第26話 チョロいのはどっち?

 自身の活動や夢の他に、さらに〈ミスプロ〉で成し遂げたいことがある。

〈魔宮アビス〉は、ある意味で野心家だった。


 しかし、それは配信者にとって、必要なことだと思う。

 ファンは推しの夢を叶える瞬間を、一緒に見たい。

 だから、どこまでもついて行く!


 アビス先輩の、一つ一つの行動の理由。

 なんとなく、分かった気がする。

 そこにブレは一切ない。

 全ては魔族という種族のために活動をしていた。


 そして、アビス先輩が人気の理由も……。


「やっぱり魔女は魔族が嫌いっていうじゃない……」

「人によると思いますけどね」


 さらに、


「私は大嫌いですけど」


 と、余計な一言も付け加える。

 性格が悪いね、私は……。


 そんなアビス先輩の夢を知ってしまった、今の私――。

 何となく、その先輩の家でくつろいでしまっていた。


 出されたお菓子は美味しいし、お茶も味と香りが濃くて悪くないかな。

 どっちも〈魔法世界〉の魔族のものらしい。


 あんまり夜にお菓子は良くないんだけど……。

 リリベル先輩にもっと太りなさいと注意されていたので、いいよね……。


 ちなみに、即席で用意された折りたたみのテーブルの上には、お酒のビンも乗っていて(〈魔法世界〉産)、しかも口が開いている。

 つまり、アビス先輩は少し酔っていた。

 それだからか、私の意地悪な受け答えに対してアビス先輩は気にもせず、少し横を見ながら言葉を続ける。


「どう接していいのか分からないのよ、リリベルとも……」

「あ……」

「何か悪いことを言ってしまわないか、怖くて……」


 なんだ、いい人じゃん。

 本当にツンデレじゃん。

 リリベル先輩とすれ違っているだけで、多分、仲良くできるじゃん。

 同期として、親密になれるじゃん。


 いや、そういう魔女と仲良くしているところを、表では見せたくないのかもしれないけど、少なくとも水と油ではなかった。


 私がリリベル先輩に、あとアビス先輩に何かする必要はなさそう。

 これは時間が解決すると思う。


 色々と考えを巡らせている私。

 しかし突然、アビス先輩はその私のことを刺してくるのだった。


「だから、始めから魔族に敵対心むき出しのあなたは助かるわ!」


 正面には意地悪な笑顔。

 第三者目線では可愛い。

 私目線ではむかつく。


「褒めるつもりないですよね?」

「なんでアタシが、魔女を褒めないといけないのよ!」

「それもそうですね」


 まあ、私も同じか。

 魔女が大好きな魔族が入ってきたら、それはそれで困りそう。


「リリベル、そしてアリス……、二人の対応には困るわ。アタシの良心を抉ってくるのよ! 始めは精神攻撃の一種かと思ったわ!」

「なるほど……、そういう攻め口もあるんだ……」

「もう、あなたの言葉は一切信用しないわ!」

「アビス先輩、マジで素敵っす!」

「くたばりなさい、この暴言魔女が!」


 ダメかも……。

 私もこの先輩の方がやりやすい。

 魔女が嫌いなのも分かっているし、〈ウィッチライブ〉に敵対している本当の理由が分かったのも大きい。

 私も、アビス先輩に何か手を出すつもりはないし。


 やっぱり、昔より丸くなっているのかな……、私。

 あるいは、同じ事務所の先輩だから……、なのかな。


「リリベルやアリスよりも、ステラの方が話していて楽しいわ!」

「いえ……」


 あと、会話で忘れているけど、この空間、私はちょっとしんどいんだけどね。

 魔族の匂いは、慣れないというか、拒絶感が強いというか。

 アビス先輩じゃなかったら、空気ごと、部屋を吹き飛ばしている。


 そんな私の嫌悪感など知らずに、アビス先輩は今まで以上に慣れ慣れしく、あるいは同志を見つけたからか、さらに嬉しそうに話しを続けてくる。


「ここで言ったことは他の魔女には内緒よ! 絶対よっ!! まあ、どうせあなたはすぐに上にチクるホムラの犬だし、半ば諦めてはいるけど……」

「別に話しませんよ」

「ほ、本当にっ!?」

「それに、私はホムラ先輩の犬でもないですよ」

「た、助かるわっ!」


 チョロいね、アビス先輩。

 私は普通に嘘をつく、悪い魔女ですよ!

 人狼ゲームだとインポスターですよ。

 何食わぬ顔で後ろからグサリと刺す、女ですよ!


 まあ一応、リリベル先輩とアリス先輩には伝えてもいいかもしれない。

 やっぱり誤解されたままは、良くないと思うし。

 機会があったら……、いつかね。


「アビス先輩の夢、いつか魔族の後輩が入ってきたらいいですね!」

「それ、適当に言っているでしょ?」


 アビス先輩は疑いのまなざしを向けてくる。


「ほ、本気で言っているに決まっているじゃないですか~」

「絶対、嘘に決まっているわ!」

「ちっ……」


 まあ、バレていますよね……。

 リリベル先輩に嘘を付くことはできないけど、アビス先輩には付ける私。

 魔族の後輩……。

 アビス先輩には悪いけど、やっぱり来ないでほしいかな……。


「魔族嫌いの後輩が入ってきて悪かったですね!」


 よくよく考えれば、私はアビス先輩が望む後輩とは真逆だった。

 申し訳なさは全く感じないけど、強いて言えば、ご愁傷様としか言いようがない。


 それに――。


「どうせ、アビス先輩にとって、私はいけ好かない存在ですよ! はぁ……、面白くもあんまりないし……」


 正直に言うと、なんとなく〈黒星ステラ〉の配信の方向性は定まったものの、やはり苦戦はしていた。

 やっぱり、はくあちゃんや、目の前に魔女がいるのに暢気に飲んでいるアビス先輩みたいに、歌が上手いとかの特徴はほしい。


 それに部屋からして、楽曲に対する意識の違いが表れている気がする。

 アビス先輩の部屋には、マイクは当然のこと、電子キーボードやギターまでも置いてある。

 マイク、ヘッドホンも数種類。


 一方で私はマイク一つだけ。

 しかも、ネットで一番、評判の良いやつ。

 つまり、口コミ便り。

 魔法道具にはこだわるのに、配信道具にはずぼらだった。


 ボイトレには欠かさず行っているし、歌枠も最近、久しぶりにやった。

 歌ってみた動画も、クリエイターに依頼して、準備もしている。

 だけど、世間で流行っている曲を何も考えずに歌っているだけ。

 と指摘されれば、完全には否定できない。


 色々と考えて楽曲は選んでいるけど、世間からそう見られても仕方ない。

 それが悪いとは言わないけど、限界も感じていた。

 自分の声質にあった楽曲選びや歌い方、あともう一歩、いやもう何十歩も踏み込まないと、数多のVTuberがいる今の時代、歌では生き残れない気がする。


 きっと、アビス先輩は私が入ってきた時に、幻滅したに違いない。

 正確にはデビューしてから、しばらく経ったあとかな。

 配信は面白くないし、かつ魔族の大アンチ。

 今になって、少しだけ申し訳なさを感じてきた。


 しかし、私の予想とは裏腹に、アビス先輩の評価は違っていた。

 それに私は……、少しだけ救われることになる。


「でも、じゃない!」

「えっ……?」

「この前のリリベルやかなでとのコラボ、わよっ!」

「あ……」


 私もチョロい……。

 日頃の頑張りを褒められるだけで、こんなにも嬉しくなるなんて。

 しかも、魔族なんかに……。


 同じ配信者だから、私より経験が長いから、日頃の努力が実らないことも、アビス先輩はよく知っていた。

 配信者は華やかな、表の部分が全て。

 地味な裏の部分を、評価されることは少ない。

 この人も……、リリベル先輩やかなでちゃんと同じで、紛れもなく私のだった。


「それに、もう『』の計画も進んでいるんでしょ? 夢が叶って良かったじゃないっ!!!」

「あ、ありがとう、ございます……。って、盗聴は良くないですよ! 普通にホムラ先輩にもバレていますからね!」

「え、うそっ!?」

「魔女をなめすぎです」


 この前の時も含めて、魔法結晶による通信は、アビス先輩に傍受されている。

 しかし、それは何人かの魔女に逆にバレていた。

 驚異じゃないから放置されている。

 なめられているからね。


「今度、もっといい、の方法を教えますよ……」

「ほんとに!?」


 の、っていうのがポイント!


「それでも、ホムラ先輩にはバレる可能性が高いですけど」

「それじゃ、意味ないじゃないっ!!!」


 ホムラ先輩に渡された通信結晶。

 今の〈魔法世界〉の最新技術っぽいからね。

 私の知っている魔族の技術だと、もうダメだと思う。


 そして、ここで大事な情報が一つだけある。

 円樹リリベル、蛇ヶ崎かなでは3Dを持っているけど、魔宮アビスは


「その……、知っての通り、先に3Dの計画が進んでいてごめんなさい……」


(正確には、もう完成しているわけだけど……)


 もしかしたら、魔族に対する冷遇処置かもしれない。

 アビス先輩の日頃の行いを考えれば、魔女が社長の事務所ではあり得ない話ではなかった。


 だけど、疑問が残るところもあった。

 天上ホムラが、そんな小さな嫌がらせをする人物だろうか?

 と――。


「運営が決めたことなので、私が謝ることではないかもしれないですけど……」


 引け目を感じている私をよそに、アビス先輩はさらっと答えた。


「アタシは、あまり気にしていないわよ!」

「そうなんですか?」


 あれ、意外……。


「むしろ、可能性があるアタシに、3Dをポンと与えることなんてできないでしょ!」

「え……? 今なんて……」

「あっ、今言ったことも忘れてっ! 実家の事情かな、あはは……」


 って言われても……。

 今の台詞、私は忘れられないやつですよ……。


「それにアタシ、天上ホムラには感謝しているんだよね……」

「それ、本気で言っています?」


 にわかに信じられない。

 あの先輩、程度は違うけど、私と同じ魔族嫌いだと思うんだけど……。


「天上ホムラがアタシの採用面接に来たとき、なんて言ったと思う?」

「な、なんて言ったんですか?」


 ゴクリ……。

 争いの予感しかしない……。


「魔族のことは大嫌いだが、実力があるから採用する。だってさ! その次の日に、事務所から採用の連絡があったわ!」

「へー……」


 私の中のホムラ先輩とほぼ一致した。

 あの人は種族に関係なく、実力で採用する。


「アタシ、嬉しかったなー。魔族嫌いな人なのは分かっていたけど、その上で実力を見込んで〈ミスプロ〉に入れてくれたわけじゃない! 門前払いより、普通の採用より、すっごく嬉しいと思わない?」

「確かにそうですけど……。先輩、ポジティブですね……」

「魔女でも褒められると嬉しいわね!」

「…………、それ褒めてないですよ」


 ホムラ先輩強い。

 普通にアビス先輩を手懐けていた。


 となると、まだアビス先輩に3Dが与えられていない理由は、魔族に対する冷遇処置ではなく、別のところにある……。

 二つの意味で――、

 私が気にすることではない……。


「もう、悲しい顔はしないで! ほら、ステラも飲みなさいよっ!」

「あ、はい……」


 ビンの形がオシャレなお酒を勧められる。

 さらに、冷蔵庫へと向かうと、冷えた缶のチューハイも持ってきてくれる。


「チーズもあるわよっ! それともあれ、〈魔法世界〉のお酒しか飲めないタイプ? 用意しよっか?」

「あ、あるんですか!? ……いや、こっちの世界のお酒で大丈夫です……」


 いや、私、二十歳はたちなんで、三年前は普通に未成年ですし……。

 まあ、元の世界に禁酒の法律はなかったんで、飲んだことはありますけど。


「ほらほら、飲んで飲んで!」

「はいはい……」


 グラスに注がれるお酒。

 この世界の上司のパワハラを、経験したくもないのにしていた。


「先輩、楽しそうですね……」

「それはそうよ! アタシ……、〈魔法世界〉の友達、少ないの……」


 ずっと飲み続けているからか、何でも答えてくれる、この魔族の先輩……。

 まあ、実際の所は、魔族は〈人間世界〉ではあまり見かけないからね……。

 アビス先輩は、対人コミュニケーションが苦手な性格ではないだろうし。


「私も少ないですよ」


 だから騙されてはいけない。

 決して、私の仲間ではない。


「本当に!? 今度、行きたいお店があるのっ! 店主が魔法使いっぽいから、お願い、怖いから付いてきてっ!!!」


 これが陽キャ……。

 根暗で陰湿な魔族なのに、眩しいっ!


「いいですけど……。なんかおごってくださいね」

「もちろんよ! やった、やった……」


 はぁ、めんどくさいことになったかも……。


 酔った魔族の先輩にベタベタされつつ、私はちびちびとお酒を飲み進めるのだった。

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