第12話 リリベルママ

 地獄のコラボから一時間後。

 私はヘビの抜け殻のように、魂の抜けた状態で、医務室のベッドの上にこぢんまりと座っていた。


 正直に言うと、肉料理のボリューム、ヘビ料理の衝撃、そして薬用スムージーの味、どうでも良かった。

 ファーストキスを狐守はくあに奪われ、かつ思い出となる味が最悪で確定したのが、精神的にかなり堪えていた。


「私の初めてが……、ああぁ、あああぁ……」


 あまり考えたことがなかったけど、見知らぬ人にレイプでもされたら、こんな気持ちになるのかな……。

 魔族に捕まり、隷属の首輪を付けられ、心も体も犯される……。


 あー、やだやだ、鳥肌が立ってきた。

 絶対に魔族は根絶やしにしないといけない!


 私が変な想像をしていると、医務室の扉が開く。

 リリベル先輩が私の様子を見にやってきた。


「体調はどうかしら? って、配信中よりぐったりしている……。おかしいわね……」

「あ、いえ、大丈夫です」


 大体の元凶は、この先輩なんだけどね……。


 ただ……、今の私は、先輩にだいぶ感謝していた。

 だって、実際に体はすごく良くなっているから。


 私が狐守はくあとキスをしたあとに、開口一番に発した台詞。

 それは――。


『あれ、……』


 今、キスによるトラウマが蘇っているけど、配信時の真っ先の衝撃は、体がすごく楽になっていることだった。


 スムージーを飲み込んだ瞬間、全身に魔力が行き渡り、こびり付いていた重りが外れたかのように体が軽くなる。

 心臓もずっと違和感が残っていたのに、自然と消えていなくなってくれる。

 かなでちゃんの拘束も、本気を出さずとも振り払えるぐらいに、活力が溢れ出てくる。

 薬効の効果は抜群だった。


 さすがは研究者、いや薬師。

 キスという思い出を除けば、もっと早くにスムージーを飲んでおきたかった。


 ちなみに、は最悪だったらしい……。

 私はあんまり気にならなくて、大丈夫だったけど。


 一緒に口に含んだ、はくあちゃんが数十秒後、近くのバケツに何度もリバースしていたのを、私は覚えている。

 しかも、その音声、しっかりとマイクに拾われている。

 先ほどのコラボ配信、事故的な意味では、狐守はくあの方が、ダメージが大きかったのかもしれない。


 配信後に上がった切り抜きも、そこのシーンが多いかな……。

 再生数も……。

 はくあちゃんがリバースしているシーンの方が、私が喘いでいるシーンより数字が取れますよね。

 はぁ、がんばろう……。


 以上がキスシーンのあとの配信の一部始終である。

 あとで知ったことだけど、スムージーに使った薬草はかなり高価な物らしい。

 もちろん、効能は抜群で、〈人間世界〉では一部取り扱い禁止薬物に指定されていて、一般目的での使用は不可能。

 しかし、医療目的であれば使用は可能で、私の場合、リリベル先輩が上に許可を取ってくれていた。


 普通では絶対に下りることのない、一般使用での許可。

 しかし、私が研究所の被害を最小限に抑えたことが、許可取りに有利に働いたみたいだった。


「ステラちゃんのファン、黒猫くんたちが喜んでいたわよ」

「あはは、そうみたいですね……」


 私はベッドのそばにある、研究所内で借りているノートパソコンの画面を開く。

 配信終了後の私のSNSの呟きには、ファンからのコメントが100件以上も付いていた。


@**************

おつステラ~

元気になったステラちゃんが見られて本当によかったよ!

@*********

おつかれ

面白いコラボだった。ステラちゃんが元気になってよかった!

@***********

おつステラ!

元気になれるコラボだったね!

ステラちゃんの次の配信がたのしみ!


 それは、私の体調を気遣ってのコメントがほとんどだった。


 リリベル先輩のところのコメントも同じ。

 私のファン――、黒猫くんたちが、リリベル先輩のチャンネル、コラボ配信の枠に感謝の言葉を残していた。


 私は温かい気持ちで、コメント欄の画面をスクロールした。


@***********

リリ姉、素敵なコラボをありがとうございました

@****************

毎日無理をしているステラちゃんを見ていられなかった

元気にしてくれたリリ姉に本当に感謝!!!

@*********

素敵なコラボだった

ステラちゃんとまたコラボしてください!


「ステラちゃんが無理をしていたこと、黒猫くんにもバレていたわよ」

「私、アイドル失格かもしれませんね……」


 一応、念のために言っておくと、私はVTuberだよ。

 今日やったことは、芸人かもしれないけど……。


 はぁ、無理をしているところ、誰にも悟られないようにしていたんだけどな……。

 ミスメンにもミスリス(※ミスプロリスナーのこと)にも、みんなにバレていたらしい。

 情けないな、私。


「それにほむちゃん先輩も言っていなかった? 虚偽報告はだめだってね」

「あ……」


 そっちにもバレていたんだ。


 私が嘘を付いたとき、ホムラ先輩は疑いのまなざしを向けていた。

 もちろん事務所として、コンプライアンスも大事だけど、無理はするなという、ホムラ先輩の気遣いの一つだったのかもしれない。


 様々な感情が入り交じっている中、同じく事務所の先輩、円樹リリベルは私のすぐ隣に座ると、優しく頭をなでてきた。


「辛かったら、きちんと休まないとダメよ」

「で、でも……」


 リリベル先輩と私、身長差がある。

 隣に並ばれると、私は先輩の妹みたいだった。


「もっとメンバーを頼ってもいいのよ。それに配信を休みたくなかったら、コラボを増やすのも手かしら」

「コラボ、ですか?」

「コラボだと、ステラちゃんのトークが減らせて、体も少しは楽になるし、ミスをしても相手にフォローしてもらえるから、変に精神が疲れることもないわ」

「あっ……、そっか……」

「もちろん、相手と内容にもよるけどね!」


 リリベル先輩が言っていた通り、内容によっては、配信者一人当たりの負担を減らすことができるかもしれない。

 プロレス、企画系配信だと、逆に負担は増えるかもしれないけど、まったり対談系とかだったら、いつもより楽に配信ができるかもしれない。


「でも、相手が……」

「ステラちゃんには、仲の良い同期がいるじゃない!」

「あ、そうですね……」


 それに、気の許せる仲間だったら、きっといつもよりも配信も楽しいはず。

 時間を忘れて、本末転倒になってしまうぐらいに……。

 はくあちゃん、カレンちゃんに頼んだら、喜んで引き受けてくれるかもしれない。

 もしかしたら、リリベル先輩やかなで先輩も、今回のコラボみたいに協力してくれるかもしれない。


 一人では限界がある。

 私はこれまで、一人では何もなせなかった。

 もう少し人を、〈ミスプロ〉のメンバーを、私は頼ってもいいのかもしれない。

 今回のコラボみたいに……。


「今度、同期に相談してみます! リリベル先輩、本当にありがとうございました!」

「良かった、ステラちゃんがやっと素直になってくれて」


 リリベル先輩は再び私の頭をなでて、そしてゆっくりと、自分の体の方へと引き寄せた。


「えっ……」


 私の頭は、顔は、リリベル先輩のふくよかな胸へと押しつけられた。


 枕とはまた違った柔らかさ。

 クッションでは感じることのできないぬくもり。

 はっきりとは聞こえないけど、かすかに遠くから響いてくる一定の鼓動。


『すごく落ち着く……』


 本来なら恥ずかしくて、すぐに先輩から離れるはずなのに、この居心地の良さに、完全に私は負けていた。


「いい子、いい子」


 今度は頭ではなく、背中をさすってくれる。

 居心地の良さに拍車をかけていた。


 私がリリベル先輩から抜け出せない理由、一つだけ心当たりがあった。


『あ、これはお母さんのぬくもりだ……』


 リリベル先輩の母性で、私は童心へと返っていた。


 この攻撃は、私にとって特効だ。

 私は小さい頃、両親を失っている。魔族に国を滅ぼされている。

 私が魔族嫌いになった理由の始まり。

 だから、私は、両親の愛情に飢えていた。


『リリベルママと言ったら、怒られるかな……?』


 ママ呼びは年齢ネタの一つ。人によっては不快に思うかもしれない。


 リリベル先輩はどっちなんだろう……?

 分からない。嫌われたくない。

 これ以上、私の恥ずかしいところも見せたくない。


『優しい音……』


 だから、私はリリベル先輩の胸の中で、心音を聴いているだけにした。

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