第32話 ウィッチライブ アリステラ
たぶん、いつも通りの日常(?)。
私は自宅で事務所の提出物に追われていた。
ここ数日、私は事務所に関する仕事を一切無視していた。
最悪なことに、結構重要な案件にも穴を開けていて、関係各所にもれなく迷惑をかけていた。
ま、まあ……、〈魔神〉の封印の道具をほぼ徹夜で完成させ、クリスマスで超が付くほどの重傷を負い、五日間も寝ていたのだ。
実質、二週間ぐらいサボりをしていたことになる。
気が付けば今年も残りわずか。
色々と申し訳ないけど、どうしようもなかったです……。
もちろん配信なんてできるわけがない。
ネットの噂では、
『憧れの先輩の引退で、食べ物が一切喉を通らないぐらい病んでいる』
なんて見たね。
その予想、当たっているよ。
否定はしないけど、公言するつもりもないけどね。
また、なに言われるか分からないし……。
そんなわけで、いつもの日常が戻っているというわけ。
言い換えると……、私はまた、生きながらえてしまった。
暁月アリスの設定は聖女。
〈ミスプロ〉のVTuberの設定は、少なからずリアルを踏襲されている。
つまり、アリス先輩は回復魔法が得意だった。
アリス先輩はあのあと、私に回復魔法を使った。
私も、心の奥底では生きたいと願った。
その結果、私はこの場にいるのだった。
正直、あのまま死んでも良かったと今でも思っている。
アリス先輩を守ることができた。
私の
三年前と同じ気分。
色々な事に一区切り付いた。
これからどうすればいいのか分からない。
夢とか目標とか、やっぱり私にはないし……。
だから私は、先輩がまた問題に巻き込まれたときに、かける命が一つあると思えばラッキー。
そう思うことにした。
私の命一つあれば大体の問題は解決できるでしょ。
自信過剰である。
――と、自分の命の価値について、寝ている間に改めて考えてみたんだけど、我ながら失礼だと分かっていた。
身勝手で残された人のことを全く考えていない。
同期の二人はすっごく心配してくれていた。
私が目を覚ましたとき、二人は泣きじゃくっていた。
こんな大切な友人を持ちながら、死んでもいいなんて思える私は薄情だ。
そしてVTuber、〈黒星ステラ〉としても失礼だ。
私には何百人、何千人ものファンがいる。
私の配信をずっと待ってくれている。
SNSでも私の体調を心配してくれている。
黒星ステラとしてデビューした以上、私はファンを裏切らない!
一生の推しであり続けるために、私は長く活動を続けたい!
だから、できる範囲で活動を休止していた理由をファンに説明して、またいつもの配信を行う。
それが今の黒星ステラにできることだった。
なので、配信がしたい……。
早く作業を終わらせたい……。
〈ミスプロ〉の提出物、多すぎるよ!
(企業勢だから仕方ないけど……)
とりあえず久々の私の配信、先走ってすでに枠は立ててある。
今日の21時から箱庭ゲーをしつつ雑談。
ゲーム内、〈ミスプロ〉鯖の先輩が作った観光名所を巡りつつ、休止していた理由を軽く説明するつもり。
そして、その一時間前、20時からは暁月アリス先輩の『卒業撤回配信』。
〈ミスプロ〉内では重要な配信のため、同時刻に枠を取っている人はいない。
(被り禁止ではないけど、みんな配慮している感じ)
だから私と同じく、他の先輩たちは21時から枠を取っている人が多かった。
ということで――。
祝、アリス先輩の引退は回避!
私の勝ちである。
アリス先輩はしばらくの間、活動は自粛するものの、ほぼ元通りと言っても差し支えはない。
ただ、一度は引退することを表明してしまったので、それに対するケジメを付ける必要があった。
それが今日の配信。
私以上にアリス先輩は関係各所に迷惑をかけていた。
勝手に引退(卒業)を宣言し、それに〈ミスプロ〉や関係者は振り回された。
色々と説明は必要になってくる。
その配信、もちろん私は観る。
多くは語られないと思うけど、ファンと一緒に喜びを分かち合おうと思う。
そんなわけで、アリス先輩の配信まで時は進む。
(事務所への提出物は、それまでに何とか終わらせてみせる……)
* * *
【復帰配信】暁月アリスから皆さんへ大切なお知らせ2【ウィッチライブ】
枠が開く前から、視聴者は5万人を越えていた。
突然の引退撤回。
事情を知らないリスナーは、この配信で何が語られるのかを知りたがっていた。
もちろんコメント欄は歓喜。
喜びを示すスタンプであふれている。
リスナーからして見れば、まだ詳細は語られていないので完全には喜べないものの、引退よりかはマシ。
再び、〈ミスプロ〉の暁月アリスの配信が観られる。
ポジティブな判断材料の方が多かった。
内情を知っている私から言えることがあるとすれば、
「素直に喜んでもいいよ!」
ってところかな。
配信が始まり、待機場面が流れ、しばらくしてからアリス先輩が姿を見せる。
引退会見後からの初めての、そして久しぶりの配信。
引退撤回の説明。
そして謝罪会見が始まった。
アリス先輩から語られたのは、順を追っての事の経緯の説明。
もちろん異世界に関することはぼかして。
さらに、様々な所に、そしてファンに対してすごく迷惑をかけたことへの謝罪。
長い時間が割かれ、丁寧に説明がなされた。
正直、ここまで丁寧に説明しなくてもいいと思う。
引退するのをやめました。いつも通り配信します。
でファンの人からは許してもらえると思う。
だけど、アンチや何も知らない人に対しては、きちんと説明しておくことは大事。
誤解されないように、丁寧な配慮も必要。
悪意ある切り抜きも多いので、前後の文脈、言葉選びも重要かな。
『引退詐欺』
という意見も見かけている。
事情を知っている私たち、〈ミスプロ〉のメンバーから見て丁寧過ぎるぐらいがちょうどいいのだ。
約30分間の説明のあと、これからの活動について、同じく丁寧に語られた。
一応復帰ではあるけど、しばらくの間、活動は自粛することの説明。
こればっかりは申し訳ないことに、〈魔神〉を身体から取り出した直後なので、体調が優れないところがあるかもしれない。
数年間、ずっと身体の中にあったものを取り出したのだ。
影響が出ない方がおかしかった。
この説明に約15分が割かれた。
合わせて約45分間の配信。
アリス先輩の口から、大事なことは語られたと思う。
私はこれで終わりだと思っていた。
ところが、ここで配信が閉じられることはなかった。
「ここからは私の身の上の話になります」
アリス先輩は淡々と話し始めた。
「三年前、私はとある魔女と出会いました。それは小さな出会いでした」
『あっ……』
私のことだった。
「三年後、彼女は〈ミスプロ〉に来てくれて、今回、私が抱えていた大きな問題を解決してくれました」
私たち異世界人は身バレ防止のため、身の上に関することはあまり話さない。
今回の説明も身内の都合ということになっていた。
だけど、今。
事の真相に大きく踏み込んでいる。
「私は配信での出会いを大切にしています。その出会いはいつか、かけがえのないものになる。そう信じているから」
それはアリス先輩の信条。
一期一会を大切にしているのは、リスナーの間であまりにも有名だった。
「昔の小さな出会いが、今の大きな想いへと繋がっていく」
全ては三年前から続いていた想い。
「彼女が――、黒星ステラちゃんが〈ミスプロ〉に来てくれて本当に良かった。今の〈ミスプロ〉なら、どんな困難でも乗り越えていけます!」
画面越しからのアリス先輩の想いに、私は言葉が出てこなかった。
「私はステラちゃんと、〈ミスプロ〉の未来を見てみたい! それが卒業を取りやめた最大の理由ですっ!!!」
様々な感情が、私の中に渦巻いていた。
その中には、リスナーにばらされての恥ずかしさもある。
先輩にはいつも通り配信してほしい。
ただ、それだけなのに。
私には身に余る言葉だった。
気が付くと、いつの間にかアリス先輩の配信は終わっていた。
私の気が動転している間に、配信が閉じられたのだろう。
締めに何て言っていたのか、聞き逃してしまった。
そして、先輩の配信のコメント欄には、私の名前がちらほらと見える。
○後輩のステラが問題を解決したのか?
○ステラちゃん最近休んでいたけど
○ステラは何か言っていたか?
今、リスナーが知っている唯一の真実。
黒星ステラが解決に一役買っている。
それだけが明らかにされた。
『これはまずい……!?』
私は事の重大さに気付くが、もう遅かった。
先輩の配信のあとに取っていた、黒星ステラの雑談枠。
待機人数はすでに5万人を越えている。
完全に後手に回った。さっさと枠を消すべきだった。
さすがにここから取り消すのは……、かなり厳しいかな?
それにしても5万人ものリスナー、いくら何でも多すぎる……。
数分後、理由が判明する。
同時刻の他の先輩の配信枠、大体が一時間遅くに変更されていた。
『やられた……』
つまり、私は矢面に立たされた。
21時からの配信、〈ミスプロ〉で私しかやっていない。
アリス先輩の配信にいたリスナー、そのまま、私の配信に移動してきている。
先輩が私の名前を挙げたことで、リスナーは私からのさらなる説明を期待していた。
待機で5万人とか、配信が始まったらさらに増えるじゃん。
初配信よりも人が多いし、先輩の影響力からか、〈ミスプロ〉のリスナー、〈ミスリス〉以外の視聴者も多い……。
それに、私は何を話せばいいの?
異世界関連のことなんて何も話せないよ。
成果を自慢するつもりも当然ないし……。
「うー……」
配信を開きたくない。
だけど、時間になる。
枠を空け、待機画面を流し、そんな中でどう説明をするか頭をフルに回転させる。
コメントからも期待値が高いのが見て取れる。
あと、自分のリスナーではない白いコメント(非メンバーシップリスナーのコメント)がとても多い。
怖すぎる……。
少しためらったあとに、待機画面を開ける。
「あっ……、こんステラ。〈ウィッチライブ〉所属、闇の魔女の黒星ステラです……」
自分の配信枠なのにアウェイ感が半端ない。
○ステラちゃんありがとう!
○よくやった!
○なにを解決したの?
「
○本当だったんだ
○憧れの先輩だからね
○同居していたことと関係があるの?
「知らない人のために言っておくと、三年前にアリス先輩と出会い、短い間、一緒に暮らしていたのも事実です……」
○付き合っていたってこと?
○原因はなんだったの
○うんうん
「あとは、ステラのことではないので話せないです。すいません……」
○なんでだよ
○もっと説明してくれ
○登録解除するぞ!
「だからー、もう話すようなことは何もないよ! あったとしても恥ずかしくて言えるか!」
さすがに説明が少ないと不満が多いか。
リスナーから見れば、アリス先輩と私しか事実を知る人物がいないのだ。
それ以外にも、ゴシップや切り抜きなど、さらに情報を引き出したい勢力がいるのが、ひしひしとコメントから伝わってくる。
もちろん、感謝を伝えているリスナーもいた。
ごくごく少数、
○無理に話さなくてもいいよ
と言ってくれている人もいた。
(主に私のリスナー、緑文字のコメント)
不幸中の幸いだったのは、スーパーチャットの設定をオフにしていたこと。
数時間前の私を褒めてあげたい。
一応、私も病み上がり。
配信以外での負担、スパチャ読みは増やしたくなかった(厳密にはスパチャ読みも配信だけど)。
オンにしていたら、確実にいつもの数倍は飛んでいた。
活動資金的には少し勿体ない気はするけど、それで病んだら元も子もない。
自分の配信をしているはずなのに、企業の謝罪会見みたいに質問攻めにされていた。
今日の配信、箱庭ゲーの〈ミスプロ〉鯖の観光が全くできていない。
というか、サーバーにログインしただけ……。
コメントを読み、質問に答えるだけで精一杯。
しかも、異世界のことに関しては全く答えられない。
無論、自分が恥ずかしい事も言いたくない。
そのことが、さらなるリスナーの不満を生んでいた。
○もっとアリスちゃんのことを話して
「あー、もう。何もできないじゃん!」
しびれを切らした私は、奥の手を使うことにした。
○ステラちゃんもっと説明してー
[Stella Ch / 黒星ステラ]さんは、チャンネル登録者のみモードをオンにしました
登録期間が100年以上のチャンネル登録者のみがメッセージを送信できます
私は配信の設定の一部を変更する。
その途端、大量に流れていたコメントがぱったりと止まり、一切表示されなくなった。
私は、チャンネルを登録してから100年経っていない人は、コメントをできなくしていた。
つまり、この世界に該当者は誰もいない。
黒星ステラのチャンネルが開設されてから、まだ2ヶ月しか経っていない。
そもそも、動画配信サイトすらこの世に生まれていない。
「やっと静かになった。ふふっ……」
あくどい勝利の笑みが自然とこぼれる。
画面の奥からは不満の声がひしひしと聞こえてくる。
この行動が配信者として正しいかどうかは分からないけど、私のチャンネル、[Stella Ch / 黒星ステラ]の平和は今、守られたのだ。
ところが、戦闘とは違い、配信では最後の爪が甘いのが黒星ステラである。
チャンネルの平和は意外な人物によって破られる。
○[Alice Ch / 暁月アリス]そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに
「あ、アリス先輩っ!?」
急な先輩の登場に、私は声が裏返っていた。
言論統制を回避してくる存在をすっかり忘れていた。
アリス先輩は私の配信にコメントを残してくれていた。
私たち、〈ミスメン〉のチャンネルは基本企業のもの。
その上で、全員のチャンネルの
だから、〈ミスメン〉の誰かがコメントをすればモデレーターマークが付き、本物かどうかが一発で分かる。
そして、モデレーターにチャンネル登録期間というフィルターは通じない。
アリス先輩は自分のチャンネルを通じて、私の配信に自由にコメントを残すことができた。
○[Alice Ch / 暁月アリス]どこまで説明するかはステラちゃんに任せるよ
「丸投げするのはやめてください! こっちは迷惑しているんですから」
もう話すことなんて、何もないよ……。
「これも先輩が私の名前を出したからですよ。聞いてない!」
○[Alice Ch / 暁月アリス]ごめんごめん
文字だからか、全く謝っているようには見えなかった。
「何でコメントしてくれたんですか?」
○[Alice Ch / 暁月アリス]直接お礼が言いたかったから
うっ……。
○[Alice Ch / 暁月アリス]ステラちゃん、あらためてありがとう
ゲームのキャラを動かす私の手は止まっていた。
画面内の数字では、約10万人のリスナーがこの配信を観ている。
だけど――。
この場には私とアリス先輩、二人だけしかいない。
「それは……、まだ先輩に〈ミスプロ〉にいてほしくて……」
○[Alice Ch / 暁月アリス]ステラちゃんがいたら
○[Alice Ch / 暁月アリス]ミスプロは心配ないって前に言ったよね
「そんなことはないです……。私は未熟だし、それに……」
先輩には、言いたいことが山ほどあった。
「私、先輩に憧れて、〈ミスプロ〉に入ったんですから……」
文句も……、そして感謝も……。
「先輩がいなくなったら、私、私……、うっ、うっ……」
涙で視界がぼやけていた。
最後までセレナに伝えられなかった想い。
代わりにアリス先輩へとぶつけていた。
○[Alice Ch / 暁月アリス]分かったから少し落ち着いて!!!
「うっ……、す、すいません……」
私は両目をゴシゴシとする。
少し前からキーボード、マウスに一切触れていない。
配信どころではない。
○[Alice Ch / 暁月アリス]今回のお礼になんでも言うことを聞いてあげる
「何でも……、ですか?」
急に言われても困る……。
先輩へのお願いなんていくらでもあるけど……。
本当に頼めることなんて、すぐには思いつかない。
「ま、また、コラボがしたいです!」
だから、とっさに出たのは、再コラボのお願いだった。
しかし――。
○[Alice Ch / 暁月アリス]そんなのいつでもできるよ
○[Alice Ch / 暁月アリス]なんだったら明日にでもしよう
「えっ……?」
○[Alice Ch / 暁月アリス]もっと難しいことを言って
うっ……。コラボ以外、本当に何も思い浮かばない。
先輩が、〈ミスプロ〉からいなくならないでほしい。
それが叶うのなら、何も望まない。
でも、それでは配信は収まらない。
この場で、何か別の願いを思いつかなければいけなかった。
先輩にしてほしいこと――。
先輩としたいこと――。
それは、
『アリス先輩と並んで歩きたい!』
暁月アリスと戦ったときの想い。
それは秘められていた、私の『夢』――。
「先輩とライブがしたいですっ!」
私の隣に先輩がいてほしい。
「もし私が3Dの体を手に入れたら、一緒に歌ってくれませんかっ?」
言ったあとに恥ずかしくなってくる。
黒星ステラの3Dお披露目、いつになるかは分からない。
今の人気では、一生3Dをもらえない可能性もある。
いつ叶うかも分からない。その上での頼み。
失礼にもほどがある。
画面には沈黙が流れていた。
適当に流していたBGMが静かに鳴り響いている。
『やっぱり、今のはなかったことに――』
私の頭の中には、発言の撤回もよぎる。
だけど……、私は息をのんで、アリス先輩からの返事を待っていた。
新しいコメントが流れてくる。
○[Alice Ch / 暁月アリス]もちろん
○[Alice Ch / 暁月アリス]ずっと待ってる!
「は、はいっ!」
〈ミスティックプロジェクト〉、それは異世界人が夢を叶える場所。
これは〈ウィッチライブ〉の闇の魔女、黒星ステラの新たな物語。
ウィッチ・ライブ 第一章後編 完
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