第2話 1番目の魔女
事の発端は、事務所からの呼び出しだった。
呼び出しの手段はスマホ――、
ではなく〈ウィッチライブ〉専用の魔法結晶。
通信に使う、魔法道具の一つ。
私はすぐに身支度を調え、家を出て、事務所へと向かう。
そして、数十分後、私は事務所の地下通路を歩いていた。
今回の呼び出し、いや、招集と言った方がいいのかも。
その方法も含めて、いつものミーティングと違っていた。
まず、通信用の魔法結晶なんて、渡されてからほぼ初めて使った。
普段は一緒に付き添ってくれるマネちゃん(マネージャーさん、普通の人間)は、今日はここにはいない。
事務所の地下へも初めて入る。
というかこの地下、すごく防御魔法が張られている。
核シェルターと同じぐらいの堅牢性じゃないかな?
『…………』
ごめんなさい、何となくいい加減なことを言いました。
私はこの世界の戦略兵器は知らないし、核シェルターも見たことがありません。
何かに例えたかっただけです。
そうそう、もう一つだけ。
魔法結晶による通信、同じく魔法によって盗聴されていた。
ただ、現状では重要度が低いので、補足程度に留め置いておきます。
説明が長くなったけど、これらが意味すること、異世界人同士の接触である。
それは私のマネちゃんが、ここにいないことからも明らか。
これから向かう地下の一室、とりわけ、事務所の暗部って所かな?
そして、異世界人同士の接触は、この世界ではトラブルの前触れでもある。
私は地下の一番奥、突き当たりの扉を開け、ミスプロの始まりとも言える人物と接触を果たした。
「やあ、よく来てくれた。ボクの部屋に呼ぶのは初めてだったね」
「ホムラ先輩……、久しぶりです……」
少し緊張。当たり前だけど敬語。
色々と目上だからね……。
正面に堂々と座っている小柄な魔女に、私は軽く頭を下げつつ、決して広いとは言えない部屋の扉を閉めた。
私と先輩がいる、部屋が密室になった瞬間、全景が様変わりした。
〈人間世界〉特有の味気ない部屋から一変、〈魔法世界〉の宮廷内の会議室へと切り替わる。
幻影魔法と共に拡張魔法も展開、広さも数倍に変化していた。
私はこの魔法を知っている(旧友の魔法に少し似ている)。
だから特別、驚いたりはしなかった。
そして、お互いの姿も切り替わっていた。
私はただの私服から、三年前によく着ていた、魔法使いの部隊〈エクリプス〉の黒の魔女の服。
当時、魔族を殺しまくっていたし、今では同じ魔法使いからも恐れられている姿。
対するは、えんじ色の、同じく魔女の服。
某ファンタジーゲームで例えると、赤魔道士に近いかな……。
(あのシリーズの実況もしたいんだけど、どのナンバリングから手を付けるか迷っていた)
えんじ色の魔女の服に見覚えはない。
ただ、全く情報がないわけではなく、どこかの地域の魔法使いの部隊の正装だった気がする……。
少なくとも元の世界で、私と接点はほとんどなかった。
彼女の髪の色は燃えるような赤。長さはセミロング。
背丈はやや小さめ。それは座っていても分かるぐらい。
胸は……、私よりも大きい(ちっ)。
私が持っていないものを持っていると、少しむかつく。
あと、名前はホムラ(先輩)。情報としてはこんなところかな。
正直なことを言うと、外見(とV)以外、彼女の情報を、私はほとんど持ち合わせていなかった。
「身体の調子はどう?」
テーブルに頬杖をつきながら、彼女は私に体調を聞いてくる。
「え、ええ……。おかげ様で何とか治りました」
「ふーん、そう」
なんで疑いのまなざしを向けるんですか……。
確かに心臓を潰されて、こうして生きていること自体、かなり珍しいですけど……。
私は去年のクリスマス、魔族に心臓を握りつぶされている。
つまり今、私は病み上がりだったりする。
「それでホムラ先輩、私に何の用ですか?」
『配信の準備で忙しい』
とは先輩に言えない。
ましてや、〈ミスプロ〉を作った社長に対しても。
「改めて例の件についてのお礼と、あと褒美として、キミに渡したい物があってね」
「はぁ……」
「暁月アリスのこと、本当によくやった!」
「ま、まあ、別にやることをやっただけなので……」
改めて人から(それも偉い人から)、感謝されると困るところがあった。
あまり慣れていないというか、そういう柄ではないというか。
それに前の出来事、過ぎた話だし。
私のことなんてどうでもいい。
目の前にいる偉い先輩をきちんと紹介することで、この小恥ずかしい話題を断ち切ろうと思う。
赤髪の彼女、VTuberでの名前を【
〈ミスティックプロジェクト〉の1番目の魔女。
そして、事務所の創設者。
彼女を含めた、異世界人三人から始まった小さな物語は、今や大衆を魅了してやまない、大ベストセラーへと変貌を遂げていた。
〈天上ホムラ〉の容姿――、リアルとあまり変わらない。
髪の色、目の色、肌の色、今の服装ですら、大きな違いは見られない。
これは〈ミスプロ〉の伝統と言えるもの。
極力、リアルを反映したアバター(ガワ)が、〈ミスプロ〉のメンバーにあてがわれている。
〈ミスプロ〉の真のコンセプトは、
『異世界人が夢を叶える場所』
リアルの世界で無理なことも、バーチャルの世界でなら叶えられる。
その理念と理想を知ると、ガワが似ている理由も納得ができた。
(決して手抜きなどではない。多分……)
まあ、髪型とか、場合によっては服装(メンバーにもよる)とか、色々と変わっているところもあるけどね。
世間受けも考慮されて。
例えばホムラ先輩だと、私の前にいるのは目つきの悪い、クソ生意気そうな年下のガキ。
だけど、アバターだと毒気が抜けて可愛くなっている。
いや、リアルも可愛いと思うんだけど、ネットの広告詐欺に近い。
ただ、天上ホムラのアバター差分には生意気顔もある。
本人もその表情がえらく気に入っているらしく、多用していた。
メスガキって言うんだっけ? それはそれで需要があった。
少し話が脱線した……。
チャンネル登録者数は66万6千人。
直近で6並び、チャンネル登録者数耐久をしていたから、調べなくても具体的な数字を言うことができる。
世間からすれば、〈ミスプロ〉の社長という肩書きがあまりにも有名だけど、実際には大人気VTuberの一人だった。
配信傾向は雑談、ゲーム実況、歌枠はあんまり見ないかも?
実は割と私と近いタイプ。つまり、悪い意味で没個性。
しかし、ホムラ先輩と私は圧倒的に違う。
ホムラ先輩の〈ミスプロ〉内での立ち位置を述べるなら、そのまま『社長』、あるいは『リーダー』。
彼女は〈ミスプロ〉の先頭を常に走っていた。
その本質、才能の一つが先見の
例を挙げると、VTuber、あるいはYouTuberなどの、配信者業界でとある箱庭ゲーが流行りだしたときに、すぐに『ミスプロ鯖』が用意されているのは、ホムラ先輩が動いてくれているから。
つまり、私たち他のミスメン(※ミスプロメンバーのこと)が
実はこれ、意外と簡単なことではない。
大多数のメンバーが同時に遊べるサーバーを用意する。
つまり投資であり、規模もそれなりの物が必要でお金もかかる。
当然、その維持費、スタッフの手配も。
大手、新興勢力問わず、即座に自分の箱のゲームサーバーを用意するのは難しいと聞いている。
人気VTuberがサーバーを用意してほしいと運営に頼み込んだけど、許可が下りなかった。
なんて話も、切り抜きなどでたまに聞く。
天上ホムラはその見極めが適切で、かつ早い。
その結果、きちんと配信者の流行に乗れ、メンバーは大いに助かっていた。
同様にゲームの許諾を取ってくる(得てくる)のも早い。
ゲームの配信、基本無許可ではできない。
というか、無許可でやると普通に燃える。
そんな隙、どこも晒すわけがない。
箱庭ゲー同様、とあるゲームが業界で
それで誰が申請を出したのか、あるいはその手続きをしたのか調べてみると、大体がホムラ先輩だったりする。
これが天上ホムラの強さ。
あまり好ましくないけど、数字の話をすると、〈ウィッチライブ〉の2番目の魔女、〈暁月アリス〉よりも、〈天上ホムラ〉はチャンネル登録者数が少ない。
世間の知名度もアリス先輩の方が上だろう。
しかし、天上ホムラが暁月アリスよりも角下だとは思わない。
少なくとも私は否定する。
暁月アリスがいないと〈ミスプロ〉は、〈ウィッチライブ〉は回らない。
だけど、天上ホムラがいなくても、同じく回りはしなかった。
それだけ、ホムラ先輩は偉大な認識でいる。
私の推しではないけど、尊敬はできる。
私は……、少しでもそういう存在になりたいのだ。
〈ミスプロ〉に、〈ウィッチライブ〉に必要な存在に。
何より、私の正体を知ってもなお、受け入れてくれているから……。
懐の深さ。私には絶対にない要素。
「さて、本題にはいろうか」
天上ホムラは、自信満々に語り始めるのだった。
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