第5話 4番目の魔女
天上ホムラ先輩との邂逅。事務所に呼び出された次の日。
私は早速、とある場所へと向かっていた。
「ステラ様、話は伺っております。こちらへ」
政府の息がかかった女性職員に案内され、都内の、山の手線の内側にある建物を経由して、地下へと潜る。
深度は地下鉄よりもさらに下。
目的地は地下50メートル以上。
エレベーターで下へ。
視界は黒のコンクリート壁が続いたかと思えば、ある階層を超えると青と緑が一面を覆う、自然豊かな植物園が眼下に広がっていた。
アニメで例えると、ロボットアニメの軌道エレベーターのシーンに近いかも?
真下に見える植物園へと向かって、短時間ではあるけど、透明な筒の中を下っているに等しい。
私が降り立とうとしている、この施設の名は【植物研究所デルタ】。
異世界の植物を一手に管理する、政府の重要施設の一つ。
〈魔法世界〉に限らず、〈人間世界〉が把握している異世界の植物は全てここに集められ、厳重に管理されていた。
私たちの世界の植物は、この世界では外来生物に等しい。
きちんと管理しないと生態系を壊しかねない。
また、植物が管轄の【植物研究所デルタ】以外にも、動物や道具(武器)などを管理する施設が別にあると、私は聞いていた。
そんな重要な施設に……、私が堂々と入れるとは思わなかった。
私のステータスは不法入国(※世界)扱いだと思っていたけど、難民、あるいは亡命者レベルにまで引き下がっているらしい。
多分、〈ミスプロ〉に入ったとき、社長が手を回している。
足を向けて寝られないね……。
施設の面積は千葉県にある某テーマパーク、二つ合わせたよりも、さらに広いらしい……。
先ほど女性職員に説明を受けた。
らしいというのは、私はこの世界の住民ではないので、この世界の施設に例えられてもいまいち実感がわかないのと、植物園の地下が複数の階層に分かれているので、数字以上に面積は広く感じるとのこと。
全て見て回るには、一日では足りないとの女性職員の追加の説明も。
あとは、
「迷子にならないように、気をつけてくださいね!」
と注意とやんわり警告。
重要施設なので、必要な場所以外には行くなと釘を刺されていた。
まあ、私は問題ないと思う。
目的地の〈魔法世界〉関連の場所にしか、興味がないから。
それに、全体から見て広大な場所も、〈魔法世界〉の区画に限ればそんなに広くない。
私に限って迷子の心配もない。
――そう、油断していた。
「はぁ、はぁ、広すぎる……」
女性職員と別れ、私は〈魔法世界〉の区画の植物園の中を歩き回っていた。
魔法で作られた人工太陽。
種類は分からないけど、妙な懐かしさを感じる、魔力を帯びた植物。
〈人間世界〉の物質(?)で例えると、魔力というマイナスイオンをすごく肌で感じているわけだけど、近年引きこもりの私にとって、このアウトドア満載の空間は少しきついかもしれない。
そもそも、気温が高すぎる!
真夏並み。
今、冬だから、地上との寒暖差、激しすぎ!
こんな明るい場所、ゲームばっかりやっている配信者で、好きな人はいないはず……。
「あら、待たせてしまったわね」
やっとたどり着いた、待ち合わせの場所で乾いた喉を潤していると、目的の人物が現れた。
今のところ前述から、わかり合える気が微妙にしない。
「初めまして、リリベル先輩」
「ステラちゃん、こちらこそ初めまして。すごく会いたかったわ!」
白衣を着た、優しそうな年上の女性。事前のイメージ通りである。
ウェブ通話で少し話したことがあるから、どんな人物か分かっていたけど。
ただ、それ以上にVTuberのガワ(白衣ではない)、そして配信、外部の情報で補完されているところがあるのも大きかった。
薄い黄緑色の髪。長さは肩まで。
すごくきれいかも……。
と褒めたいところなんだけど、あさっての方向に跳ねる髪。
つまり、寝癖を観測。手入れはあまりされていないかも……。
目はおっとりとした雰囲気を出している垂れ目。
こちらもイメージ通り。
ただ、
あー、色々とお疲れ様です……。
服装は、ラフな私と違って、研究所では白衣を着ていた。
そして、皺も付いていた……。
もうノーコメントです……。
寝癖、隈、皺、研究で忙しいことがうかがえる。
ついでに、大きな胸の膨らみも観測。
ちっ……。
あとは、身長が高いのが特徴かな……。
私より10センチ以上も高い(170ぐらい?)。
研究所でヒールなんて履いていないから、素でかなり高い。
私の目線も自然と上か、地面と平行の胸へと行く。
年齢も(当然)上。私の持っている情報だと、26か7ぐらいだと聞いていた。
情報をまとめると、年上、研究者、身長が高い、胸が大きい、それでいて配信者もしている。
兼業は業界では珍しくないけど、研究者はあまり聞かないかも?
リリベル先輩は魔女という点を除いても、かなり異色に近い人物だった。
さて、私たち〈ウィッチライブ〉の4番手(のリアル)を紹介し終わったところで、私はここに来た目的をさっさと果たそうと思う。
「リリベル先輩、ホムラ先輩から困っていると聞いて、ここに派遣されてきました」
心の中で軍の敬礼。
しかし――。
「そうなの? 連絡は受けているけど、今は困っていることなんてないわよ」
「あれ?」
社長に大至急と言われていたから、次の日に来たんだけど……。
先輩同士で、話が食い違っている気がする。
「私はてっきり、リリベル先輩がピンチだと思って来たんですけど……」
「うん? あっ、ああ、なるほど、そういうことね……」
「ん? どういうことですか?」
リリベル先輩はすぐに何か腑に落ちると、その推理を私に説明してくれた。
「ステラちゃん、ほむちゃん先輩(※ホムラ先輩のこと)にはめられたわね!」
「え!?」
リリベル先輩は困っていることなんてなかった。
むしろ、心配されているのは、私の方だった。
「アリス先輩の所に、全く顔を出していないでしょ?」
「え、あ、いやー、そのー」
「きちんとアリス先輩の治療を受けないとダメでしょ!」
「あ、はい……」
私は去年のクリスマスに死にかけている。
魔族の不意打ちを食らって、心臓を潰されて、でも、何とか回復してかろうじて生きている。
その治療、回復魔法を行ったのが、〈ウィッチライブ〉の2番目の魔女、暁月アリス。
彼女のモデルは聖女、あるいは白魔道士。
回復魔法が得意という設定で、それは中の人も同じである。
そのアリス先輩から、私は何度も呼び出しを受けていた。
多い日には複数のメッセージが届いていた。
しかし、私はそれを無視していた。
アリス先輩は自分が起こした問題で忙しいと聞いている。
私のために、貴重な時間と労力を使わせるわけにはいかなかった。
現状、我が〈ウィッチライブ〉はボロボロである。
暁月アリスの引退騒動。
そのゴタゴタによる後処理や影響。
(※魔神取りだしによる反動、体調不良も含む)。
そして私、黒星ステラの重傷(※一般非公開)。
とても元気に活動できる状況ではなかった。
年末年始に行われた〈ミスプロ〉のイベント。
〈ウィッチライブ〉だけは、何も行えなかった。
他のグループが盛大に行われた傍ら、〈ウィッチライブ〉は細々と、あるいは他のグループのおまけ(凸とかゲスト出演)として参加しただけに過ぎない。
これが〈ウィッチライブ〉のリーダー、天上ホムラがイライラして、〈サバンナ〉に対抗心を燃やしている理由の一つである。
『ボクの考えた最強の〈ウィッチライブ〉』
今年の躍進も、厳しい見通し。
そんなこともあって、私は先輩の手を煩わせたくはなかった。
窮地さえ乗り切れば、あとは自分で治せる。
その判断から、アリス先輩の呼び出しを無視して、今回の事態へと発展したのだった。
「わたしが見てあげるから、あとで身体を見せなさい!」
「今からでも帰っていいですか?」
「ダメにきまっているでしょ!!!」
「ですよね……」
計られた……。
リリベル先輩の役職は、『研究者』の他に『薬師』。
むしろ、元の世界ではそっちがメイン。
回復魔法も使えるし、何より薬草学に精通しているとも聞いている。
ミスメンの問題の解決と称して、まんまとここへと、私は誘い込まれたのだった。
ほむちゃん先輩(リリベル先輩みたいに言ってみた)、油断ならない!
あと許さない。いつか
私は断り切れない流れで、リリベル先輩と植物園の中を軽く回り、最後は身体を見てもらうために、研究室がある建物の中へと案内された。
植物園を回る中で、私はリリベル先輩と長く話をすることができた。
この植物園のこと。
円樹リリベルの中の人、【リリィ・キャンベル】のこと。
そして、配信に関すること。
ミスメンだと、同期以外とあまり話をしたことがなく、少し新鮮だった。
それに、私が人見知りなところもあるけど、同世界出身の人と長く親しく会話をするのは、思えば久しぶりかもしれない……。
「ちょっと遠回りしちゃったけど、わたしの自慢の植物園はどうだったかしら?」
「すごく良かったです! あの、ここのモデルって【クローリス植物園】だったりします?」
「え、え、そこまで分かるんだ、嬉しいっ~!!! 実は私が、〈クローリス植物園〉を真似して作ったところなの! 副局長権限を使ってね!」
「合っていて、良かった……」
どうりでなんとなく見覚えがあった。
少し自信がなかったけど、私の過去の記憶は間違っていなかったらしい。
(覚えているものだね……。忘れたい記憶なのに……)
ちなみに、リリベル先輩はこの〈植物研究所デルタ〉の〈魔法区画〉の副局長だったりする。
この研究所では結構偉い人。
私みたいな、はみ出し者のニートとは違う。まっとうな社会人。
ついでに、この〈植物研究所デルタ〉の職員は、異世界のことは知っていても、ただの(普通の)人間が多かったりする。
だから、異世界人側の人物は、ここでは要職についていることが多いらしい。
現在、〈魔法世界〉の職員が不足中とのこと!
私も真っ当に働けたりするのかな……?
いや……、やっぱりニートのままでいいです。
「なんで、〈クローリス植物園〉を模して作ったんですか?」
「それは……、やっぱり思い出の場所を再現したくてね……」
理由が気になって聞いてみたけど、これはまずかった。
「あ……、なんか、すいません」
「ううん、いいの!」
〈クローリス植物園〉は現在、存在していない。
魔族との戦争により、廃墟と化していた。
〈クローリス〉は薬草の栽培もしていた。
つまり、軍事施設の一つ。魔族から狙われるのも道理。
きっとリリベル先輩は〈魔法世界〉での戦争を、あまり良く思っていないのかもしれない。
もしかしたら、魔族のことも……。
今後、この話題は、口に出さない方がいいかもしれない。
私は……、戦争擁護派に近い。
一部では、先輩とわかり合えない可能性があった。
『これはあまり良くないよね……』
普通に考えて、先輩の感覚の方が多数派。
だから、戦争は終わりを告げた。
〈ウィッチライブ〉に亀裂が入りかねない空気。
その暗雲を払ったのは、研究所の職員からの一報だった。
「リリィ副局長、耳に入れておきたいお話が……」
職員がリリベル先輩へと近づき、私に聞こえないように、何かの情報を耳元で囁いていた。
一分ほど職員と話したのち、リリベル先輩は私の顔を一度だけ見てくる。
「なるほど……。さすがほむちゃん先輩、情報が早いわね……」
そして、一言だけ呟き、何かを決断したかと思うと、私との会話を再開させてきた。
「ステラちゃん、やっぱり一つだけ、頼み事をお願いしてもいいかしら?」
「いいですよ! 先輩の頼みならなんでも!」
多分、戦闘に関すること。
やっと、私の活躍できる場が来たのかもしれない。
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