第21話 完全同期完了!

 LOCATION

 都内某所・〈ミスティックプロジェクト〉事務所内


       * * *


「あー、あー、とりあえず、第一段階はクリアかしら」


 味覚以外の五感を確認。

 味覚もつばを飲んで確認。

 アビスアタシからのキスで、ステラの口元からは、情けなく唾液が垂れている。

 身体の挙動の確認も含めて、懐から見つけ出したハンカチで、アタシは唾液を拭った。


っ! アタシが――、いや私が、よ!」


〈黒星ステラ〉の身体は、アタシが完全に乗っ取った。

 感度は良好。

 この身体に不具合は一切ないわ。


「やっぱり、魔女の身体は少し違うわね。でも……」


〈黒星ステラ〉の身体は特殊だった。

 表現が難しいんだけど、すごくアタシの意思になじんでいる。


 ステラは闇魔法が得意だったはず。

 同じ闇魔法を得意とする、魔族のアタシと親和性が高いのかもね。

 魔法も問題なく使えそうだわ。


「むしろ、アビスアタシの身体よりも、ステラこっちの身体の方が使える気がするのは、気のせいかしら……」


 なぜか、負けた気分になった。


 しかし、裏を返せば、これだけ良い身体を、ノーダメージで手に入れられたのは大きい。

 利用価値は十分にある。

 ただし、色々と貧相なのは頂けない。

 リリベルの切り抜きで見たけど、体重が本当にないのね。


 これはアタシが健康体にしてあげた方が、むしろ喜ばれるはず。

 胸もそっちの方が育つでしょ?

 貧相な体を人のせいにして、そもそも食べないから育たないのよ!

 そこは教育が必要かもしれないわね。


「さーて、あとは【】をステラの身体に付けて、今日の目的は達成かしらね」


 今日のアビスアタシは、他人の意思を縛る〈隷属の首輪〉を持ってきている。

 道具にかけている隠蔽魔法を解除して、今、乗っ取っている、〈黒星ステラ〉の首に付けて終わり!

 あとは術を解除して、哀れな魔女を好きなように使うだけ!


「悪く思わないでねステラ。アタシはまだVTuberを続けたいんだから……」


 おそらく、無様に倒れているであろう、アビスアタシの身体を探す。

 今、身体は抜け殻、一番やばい状態だった。

 戻る身体、母艦が潰されては、アタシも困る。


 それに、この状況を他のミスメンに見られるわけにはいかない。

 特に天上ホムラには。

 だから、早く事を進めないと!


 しかし――。


「えっ!? アビスアタシの身体がないっ!?」


 すぐ近くにあるはずの〈魔宮アビス〉の身体。

 それが、忽然こつぜんと消えていた。

 早く、〈隷属の首輪〉を取り付けないといけないのに、それも含めてまるごと消えていた。


!?」


 直感が叫ぶ。

 アタシの意思。


!!!』


 これはアタシのの意思だわ。

 身体に刻まれた先人の記憶が、危機的状況だと告げている。


 そして、気付いた時には、全てが遅かった。


「っ!? あがっ、あっ……、あっ……」


 何者かによって、急に首をつかまれ、呼吸ができなくなる。

 早すぎる動き。

 持ち上げられるステラアタシの身体。

 相手が何者なのか、私は正面に見える人物を確認する。


アビスアタシの身体……、中身はステラっ……!」


 正体は、〈魔宮アビス〉!

 毎日、鏡で見るアビスアタシの身体が、本人の意思が入ったステラアタシを攻撃している。


 真正面に見えるアビスアタシは、別の身体なのに、生き生きとしていた。

 まるでこの瞬間を待っていたかのように。

 こんな自信満々で、悪に染まったアビスアタシを、本来の持ち主であるアタシ自身も見たことがなかった!


「アビス先輩、すごく残念です」

「ステラっ……、このっ」


 ステラの身体との、同期の解除を試みる。

 すぐにアビスアタシの身体に戻って、そのまま目の前にいる魔女を仕留める。


 今の形勢は、アビスの方が有利!

 術を解けば、アタシの勝ちは確実っ!


 しかし、アビスの身体が、アタシの意識の侵入を拒絶する。


『あり得ないっ!?』


 考えられること、ステラの意思の方も、アビスの身体との同期が完了しているなんて!?


 キスはあくまで、一族の伝統の美しい方式。

 至近距離なら、直接触れなくても行けるはずなのに!!!


「なんで、アタシの企みを……、それに、この魔術を知っているの……。がはっ」


 呼吸を相手に制御されつつも、アタシは問いただす。

 それに、彼女は自分の身体をなんとも思っていないの!?

 このままだと、アタシ、死ぬ……。


「なんでって、私、魔族なんて、初めから1ミリも信用していないので」

「っ!? そっちも演技だったの……?」

「それに、アビス先輩の見た目で気付かない方がおかしいですよ」

「えっ!?」

「メッシュにオッドアイ、身体を乗っ取る魔術、【】を使う魔族の一族の特徴じゃないですか……」


 こいつ……。


「自分の身体に戻るときに、相手の魔力の一部も持ち帰ってしまうから、身体が変色するんでしたよね……? 見たところ、先輩はまだ軽いほうですけど……」


 詳しすぎる……。

 アタシの手の内が全てバレていた。


「な、なんで、アタシが【ディペンデル】を使う一族だと知っていて……。それに、この魔術は回避不可能なはずだわ……」

「じゃあ、逆に聞きますけど、この魔術、先輩使えないんですか?」

「っ!?」

「私は知っていますよ。何人も……」

「こ、このっ!?」


 アビスアタシの身体を足で蹴るが、魔法障壁で全く効いていない。

 魔力まで、きちんと使いこなしている。


 相手の身体を乗っ取る【ディペンデル】は、アタシの一族に伝わる特殊な魔術。

 使えるのは、家族、親戚、血の繋がった一部の者だけ。

 そして、目の前の魔女、〈黒星ステラ〉は【ディペンデル】をすでに知っている。

 少なくとも、『』ではなかった。


 それをどこで知ったのか。そんなの答えるまでもないわ。

〈魔法世界〉で三年前まで続いていた、戦争。

 親戚は何人も、魔法使いに殺されている。

 パパやママが悲しんでいたのを、アタシは子供の頃、よく覚えている……。


 いや、殺されているだけならまだいいわ。

 この魔術を使える張本人だからこそ、悪用方法がいくらでも思いつく。


 間違いないわ……。

 目の前にいる魔女は、今みたいに魔族の身体を使い、『』を行っている!


「このっ、悪魔がっ……!」

「魔族に言われたくないです」


 魔女ステラは、アビスアタシの身体で転移魔法を実行する。


【ヘルズゲート】


 開けた場所に、事務所の内部から、外の屋上へと舞台は変わる。

 それと同時に、ステラアタシの身体は投げ飛ばされ、首絞めという拘束が外れた。


 しかし、状況は何一つ好転していない。

 アビスの身体には、未だに戻れない。

 相手はアビスアタシの身体を一切、返すつもりがない。


「少し時間がかかりましたが、こちらも準備ができました」

「えっ」

「先輩、コラボしたがっていましたよね? お互いのVTuberのガワを入れ替えるコラボ、一度やってみたかったんです!」


〈魔宮アビス〉のガワを被った〈黒星ステラ〉が、意気揚々と叫んだ。


! ――、!!!」


 いつの間にか、〈黒星ステラ〉の身体から奪われたアクセサリー、黒い小さな天球儀を、ステラは天へとかざした。


【疑似領域・イミテーションウィッチ・アビスライブ】

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