第4話 デストロイ

「ホムラ先輩、これで話は終わりですか?」


 私は画面が閉じられたノートパソコンの天板から手を離し、ホムラ先輩に尋ねた。


「そうだね……、あと一つ、キミに頼みたいことがあるかな!」

「はぁ……」


 はっきりと相手にも聞こえるため息。

 聞かなかった方が良かったかもしれない。

 反応から見て、とってつけたかのように、厄介事を追加されてしまった気がする。


「ある人物のところに行ってもらいたい」

「それは誰ですか?」


 ホムラ先輩は悪知恵を働かせるような笑みを見せ、とあるVTuberの名前を呟いた。


「第四の魔女、円樹えんじゅリリベル」

「あー……」


 また先輩のところですか……。

 嫌なわけじゃないんだけど、人付き合いが苦手な私にとって、同期以外の人物とリアルで会うのは少しためらうかな……。


「リリベルの周囲が最近不穏だと情報が入っている。キミの武力を見込んで、それを制圧してくるんだ!」

「うーん? これでも私、一応アイドルなんですけど……。依頼する人、間違っていません?」


 こういうのは裏世界のSPとか、その手のプロに頼むのが普通だと思うんだけど……。

 いや、私も元プロみたいなもんだけどさ。


「何も間違っていないと思うが。キミは〈ウィッチライブ〉の『戦闘員』担当だしね」

「ええっ……」


 変な役職を任命された。

 そういえばこの先輩は、配下(?)の魔女に役職を付けていたかな。中二病的に……。


「社長、聖女、司書、薬師、そして戦闘員。この5人で世界を取る! まずは手始めに〈サバンナ〉を潰す!」


 できるといいですね(棒読み)。

 配信だと勝ち目がないし、物理だと、ほぼ私がやることになると思うし。


「もしかして私、戦闘力で採用しました?」


 若干、不安になって聞いてみる。返答によっては闇堕ち。

 私の質問に対して、ホムラ先輩はさも当たり前のように、さらっと答えた。


「もちろんそうだが、それが何か?」

「あ……」


 本当に闇堕ちするかもしれない。

 結構凹むというか、デリカシーがなさすぎるというか。


 私はきちんとオーディションに受かり、〈ミスプロ〉に入ったと思っていた。

 それを一ヶ月前に確認したばかり。


 しかし、現実は違う。

 私は配信以外の点を考慮され、〈ミスプロ〉に採用されていた。

 先ほど見せてもらった3D、やっぱり受け取らなくて正解だったのかもしれない。


「しかしだ……」


 自然とうつむいていた私に対して、ホムラ先輩は付け加えるように話を続けた。


「面白さだけが全てではない」

「えっ!?」

「ステラ、キミは多くのファンに囲まれているだろう? それがボクの答えだよ!」


 ホムラ先輩は、今までの私の配信活動を、満点のテストを持って帰ってきた子供の親のように、自分の成果として誇らしげに語っていた。


「面白いやつなんてごまんといる。異世界人でもな! でも、その中でボクが気に入ったやつだけを引き入れる。何か文句はあるかい?」


 ホムラ先輩の言っていること、一理ある。

 異世界人に限定しても、面白い人は、数多くいることだろう。

 だけど、面白さが全てではないことも私は知っている。


 コンプライアンスや協調性、それらに問題がある人は当然採用されない。

 また、配信頻度の低い人も採用されないだろう。

 それはオーディションの募集要項にも、週に何日以上配信できる人と、書いてあったりもする。

 最近では、声優や俳優などの経歴、一芸が求められていたりもする。


 それに――。


「何より、キミには夢があるだろう?」

「はい」


 事務所に入ってやりたいことがある。

〈ミスプロ〉では、夢や目標が重視される傾向が強かった。


 だって、〈ミスプここロ〉は、


『私たち異世界人が夢を叶える場所』


 なのだから――。


 やはり、この先輩には勝てない……。

 私は本能で感じる。

 この人がいてこその〈ミスティックプロジェクト〉、〈ウィッチライブ〉。

 事務所が大きくなった理由、直接肌で実感している。


「もちろん、傭兵を雇うことはできる。それだけの金もある。のメンバーに危害が及べば、すぐにそれなりの対応は取る。だけど、それだけでは解決できない事例も多かったりする」


 ホムラ先輩の口調は、今までとあまり変わらない。

 しかし、その言葉に込められている想いは強い。


「ボクはね、配信者の悩みは、配信者にしか解決できないと思っている」

「あっ……」

「黒星ステラ、キミには、そういうところに期待しているのだよ!」


 自信ありげな表情。私は全面的に信頼されていた。


 配信者は隠し事が多い。それは異世界人であるということを除いても。

 身バレの問題もあれば、守秘義務の問題もある。


 配信で悩みを抱えていたとしても、それを誰かに相談できるとは限らない。

 案件、ライブ、まだ世間に出ていない情報だったら、友人や家族、ましてや事務所のメンバーにも明かすことはできない。

 秘密を抱え込んだまま過ごす日々。たとえ、それに暗い話題がつきまとっていたとしても……。


 さらに異世界人は、存在自体が隠し事。世間に本当の正体をばれてはいけない。

 自分の正体を明かせたらどれだけ楽になるか。気持ちは分からなくもない。


 そうやって一人で抱え込み、大きく膨れ、自分ではどうしようもできなくなって爆発する。

〈ミスプロ〉に入って、私は短期間で二度も見てきた。


 私が、配信者の悩みを解決できる力があるかどうかは分からない。

 戦闘能力には絶対的な自信があるけど、この業界で生かせるかどうかまでは分からない。


 だけど、天上ホムラの言っていることには同意できた。

 私の目指すべき場所、少し見えてきたかもしれない。


「分かりました、ホムラ先輩」


 私はホムラ先輩を背に、部屋の出口へと歩き出す。

 先ほどのホムラ先輩と同じく、私は自信ありげに呟いている。


 さらに、闘争本能はむき出し。

 そして、出口の扉の一歩手前で、私は立ち止まる。

 ホムラ先輩の方へと振り返る。


「〈ミスティックプロジェクト〉に、〈ウィッチライブ〉に仇をなす者は、!」


 決意を新たに扉を閉め、私は事務所を後にした。

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