第23話 隷属の首輪

「ふぅ……、すっきりしたー」


 一仕事したあとの風呂上がり、私の気分は最高潮に近い。


〈ミスプロ〉内に存在していた〈反乱分子レジスタンス〉を、無事に殲滅。

 やっぱり魔族をぼこるのは、数年前の私の生きがいだったと、改めて実感していた。


 時刻は午後の8時過ぎ。

 魔族との戦闘から約三時間が経過。

 あの後、すぐに帰宅。

 風呂に入り、念入りに体に染みついた魔族の匂いを洗い落としていた。


 体内の魔力のデトックスも忘れない。

 異物は全て、体外に排除する。

 そうしないと、【ディペンデル】を使う魔族みたいに、身体の一部が変色してしまうからね。


 ついでに、同時進行で衣類の洗濯、乾燥もかける。

 私の体でお漏らしなんかして……。

 すごく気持ち悪かったです。


 私はドライヤーを使い丁寧に黒髪を乾かす。

〈人間世界〉にずいぶんと染まってしまったので、もう風魔法を使って髪を乾かすことは何年もしていない。

 日常生活で、私は魔法をほぼ捨てきっていた。


「それにしても、改良型の〈疑似幻想天球儀〉、悪くなかったかな……」


 手のひらに収まるほどの、小さな黒い天球儀をくるくると魔力で回しつつ、私はその成果を振り返る。


 前回の悪魔との戦闘から、道具の性能は強化されている。

 制限時間は15分から20分へと引き上げられていた。

 一方で、術そのものも大幅に強化されている。

 術者の実力にもよるけど、ほぼ『領域改変』まで行うことができていた。


 ただし、対戦相手のステータスに、かなり影響を受ける模様。

 魔族の身体で使ったら、実際に魔族の世界が再現されていた。

(正確には〈魔宮アビス〉のなので、本物の〈魔法世界〉ではないんだけど)


 これはオリジナルでは起きなかったこと。

 あるいは、セレナではなく、私、ステラが魔術を使っているからかもしれなかった。

 いずれにしても、前回の悪魔との戦闘データが、道具の改良に役立って良かったかな。


 ちなみに、道具は外注していた。

 自分で魔法道具の開発、改良はできなくはないけれど、配信を優先したかったので、昔、縁があり知り合った人物に投げてしまった。


 これは、VTuberでもあるあるかも。

 動画編集とか、自分でできるに越したことはないけれど、配信の妨げになるようだったら、いっそのこと専門のクリエイターさんに投げてしまった方が良い気がする。

 この世界では、『餅は餅屋』とも言うしね!


 もちろん、お金がなかったとき、こだわりたいときは、自分でするべきだと思う。

 私の場合、毎回の配信で赤スパ(※一定金額以上のスーパーチャットのこと)を投げてくれる人が三人ぐらいいるので、動画配信サイトと事務所に何割か納めても、かなりの金額が残る。

 そのお金でショート動画の作成などを、私はクリエイターさんにお願いしていた。


 スーパーチャット、あるいは投げ銭は、色々と悪く言われることもあるけれど、本来は配信者のことを、支援、応援するためのシステム。

 配信者がありがたくいただくお金。

 それを配信活動のために正しく使う。

 私は間違った使い方はしないように心がけていた。


 今、抱えている仕事の進み具合を、私は確認する。


 裏のクリエイターさんへの、今回の戦闘データの提出。

 表のクリエイターさんへの、メールの返信はもう終わらせていたかな。


 特に残っている用事もなし。

 そうなると、あとは配信、配信と……。


「黒猫くんたちになんて愚痴ろうかな……。ふふふ……」


 私はゲーミングパソコンを立ち上げ、同時にゲームソフトの準備もする。

 配信を拒むものは何もない。


 デジャブ。

 実は以前、同じようなことがあった。

 あの時は、吸血鬼をぼこし、白キツネをぼこし、そして、片方の身柄を放っておく訳にはいかず、自分のベッドに寝かせておいた。

 だから、あの時は白キツネの声が乗るのを恐れて、配信ができなかった。


 しかし、今回はベッドの上に何も乗っていない。

 だって、保護する必要なんてないのだから。

 魔族に人権は存在しない。


「サムネもできた。告知、告知と……」


 私はマウスをクリックして、SNSに配信の告知を行おうとしたときだった。


『ピーンポーン』


「むっ!?」


 玄関のチャイムが部屋に鳴り響く、

 私は当然、それを無視した。

 配信中、配信外に限らず、基本チャイムは無視。

 私は常に置き配を利用している。


 特に配信中は、絶対にチャイムに出るのは避けた方がいい。

 住所が特定されている場合には特に危険。

 配信中、リアルタイムでチャイムに反応することで、住所を確定させてしまう恐れがある。

 チャイムに反応することは、自分の居場所を敵に教えるのと同じことだと心得よ!


『ピーンポーン、ピーンポーン』


 しかし、私の意に反してしつこいチャイム。


 さらに――。


『ピンポン、ピンポン、ピポピポピポピポピポピンポンー』


「…………」


 イライライライライライラ――。


 あー、もう。

 もう一度、彼女は死にたいらしい。


 私は杖を持ち、玄関へと向かい、そのドアを開ける。

 気配から正体は分かっていた。

 魔族の頭が視界に入った瞬間、消し飛ばす。


【ダーク・ショートサテライト】


「ひぃ、ひぃ……」

「ちっ、避けたか」


 始末失敗。

 魔族の女の子、VTuber〈魔宮アビス〉の中の人は、玄関前で私から数歩後ずさった。


「何で来客にたいして、いきなり魔法を撃つのよ! 危ないじゃないっ!!!」

「一度見逃してあげたのに、なんでまた来るんですか?」

「それは、先輩に対する態度がなっていないからよ!!!」


 どの口がそれを言う……。


「あのまま女の子一人、外に放置ってひどいじゃない! 誰かに襲われでもしたらどう責任取るのよ? それに体も寒いし……。へっくちゅん……」


 命があるだけ、まだましたと思うんだけど……。


 それにしても、私も甘くなった。

 この世界に来て、魔族を見逃したのは二回目かな……。

 同じ事務所のメンバーとはいえ、初見殺し(未遂)をされて見逃すなんて、私も落ちぶれたよね。

 まあ、何にしても、とりあえずお帰りいただこうかな。


 そう思って、私は再び玄関のドアを閉めようとする。

 しかし、アビス先輩は、素早く靴をドアの間へと挟んでくる。

 この場に限って、私はアビス先輩に先手を打たれた。


「ちょっと寒いから、上がらせてもらうわよ!」

「え、えっ、ちょっと待って! 魔族は歓迎していない……」


 私の脇を素通りする、アビス先輩。


『ぎゃぁぁぁ……』


 体を洗ったばかりなのに、また匂いが付く。

 やっぱり玄関を開けたのが間違いだった。


 しかし、追い出したところで、またチャイムを鳴らされるだけ。

 しかも、近所迷惑……。

 アビス先輩の存在を消すか、目的を達成させるか、そのどちらかを選ぶしかない。


 傍若無人に上がり込んだアビス先輩は、私の部屋をじろじろと見渡す。


「ふーん、全然物がないじゃない!」

「悪かったですね」

「〈魔法世界〉が恋しかったりしないの? ここの世界の物ばかりだし」

「しないですね」

「そう」


 貿易品を集めることで、揃えることはできるかもしれないけど。

 今さらそんなことをしても。

 それに、困ったことは別にないしね。


「この前、言い忘れたんだけど……」

「なんですか?」


 アビス先輩は私の部屋に飾ってあった、を見つけて、とってつけたかのように言ってくる。


「チャンネル登録者数10万人おめでと。これで〈ミスプロ〉で悩んでいたこと、一つなくなったじゃない!」

「あ、ありがとうございます……」


 部屋に飾ってあった銀の盾。

 それは、チャンネル登録者数10万人の人に贈られる物。


 私はアリス先輩の騒動もあってか、クリスマスの直後に登録者数が伸び、気が付けば10万人を超えていた。

 私が泣き叫んで3Dを、アリス先輩とのライブを望んだ配信の切り抜き。

 その恥ずかしさと引き換えに、切り抜きを観た何万人もの人が私の夢を応援してくれた。

 そして、チャンネルを登録してくれたというわけ。


 というわけで、年内に10万人は達成。

 現在2月時点で私、〈黒星ステラ〉のチャンネル登録者数は14万人を記録していた。


 伸びはゲーム配信のおかげもあって順調。

 まあこれでも、〈夜桜カレン〉ちゃんや、〈狐守はくあ〉ちゃんには負けるんだけどね。

(前者は15万人、後者は18万人です。〈サバンナ〉手強い……)


 アビス先輩はそのまま、私のベッドの上へと座り、戦いで疲れた体を休めるようにくつろいでいた。

 個人的には風呂に入ってから、ベッドに座ってほしい。

 ついでに言うと、魔族の匂いが付くので、そもそもこの部屋に入ってほしくない。


「なんで消臭スプレーを手に持っているのよ!」


 アビス先輩が私の右手を見て、怪訝な顔を浮かべる。


「臭い物を食べたばかりなんです。あー、窓も開けないと」

「あなたね……。先輩にそんな扱いをするなら、こうするわよ!」

「うあぁぁぁぁ……、汚らわしい体でゴロゴロしないで……。ぎゃぁあああ……」

「魔族の体は汚くはないわよっ!!!」


 次は殺す。確実に殺す。

 私が杖を取り出し、魔法を放つ一歩手前。

 深夜なのに、私のマンションは騒がしさを極めていた。

(防音設備なので、とりあえずは大丈夫だけど……)


 お互いに落ち着きを取り戻し、私は自宅にも関わらず、立った状態で本題を切り出した。


「どうして、あんなことをしたんですか?」


 もちろん、私の身体を乗っ取ろうとしたこと。

 そして、〈隷属の首輪〉を付けようとしたこと。

 しかもこの首輪、かなり強力。

 冗談では済まされない。


「駒がほしかったのよ……。忠実な魔女の駒が……」

「うわぁ……」


 ドン引き。

 非戦争の時代に、駒はライン超えだと思う。


「天上ホムラは、あなたに絶大な信頼を置いているみたいだったからね」

「そんな感じはしないですけどね」

「それに困ったことがあったら、黒星ステラに相談しなさいって、〈ミスプロ〉内で言われているし……」


 そんなこと言われているんだ……。

 初耳なんですけど……。

 アビス先輩は私から目をそらしつつ、さらに言葉を続けた。


「協力してほしいことがあったのよ……、あなたに……」

「それで首輪を使う方がおかしいですって」


『別に普通に相談してくれればいいのに……』


 だけど、私の心の中で思った突っ込みは、即座に否定される。


「でも、〈隷属の首輪〉でも使わないと、あなたは魔族のアタシになんて、協力はしないでしょ?」

「あ……」

「やっぱり……」


 反論ができなかった。

 今の私ならやりかねない世界線。

 現に今も、協力するつもりは一切なかった。


「なんで魔族がそんなに嫌いなのよ! 配信でもすごく言ってくれているじゃない!」

「切り抜きでも見たんですか?」

「もちろん見たわよ! 散々酷いこと、言ってくれていたじゃない!」


 私の『』発言の切り抜きは数多く確認している。

 それは前々から素を出している私、黒星ステラの一番の特徴だからなのもある。

 売りのゲーム配信で、敵に対してよく言っている言葉だからなのもある。


 だけど一番は、魔族のアビス先輩と絡めて、面白い動画にすることができるから。

 一部のチャンネルだと収益になるから。

 数字(再生数)が取れるから。

 ミスメン同士の絡みは、営利、非営利両方で、切り抜き師の格好の餌だった。


「心苦しかったわよ……」


 そして、アビス先輩の悲しそうな表情。

 まあ、そうなりますよね。

 これでも、ゲームのモンスター以外には言わないように気をつけているんだけどね。

 ただ裏を知っている分、余計に傷ついているのは、今さらだけど分かった。


「アビス先輩も魔女のことが嫌いじゃないんですか?」


 そして、私は性格が悪い。

 少しでも自分の罪悪感を和らげようとしている。


「それは……、確かにアタシも魔女は嫌いだけど。でも……」

「それと同じですよ」


 私は低い声で話を続ける。


「他の魔女の先輩は優しいですけど、私は優しくないです」


 別に私は嫌われてもいい。

 こちらにも、譲れないところはある。


「他の先輩を、特に同期のリリベル先輩だけは、悲しませないでください」


 少なくともリリベル先輩などの一部の魔女は、私より魔族に友好的だ。


「私が許しませんから」


 その好意を踏みにじることだけは、私は許さない。

 淡々と述べる私に、アビス先輩は反論を試みてくる。


「なによ、アタシだって好きでリリベルに突っかかっているわけでは……」

「アビス先輩、今、〈隷属の首輪〉がどこにあるか分かります?」

「えっ!?」


 私が指パッチンをすると、アビス先輩の首元に、赤いハートをあしらった金属の首輪が現れる。


「っ!?」


 アビス先輩は驚きで目を見開いている。

 両手で首輪を掴んだところで、もう事は済んでいる。


 目の前の魔族は、私に逆らうことができない。

 ただの奴隷だった。


「〈隷属の首輪〉、使うのは久しぶりですし、あんまりいい気がしないんですけど、一つだけ命令します……」

「ちょっと待って!!! アタシの言い分をもう少し……」


 もういい。

 やはり私たちは、


「もう二度と、私の前に姿を見せないでください」

「あっ……、あっ……」


 逆らっても無駄。

 アビス先輩の目から光が失われ、従順な魔法人形へと成り下がる。


「分かりました……、漆黒の魔女、ステラ様……」


 くるりと振り返り、玄関へと真っ直ぐに歩き出す人形。

 私はその人形に最後の言葉をかける。


「さようなら、アビス先輩……」


 さらにもう一言だけ、意図せず私の口からこぼれる。


「少しだけ、残念です……」


 と――。

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