第3話 必ず迎えに行くから
本題に突入。天上ホムラは語る。
「キミに渡したいものがある」
「はぁ……」
今のところ、素直に喜ぶことができない。
それが私の率直な感想だった。
そもそも、この世界で魔女と魔女、異世界人同士の接触がイレギュラー。
トラブルの前触れというのは、この部屋に来る前に説明した通り。
何より、相手は目上の上司。絶対に何か意図がある。
天上ホムラの
しかし、感じ取れる魔力の年季と比較すると、疑問が残る。
個人的な予想では、20の私よりも、さらに10ぐらい年上で、手練れの魔女だと思われる。
時勢に詳しく、世渡りも上手。
ここまで大きなグループを異世界で作ったのだ。戦闘以外の能力は、全て私より上と見るべきだろう。
「こちらに来るといい」
私は手でも催促を受け、〈魔法世界〉の部屋に似つかわしくない文明、ホムラ先輩の目の前にあるノートパソコンを、隣から覗き込んだ。
「えっ……!?!?」
そこには私の――、
黒星ステラの『3Dモデル』が映し出されていた。
VTuberが3Dお披露目配信をしたときに、担当したモデラーさんがSNSとかで、仕事の実績もかねて公開する動画。
その時間が長いものに近かった。
「これがキミの新しい体だ!」
「ええ……」
ロボットアニメの新機体を、主人公に紹介する議長みたいに言わなくても……。
私、目をキラキラとさせて、喜ぶ主人公ではないよ。
(あ、あとプラモの組み立て配信とかも、いつかしてみたいんだよね……)
「ちなみに、動きはボクが担当しているよ!」
まあ、絶対に私がしなさそうなふさけたポーズもいくつか見受けられますけど。
「本当に……、私の3Dなんですか? しかも、結構クオリティが高くないですか?」
どこで差が付くか分からないけど、3Dモデラーさんにもガワとの相性(元イラストとの相性)など、当たり外れがあったりする。
ガワによっては3D化が難しい場合も。
有名な人は引っ張りだこだと聞いている。
「まだ無名の人だけど、腕は保証するよ」
「そうですか……」
今のうちから、腕のいい人を囲っている。抜け目がない……。
「キミは、3Dモデルがほしいって言っていただろう」
「それは……、た、確かにほしいって言って、泣いていた記憶はありますけど……」
う……、思い出すと頭が痛い。
あの配信、切り抜き禁止にするのを忘れたせいで、どれだけ拡散されたことか。
「3Dお披露目はいつにする? かぶせ禁止通告(※)も出そうか。社長、いや魔女権限でね!」
(※箱内である人以外、その時間帯に配信させないこと)
「ち、ちょっと、待ってください! いきなり過ぎますって!」
これは素直に喜べない。先ほどの嫌な予感が的中。
いや、もちろん嬉しくはあるんだけど、色々と怖いところもあった。
つまり、これは『餌』である。
3Dという『
何度も言うけど、嬉しくはある。
それだけ将来を期待されている証でもあるわけだし、暁月アリス先輩の引退を阻止した、その損失を考えれば、妥当な報酬かもしれない。
しかし、今の黒星ステラには過剰である。見合ってないと言い切れる。
これを受け取ると、私は〈ミスプロ〉から逃げられなくなる。
逃げるつもりなんて毛頭ないけど、隷属の首輪につながれるようなもの。
少し怖いところがあった。
そして、黒星ステラの3D体を用意してみせた、天上ホムラは、
「これでまた一歩、ボクの考えた最強の〈ウィッチライブ〉に近づく!」
などと意気込んでいる。
一体、何に勝とうとしているのか。
争いの先に、何があるというのか。
私の世界では何もなかったけどね(哲学)。
(ちなみに、天上ホムラはバーチャルでもボクっ子であることを、軽く補足しておく)
「よ……、予算とか大丈夫なんですか!? 納期もかなりやばいでしょ。よく運営、というか経理(?)の人が許しましたね……」
「あ、それは大丈夫! 〈サバンナ〉の予算、こっそりとキミに回したから」
「ええええっ!?」
いけないでしょ。
いや、でも、社長だからいけるのか?
これ、はくあちゃんの3Dの予算だったらどうしよう……。私はこの場で何も聞かなかった!
冬なのに変な汗をかいている私をよそに、ホムラ先輩はさらに話を続ける。
「そもそも、〈サバンナ〉は予算を使いすぎなんだよっ!」
「はあ……」
「ボクが作った事務所なのに、予算の半分を持っていくんだよ! 酷い話だと思わない?」
「そ、それは仕方ない気が……。〈サバンナ〉は他のグループに比べて人数が多いですし、それにチャンネル登録者数100万人のメンバーも二人もいますし……」
「むっ!」
〈ミスプロ〉内の主要グループは主に4組。
そのうちの3組はメンバーが各5人ずつ(※諸説あり)。
私の所属する〈ウィッチライブ〉も、私が5番目の魔女、もれなく5人である。
それに対して、最後の1組、〈サバンナ〉に至っては、メンバーが10人以上もいた。
〈人間世界〉の異世界人の比率は圧倒的に獣人が多い。
それに比例して、〈ミスプロ〉内でも獣人が幅を利かせていた。
多くの獣人を、運営が採用。
そして、個性の強いメンバーが揃っているのもあって、人気も〈ミスプロ〉内のグループではダントツ。
それはチャンネル登録者数にも表れていて、現にチャンネル登録者数100万人、俗に言う『金盾』を持っているのは、〈ミスプロ〉でも〈サバンナ〉のメンバー二人だけである。
私の同期を見ても、狐守はくあが、三人の中で一番登録者数が多い。
〈サバンナ〉のメンバーはビジュアル共に人気がある。
それは〈ミスプロ〉内外、周知の事実であった。
だからこそ、〈サバンナ〉に事務所の予算を多く回すのも、経営に疎い私でも分かる事実。
天上ホムラの言っていることは、見た目通り、子供のわがままでしかない。
「ボクの金(※事務所のですよ!)を使ってもいいのは、【魔女】と【姫】だけなんだぞ! これ以上、獣人どもを好き勝手にのさばらせてたまるかー!!!」
ホムラ先輩、配信から薄々分かっていたけど、思想が過激すぎるんだよね……。
魔女至上主義。この世界で魔女が絶対というか……。
ホムラ先輩の、一人の判断で事務所のお金が動いてなくて、心底良かったと思っている。
先輩の好き勝手にやらせていたら、確実に〈ミスプロ〉は潰れていた。
ちなみに、ホムラ先輩の言っている【姫】とは、〈サバンナ〉のリーダー、歌姫、【
姫神先輩は〈サバンナ〉所属から分かる通り獣人。
モデルは【セイレーン】。
ホムラ先輩の例外中の一人。
だって、ホムラ先輩は姫神先輩のために、この事務所を作ったのだから。
ついでに、狐守はくあの最推しであることも、ここで補足しておく。
「〈サバンナ〉はボクへの隠し事も多いんだよ! やはりここらで……、一度潰しておくべきか……」
『うわー……』
ドン引き。
「ちなみにステラ、キミも同じだからね。社長のボクに対する隠し事は重罪。虚偽報告は即刻解雇だからな!」
「わ、分かっています」
「ふん! どうだか」
異世界人であることを抜きにしても、結構大事なこと(コンプライアンス的に)なので、真面目に返事をした。
鼻を鳴らす仕草から、信用されてないみたいだけど……。
「うん、やはり獣人は生意気だ! 一度しつけ直す必要がある。ステラ、その時は頼んだぞ!」
「えっ!?」
嫌です私。
「あれか、『私は素敵な先輩たちにそんなことはできません!』とでも言うつもりか? キミも獣人は生意気だと思っている口だろう?」
「そ、そんなことないです! 先輩と一緒にしないでください!」
「ふん!!」
あー、やっぱり信用されていないらしい。
私、獣人の女の子、大好き。ラブアンドピース!
さらに、天上ホムラは、
「最近は反乱分子の動きも目障りだ……。見せしめにこっちからか……」
などとブツブツ呟いていた。
こ、これ以上、グループのトラブルに巻き込まれるのはごめんですって!
「それでステラ、3Dはどうする? 〈サバンナ〉を潰したら、即お披露目してもいいからな!」
「あれ? 条件が追加されていませんか?」
「さあね?」
まあ、所詮獣人、烏合の衆。
潰すだけなら簡単だけど……。
ただ、潰したところで、私に全くメリットがなかった。
さてと……、黒星ステラの3D。
話題そっちのけで、眼下のノートパソコンの中でずっと動いていた(動画がループしていた)私の新しい体。
しかし、この【ステラ】には悪いけど、出番は今ではない。
今の私に、このステラの体を使う資格はまだないと思っている。
仮に3Dのステラが、この私を持ち主だと認めたとしても……。
「ホムラ先輩、夢を叶えてもらって嬉しいのですが、これはもう少し取っておいてもらえませんか?」
「ほう?」
「私はもっとファンを増やしてから、3Dお披露目がしたいです。それに――」
やっぱり、私だけはずるいと思う。
「3Dお披露目をするときは、同期と一緒がいいので」
ずっと前に三人で頑張ると決めたから。
社長が魔女、私も魔女。
この事務所が魔女びいきだったとしても、3Dお披露目が同期より先はちょっといただけないかな。
他は融通してほしいけど。
それに他の先輩も同期と合わせて、3Dお披露目をしているパターンが多い。
私もそれに憧れているから。喜びは同期とも分かち合いたい。
「あ、でもトリは私で。デビューとは逆の順番でお願いしますね!」
「考えておくよ」
「よろしくお願いします!」
私は魔女の帽子を取り、深く頭を下げた。
これでいい。チャンスを逃したとは思わない。
私の決断は100%正しいと断言できる。
『少しだけ待っていてね、私の新しい体。必ず迎えに行くから』
私は誰にも聞こえないように、画面内で動くもう一人のステラに約束をして、そっとノートパソコンの画面を閉じた。
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