第10話 弱体化

 多分、ここは深層心理。夢の中。

 夢といっても、意識がぼんやりとしているだけで、景色は定まっていない。


『私は弱くなっている』


 それが夢の中で、朦朧と私が思ったことだった。


 今回の戦い、ミスはほとんどなかったと思う。

 最後の高威力のビームは悪手だったかもしれないけど、かといって撃たないでいたら【疑似幻想領域】が崩壊、そのあとに相手に何をされていたか分からない。


 だったら、何が原因か?

 それは私が望む展開に、自分のスペックが追いついてきていなかった。

 PCゲームを配信しようとしたら、パソコンのスペックが足りなくてゲームが、あるいは配信ソフトが動かなかった。

 それに近い。


 ビームの威力、もう少しだけ高められたはず。

 そもそも、【疑似幻想領域】の15分という制限時間付きもきつい。

 他にも、色々と私のスペック不足が露呈していた。

 悪魔相手にあそこまで苦戦するのも想定外だったかな。


 私が弱くなった原因、もちろん自分でも分かっていた。

 それは――。


       * * *


「あっ……」


 私はまぶたを開く。

 少し遅れて、体の支配権が戻ってくる。

 白いベッドの上。

 隣には狐守はくあちゃんと、蛇ヶ崎かなで先輩……。


「ステラさん、やっと目が覚めた……」

「黒星さん、良かった」


 少し泣き出しそうになっているはくあちゃん、大きなため息を付いているかなで先輩。

 同期はともかく、先輩にまで心配をかけさせてしまった。

 私は後輩失格だろうね。


「なんかごめん。魔力を使いすぎたみたい」

「無理はしないでって、この前、行ったばかりなのにっ!!!」

「はくあちゃん、ごめん……」


 最近、私が倒れて、同期に心配されるパターンが多い気がする。

 気のせいかな……。

 多分、二回目ぐらいのはずなのに。

 私の方が同期より強いはずなのに。

 なんで……。


 部屋の様子、そこに掛けられていた時計、私は人物以外の周辺を確認する。

 どうやらここは、植物研究所の一室。

 おそらく、職員に何かあったとき用の医務室なのだろう。


 正確な位置は分からないけど、医務室の周辺には魔力を帯びた道具であふれている。

 以前訪れた、〈魔法世界〉関連の研究室。

 確か、『V10』エリア近くだったかな。


 時刻は午後5時。襲撃は1時過ぎ、

 どうやら私は、3時間近く寝ていたらしい。


 そして、二人の獣人、あるいはミスメンに心配されている中、医務室のドアが開き、もう一人のミスメンが私に気付いて駆け寄ってくる。


「目が覚めたみたいね。良かったわ」

「リリベル先輩、三日ぶりです」

「もう! 本当に心配したんだから」

「すいません」


 三人の顔を直接、見ることができない。

 先輩に(同期に)これだけ心配をされている。

 立場が全くなかった。


「狐守ちゃん、かなで、少し席を外してもらってもいいかしら?」

「円樹先輩、分かりました」

「分かった」


 二人はそれぞれうなずくと、リリベル先輩と入れ替わるようにして、私の視界から小さくなっていく。

 さらに、かなでちゃんは去り際に、


「黒星さん、もう無理はしないでください」


 と二人には聞こえない声で。

 しかも、少し怒った顔で言われてしまった……。


 怒ってくれるほど、心配してくれているのは嬉しい反面、

『こんなできた年下の後輩、実際にほしいな……』

 とも思ってしまった。


 かなでちゃんが人気の理由、分かった気がする。

 この後輩キャラ、強い!


 二人が医務室から立ち去ったあと、ベッドの隣にある椅子へと、リリベル先輩は座った。

 私は体を起こし、リリベル先輩との目線の高さをできるだけ合わせた。


「リリベル先輩、その……」

「やっぱり、襲撃を受けてしまったわね……」

「あの、【ブラッドムーン】は……」

「奪われたわ……」


 私は三日前にリリベル先輩から、とある依頼を受けていた。

 それはミスメンとしての、配信者としての依頼ではない。

 戦闘員としての依頼。

 私がこの研究所に初めて訪れた、ちょうどその日に、とある『アイテム』が搬入されていた。


 血塊石けっかいせき

【ブラッドムーン】


 政府の施設、【技術研究所ガンマ】に、元々保管されていた貴重品。

 ここの研究に必要ということで、極秘裏に搬入された物。

 私はそのアイテムの、防衛強化に関する助言を引き受けていた。

 理由は色々とあるけど、貴重品の保管施設の防衛能力が、前よりも落ちてしまうことだった。


 ここ〈植物研究所デルタ〉は他の研究所と比べ、防衛能力が低いらしい。

 まあなんとなく、〈技術研究所ガンマ〉なんかと比べると、武器も多く保管されていないし、重要度も低そうだし、何より名前負け(?)もしている。

 他の研究所より手薄と言われても、納得できるかな。


 とはいえ、搬入されてくるものは、元は〈技術研究所ガンマ〉にあった物。

 しかも、不老不死の吸血鬼に関わるアイテム。

 勢力によっては、喉から手がほしい。

 だから、私はリリベル先輩から相談を受け、大きく関わらない程度に依頼を引き受けた。


 大きく関わらない程度にと言っても、手は抜かずに対策はしっかりと。

 絶対に盗まれないように、その〈ブラッドムーン〉に防御結界の術を施し、その解除の魔法キーをリリベル先輩へと渡した。

 本当は私が駐在していて、ずっと見張っていられればいいんだけど、そういうわけにはいかないからね。


 で、その結果がこれ。


 ベストを尽くしたとはいえ、防御結界は強引に突破され、〈ブラッドムーン〉は盗み出された。


 幸いだったのは、魔法鍵を持っていたリリベル先輩が狙われなかったこと。

 ちなみに、その〈ブラッドムーン〉を、最後に確認したのは数時間前。

 持っていたのは、あの悪魔である。


 私の最後の魔法を防ぎきったのは、もしかしたら、〈あの道具〉の力の一部を使ったのかもしれない。

 リリベル先輩からの依頼、こちらも私は失敗したのだ。


「ごめんなさい。敵の主犯と対峙しましたが、取り逃してしまいました……」

「いいのよ、ステラちゃんが本当に無事で良かった。それに、研究所の被害を最小限に抑えてくれた協力者が死んだとなれば、この施設は責任を取らないといけなくなるからね」

「ええ、まあ……。あはは……」


 あくまで私は部外者。

 職員が死ぬよりも、さらにやばい。


「でもね、一番は、〈ウィッチライブ〉としてまずいかしら」

「え?」

「ほむちゃん先輩にわたしが殺されてしまうわ」

「す、すいません……」


 少しだけ、嬉しかった……。

 末端だけど、事務所の一員として見てくれているのは。


「だからあえてね、ステラちゃんにきつく注意するけど」

「な、何ですか?」


 急にリリベル先輩の優しい笑みが消えた。

 影を落としたリリベル先輩の表情は、重傷の患者を診る、回復魔法使いの顔付きだった。


「ステラちゃん、まだ心臓の怪我、治っていないでしょ?」

「…………」

「この前の検診のとき、ごまかしていたわよね?」

「…………、はい……」

「はぁ……」


 隠しきれない――。

 リリベル先輩の深いため息。

 この件に関して、私はあまり罪悪感を覚えていない。


 私が悪魔に負けた理由、それは本調子でなかったところがある。

 いや、言い訳は良くないね。

 あの戦いで決めきれなかったのは、私の実力不足。

 戦場で言い訳など通用しない。結果が全て。


 それでもあえて、さらに言い訳をするなら――。


「まだ治っていないのに、配信をして……。しっかりと休まないとダメでしょ!!!」

「はい……」


 身体の回復に、自身の魔力リソースを割かなかったこと。

 昔の私だったら、回復を最優先して、すぐに戦線に復帰する。

 一匹でも多く、一匹でも早く、魔族を倒すために……。


 だけど、今の私は、それを疎かにしていた。

 リリベル先輩の言っていることはごもっとも。

 反論の余地は一切なかった。


「どうして、無理をしたの?」

「それは……」

「わたしにも言えないことなの?」

「いえ……、それは……」


 これは先輩の、始めはそう思った。

 だけど、少し違う気がした。


 なんていうか……、その……。

 昔生きていた、お母さんに叱られている気分だった。

 優しさから出た言葉。

 だから私は、思い詰めていたことを、リリベル先輩に吐き出してしまった。


「休みたくなかったんです。配信を。先月は全然、配信ができなくて、ファンの人を悲しませてしまったし。それに〈ウィッチライブ〉は他のグループに比べ、遅れをとっていたし……」

「心がけは良いと思うけど、無理をしたら元も子もないのよ!」

「はい……」


 配信を頑張りたい!

 殊勝な心がけだと思う。

 そういう配信者になりたい!

 有言実行していると思う。


 だけど、私の場合、その根底にあるのは、他のメンバーと違った考え。

 去年のクリスマスのあとに、考えていたことがある。


『もう私は戦うことがないかもしれない』


 と……。


 この世界で新たに生きていくと、クリスマスの日に、私は改めて決意した。

 それと同時に、


『もう戦わない方がいいのでは?』


 とも考えてしまったのだ。


 何より、配信者という職業に戦闘力なんていらない。

 切り捨ててもいい。

 だから、私は身体の回復を疎かにした。


 私が弱くなった本当の理由。

 この世界に来ての、気持ちの変化。


『それにもう、〈魔法世界〉から逃げられないと思うしね……。諦めました!』


「それで、今日のコラボだけど……」

「あっ!」


 そういえばすっかり忘れていた。私が〈植物研究所デルタ〉に来た理由。

 医務室の時計は午後5時過ぎ。

 研究室内は窓が少なく、差し込む光もまばらなので、時計で判断するしかない。

 そもそも、その光も人工物だった。


「研究所まで来てもらって悪いけど、中止にするしかないわね。私の都合ってことにしておくわ」

「ちょっと、待ってください!!!」


 私は身を乗り出し、異議を唱える。


「今からリスケにはしたくないです。それに、私のせいで〈サバンナ〉二人も呼んだコラボを中止するわけには……」

「そういうところが良くないって、ついさっき、言ったばかりなんだけど……」

「うっ」


 形勢がきついかも。

 私の心の中でも、リスケしようと訴えている勢力がいる。

 研究所も被害が甚大。

 リリベル先輩も、配信している場合ではないかもしれない。


 だけど、私は配信者として、ここは中止にしたくないという想いが強かった。

 体が全く動かないならまだしも、少し休んで、動けるまでには回復している。


 何より、体を酷使するわけではない。

 配信だと、精神を使うだけ。

 こんなことで弱音を吐いているわけにはいかない。

 それにこんな逆境、今まで、何度もくぐり抜けてきたはず!


「うーん、そうは言われても……」


 口元に手を当て、ネコのようにうなっているリリベル先輩に、私はもう一度、お願いをする。


「リリベル先輩、コラボさせてください。お願いします!」


 これは私の覚悟。

 だって私は、この世界で配信者として、生きていくと決めたのだから!

 それをこんなところで……。


 私の必死の訴えもあって、リリベル先輩は渋々折れた。


「なら、しょうがないわね……。少し時間をずらして、予定通りコラボをしましょう……。私も急いで準備をしないとね!」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、一つだけ条件があります!」

「はい?」


 間の抜けた返事が、私の口から出る。

 リリベル先輩が提示しようとしている条件、なぜか私は嫌な予感がしたからだ。


「コラボ中は絶対にわたしの言うことを聞くこと!」

「うっ……」

「い い わ ね ?」

「はい……」


 ドクターストップ等の、私が配信で無理をしないための条件。

 その方便だと、私は良い方に捉えることにした。

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