第13話 反撃のとき

 リリベル先輩の胸の中、安らぎの時間はしばらく続いていた。


「少しは、落ち着いたかしら……?」

「うう、まだもう少し……」

「そろそろ、わたしも別の仕事がしたいんだけど……」

「えー。あっ!? あああー!!!」


 私はすぐにリリベル先輩の胸の中から、自分の顔をどけた。


 やばい!!

 今、私、先輩に迷惑をかけていた!?


 ずっと体を預けていたかった。

 可能なら、このまま、一緒の布団で寝ていたかった。


 だけど、先輩に甘え続けるわけにはいかない。

 戻ることのない、かりそめの思い出から現実へと、私の理性を連れ戻す。


『私、弱いな……』


 メンタルがクソ雑魚だと再認識する。

 過去に深い傷を負いすぎているせいか、精神系の攻撃をされると、一発で崩壊する可能性すらあった。

 それが分かっている以上、精神防御系の魔法は怠らないんだけどね。


「すいません、甘えすぎました。リリベル先輩の心音があまりにも良すぎて」

「あらまあ」


 頬を触り、少し照れるリリベル先輩。

 心音の効果は抜群だね。

 今度、私もASMRでやってみようかな……。


「また甘えたくなったら、いつでもここに来ていいわよ!」

「えっ!? いや、その……」

「だって、初めての後輩ちゃんだし」


 少しママがあったけど、よくよく思い出してみたら、リリベル先輩は〈ミスプロ〉のメンバーの中で加入が遅いほう。

 後輩も、私も含めて、まだ三人しかいない。


 後輩で同じ魔女の私は、からかいやすい人物。

 その筆頭なのかもしれない。

 そういう立ち位置……、私も悪くない。


「分かりました。何かあったら、またリリベル先輩を頼ります! 絶対に!」

「よろしい!」


 リリベル先輩は自信満々に、大きな胸を前へと突き出した。


 先輩コラボを通じて、頼りにできる人が増えていく。

 やっぱり、〈ミスプロ〉は温かい。


「わたしは仕事に戻るわね。事件の報告書、まだ書き終えていないの」


 リリベル先輩の表情が、急に険しくなる。

 スイッチが切り替わり、一瞬で研究者としての顔になる。


 そういえば、コラボで霞んでいたけど、〈植物研究所デルタ〉は数時間前に襲撃を受けていた。

 怒濤の一日。


 そして、今回の事件、まだ終わりを告げていない。

 私はかろうじて依頼をこなしており、それを先輩に、しっかりと報告する義務があった。


「リリベル先輩、渡したい物があります」

「何、ステラちゃん?」


 医務室から出ようとしていたリリベル先輩を、私は呼び止める。

 私は懐から、この研究所から盗まれたとされる、〈〉を取り出す。


 大きな、まん丸の赤い宝石。

 色合いは不均等でいびつ。

 もちろん、


「え? 何で〈ブラッドムーン〉がここに!?」


 リリベル先輩の表情は固まっている。

 普通はそういう反応だと思う。


「すいません、気を失っていて、報告が遅くなりました。〈ブラッドムーン〉はきちんと私が取り返しています」

「そ、それは良かった……。もう! 早く言ってくれないと、分からないわ!!!」

「それは……、本当にごめんなさい」


 怒っているリリベル先輩も可愛い。

 まあ、冗談を言える状況ではないんだけどね……。


「だったら、相手は何も取らずに、逃げたってことでいいのかしら……?」

「半分はそうですね」

「半分?」


 私はさらに事情を説明する。


血塊石けっかいせき――、〈ブラッドムーン〉は吸血鬼の真祖の血が固まった物。一部では秘宝とも言われている、不死の吸血鬼の産物です」


〈ブラッドムーン〉がどのような物か、私は事前に知っていた。


「だから、私は三日前、リリベル先輩から依頼を受けたすぐあとに、知り合いの吸血鬼に頼んで血を提供してもらい、精巧な偽物を作りました」

「そうなの!?」


 ちなみに知り合いの吸血鬼は言うまでもない。

 同期の夜桜カレン嬢である。


「本来は研究所に提供するはずだった偽物フェイク。しかし、ちょうど襲撃と重なってしまったので、機会を見て、何とかすり替えておきました」

「ステラちゃん、すごいじゃない!!!」

「えへへ……」


 敵のボス、悪魔が本物を持っていたので、頑張ってすり替えました。

 通常だと難しいけど、私の作った空間、【疑似幻想領域】内だったので、何とかバレずに済みました。


「あと、発信器的な物を魔法で付与させています。本当は後で、敵の本拠地に襲撃を仕掛ける予定だったんですけどね……」

「ステラちゃんに相談しておいて、本当に良かったわ。ほむちゃん先輩の言っていた通りね!」

「少しでもお役に立てて嬉しいです」


 仕事は最低限。

 少なくとも最悪は避けられていた。


 一番は、敵の実力を見極め、わざと逃がして敵のアジトで一網打尽。

 次点は、その場での捕縛。

 しかし、そのどちらもできなかった。

 私の体の不調は本物だった。


 だから、次はしくじらないようにしないと。

 それに、今の私なら――。


「本当にありがとう、ステラちゃん! 今から局長に報告しに行くんだけど、できればステラちゃんも一緒に来てくれないかしら?」

「はい……! あっ、…………」

「どうかしたの?」


 従来の手続きなら、リリベル先輩の指示に従い、上に報告、本物の受け渡し。

 さらにそこから、偽物の回収も兼ねた、掃討作戦を実行する予定だった。


 しかし、その必要はなくなった。

 敵も一筋縄ではいかないらしい。


「リリベル先輩、すいません……。敵に偽物だとばれました……」


 次の瞬間――。



 私の台詞とほぼ同時に、研究所では、本日二度目の爆発が起きる。

 敵の再襲撃だった。

 偽物の位置を調べたとき、こちらに急接近しているのが確認できたから。


「そんな!?」


 大きな揺れの中、私はベッドから体を起こし、魔法で杖を作りだし、医務室の出入り口へと向かう。


「リリベル先輩は安全な所にいてください」

「でも、ステラちゃん、まだ体が……」

「私はもう大丈夫です! リリベル先輩の薬のおかげで、すっかり良くなりましたから。むしろ、体が暴れたいと言っているぐらいです!」


 滋養強壮の成分も入っていたのか、魔力を外に放出したくて堪らないと体が訴えていた。


 いや、これはヘビの料理の方かも!?

 この世界では、マムシとかが良いって言うんだっけ?


「それに、偽物だとバレている以上、泳がせておく理由もなくなりました。放っておいたら危険なので、今から私が倒してきます!」

「むっ!」


 先輩、あるいは薬師的立場だと、止めたいのが山々だと思う。


 しかし、私は研究所の最大戦力の一人。

 かつ、敵は政府施設襲撃をやってのける実力者。

 私なしでは、研究所の勝利はあり得ない!


「それに、私は〈ウィッチライブ〉の戦闘員ですから!」

「もう! ダメって言っているのに!」

「ごめんなさい……。でも、本当に体は大丈夫なので!」

「むー、戻ったら、もう一回、体を見せること! いいわね?」

「はい、分かりました!」


 説得で折れた先輩を残し、私は医務室を、そして施設の建物を出た。


       * * *


 研究室の建物から出た直後、すぐに出迎えとして、私は複数の敵に囲まれていた。


 目の前にいる敵、周囲の反応、襲撃時よりも数が多い。

 しかし、半数以上は、生物としての反応を感じない。

 死体が動いている。


 敵の種類は、前に襲撃をしてきた下級の悪魔。

 そして、研究所の制服を着た、こちら側の職員(戦闘員)。

 敵味方が入り交じった光景。

 先の襲撃により、死者が出ていると分かっていれば、この光景は納得ができた。


 確かこれは、〈魔界〉の種族の一種、死霊術を使う〈ネクロマンサー〉の技術。

 ただ、質はそれほどでもなさそう。

 技術だけを借り受けている感じ。


 本家なら、もっと上手くやるはず……。

(そう、あの先輩とかなら……)


 しかし、それでも数が増えれば、戦力にはなる。

 敵の見た目から、こちら側には迷いが生まれる。

 やっぱり政府機関への襲撃、やれることは全てやらないと成功しないよね。


「さて、どうしようかな……」


 被害が拡大する前に敵のボスを叩きたい。

 ついでに、雑魚もさっさと片付けたい。


『防衛戦は苦手なんだよね……』


 この状況、改めて慣れていないと実感する。


 私はこの研究所を防衛しなければならない。

 今まで数多あまた、行ってきたこと。

 敵を叩くことだけが勝利条件ではない。


 しかも、この世界は命の価値が重たい。

 前にいた〈魔法世界〉だったら、女、子供、一般人、死んだところで、

『戦争だから仕方ない』

 で済まされていた。


 しかし、その言い訳、ここでは通用しない。

 死者0が好ましい世界。

 理想だと分かっていながらも、私はそれを追わなくてはならない。

 この世界に住まわせてもらう以上は。


 敵の数は約30。

 私一人で、簡単に片付けることができる。


 そして先輩から、

『無理はしないで!』

 と注意されていたとしても、きっと私は体を酷使する。


 早く敵を片付けるために、私は全力を出すだろう。

 以前の私だったらそうしていた。


 しかし、今は少しだけ考えが変わっていた。

 先ほど、リリベル先輩から諭されたし、何よりこの世界に来て、私が出会った人物が変えてくれた。


 だから――!


 私は天に向かって叫んだ!


!!!」


 私の号令と共に、人工的に作られた満月の元から、一匹の白銀のキツネが舞い降りる。

 そして、彼女の振るったつるぎが、私の周囲にいた敵をなぎ払う。

 新しい刀、黒い日本刀を携えた獣人、


「ステラさん、狐守はくあ、ただいま参上しました!」


 今の私は、前よりも強い!


 だって私は、人に頼ることを覚えたのだから――。

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