第16話 5番目の魔女

『ま、間に合った……っ!』


 私は小さくほっとため息をつきつつ、敵と味方、前と後ろに細心の注意を払う。

 特に後ろ、守るべき先輩へと向けて、私は声をかける。


「かなでちゃん、大丈夫!?」

「あ……、黒星さん……」


 先輩の目には、涙が浮かんでいた。


 とりあえず、大きな外傷はないみたいだし、受けた毒も、早期なら応急処置の方法はいくらでもある。


「かなでちゃん、とりあえずこれを」


 私は魔法で解毒薬の小瓶を取り出し、かなでちゃんへと渡した。

 完全に効かないまでも、悪魔の毒だったら何とかなるはず……。

 私がよく知る魔族の毒と、対して変わらないと思うし。


「あ、貴方はっ! さっきはよくも、私を出し抜いてくれたわね!!!」

「少しはできるみたいだね。まさか偽物だと気付かれるとは思っていなかったかな」


 私は本物を、手のひらサイズの丸い赤い宝石、〈ブラッドムーン〉を相手の前でちらつかせる。

 一方、相手は偽物を取り出すと、地面へと投げ捨て、手に持っていた斧で真っ二つにたたき割った。


「あーあ」


 偽物とはいえ、私が頑張って作った物だから、それなりに価値のあるものだと思うけど。

 もったいない。


「おのれ、絶対に許さない……」


 彼女は怒りに任せ、斧を勢いよく振るい、魔素の乗った斬撃を繰り出してくる。


【デモンズ・パワースラスト】


 しかし、私はその攻撃を杖で一蹴。

 もう相手に遅れは取らない!


「それはこっちの台詞!」


 私の体からは、魔力があふれ出している。


 相手に抱いている感情は二つ。

 一つは偽物を見抜いたことへの感心。

 もう一つは、今までの所業への怒り。


 この研究所を襲撃されたからではない!

 私はそこまで、聖人ではない!!


 私の隣では、かなでちゃんが涙を拭っていた。


「よくも私たちの可愛いに、手を出してくれたね」

「黒星さん……!?」


 いわば、蛇ヶ崎かなでちゃんは〈ミスプロ〉の所有物。

 社長や私にとってのペット。

 自分のペットが他人に傷つけられたのなら、こちらも黙ってはいない。

 私は〈ウィッチライブ〉の戦闘員、しっかりと落とし前はつけさせてもらう。


「かなでちゃん、私が来たからには、もう安心していいから!」

「はい!」


 その瞳にもう涙は一切ない。

 毒の症状も軽くなっている。

 かなでちゃんは、もう問題なかった。


「さてと、すぐに終わらせますか」

「ずいぶんと私もなめられたものね」


 再び、相手は大きな斧を構える。


 きっと、先ほどの結果から、私との戦力は互角だと思っている。

 勝機ありと見て、再度、研究所を襲撃してきている。


 しかし、それは大きな間違い。

 今の私は、これまでとは違う。

 見せてあげるよ!

 私の本気。


「行くよ! 悪魔!」


 私は地面を蹴り、相手との距離を詰める。

 その速度は相手の悪魔の数倍も早い。

 杖を相手と同じ武器、斧へと変化。

 私は相手へと、斧を勢いよく振りかざした。


【テネブライ・ハルバード】


「ぐはぁ……。な、なにっ!? そんなっ!!!」


 かろうじて反応できた、相手の斧を真っ二つ。

 さらに、その先にある、身体にも傷を付ける。


 圧倒的な実力。


 相手の心と身体、両方へと刻みつける。


「なによ、この力。さっきまでと全然違うじゃないっ……!!!」


 私から距離を取る相手。さすがにしぶとい。

 一撃では厳しかったか。


「そうだね、これが私の本来の実力だから」


 たかが悪魔。魔族もどきに私が負けるはずがない。


「くっ、おのれっ!!!」


 女性に似つかわしくない野太い声で、敵は斧から無数の斬撃を繰り出す。

 全方位に放たれた攻撃。無差別なテロ。

 戦いとは無関係な研究員の負傷など、何でもいいから起点にして、この劣勢を打開しようと試みている。


 こちらは防衛側。守るべき存在は弱点。

 しかし、それはすでに把握済み。

 二度と同じ手は食わない。


【疑似領域・ノクトゥルヌスウィッチ・リベレーション】


 すぐさま、【疑似幻想領域】を展開。

 敵、私、かなでちゃん、三人を別の空間へと隔離し、悪意ある斬撃の被害を最小限に抑える。


「くそっ、くそっ」


 この魔術を見せるのは二回目。

 一回目は私の不甲斐なさで、この牢獄から逃がしてしまった。

 本来は二回目など、存在しない魔術。


「来なよ、また私が相手してあげるから」

「お、おのれっ!」


 怒りに任せ、地面を蹴り、新たに作り出した斧で突進してくる悪魔。

 私もそれを、真正面から向かい打つ。


【デモンズ・パワースィング】

【テネブライ・クレシエンテ】


 ぶつかり合う二つの武器、勝敗は先ほどと変わらない。

 相手の武器は消滅し、私の攻撃だけが相手の身体に通る。


「ば、ばかなっ……!?」


 逃げるように距離を取る相手に、私は魔法で追撃。


【テネブライ・アロー】


 闇属性の上位魔法、手加減は一切なし。

 先輩たちの優しい献身のおかげで、身体からはいくらでも魔力があふれ出してくる。

 この衝動、私は攻撃へと乗せ、解き放つ!


【テネブライ・スピア】


「くっ、威力が全然ちがっ……」


 驚く相手に対して、私は距離を詰めて近接攻撃。

 距離を取ったら、すかさず得意の魔法で遠距離攻撃。

 相手との距離を適度に保ちつつ、確実に攻撃をヒットさせていく。


 圧倒的な有利。

 圧倒的な実力差。


 それは誰が見ても、ここにいるかなでちゃんから見ても明らかだった。


【テネブライ・ストライク】


 私は相手の腹へと、鈍器に変化させた杖のメイスをたたき込む。

 相手の身体はくの字へと曲がると、勢いよく吹っ飛び、かなでちゃんがいる地面の近くへと、ゴミのように転がり落ちた。

 私は振り出しに戻るかのように、かなでちゃんのすぐそばへと着地した。


 あと一、二撃で決着。

【疑似幻想領域】の時間は、まだ十分に残されていた。


「くっ、こうなったら……」


 相手は、最後の悪あがきを試みる。


「ぐっ……、あっ……、あああっ……、ああああああ…………」


 相手の身体が何度か痙攣したあとに、背中から生えていた赤い翼とは別に、二匹のヘビの頭が突き出してきて顕現けんげんする。

 その二匹のヘビの頭は、周囲を見渡したのちに、真っ直ぐに私の方をにらみつけてくる。

 本人が悲鳴を上げている通り、かなり痛々しい姿。

 でも、実に悪魔らしく、こっちの姿の方が私は好きかもしれない。


「わ……、我が名はアスタロト! たかが、小娘一匹に負けていいはずがないっ!!!」

「そう……」


 私からしたら、たかが悪魔一匹に負けるはずがないんだけどね。


 しかし、かなでちゃんの様子は違っていた。

 私たちの戦いを見るときの笑みが消え去っていた。


「黒星さん、気をつけてください! 彼女の、あのヘビの毒は強力です! 絶対に食らわないで!!!」


 なるほど、状況を理解。

 かなでちゃんは、あのヘビの毒にやられたみたい。

 はくあちゃん曰く、かなでちゃんの毒もかなり強力らしいけど、相手はさらにその上を行っているらしい。


 相手は真の姿とはいえ、力で勝てないと分かると、毒へと攻撃手段を変えてきた。

 毒を使うことには否定しないけど……。

 まあ、悪役らしいといえばらしいね。


「こ、この毒で、一撃入れてやる……。覚悟するんだな!」


 息も絶え絶えに、勝利を予告する相手。


「一撃ね……。その一撃を私が食らうとでも思うの? 魔法障壁もかなり強力なのは、もう分かっているでしょ?」

「くっ……、必ず入れる! お前だけは、絶対に私が殺すっ!!!」

「おめでたい考えだね。でも、嫌いではない……」


 普段の私だったら、このまま一撃も許さず、瞬殺。

 背中のヘビと、本体の首を切り落として終わりかな。

 相手の唯一の希望。一撃でも毒を入れ、かなでちゃんと同じく私は戦闘不能に陥る。

 それを叶えてあげることはできない。


 だけど、今回は違った。

 私の望みと相手の望み、なぜか共通していた。


「いいよ、毒で一撃いれてみなよ! 私、避けないから!」

「なっ!?」


 私は杖を一旦消し、魔法障壁も分かるように解除し、無防備な姿を相手にさらし出す。

 相手の毒、一撃を受け入れる準備を整える。


「ただし、毒だけね! それ以外の攻撃は弾くから」

「黒星さん、何をしてるの?」


 味方のかなでちゃんですら驚いている。

 自分を戦闘不能にまで陥らせた毒。

 それを私は、わざと受けようとしているのだから。


「そ、そんなこと言って、直前で避けるつもりでしょ……。も、もう、だまされないわよ!」


 裏返った声の相手に対して、私は淡々と答えた。


「本当かどうかは、実際に試してみれば分かるよ!」

「な……、な……」


 しばらくの静寂のあと、相手の魔素が一気に爆発した。


鹿!!!!!」


 激昂と共に、背中から生えた二匹のヘビの口から、太い針にも似た赤紫の結晶が、それぞれ撃ち放たれる。

 その物質自体が毒。表面にも毒。

 おそらく、かなでちゃんが食らった毒を、さらに数十倍に濃縮、結晶化したもの。


 本当に最後の相手の悪あがき。

 その二本の結晶の毒針、見事に私の身体へと突き刺さる。

 私はすぐに毒の効力で跪く。


 急所は外れている。

 というかこちらは一切動いていない。

 相手は急所に当てる気がない。


 避けると思って私を信用していない。

 少しでも私に当てられるように、面積の大きい場所を狙っていた。


「ば、馬鹿だ……。本当に避けなかった。わ、私の勝ちだ……。や、やった!!!」


 着弾を確認した相手は勝ちを確信。

 一方で、かなでちゃんは絶句。


 しかし――。


 私の身体を、毒が侵食しようとしていた。

 しかし、逆に身体は、毒を取り込もうとしている。

 強い方が勝つ。それは毒も同じ。

 私の身体の闇の魔力は、相手の毒をも喜んで受け入れ、そして従える。


 きっとアリス先輩やリリベル先輩は、毒に対して浄化という手段を選ぶはず。

 回復魔法が得意な魔女は、癒やす方向で事を進める。

 だけど、私は違う。

 闇属性の魔法を使う私は、治すのではなく、逆に自分の力として利用するのだ。


「少し、期待外れだったかな……」


 私の身体は、最初は動かなかったものの、ほんの数秒で毒への適応が完了。

 まるで何事もなかったかのように、私は再び立ち上がり、相手へと視線を向けた。


「そ、そんな……、確かに、喰らったはず……」

「もっと強い毒がほしかったかな……。所詮は魔族もどきの毒、やはりこんなものか……」

「くそっ、こ、これは、これならどうだっ!!!」


 さらに無数の毒結晶が私を襲う。

 私は、それを一本残らず受け止めた。

 身体の射線上になかった毒も、わざと受ける。


 そして、いずれも結果は変わらない。

 私は数秒で毒を従え、何事もなく突っ立っているだけ。


「なぜだ、なぜ、効かないっ……。それになんでわざと受ける? なんで受けられるの……!?」

「うーん、理由というか、魔族以外の毒にも耐性を付けておきたかったからかな。これから悪魔と戦う可能性もゼロではないわけだし」


 勝つために何でもする。

 それはこの世界に来ても変わらない。


〈魔界〉の住民、吸血鬼や悪魔と戦った。

〈自然界〉の住民、獣人。その覚醒体とも戦った。

 なぜか〈魔法世界〉の魔女とも、この世界で戦った。

(対魔女戦は、得意ではないので困る……)


 この世界にも、敵はいくらでもいる。

 やっぱり私は戦いを捨ててはダメみたい。

 今回の件で、それがよく分かった。


 配信も大事だけど、同じぐらいに戦いも大事。

 だってこうやって、大切な仲間を守ることができるのだから。


 これは私の最大の武器!

 配信にも生かせるかもしれない。

 それを捨てるなんてもったいない!!!


「ちっ、なら、この毒ならどうだ!!!」


 相手は緑色の図太い結晶を、ヘビの頭から撃ち出す。

 狙いは急所。そして、フェイク。

 私は魔法障壁を展開。

 首元へと飛んできた攻撃をはじき返す。


「なっ!?」

「だから、毒以外は弾くって言ったでしょ。性格が悪いな~」

「そ、そんな……」


 まあ正確には、何をもって毒とするかは、種族にもよるけどね。

 銀の弾丸なんかは、私にはただの鉄の塊だけど、吸血鬼の同期には毒に等しいからね。


「私、最近よく褒められるんだよね。ゲームが上手いって」


 ファンは私のことを褒め称える。

 気持ちよく、持ち上げてくれる。


「でも、よく分からないんだよね。私から言わせれば、リアルの方がはるかに難しいと思う。だって今回の毒だって、初見殺しなわけじゃん。耐性がなかったら一発で動けなくなるし、私がさっき防いだ攻撃だって、一発で首が飛んで即死だったし」

「貴方、何を言っているの……?」


 あっ、ゲームとか、配信とかに興味のない人だった。

 それらに例えられても困るよね……。


「それに比べれば、ゲームの毒なんて簡単に治るし猶予もある。攻撃も何度も食らっても大丈夫だし、一瞬で回復もできる」


 どんなに難しいゲーム、死にゲーと言われているもの。

 しかし、コントローラーの操作、手足の動かし方さえ覚えれば、最低限の即死対策で何とかなる。


 ゲームはリアルと比べて優しすぎる。

 だって、現実は無数の即死のオンパレード。

 全てにおいて、細心の注意を払わないといけないのだから。


 魔族も初見殺しが多かった。

 毒もそうだし、ゲームの死の宣告的なものもあった。

 相手の身体を一瞬で乗っ取る魔法とかもあったね。

 ふふっ、良い思い出……。


「何が言いたいかというと、この程度の毒で私を殺せると思ったら大間違いだよ」


 私は相手に言い放つ。


「私は〈ウィッチライブ〉の、黒星ステラ」


 そして、新たな決意もかねて、これから相対あいたいする全ての敵に対して、私は宣言をする。


「〈ミスティックプロジェクト〉に、〈ウィッチライブ〉に仇をなす者は、誰であろうと!」


 二人の先輩の敵、彼女にとどめを刺すべく、一歩、また一歩、私は間合いを詰める。


 私の身体からあふれ出る魔力。

 それは静かな怒りでもあり、そして、死の宣告でもある。


「あっ、あっ、こないで……、くるなっ……!」


 相手は手に持つ斧と背中から生えるヘビから、照準の定まっていない、的外れな攻撃を放ってくる。

 しかし、私の歩みを止めることも、遅らせることもできない。


「おかしい、こんなの……。こんなのあり得ないっ……!!!」


 尻餅をつき、少しでも私から距離を取るために、必死で後ずさる相手。


「く、……」


 すぐに追いついた私は、相手を見下ろしながら、感謝の言葉を告げた。


「ありがとう。それはにとって、最高の褒め言葉だよ!」


 涙目の相手へと、私は杖を振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る