第31話 たとえ世界を敵に回しても
〈厄災の魔神〉との戦いの決着。
私たちの周囲、世界を書き換えていた幻想が、壁から塗装が剥がれ落ちるかのように消えていく。
割れたガラスにも似た幻想の欠片は、これまでの私たちの記憶を映していた。
つい先ほどまで行われていた、暁月アリスVS黒星ステラの記憶。
私が〈魔法世界〉にいた頃の記憶。
ほとんどが、セレナと共に行動していたときの記憶だった。
「さすが、私のステラだね……」
セレナの気配が少しずつ消えていく。
まだ実体は保っているけど、じきに消滅する。
白い結晶が変化した光の剣は、〈魔神〉を確実に捕らえていた。
〈魔神〉の力の吸収と共に結晶へと形が戻り、封印は完了する。
そのときにはもう、この場にセレナはいない。
「ううん……、セレナが助けてくれたの、私は知っているよ……」
〈魔神〉がセレナに変化したとき、私の負けは決まったようなものだった。
万が一、勝てたとしても、私は深手を負っていた。
あるいは、一晩で決着が付かない可能性もあった。
だからセレナは、【幻想領域】で世界を再度、書き換えた。
少しでも私が有利になるように。
私がよく知り、セレナが全く知らない世界へと。
〈魔神〉が依り代にした、アリス先輩の記憶を用いて……。
結果、私はさらなるピンチを直面したけど、最後は見事に〈魔神〉を打ち破ることができた。
セレナは〈魔神〉にその姿を再現されながらも、心だけは好き勝手にされるのを許さなかった。
私ではとても敵わない。
セレナは最後まで、私が世界で一番尊敬した魔女だった。
「ステラ、今度こそお別れだね!」
「セレナ!!!」
ゆっくりとセレナの姿が消えていく。
私は少しでもセレナの姿を捉えようとするが、伸ばした手は
すでに実体は現実にはなかった。
半透明のセレナが、私に笑いかける。
「ステラ、今までありがとう……」
それはセレナの最後の言葉。
三年前の想い、やっと私は受け取ることができた。
「うん、私もだよ。セレナ!」
セレナの姿は消え――。
完全に見えなくなった。
少し離れた場所には、本物のアリス先輩が横たわっていた。
依り代としての役目を終えたので、セレナが解放してくれたのだ。
意識を失っているだけで、命に別状はない。
外傷も全くない。
「セレナ……、ありがとう……」
ずっと抱えていたもの。私の因縁。
この世界に来たとき、とっくに捨てたつもりでいた。
だけど、いつまでも忘れられなかった。
これで少しは忘れられるのかな。
いや、セレナのことはずっと忘れない。
その上で私は、新たに前へと進んでいく。
少し遠くに、はくあちゃんとカレンちゃんの姿が見える。
VTuberではなくリアルの姿。
アリス先輩の攻撃を食らったあと、どうなったのか分からなかったけど、無事に現実に戻って来られたらしい。
二人が無事で、本当に良かった……。
私の手には、〈魔神〉を封印した白い結晶。
先ほども言ったけど、アリス先輩の身体に傷は一切なし。
完璧な形での再封印。
これ以上の結果はない。
全てが終わり。
めでたし、めでたし――。
「え!?!?」
私は口から……、赤い液体を吐き出していた……。
――それは私の血。
遅れて全身に、強い痛みが走る。
最悪なのは身体の状態。
私の心臓が握りつぶされていた。
視線を下へ向けると、私の左胸の位置には男性の手が見えた。
犯人は分かっていた。
魔族の老人。
先の戦いで障壁を失った私の身体を貫き、心臓を握りつぶしていた。
「ぐはっ……」
青ざめた顔をしたカレンちゃんとはくあちゃんが、すぐにこちらへと駆け寄ってくる。
しかし、魔族の老人はもう片方の腕で闇の魔法を放ち、それを退けた。
二人とも手負い。かつ老人はそれなりの実力者。
分が悪い。
私は心臓を潰されつつも、かろうじて老人に話しかける。
その真意を問う。
「ど……、して……、うら、ぎった……」
「特に理由などない。何となく、今やらねばと思っただけだ」
建前……、は、それか……。
「い、や……、ち、がうね……。強い、殺意を……、一瞬、感じた……」
少しずつ、身体の機能が回復していく。
呼吸も一時的に安定。
僅かにだけど、話せるようにもなる。
「仲間でも……、やられたの、かな……」
老人の魔力が大きく乱れる。
「ふふふ、ははは、図星だね……」
不思議でもなんでもない。
魔族なんて、私は数え切れないほど殺している。
【リザレクション・クリミナル・ウィッチ】
私は創造魔法を使う。
心臓の再生なんて大それたことはできない。
そもそも私は回復魔法が使えない。
だから仮の心臓を作り出す。
今は少しだけ……、身体が動けばいい。
【ヘルズゲート】
自分の身体を地面の闇へと溶かし、老人の視界から消える。
危機感から距離を取る相手に対して、それ以上の早さで姿を捉え、死角へと回り込む。
「魔族ごときが、私の首を簡単に取れると思うな!!!」
きっと魔族の老人も、私と同じだ……。
戦争によって、人生を翻弄された者……。
だから――。
【クリミナル・ウィッチ・エクスピアシオン】
手刀で老人の左腕を切り落とす。
そして、切り離された腕を私は手で掴み、闇の魔法で無へと帰する。
存在自体を消し去る魔法。
その腕は二度と再生することはない。
命までは取らない。
以前の私だったら……、きっと同様のことを仕返ししていた。
「今回は片腕だけで許してやる。次はない」
「くっ」
老人は左腕を押さえながら、再び私から距離を取る。
私は〈厄災〉が封印された白い結晶と〈幻想天球儀〉を、魔法を使って放り投げる。
こちらは約束を守った。
あとは、向こうが約束を守れば、本当にこれで全てが終わる。
――いや、そんなことはもうどうでもいい。
「それか……、〈魔法世界〉のやつらに伝えろ」
私は魔族の老人に言い放つ。
「もう二度と、私の大切な人を奪わせない!!!!!」
私の魔力は衝撃となって、周囲の空間を震わせる。
クリスマスムード一色だった都会の街は停電を起こし、数秒後に明かりが戻ってくる。
老人は慄いていた。
〈ウィッチエクリプス〉の魔女を本気で怒らせた。
戦時下の魔族と同じ反応。当然と言える。
「約束を果たし、この世界から去れ!」
駆け寄ってきたはくあちゃんとカレンちゃんに私は体を支えられ、魔族の老人をにらみ続ける。
少しでもおかしな行動を取ったら、次は本気で殺す。
しばらくの間、老人は固まっていたあと、〈厄災の魔神〉が封じられた白い結晶と〈幻想天球儀〉を拾い、ヘリポート中央のゲートへと歩き出した。
常に背後を気にしていて、私に注意を向けているのがよく分かった。
異世界同士をつなぐゲートはとっくに開かれていた。
戦いの最中、〈魔法世界〉側も準備が整い、開通されたのだ。
向こうは、〈魔神〉の帰還を今か今かと待ち望んでいる。
老人はゲートを通過し、数分後にそれは閉じられた。
向こうの世界へと、無事に渡り着いたのだろう。
それを確認した途端、私の緊張の糸は切れ、同期二人に支えられているのにも関わらず、地面へと倒れ込んだ。
「リーダー!」
「ステラさん!」
心臓は潰されている。
私は擬似的な心臓を作り出し、体に血液を送っていただけ。
じきに息絶える。
後悔はない。
私は自分の価値を見いだせた。
セレナの代わりに今日まで生き延びてきた理由。
やっと見つけることができた。
やっぱり……、前言撤回。
少しだけ後悔している。
ほんのちょっとでもいいから、回復魔法を勉強しとけばよかった。
同期とも仲良くなったばかり。もっとコラボもしたかったな。
閉じかける意識
私が半ば諦め、二人が泣きじゃくっている中、別の人物の影が視界を覆った。
それはアリス先輩の姿。
最後にもう一度、私はその姿を見ることができた。
これ以上にない、幸せだった。
「やっと私は……、守ることができた……」
私の視界は闇へと包まれた。
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