第10話 婚約者が挙動不審になっている

「アルフォンス様、おはようございます……」


 リコが俺を起こしに来てくれる。

 

 妙にテンションが低い、なんてもんじゃない。


 初めて出会った時よりも、何倍も元気がなかった。


「どうした……? 体調悪いのか?」

「す、すみません……。今日は……アルフォンス様が魔法学園に行く日。アルフォンス様と離れるかと思うとあたし……う、う、うわああああああああんっ!!」


 リコが泣き出してしまう。


 想定外の反応に、俺は戸惑ってしまう。


 原作では、リコはアルフォンスをゴキブリのごとく嫌っている。


 アルフォンスのイジメに耐えられなくなって、首を吊るわけだが……


 リコは主人公の【攻略対象】ではなく、アルフォンスの犠牲になった哀れなメイドとして、テキストで出てくるだけ。つまり、本当にただのモブだ。


 しかしシナリオ上では、特にアルフォンスの運命を左右する重要な役割もある。


 主人公がアルフォンスの悪事を王女殿下の前で暴露する時に、証拠としてリコの遺書を出してくる。


 リコの遺書には、アルフォンスの悪行がたくさん書かれていて――


 要するに、リコはアルフォンスの破滅のきっかけを作るキャラなのだ。


 リコのマイナスの好感度が、せめて「ゼロ」になるように接触を避けてきたのだが……


「もうアルフォンス様を起こしたり、あーんしたり、首を絞めていただいたりできないと思うと……胸が、張り裂けそうで……死んでしまいたいです」

「え……えーと、リコは嫌じゃなかったの? あーんしたり首を絞められたりとか」

「最初は……ほんの少し嫌だったんですけど、今は……アルフォンス様の愛情表現だとわかりましたので、その、また、してほしいです……」

「そ、そっか……」


 これは、リコの好感度が思ったより上がってしまったということか?


 それとも、メイドが主人に気を使って「演技」しているとか?


 いや、リコの目を見ると、どう考えても「ウソ」には見えないが……


「アルフォンス様にお仕えできないのでしたら、あたしの人生には悔いはありません……。いっそのこと――」


 リコは、テーブルに置いてあったレターナイフを手にとって、


 自分の喉元に突きつけて、


「死んでしまいます……っ!」


 ヤバい。このままじゃ、シナリオと同じようにリコが自殺してしまう!


「待ってくれ……っ!」


 俺はリコの腕を掴む。


「では……アルフォンス様のお側に、一生、置いてくださいますか?」

「置く、置くよ! 置くから死ぬはやめてくれっ!」

「……でしたら、魔法学園で、アルフォンス様の使用人にしていただけますね?」

「うん。リコが俺の使用人だ」

「あたしを、使用人にしていただけますね?」


 ぐいっと、リコが顔を近づけてくる。

 

 (もしかして、脅されてる?)


「……わかりました。あたしの他にも「女」をお側に置くのですね。では、この首をぶった切って――」

「わかったっ! リコだけを使用人にするから!」

「……ありがとうございます♡ リコはとっても嬉しゅうございます。誠心誠意、身も心も、昼も、アルフォンス様にお仕えいたしますっ!」


 「夜も」が、妙に強調されたような気がするが、リコが死ぬのをやめてくれたのならよかった。


「では、学園へ行く支度をしましょう♡」


 ★


 魔法学園に行く準備を終えた俺は、


 屋敷の門の前で、馬車に乗ろうとしていた。


 さすがは王国一の金持ち貴族、ヴァリエ侯爵家。


 馬車は金ピカだ。


 馬の蹄まで金にしていて……


 (完全に金の無駄遣いだろ……父上は何を考えているんだ?)


 こんな馬車で街を通れば、民衆のヘイトを買ってしまうし、


 森では盗賊に襲われる危険だってあるだろう。


「アルフォンス様。ヴァリエ侯爵様からご伝言です。【息子よ。貴族たる者、民衆から憎まれても贅沢をせよ】とのことです」

「マジかよ……」


 そんなこと言ってるから、ヴァリエ侯爵家は滅亡するわけで……


 ある意味、貴族らしいとも言えるけど。


 しかし、今から新しい馬車を探していては、入学式に間に合わない。


 と、俺がいろいろ悩んでいると、


「……アルフォンス様、おはようございます」


 レギーネが、門から入ってきた。


「おはよう。レギーネ」

「……これからご出発ですか?」

「うん。レギーネも?」

「はい……」


 相変わらず、俺に対しては「塩対応」のレギーネだ。


 シナリオでは、レギーネは学園編で、アルフォンスと婚約破棄して主人公を好きになる。


 主人公の【ハーレム要員】となるキャラだ。


 アルフォンスのことは、子どもの頃から「大嫌い」という設定。


 最近、なぜかちょくちょくヴァリエ侯爵家を訪ねてきたが、


 結局、レギーネの好感度を上げることはできなかった。


「で、何か用かレギーネ?」

「……っ! アルフォンス様とわたくしは、許嫁なのですよ。一緒に学園へ行くのは当たり前ではありませんか?」

「えっ? そうなの?」

「……ひどいです。アルフォンス様はわたくしと、一緒に行きたくないのですね……」

「そんなことないけど」

 

 嫌われていたはずのレギーネに「一緒に行こう」と言われるとは。

 

 想定外すぎる展開に、目を丸くしてしまう俺。


 そんな俺の態度にレギーネは。


「ふんっ! もういいですわっ! その悪趣味極まりない馬車で、せいぜい民衆の憎しみをガンガン積み上げるがいいのです……っ!」


 プイっと頬を膨らませながら、レギーネは出て行ってしまった。


 やっぱりアルフォンスは、レギーネに嫌われている。


 レギーネのアルフォンス嫌いは、「ドミナント・タクティクス」の設定だから、運命として受け入れるしかないか……


「ふふ。レギーネ様は、アルフォンス様のことがお好きなようですね」


 リコがにっこり笑って、俺に言う。


「そうか? どう見ても俺を嫌っているようにしか思えないけど……」

「もう……アルフォンス様は鈍感すぎです。レギーネ様は、素直に自分の気持ちを言えないタイプなのですよ」

「それってつまり、ツンデレってこと?」

「あの、つんでれ……とは?」

「いや、なんでもない。忘れてくれ」


 一応、剣と魔法のファンタジー世界の設定だ。


 ツンデレ、という言葉はNGらしい。


 もしレギーネがツンデレな女の子だったとしても、アルフォンスにデレる未来がまったく見えないのだが。


「しかし……強力なライバルが出現しました。許嫁ポジションは最強ですから……」

「……? どうした? リコ?」

「な、何でもありません……っ! さ、急がないと遅れてしまいますっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る