第20話 ビジネスてぇてぇ
現在、私はすごく拍子抜けをしていた。
魔宮アビスはすごく優しい――?
のかもしれない……。
「ねえ、この前リリベルと、かなでに、何かあったみたいだけど、二人は大丈夫だったの?」
「ええ、まあ……」
事務所の休憩室での一幕。
普通の女の子同士の会話。
今のところ、異世界人のジンクス、トラブルの前触れは一切見られなかった。
「直接、二人に会って聞いてみたらいいじゃないですか。アビスさんは同期なんだし」
「だってアタシ、リリベルに嫌われているみたいだし、かなでもヘビみたいにずっとにらんできて怖いし」
「〈ウィッチライブ〉に対してテロ活動をしていたら、普通、そうなるでしょ……」
そこまで説明しないと、ダメなのかな。
「それに、アビス せ ん ぱ い、でしょ?」
「アビス、先輩……」
「ステラ、後輩ちゃん!」
調子狂う。
それにイライラもする。
「後輩ができて、嬉しいっ!」
とか言っているけど、そんなこと知るか!
こっちは魔族に頭を下げているみたいで、気分が悪いんだけど!
でも、悪い子じゃなさそう?
配信と全然違う……。
同期のことも気にかけているみたいだし。
リリベル先輩も私と同じく、魔女なのに。
「はい、飲み物。喉が渇いたでしょ? 冬だし乾燥しやすいわよ!」
「あ、ありがとうございます……」
控え室の自販機で買ってくれた飲み物を、魔宮アビスは私に手渡ししてくる。
魔族から施しを受ける。
この、私が!?
あ、あり得ない……。
「あれ、もしかしてお茶は嫌だった? ジュースの方が良いなんて魔女もお子様なのね」
「い、いえ、そんなことないです。お茶の方がいいです」
「なら、良かった!」
魔宮アビスは何事もなかったかのように、自分のペットボトルのお茶を口に含む。
私もそれに釣られて、渡されたお茶に口を付けた。
キャップには封があり。
私には効かないけど、毒も入っていない。
あ……、きっとこれは、自分の価値観が間違っているのだと自覚する。
三年前に戦争が終わった〈魔法世界〉の人々も、当時はこんな気持ちだったのかもしれない。
おそらく、魔宮アビスの態度の方が普通。
だって〈魔法世界〉でも、ましてや〈人間世界〉でも、魔女と魔族は(もう)戦争をしていないのだから。
仮に仲が悪かったとしても、余所様の世界で争いをするほど、馬鹿な異世界人はいない。
少なくとも現地の人に迷惑をかけることはしない。
自分の立場も危うくなる。
私の態度の方が異端だった。
きっと私は、今の〈魔法世界〉では、暮らしていけない気がする。
もちろん大罪人だから、前提からして無理なんだけど、それがなくても、すぐに魔族と問題を起こすに違いない。
ある意味で私は、この世界に渡ってきて、本当に良かったのかもしれない。
〈人間世界〉だからこそ、私は生きていける。
『ありがとう、セレナ……』
ちなみにだけど、〈人間世界〉では、魔族はあまり見かけなかったりする。
たまに気配から、遠くの方で見かけたりはするんだけど……。
魔力で威圧をかけて、追い払っています。
力で分からせる、完全に獣人スタイル(?)。
某漫画で例えると、『覇王色の覇気』。
『失せろ!』
はトラブルを回避できる、便利な魔法です。
(だから、私の自宅周辺が、カレンちゃんによると禁域に指定されているみたい……)
この世界における、魔族の人口比率は、魔女よりもさらに低め。
何か理由、歴史的な背景があるのかもしれないけど。
私はそこまで調べる余裕も、あと、興味もなかった。
「アビス先輩って、意外と優しいんですね……」
「そ、そう? これが先輩として、普通の姿だと思うんだけど!」
「理想の先輩って感じです! 少し、というか、かなり見直しました!」
「い、いくら褒めても、何も出ないわよっ!」
さらに情報を追加、若干ツンデレかも?
褒めに弱く、顔を真っ赤にしていた。
これは案外、チョロいのかも。
この先輩、上手くいけば利用できるかもしれない。
と、すごく性格の悪いことを考えている、私だった。
「何かあったら、リリベルもいいけど、アタシにも相談しなさいよね! リリベルは研究が忙しくて大変って聞くし、同期としても少しでも負担を減らしてあげたいじゃない!」
「はい、何かあったら相談します」
「よろしい!」
どうしてこれで、リリベル先輩と関係が上手くいっていないのかが分からなかった。
魔女に敵対心を燃やす、配信上のアビス先輩が全てとは、リリベル先輩も思っていないだろうし。
案外、リリベル先輩は、私よりも魔族が嫌いなのかな?
それはそれで、話がすごく合いそうで嬉しいんだけど……。
「あと、いつかコラボするわよ! 面白いゲームがあったら教えなさい!」
「分かりました」
もし選ぶとしたら、普通に対戦系のゲームかな。
魔族に対する暴言なんて、いくらでも思いつくし。
もちろん、コラボ中は抑えますよ。多分……。
(日頃からセーブ出来ていない気もするけど……)
その後、アビス先輩と別れ、私は帰宅の途に付いた。
これ以上の接触は今日はなし。
表の顔は演技なのか、アビス先輩はSNSなどで絡んでくることはなかった。
ただ、裏ではメッセージあり。
二つの顔を使い分けていた。
『やっぱり調子が狂うな……』
想定外の展開に、私はペースを乱されたままであった。
* * *
魔族少女との邂逅から一週間後。
相変わらず、私のペースは乱されている。
あの出来事以降、魔宮アビス先輩との交流が始まった。
頻繁ではないけれど、ちょくちょく、短いメッセージが来る。
配信のことで、お世話にもなった。
アビス先輩は機械にかなり強く、私がパソコンのマイクのことで困っているときに助けてもらった。
トラブルの原因が分からず、SNSでファンに向けて助けを求めたところ、アビス先輩が真っ先に反応。
それで、無事に解決。
ただ、魔女嫌いの設定(?)を意識してか、それは裏で行われたやりとりだった。
私も、
『あるミスメンに助けてもらいました!』
とだけ言って、アビス先輩の存在はぼかしておいた。
アドバイスも的確で、配信者のサポートセンター、気軽に相談できる人がいる箱の大きさを、私は再確認することになった。
アビス先輩は理想的な先輩、その上位。
今のところ、トップ3に入っていると思う。
その一方で、短いながらも頻繁に送られてくるメッセージは、お節介すぎるところもあった。
私の生い立ちをアビス先輩は知っているのかな?
魔族に国を滅ぼされ、両親を殺されているんですけど……。
これで仲良くできる方がおかしい気が……。
まあそれは、前にも言った通り、アビス先輩も同じかもしれないわけで、一方的に私が言える立場ではなかった。
あるいは、私が後輩だからこそ、利用されているのかも。
先輩や同期の魔女と仲良くできなかった。
だから、後輩の私と――。
という線もあるかもしれない。
だけど、そういうことを色々と考えること自体、おそらく野暮なんだと思う。
私は人に頼ることを覚えた。
それが魔族であったとしても、変わることはない。
「あっ、アビス先輩、久しぶりです!」
「ステラ、事務所で会うなんて偶然ね!」
アビス先輩と二度目の邂逅。
初回のコラボ配信でありがちなギスギス感は、もう感じられない。
「ホムラ先輩から呼び出しを受けていたんです」
「あっ、ああ……、そ、そうだったのね……」
「もしかしてアビス先輩は、ホムラ先輩のことが嫌いでした……?」
「そ、そんなことないわよ! ただ、ああいうタイプ、アタシは苦手なだけで……」
「あー」
まあ、何となく私と思想が似ているところがあるので、間違いなくホムラ先輩は魔族が嫌いだよね。
それに加えて、大々大先輩、兼社長。
無理もないかな。
ただ、ホムラ先輩はアビス先輩を、ミスメンとして採用しているということは、何かしらの意図があると思われる。
深くは詮索しないけど……。
ちなみにだけど、今日のホムラ先輩からの呼び出し、例の通信用の魔法結晶によるものだった。
よって本日、付き添いのマネちゃんはいない。
(前回はマネージャー同士の会議で席を外していただけで普通にいた)
つまり、私は今、アビス先輩と二人っきりだった。
私たちは普通に立ち話をしていた。
リリベル先輩のことや、他の配信者、主にミスメンの最近の動向。
何のゲームが流行りそうなのか、これから何のゲームが発売されるのか。
などなど、たわいもない話。
いつもの〈ミスプロ〉の日常。
私は束の間の平和を謳歌。
――できるわけがなく、異世界人接触のジンクスは少し遅れて、当然のように発動した。
「ステラ……、顔に何かついているわよ!」
「えっ?」
アビス先輩は私の頬を手で触ると、そのまま顔を寄せてきて――、
唇を重ねてきた。
私の人生二度目のキス。
それは憎き魔族に奪われる。
「んっ!?」
口の中に入ってくる舌――。
だけならいいんだけど、現実はそれとは違うもの。
それは、アビス先輩の意思。
口、そして魔力を介して、私の身体の中へと入り込んでくる。
奪われる身体の支配権。
平衡感覚が失われ、私の身体は床へとへたり込む。
思い返せば、私が事務所に来ることを、アビス先輩は事前に知っていた。
『やっぱり、以前から結晶の通信を盗聴していたのは――』
失われる意識の中で、別の
「乗っ取り完了ね!」
そして、
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