第25話 魔族少女の野望
魔族の家、入ったことはなくはない。
ただし、目的は襲うため。
もちろん、センシティブな意味ではなく暗殺目的で。
だから、直接招かれて入るのは、もしかしたら人生で初めてかもしれなかった。
「〈魔法世界〉の物が多いんですね……」
私の部屋とは逆。
〈魔法世界〉関連の物が多い。
とてもじゃないけど、人間のマネージャーさんを招くことができないね。
あと、魔力は感じるものの、私が見慣れていない道具が多い。
これは仕方がないこと。
種族が違うのだから、多少の文化も違ってきていた。
この世界のエセ魔法使い、どちらかというと占い師の部屋にある、怪しげな道具が複数置いてある。
陰湿な魔族らしい道具だった。
その一方で、オシャレな本人の意向を反映した、ピンクやオレンジ、ミドリといった派手な蛍光色が光る道具も置いてあった。
こういうの、ハイカラって言うんだっけ?
魔力を感じるから、〈魔法世界〉産の道具なのは確かなんだけど、どこで手に入れてくるのやら……。
オシャレに無頓着だった私は、入手経路が予想できなかった。
「あなたの方が少ないのよ。故郷が恋しかったりしないの?」
その台詞は私にとって地雷だよ。
知るよしもないと思うけど。
「…………、あんまり恋しいとは思わないですね」
「そうなんだ」
あとは、普通に大きなデスクの上にゲーミングパソコン、ディスプレイ、キーボード、マウス、マイクにオーティオミキサーなどが並んである。
一流の配信者のお部屋。
色使いも派手だったりするので、デスクの上に置いてある〈魔法世界〉の物を除けば、普通に配信者やゲーマーの部屋のPR画像として使えそう。
たまに配信者の間でネタになる、汚部屋でもなかった。
飲みかけ、食べかけの物は置いてなくて、ゴミも見当たらず綺麗。
ただし、空気は最悪。
私にとって、魔族の匂いは死臭に等しい。
謝りに来てあれだけど、やっぱり私は魔族と仲良くするべきではない。
それがたとえ、事務所の先輩だとしても……。
とりあえずここで、他の先輩と同じく、アビス先輩のさらに詳しい説明をしておきます。
彼女だけ差別するのは、その、良くないと思うので……。
〈ウィッチライブ〉の反抗勢力、自称〈レジスタンス〉所属の【魔宮アビス】。
やっぱり、見た目はリアルと同じ。
ピンクの髪にミドリのメッシュ。
瞳、赤青のオッドアイ。
リアルだとメッシュとオッドアイは珍しい。
だけど、VTuberの世界では珍しくもなんともないと思う。
むしろ、
ガワを考える人、本人と運営、それとイラストレーターさん(ママ)は大変だと思う。
左右の角も非対称。
片方が真っ直ぐに伸びずに丸まっている。
これもリアルと同じ。
あとで〈ミスプロ〉の非公式ウィキを見たんだけど、これは寝相の悪さが影響しているらしい。
アビス先輩は名家のお嬢様らしいんだけど、昔からおてんばで好き勝手に寝ていたら、正しく伸びずに癖がついてしまい、非対称になってしまったらしい。
魔族の世界では、女性の角は美しさの規準の一つ。
非対称はあまり良くないとのこと。
本人が物心ついた時には、すでに遅かったらしい。
とウィキに書いてあった『設定』を読んでみたんだけど、おそらく『実話』。
ミスメンにありがちな、設定が実はリアル、が適応されてるかな。
ちなみに、私はそんな魔族の美人の規準なんてどうでもいい。
魔族の角は一部では薬や魔法道具の材料になるから、依頼を受けていたら、切り落として持って帰るかなー。
くらいの認識です。
身長は150。
胸の大きさは中かな。
ただし、胸の規準はミスメンや他のV、あるいはアニメキャラ規準。
中といっても、リアルだと大きい部類かな。
大きければ大きい方がいいのは、バーチャルもリアルも同じ……。
チャンネル登録者数25万人。
配信傾向は歌枠とゲーム。
特に歌方面で有名な配信者。
〈ミスプロ〉の準
はくあちゃんが清楚で透き通る歌声の楽曲が得意だとしたら、アビス先輩は近年ネット受けしやすい、ボーカロイド系の楽曲が得意。
自分で作詞、作曲、楽曲編集もできるらしい。
機械(?)が苦手な私では、無理な領域。
最近は触っていないらしいけど、ボーカロイドなどの音声合成ソフトも扱えるらしい(非公式ウィキより)。
パンク(?)でハイカラ(?)ですね……。
あとは……。
〈天界〉VS〈魔界〉の戦争では、アビス先輩の〈レジスタンス〉は〈魔界〉側に付くことが多かった。
これは、〈魔界〉が〈魔法世界〉と繋がっていると言われているから。
悪魔と魔族、親和性が高いから。
ただ、〈魔界〉側の味方としては、心許ない援軍。
頼りにはならない。
説明はそんなところかな……。
こうやって情報だけを並べれば、すごい一芸を持っている、尊敬できる先輩なんだけど……。
魔女アンチで、ことあることに私たち魔女に突っかかってきている事実が、私の中で大きく評価を下げていた。
オープンワールドゲーム(箱庭ゲーム)や、ミスメンが一同に集まる場のときに、必ず突っかかってくるのが彼女。
プロレスで済むこともあれば、単純にうざいキャラ、あるいは報われない抵抗活動として終わることも度々あった。
推しのアリス先輩の配信を邪魔されたこともあったので、私からのヘイトは最悪かな……。
ただ……。
アビス先輩は魔族だから、魔女が嫌いなことは分かるとして、今のところ、そこまで悪い先輩に見えないところがある。
いや、悪い先輩ではあるんだけど、魔女が作った事務所〈ミスプロ〉に入って、派手に暴れる理由が分からない。
普通だったら、おとなしくしているはず……。
私みたいに、一切関わらないのもあり。
魔女5人に対して、魔族は1人。
3人は先輩なんだし、暴れたら暴れるだけ、自分の立場が危なくなると思うんだけど……。
良い機会だし、今聞いてみる?
答えてくれるかどうかは、分からないけどね。
「前から疑問だったんですけど……、なんで魔女がたくさんいる事務所に入ろうと思ったんですか?」
落ち着かない魔族の部屋。
私は飲み物に一切手を付けず、常にそわそわとした態度だった。
「すごく、居心地が悪いと思うんですけど」
私の質問に対して、アビス先輩は得意げに答えた。
「逆よ、逆! 魔女しかいないからこそ、アタシが入る必要があるのよ!」
「えっ?」
「だって、いつまでたっても魔族が入らなかったら、魔女が増えるばかりで、ますます魔族の居場所がなくなるじゃない!」
「た、確かに……」
「居心地が悪いのは事実だけど、だからといって、そのまま見過ごしているわけにはいかないわ!」
アビス先輩はいきなり立ち上がって、天に拳を振るい、強く〈ミスプロ〉に対して警鐘を鳴らしている。
「現に〈ミスプロ〉が腐敗しきった結果がこれよ! 魔族の先輩が一人もいないし、後輩も全く入ってくる気配がしないじゃない!」
「そ、それは辛いかも……」
「アタシも、リリベルやかなでみたいに、可愛い同族の後輩がほしいの!!!! ムキー!!!」
後輩……。
まだ早いけど、私も可愛い魔女の後輩が入ってきたら嬉しいだろうな……。
それに、『黒星先輩』って言われるのも悪くなかったし。
あの時のかなでちゃん、可愛かったな~。
そんな思いだし笑いをしている私をよそに、アビス先輩の主張は加熱していた。
「ステラ、あなたは暁月アリスに憧れて、〈ミスプロ〉に入ったんでしょ?」
「まあ、そうですけど……」
〈ミスプロ〉のオーディションの広告を見たから、厳密には少し違うのかもしれないけれど……。
いや……、素直になろう……。
きっとアリス先輩がいなかったら、私は〈ミスプロ〉に入っていなかった。
アリス先輩に再び会いたい。
昔みたいに話がしたい。
だから、私は〈ミスプロ〉のオーディションを見つけたときに、応募してしまった。
そして、アビス先輩は私の答えを待っていたとばかりに、主張を続けた。
「〈ミスプロ〉に魔族のメンバーがアタシしかいないのも、それだと思うのよね」
「魔族の女の子が目標とする人物がいないですよね……」
「でしょ!」
この世界では、〈獣人〉が多く、〈魔女〉は少ない。
そして、〈魔女〉よりも、さらに〈魔族〉は少ない。
それが、〈ミスプロ〉のメンバーの種族の比率に関係していてもおかしくはない。
だけど、それ以外にも要因があるとしたら、それは偉大なる先輩の存在だった。
私は〈暁月アリス〉という、すごい魔女の配信者がいたから、〈ミスプロ〉の門を叩こうと思った。
アリス先輩と一緒に活動したいから。
いつか3Dでライブをして、隣で歌ってほしいから。
それが今の私の〈ミスプロ〉で、〈ウィッチライブ〉で叶えたい夢。
〈ミスプロ〉は、〈天上ホムラ〉という、魔女が作った事務所。
だけど、それは私の志望動機とはあまり関係がない。
例えば、別の理由でもいい。
俗物的なものでもいい。
お金を稼ぎたい。
有名になりたい。
憧れの人に自分を想い重ねて、その事務所の門を叩く。
〈ミスプロ〉に獣人のメンバーが多いのも、同じ理由だった。
Vシンガー、【
彼女を筆頭として、〈サバンナ〉には人気がある先輩が多い。
先輩たちは、始めは今ほど有名ではなかった。
しかし、少しずつ夢を叶えていく姿は、紛れもなく本物のスターだった。
それは、他の獣人にも届いていて、〈ミスプロ〉のオーディションに、一時期は獣人の応募が殺到したと言われている。
そして、片っ端から面白い人物を採用したのが今。
〈サバンナ〉が〈ミスプロ〉の最大勢力となっている理由の一つ。
まあ、獣人の大量採用とVTuber業界の発展、その二つが今の〈ミスプロ〉の人手(社員)不足の原因でもあるんだけどね……。
私の同期〈狐守はくあ〉は、〈姫神シャナ〉先輩に憧れて〈ミスプロ〉に、〈サバンナ〉に入った。
はくあちゃんの他の先輩も、誰かしらに憧れて〈サバンナ〉に所属している。
受け継がれる想い。夢。
それは〈サバンナ〉以外でも同じ。
〈フェアリーテイル〉
〈アンダーグラウンド〉
そして、私のいる、
〈ウィッチライブ〉
だから、〈魔宮アビス〉の言っていることは正しかった。
魔族の女の子が今の〈ミスプロ〉を見て、事務所に入ろうとは思わない。
魔女が5人もいる事務所、きっと怖いに違いない。
「だから、アタシは魔族の道しるべになりたいの!」
目の前のアビス先輩が語る、事務所にかける想い。
それは、魔女の私の心すらも揺れ動かすものだった。
「アタシが魔女や他の種族に、へこへこしている姿は見せられないの!〈フェアリーテイル〉や〈アンダーグラウンド〉みたいに、〈ウィッチライブ〉に対して堂々としていたいの!!」
異世界人が夢を叶える場所〈ミスプロ〉。
それは、アビス先輩の夢の一つ。
「アタシは〈ミスプロ〉で、もっと魔族の配信者を増やしたいのっ!!!」
〈ミスプロ〉にはまだ、
魔族のスターがいなかった――。
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