「マジでムカつく……」


 アルフォンスが憎い……っ!

 こんなにひとりの人間を憎んだことはない。

 抑えられない怒りが、俺の全身を駆け巡る。

「俺が上手くいかないのは……全部、全部、全部、アルフォンスのせいだ」

 間違いない真実。

 俺は迷わない。

 アイツを殺すこと――それは正義。

 奪われたものを、取り戻す。


「地獄に堕ちろ……アルフォンス」


 絶対に殺してやる……っ!


 ★


【アルフォンス視点】


「ヴァリエ侯爵……貴殿には後衛を頼みたい」


 ダンジョンの入口で、俺たち6人(アルフォンス、オリヴィア、ユリウス、ジーク、ガイウス、クレハ)は、パーティー編成について話し合っていた。

 ユリウスは、俺に後衛を勧める。


「俺が後衛か……いいですよ」

「そうだ。そうだ。ヴァリエ侯爵は後衛。次期、国王たる俺は前衛だ。皆の先頭に立って指揮するのだからな。ははは……っ!」


 相変わらずの自信過剰……まあ、そういうキャラ設定だからなあ。

 とはいえ、ユリウスも魔力量は多い。

 まったく根拠なき自信、というわけじゃない。

 このダンジョンは罠も少ないから大丈夫か。

 しかし――


「ユリウス兄さま、お言葉ですが、アルフォンスに前衛を任せるほうが最適かと思われます」


 オリヴィアが口を挟む。


「な、何……っ! 俺の決定に逆らうつもりか?!」


 ユリウスの顔がピクつく。


「わたしたち学園生の中で、ダンジョン攻略の経験があるのはアルフォンスだけです。だからアルフォンスを前衛にしたほうがいいかと」

「そ、それは……」


 俺は学園入学前に、ヴァリエ侯爵領のダンジョンに潜っていた。

 万が一、原作のシナリオ通りに「追放」することになった時にために、冒険者として生きて準備をしていた。

 この世界の貴族は、冒険者にはならない。才能のある貴族は王宮に仕えるし、才能のない貴族は領地経営をする……だいたいそんな設定だったような。

 普通、冒険者は平民が成り上がるためになる職業だ。

 だから冒険者になる貴族は、貴族社会では「落ちこぼれ」扱いされる。


「ヴァリエ侯爵……貴様、侯爵令息のくせに冒険者の真似事をしていたのか?」

「ええ。まあ……」


 (本当の理由は、ユリウスには言えないが……)


 ユリウスは軽蔑した口調で俺に言う。

 しかし、その時――


 ゴゴゴゴゴゴ「…………!」


 オリヴィアから禍々しい黒いオーラが……


「ユリウスお兄さま……今、アルフォンスをバカにしましたね?」

「……いや、バカにしたわけでは……。王族として、ヴァリエ侯爵の貴族らしからぬ振る舞いをたしなめただけで」


 さすがのユリウスも、オリヴィアの怒りにビビっているようだ。


「貴族らしからぬ振る舞い……そう言うなら、お兄さまのほうが貴族らしく、いえ、王族らしくありません。己の感情を抑え、状況を的確に判断し、戦いに勝利する――お兄さまは王たる資質を、まったく備えておりません」

「な、なんだと……っ! いくら妹でも言いすぎ――」


 オリヴィアはユリウスの反論を遮って、


「いいえ。この際、はっきり言わせていただきます。このダンジョン攻略は、絶対に成功させないといけませんから。皆にとって最善の選択をする必要があります。」

「最善の選択……?」

「はい。わたしたち学園生の中で、ダンジョン攻略の経験があるのは、アルフォンスだけです。ダンジョンでは実力がすべてです。お兄さま、ここまで言えば、さすがにわかりますね?」 

「ぐぬぬぬ……っ!」


 ユリウスは怒りで身体を震わせる。


「俺もアルフォンスくんを前衛するのが最善だと思うぞ。長年、冒険者をやってきた経験から言ってな」


 ガイウスさんも、オリヴィアの意見に賛成する。


「ぐ……っ! わかったっ! もうそなたたちの好きにしろ! どうなっても知らんからな……っ!」


 投げやりな態度になるユリウス。

 なんでも思い通りになってきた王子だから、自分を否定されることに慣れていない。


 (こんな調子で大丈夫か……?)


「ふう……。お兄さまは幼稚です。まったく王族として無能――」


 ふてくされるユリウスに、オリヴィアは追い打ちをかけようとするが、


「ありがとうございます。ユリウス殿下。わたしは前衛を務めますから、ユリウス殿下はパーティーの殿(しんがり)をお守りください」


 俺はオリヴィアの発言を遮る。

 殿は、パーティーの一番後ろのポジションだ。


 (ここは、ユリウスの機嫌を取っておこう)


 なんだかんだで、ユリウスはこの国の王子。

 プライドを傷つけて、恨みを買うのはマズイ……


「俺が……殿?」

「そうです。パーティーの守りの要となる役割です。ユリウス殿下にぴったりかと」

「そうか……ヴァリエ侯爵、ありがとう。思ったより、そなたは良い臣下だ。ははは」


 ユリウスは笑顔になる。


 (ふう……なんとか収まった)


「アルフォンス……優しいのはわかりますが、お兄さまを甘やかさないでください。つけあがるだけですよ」


 オリヴィアが呆れた調子で言った。


「なんだと……っ!!」


 (おいおい。せっかく俺がなだめたのに……)

 

 

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