第8話 共闘、蛇ヶ崎かなで(Savanna)

 何者かによる、〈植物研究所デルタ〉への攻撃。

 正直、賢いとは言えなかった。


「政府機関への襲撃、常人のやることではないね」


 さらっと呟く私の隣、獣人の二人と案内役の職員の顔から、笑みが消えていた。


 政府の機関の一つ、研究所は異世界の情報の集まり。

 あるいは人材が集まる、集合知。

 警備の人数も尋常ではない。


 それにここは、〈魔法世界〉の情報だけが集められているわけではない。

 別の区画には別の世界の情報がある。

 警備も多国籍軍に近く、簡単に突破できるとは思えない。


 なによりここは地下。

 侵入経路は限られ、守りは堅いはず。

 そこを突破している。

 相手はただ者ではなかった。


『V6に侵入者! 職員はただちに避難してください! 繰り返します、V6に――』


 鳴り響く警報。

 被害が拡大しているのか、遠くに立ち上る黒煙は規模と数が増していた。

 さらに、電力系統もやられたのか、エレベーターも途中で止まった。


『これは……、あんまり良くないね……』


 私も今さらながら、冷や汗をかいてきたかも。


「黒星さん、私は……」

「かなでちゃん、落ち着いて!」


 今すぐにでも動き出しそうな、かなでちゃんの二の腕を、私は強く掴む。

 力が必要なのは、別の獣人で学習済み。

 私は急いで通信用の魔法結晶を取り出し、そこに話しかける。


「リリベル先輩! リリベル先輩!」

『ステラちゃん!? ぶ、無事なのね?』


 この通信結晶は、〈ウィッチライブ〉の魔女全員に持たされていた物。

 数日前、私が事務所に呼び出された際に使用された物と同じ。

 魔女の間でどのくらい使われているかは分からない。

 この世界に染まりきった私はほとんど使わない。


 今回、初めて役に立ったかも?

 通信妨害でスマホは圏外みたいだし。


「今、どこにいますか?」

『研究室よ! 前に来てくれた建物、V10研究室! その近くのシェルターにいるわ!』

「分かりました、すぐに向かいます」

『う、うん……。待っているわ』


 私は結晶による通信を切った。

 今のところ、リリベル先輩は無事だけど、時間が惜しい。

 情報は必要な分だけ。

 何かあったら、またお互いに連絡。


「はくあちゃん、先輩の所に行ける?」

「はい。ステラさん!」


 指示を待っていたはくあちゃんに、私は別の魔法結晶を渡した。

 これは追跡機みたいな物。

 リリベル先輩の持っている結晶の位置を、光で教えてくれる。


「先輩のことをお願いね」

「わおーん!」


 私が防御結界と共に、エレベーターの強化ガラスを魔法で撃ち破ると、はくあちゃんは白いキツネの姿に変化して、リリベル先輩のいるV10研究室の方角へと、勢いよくジャンプをした。


「あの、はくあさん、大丈夫でしょうか?」


 同じ獣人として心配しているかなでちゃんに、私は自信を持って答える。


「大丈夫、はくあちゃんは強いから!」

「そうですよね」


 かなでちゃんの表情から不安の色が消える。

 おそらく、はくあちゃんの強さを知りながらも、心配なところがあったのだろう。

 それを私がダメ押しした。


 私はリリベル先輩の所に、はくあちゃんを向かわせる判断を下した。

 完璧とまでいかないまでも、正解だと確信している。


 襲撃者の侵入地点(V6)。

 リリベル先輩がいる研究室近くのシェルター(V10)。

 研究所の地図によると少し位置が離れている。

 すぐにリリベル先輩の所に戦力を割く必要はない。


 とはいえ、無視もできない。

 研究室にも政府関係者、非戦闘員が多くいるのは、前回の訪問から把握済み。

 だから、私たちの中で一番足の速い、はくあちゃんを向かわせた。

 これで当分は大丈夫なはず。


 それに、先ほどの私の発言、嘘は一切ない。

 はくあちゃんは強い! 同期の私が一番良く分かっている。


 そして、残った私たちは遊撃部隊。

 一緒にエレベーターにいる職員を安全な場所へと移動させたあと、敵を各個撃破。

 あるいは、やばそうなところに助太刀かな。


「黒星さん、私はどうすればいいですか?」


 戸惑いを見せながらも、17という年齢不相応に落ち着いているかなでちゃんに対して、私は次の指示を出す。


「かなでちゃんは私に付いてきて。ちょっと危ないかもしれないけど、私がしっかりと守るから!」

「はい!」


 何かデジャブ。

 デビュー、一ヶ月後ぐらいに、同じようなことを別の獣人にも言った気がする。

 あと、ちょっと頬を赤らめているように見えるのは、気のせいだろうか?


 それに――。

 私が特別、何かする必要はない。

 そんな確信がどこかにあった。


       * * *


〈魔法世界〉区画、植物園内部。

 実際に私の確信は、まあ外れることはなかった。


狩ノ二刀流かのにとうりゅう叢時雨むらしぐれ


 かなでちゃんが持つ、二本の緑の刀から、同じく緑、緑青ろくしょう色の斬撃が繰り出される。


「この少女、強い!?」


 敵は後退。人は見かけで判断してはいけない。


「く、来るな……。ぐ、ぐはぁ……」


 そのまま、かなでちゃんは敵との距離を詰め、その身体を切り伏せた。


 私は魔法で援護しているだけ。

 魔女(魔法使い)は基本後衛。

 私の世界でもそれが常識で、魔法使い単体で前に出るなんて、よほどの実力者でない限りはしない。


 何より、私の得意な闇魔法、この地下施設では相性が悪い。

 闇属性は破滅の魔法。

 周辺の施設、植えられている植物、破壊してもいいのなら、思う存分にやるけど……(当たり前だけど、天井をぶち抜くと敵味方共に全滅)。

 だから、余計な罪状が付かないように加減をしつつ、かつ防衛の手も抜かずに戦っていた。


 それに、思っていた以上にかなでちゃんが強くて、私の出る幕があまりないかもしれない。

 これは同行していた職員を非難させたあと、さらに私たちも別れた方が良かったかも。

 判断をミスったかもしれない。


 かなでちゃんは落ち着いた性格。

 しかし、身体から感じる獣人の力、『闘気』はそれなりのもの。

 実力者なのは、事前に分かっていたはずなのにね……。


 私がリリベル先輩の所に、同期のかなでちゃんではなく、はくあちゃんを向かわせた理由は、強さから決定したわけではない。

 さっきも説明したとおり、速度重視。

 防衛能力、戦闘能力で言えば、かなでちゃんでも十分だった。


【狩ノ二刀流・緑雨りょくう


 細かい緑の斬撃。

 敵に小さな傷を、確実に与えていく。


 かなでちゃんは二刀流。

 右手と口に、刀を掴んでいる(咥えている)。

 流派は私が知っている(何度も喰らっている)【狩ノ流かのりゅう】。

 獣人の世界では、メジャーな流派の一つらしい。


 刀身には緑色の液体。つまり毒。

 刀全体が緑(青錆)に染まっているのも、毒の刀の材質(あるいは錆による変色?)の影響だと思われる。

 そして、毒は自家製。

 かなでちゃんのモデルとなる動物が『』だから、不思議ではない。


 剣の腕もそれなりなのに、さらに一撃でも食らったら毒が回る凶悪なコンボ。

 現に相手は、かなでちゃんの細かい斬撃を食らってからは数秒後に動きが鈍り、さらにしばらくすると身体が一切動かなくなっていた。

 戦闘で血流も早くなっている。

 毒の回りも早かった。


 新たに迫る、敵の援軍。

 複数の凶刃が、かなでちゃんを襲う。


 しかし、かなでちゃんの防御面は――。


【硬化術・脱殻装甲だっかくそうこう


 皮膚の厚い装甲でカバー。


 ヘビでいう脱皮。

 強い衝撃を受けると、外皮を生成して攻撃を軽減している。


 見た目は竜の鱗に近い感じ。

 色は髪の色のベージュに近い白系。

 攻守共に隙が少ない。


 かなでちゃんは敵の攻撃を腕で受けとめると、


【狩ノ二刀流・奥義・卯の花腐しうのはなくたし


 手と口、両方の刀で相手を切り伏せた。


 致命傷ではないけど、毒を付与。

 技の名前の通り、このてきは長くは持たない。


 かなでちゃんの実力に文句はない。

 ただ、強いて言えば、弱点は力がそんなに強くないところかな。

 獣人だから普通の人間よりは強いんだけど、元の動物がヘビだからなのか、単純な打撃力では、はくあちゃんの方が上だった。


 これは私の悪い癖なんだけど、どうも相手の実力を、他の誰かと比べてしまう癖がある。

 同じ獣人、はくあちゃんとかなでちゃん、どっちが強いのかなーと。


 力では、はくあちゃんの方が勝ち。

 だけど、毒を入れられれば、かなでちゃんの方が勝ち。


 とかね……。


 戦闘だから許されているところがあるけど、Vでゲームの上手さとか、歌の上手さとか、誰かと比べるのはあまり良くないからダメだぞ。

 目に付くところに書くのはもっとダメだぞ。

 ステラお姉さんとの約束だー!

(比べられた側は凹むからね……)


 そんなこんなでこの辺りの敵は、ほぼ無力化。

 やっぱり、私の出る幕はなかったかも。

 でも、サボっていたわけではなく、私もかなでちゃんと同数の敵を倒していることを付け加えておきます。

 つまり、かかった時間も半分。


「黒星さん、片付きましたね」

「かなでちゃん、強いね!」

「そうでもないですよ」


 表情の変化量は少ないものの、照れ隠しする姿は可愛い。

 これ、同級生の男子高校生は惚れるだろうね……。


 なお、かなでちゃんの近くには、男性が数人、毒で動けなくなり倒れている。

(ついでに敵の情報を付け加えると、種族は頭に角がある悪魔)

 かなでちゃんはそれでも不安なのか、自分の刀でプスプスと、さらに敵の身体を刺していた。


『ちょっとヤンデレの素質がある!?』


 私が魔法で撃退した敵も同様のことを行っていた。


 敵は雑魚でもそれなりの手慣れ。

 下級の悪魔でも、一般人では歯が立たない。

 かなでちゃんが念入りに、追加の毒を入れるのも分からなくはなかった。


 今回、戦った相手、私たちの敵ではなかった。

 私に言わせれば、「ぬるい!」の一言。

 この世界に、私のような戦闘マニアは、もういらないのかもしれない。


 でもね――。


 私は一切、油断はしていないよ!


「かなでちゃん、来るよ。気をつけて!」

「え!?」


 隣にいた、かなでちゃんが間の抜けた声を出す中、私は杖を構え、上空からの奇襲、悪魔の攻撃をしっかりと受け止めた。


 ギシギシと擦れ合う金属音。

 敵の身の丈に合わない、巨大な斧による一撃。

 最近、私はそういう武器が出てくるゲームの配信をしていて、総じて、要求筋力は高め。


 破壊力は抜群。明らかに人外の力。

 悪魔だから当然か。


「ふーん、今の攻撃、受け止めるんだ!」

「事前に気付いていたからね」

「そう、残念」


 私は敵の斧を押し返し、かなでちゃんの制服の袖を掴むと、相手との距離を取った。


 新たに現れた敵。

 額の左右には黒い歪な角。

 私の見慣れていた、魔族にも似た容貌だけど、ここまで禍々しくはない。

 雰囲気、力の根源、どれも少しだけ違っている。


 敵の出身は〈魔界〉。

 大雑把に言えば〈悪魔〉。

 同郷の吸血鬼、同期のカレンちゃんに話を聞けば、さらに敵の詳細が分かるかも。

 さらにそこから、生物と同じように、細かくジャンル分けがされるかもしれない。


「かなでちゃん、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます。全く、反応できませんでした」

「いいよ。相手はそれなりに強いし。もしかしたら敵の主犯かも」

「えっ」


 敵のボス、あるいはそれに近い者。

 私は先ほどの一撃から、この悪魔が研究所を襲撃するに足る人物だと判断していた。


「なら、これはどうかしら?」


 彼女は思いっきり後ろで斧を構え、こちらへと大きく振りかざした。


【デモンズ・オーバーパワー】


 〈魔界〉の住民による力、『魔素まそ』の乗った斬撃が私たちに迫る。


【テネブライ・シャドウウォール】


 私は黒いバリアを張り、斬撃を受け止める。

 固いバリアは攻撃と相殺、結晶となって砕け散った。


「やる~」


 さらに相手は楽しそうに無数の斬撃を繰り出し、その度、私はバリアを張り、全ての攻撃を防いだ。


 攻撃は重たい。バリアに手は抜いていない。

 多分、かなでちゃんの【脱殻装甲だっかくそうこう】でギリギリ。

 かつ、高頻度で繰り出されれば、身が持たないだろう。


 威力の正確な鑑定ができるのは、『魔素』が私の世界の『魔力』に似ているから。

〈魔界〉と〈魔法世界〉は繋がっていると聞いているし、〈悪魔〉と〈魔族〉、関連性があることも分かっている。

 つまり、目の前にいるのは、私の世界の仇敵、魔族に近い存在なのだ。


 きっと、攻撃を避けるのが正しい。

 バリアで魔力を消耗して、わざわざ受ける必要はない。


 だけど、それをしないのは、ここが重要な施設だから。

 避けた斬撃で、施設を破壊されるわけにはいかない。

 ただでさえ、すでに一部が取り壊されているというのに。


 それに周りに植えられている植物。

 刈り取られてしまっては、もう一人の先輩の悲しむ顔が目に浮かぶ。


 だから――。


「これ以上、あなたの好きにはさせない!」


 私は漆黒の道具を取り出す。


 それは小さな天球儀。

 私の大切な友人からもらった道具。

 それを模した『


幻想天球儀】


』は失われ、今は手元にない。

 だから私は、そのレプリカを作った。

 完全な劣化品ではあるけど、だからといって使えないことはない!


・ノクトゥルヌスウィッチ・リベレーション】


 研究所に、植物園に被害を出さないためにも、私は敵味方三人がいるこの場所を、別の空間へと置き換えた。

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