第3話 トロッコ問題と人工中絶
トロッコ問題を知ったのは私は一般大衆なので、もちろんマイケルサンデル氏の「これから正義の話をしよう」です。
線路の分岐路の人がいる。そして線路の切り替えができる。トロッコが走ってきた。トロッコの進行方向に5人の人間がいる。知らせる時間もないし声も届きそうにない。線路を切り替えると5人は助かるがその分岐の先に1人いる。さて、線路の切り替えのところにいる人は切り替えるべきかどうか、という問題です。
私が一番初めにこの話を聞いたときに第1感では「切り替えるべきではない」でした。それはもしそこに人がいなければもともと死ぬ運命だったのは5人の方です。作為によって死ぬ人間を選択するのは選択した人が「罪」を負うことになります。つまりそのまま事態を見守るべきだ、と。
これは刑法の考えにも合致します。踏切を切り替える作為によって人を殺した以上、当然切り替えた人は殺人罪が適用されるでしょう。結果として緊急避難などの違法性阻却事由で無罪になるのはわかりますが、それでも作為により人の命を奪った「罪」をその人は背負うわけです。
そして1人の死んだ人にとっては理不尽な犠牲です。外から見たら1と5で数の論理ですが、1の側からしたら何にも変えられない命を他人の為に、しかも自分の意志ではなく奪われることになります。自分が1人の側で死ぬ側になることが私は納得ができませんでした。
ただ、多数派は5人を救うべきだ、だそうです。これは功利主義的な考え方と言う事になります。最大多数の最大幸福ですね。
で、何が言いたいかというとトロッコ問題ってどういう問題か、ですね。命の比較問題で、人工中絶で母子のどちらを救う?という思考実験だったそうです。(哲学者フィリッパ・フット)この段階ではもちろん女性の権利の為云々という理由ではなく、母子の生命の問題を比較考慮する話でした。
この場合も主体的な行為が問題になるようです。出産の負担が大きく子供を産むと母が死に、母を助けるためには子供殺すケースの場合は、自然の摂理では子供は生まれるべきでしょう。ただ、父親からすればまだ見ぬ子より妻である母を救うという選択もあるかもしれません。
といっても、この思考実験はカトリック的な考えで、母体が危険な状態のときでも中絶を許さないケースの思考実験の話です。
もう1つ。トロッコ問題と並んでヴァイオリニストの問題(哲学者ジューディス・ジャーヴィス・トムソン)というのがあって、世界的な有名なヴァイオリニストが特殊な血液で、血液を輸血しつづけなければ死んでしまう。その特殊な血液を持つ人間が1人だけ見つかった。その人間を強制的に拘束するのは許されるのか?という問題で、時間が9カ月。つまり妊娠期間になっています。
これは、つなげられた側つまりヴァイオリニストではない人間の義務=母親の義務にしてしまっている点で完全な詭弁です。よくまあこんな考えで哲学者を名乗れるな、と思います。とはいっても著作をちゃんと読んだわけではないので誤解はあるかもしれませんが、しかし、現代の欧米の哲学は思想的ゴールから逆算するような哲学が多いので気を付けたほうがいいです。
で、ヴァイオリニストに戻ると、そもそも強制的に繋がれたのではなく、愛情なのか快楽なのか知りませんが、性行為をした母親の思惑で妊娠したのです。強制ならレイプという但し書きをつけるべきです。その場合がバイオリニストの例に該当するでしょう。
性行為時に妊娠は意図していないにしても性行為をすれば妊娠する可能性があります。その責任を受け入れないで、人間の命を消してしまうことを正当化できるでしょうか。
これはそれこそ思想教育で人工中絶=女性の権利の刷り込みをされている人に問いたいです。なぜ母親の権利は胎児に優先するのか?胎児は人間でもないし、尊厳もないのか。生まれた直後の赤ん坊と何が違うのか。そもそも、普通の生活をするなら育児はできるはずです。生存を脅かすならいざ知らず、母親の権利とは何の権利をさしているのか。母親が自由に生きる権利をさすなら、例えば10歳の子供だとしても育児放棄をしてもいいのか、虐待をしてもいいのか、殺してもいいのか。それと何が違うのか。
まあ、実存主義的なフェミニズムが華やかな時代ですから、そういう思想が当然と思われていた節はありますけどね。
そして、さらに言えば殺人を正当化する理由はどこまで許されるのかという問題にもつながります。その点でトロッコ問題にも戻ってゆきます。
言いたいのな人工中絶というのは、命というものをどうやって考えるかという非常に重い問題です。女性の権利などという身勝手な理屈だけでなく、命の重さを哲学や思考実験を通じて、しっかりと考えた上で判断してほしいものです。そのためのトロッコ問題ですので、詭弁でドリフトすればいいとか、全員助ける方法が見つかったと遊ぶのはいいですけど、真剣に取り組むべきでしょう。
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