第28話 取引

 多少の障害、私にはたいしたことはなかった。


 魔法使い型のスライム三体。

 すごく懐かしい気がしたけど、時間も惜しいので雑に処理をした。

 これぐらいの抵抗は想定内だった。


 奥にいる魔族の老人が、話の分かる人だと嬉しいんだけど……。

 期待できそうにないね。


 自らは手を下さず、初めは様子見。

 嫌いではないよ。いかにも魔族らしいなやり方。

 私の記憶の中の魔族で嬉しい。

 三年前なら……、即座に視界から消している。


 その魔族の老人が笑顔で尋ねてくる。


「魔女のお嬢さん、名はなんと言うのかね?」


 魔族に名乗りたくないな……。


「ステラ、覚えなくていいよ」

「そうか……。こちらでも、その『』を使っているか……」

「え……、今なんて」


 私の名が偽り。なんで知っている……。


 老人は呟く。勝ち誇った表情で。

 それはこの世界で、一度も使われなかった名。



「な、なんで……」

「いや、〈ウィッチエクリプス〉の最後の生き残り、〈漆黒の魔女〉と言うべきかな?」

「ちが……」


 アリス先輩とコラボしたときと同じく、私の頭が真っ白になる。

 いや、それ以上に――。

 そして、感情が白から黒へと、徐々に染まっていくのが分かる。

 太陽が月に隠れる日食のように、私の光は闇へと包まれていく。


『正体がばれた』


 私の頭の中では、その事実が反芻はんすうしている。

 急に私の立場は脅かされる。


 三年前と同じように……。


『こいつを消さなきゃ』


 今、私の正体を知っているのはこいつだけ。

 こいつの息の根さえ止めれば、何も起きなかったことになる。


『生きて〈魔法世界〉に帰してはいけない』


 手足が震えていた……!?

 私ならできる。仕留められない相手ではない。

 今まで何百、何千もの魔族を屠ってきた。

 それと同じように、目の前のたった一体を消せばいい。


『私なんてどうでもいい』


 今さら生きたいだなんて思わない。

 今でも生きたいだなんて思っていない。

 誰からも必要とされていない命。

 いつ投げ捨ててもいいと思っていた。


『だけど、ここで死ぬわけにはいかなかった』


 今まで、惨めに生きてきた理由。

 私が死んだら、セレナの今までの苦労が全て無駄になる。


『だって私は、!』


 セレナの想いとを継ぐ者。

 こんなところで、敵に殺されるわけにはいかなかった。


 相手はセレナを殺した敵――〈魔法世界〉。

 許さない、許さない、許さない……。

 私の全てを奪った。

 絶対に許しはしない!


『だから――』


 私は強く杖を握りしめ、思いっきり地面を蹴っていた。

 隠しきれない殺意を持って、魔族に飛びかかる。


!!!!!!!!!!」


 私の復讐は――。


 一瞬で終わるはずだった……。

 予定では、魔族の老人の首は簡単に飛んでいた……。


 なのに――!!!


「!?!?」


 腕が動かない。

 私の左腕は、その場から全く動いていない。

 杖を持つ右腕、その反対側の腕が、ある一点を元に固定されている。

 そのせいで、私の身体が全く前に進んでいなかった。


 原因、それは。


「ステラさん! ステラさんっ!!」

「はくあちゃん、離してっ!!!!!」


 はくあちゃんが獣人の握力を使い、私の左手を強く握っていた。


「私はこいつを殺さないと!!!」


 腕を引きちぎってまで、私はこいつを!!!!!


「獣人のくせに私に……」


 暴言を吐く私に対して……。

 しかし、はくあちゃんはお構いなしに、さらに力強く私の手を握った。


「ステラさん!!!」

「痛いっ!? やめ……」


 骨が折れる。

 引きちぎる以前に、使い物にならなくなる。

 それでも、はくあちゃんは握るのを止めなかった。


「だから、やめ……、やめてって言っているでしょ……!!! いつもいつも……、いつも……」


 でも、その痛みので、私の黒い衝動が収まっていく。


「あ……、あ……、私……」


 すっかり痛みの方が勝り、私の心は落ち着きを取り戻しつつあった。

 はくあちゃんはそれを感じ取ったのか、握っていた手の力も弱まっていく。


 はくあちゃんは先ほどまでの力とは正反対の、か弱い案じ顔を見せて、私に尋ねてくる。


「ステラさん……。大丈夫……?」

「あっ……、うん……、ごめん、大丈夫……」


 自分でも驚いていた。

 あまり感情的になるタイプじゃないと思っていたのに。


 はくあちゃんの握力。

 我慢できないほどの腕の痛み。

 しかし……。

 そこまでしないと私は止まらなかった。


「そういえば、〈魔神〉の封印技術を開発したのも、あの忌々しい魔女たちだったな」

「っ!?」


 魔族の老人は、さらなる言葉を投げかけてくる。


 確かに……、〈魔神〉の封印技術を提供したのは私たち〈ウィッチエクリプス〉。

 さらに付け加えるなら……。

 その中の闇属性の魔法が得意な、エストレーリャ・アルテミシアが編み出した技術。


 今回のアリス先輩の騒動。

 私が〈魔神〉の封印技術に詳しい理由。

 元凶は全て私。


 再び、感情が闇に染まっていくのが分かる。

 挑発なのは分かっている。

 だけど、魔族の老人が言っていることは事実。

 これは私の大きな罪。


 そんなうつむく私に対して、視界を暗く遮る者がいた。


 ――カレンちゃんの背中だった。


「おじさん、そこまでにしてくれない?」


 カレンちゃんは、私と魔族の老人の間に割って入る。


「あなたがの何を知っているか分からないけど、今の私たちには関係ないから。でしょ?」


 カレンちゃんはこっちを振り向く。

 優しいお姉さんの笑み。

 吸血鬼の年の功は馬鹿にできない。


「ステラさんは、ステラさんです!」


 はくあちゃんも、隣でこちらを見つめている。

 手を握る力は、すっかり弱まっていた。


「二人とも……」


 私は小さく呟いた。


「ありがとう……」


 聞こえなくてもいいと思っていた声。

 だけど二人は、笑って受け入れてくれていた。


 もし二人がいなかったら、最悪の結末になっていた。

 目の前の魔族を始末するのは簡単だった。

 私の忌々しい過去、再び闇に葬り去るのも悪くはない。


 しかし、それは今回の目的ではない。

 目の前の魔族を消した時点で、私たちの計画は失敗に終わる。

 それが現時点での


「結局、どうするのかね?」


 魔族の老人は平然とした顔をつつ、尋ねてくる。

 額に汗をかきながらも、静かに迎撃態勢を取っていたのは分かっていた。

 それはさっきまで私が、凄まじい殺気を放っていたからに他ならない。


「ごめんなさい……、懐かしい名前で呼ばれて……。私と取引をしてほしい」

「ほう?」

「これから私は、〈魔神〉を別の器に移して貴方に渡す。それを黙って〈魔法世界〉へと持ち帰ってほしい」


 簡単な話だった。

 先輩の体に〈魔神〉が封印されているんだったら、それを別の所に移し替えてやればいい。

 ただし、人の体だとまた同様の問題が起こるので、精巧な代替品を用意する必要がある。

 今日までに、私はその器を間に合わせた。


「確かに……、〈エクリプス〉の魔女なら不可能なことではないが……」

「うん」


 私ならもう一つの問題である、器の取り替えもできる。

〈魔神〉の封印技術は元々、私が編み出したものだ。

 の私が魔法使いに提供した、戦争終結の切り札である。

 終戦それにより私が得られたもの……。皮肉だね……。


 さらに、巡りに巡ってこの世界までやってくるとは……。

 これは、私の罪滅ぼしでもある。


 アリス先輩の体から安全に〈魔神〉を取り出し、別の器に再封印する。

〈魔法世界〉の術者にできなくても、私にならできる。

 失敗することはない。


 器の準備、術者の確保、技術的な問題は全てクリアしていた。

 あとは向こうがこの取引に応じるかどうか。

〈魔神〉を持ち帰る人物が最低でも一人は必要。


 先輩を向こうに送って、無事に帰してくれる保証はどこにもない。

 こちらが絶対に譲れない条件、それは〈魔神〉を向こうに渡すこと。


 最悪の場合――、

 私が……、持って行くことになる……。


「しかしだ、私が易々と世界の『大罪人』の魔女の話を、聞くと思うのかね?」

「それはそう……」


 さらに想定外なことに、私の正体がばれてしまったのが痛い。

〈魔神〉の封印の説得力が出たのと同時に、〈魔法世界〉の敵だと判明してしまった。

 相手からしてみれば、私は信用するに足らない人物だと思われても仕方ない。

 しかも、私は魔法使い。魔族の仇敵である。


 かつ、確実に私の生存が〈魔法世界〉に知られる。

 おそらく、世界の狭間に押しつぶされて、死亡したとされる私の存在。


 当初の予定では、同行者の気絶からの〈魔神〉の封印。

 あとは上手く言いくるめて、事を運ぶつもりだった。

 その変更を余儀なくされている。


「貴方に渡したい物がある……」


 私は首からぶら下げていた指輪型のアクセサリーを、魔族の老人に見せる。

 それはセレナの形見、指輪型の天球儀。

 私がこの世界で大切にしている物だった。


 この世界に来て、初めて身につけた。

 本当は持って来たくなかった。

 だけど、今回の作戦に必要不可欠な物。

 だから、仕方なく……、だった……。


「この【幻想天球儀】はの所有物。これを見せて私の死を伝えてほしい。こっちで私を仕留めたと言ってもいい。貴方は英雄扱い。多少の報酬ももらえると思う」

「ほう……、悪くない話ではあるな……」


 私には、切れる手札がほとんどなかった。

 だからセレナの形見、本当は渡したくない……。

 でも、アリス先輩を救うため……。


『ごめん、セレナ……』


 この道具の出番は今だと信じたい……。


「ちなみに、もし私が断ると言ったらどうするのかね?」

「それは……、ここで

「おー、怖い」


 苦しい、脅しになっていない。

 仮に相手が条件をのんだとしても、それを守るとは限らない。

 向こうの世界に戻ったあと、私の存在を公にすればいい。

 ばらされたことへの報復を、私は行うことができないのだから。


 最大限の譲歩。

 これで交渉が決裂したら、本当に目の前の魔族を消し去るしかない。


 老人はタバコを口にして――、悩むのではなく、むせていた……。

 かっこよく煙を吐いて、思考を巡らせるつもりだったのかな?

 この世界の高価な葉巻でも用意した方が、交渉が上手くいったかも。

 ただ、私には味が分からないし、同行者の好みを調べる余裕もなかった。


 何度か咳き込んだあと、口直しに、〈魔法世界〉の葉巻を吸い直して……。

 魔族の老人は、やっと結論を出してきた。


「いいだろう。若い小娘が戦争の負債でなくなるのは忍びないのでね」

「ありがとう……」


 相手が本心で言っているかどうか分からない。

 魔族にとって魔法使いの――、アリス先輩の命など、どうでもいいはず。

 しかし、いずれにしても魅力的な提案ができ、不測の事態にも対処できた。

 今はポジティブに捉えるしかない。


 魔族の老人は、アリス先輩の方に視線を向ける。

 先輩が同意すれば、この取引は完全に成立する。


 アリス先輩には何一つ説明できず、本当に申し訳なかった。

 しかし、今は時間がない。

 急がないと〈魔法世界〉の準備が出来次第、異世界への門は開かれる。

 それまでにこちら側の準備を、再度済ませておく必要があった。


 私は先輩のすぐそばへと駆け寄る。

 もう会えないと思っていた先輩と再会を果たす。

 そして、今回を最後にしないためにも、私はなすべき事をなす。


「アリス先輩、すいません」

「ステラちゃん、私はどうすれば……」


 アリス先輩、とても戸惑っているのが分かる。

 きっと私は漫画とかで見る、彼女の結婚式に乗り込み、式場をめちゃくちゃにする男みたいな感じかな。

 あるいは、〈魔神〉の封印の元凶が私だと知り、嫌われたかもしれない……。


「少しだけ眠っていてください」


 私は先輩が反応するより前に、肩の上に手をのせ、気絶の魔法をかける。

 倒れ込む先輩の体を丁寧に支え、地面へゆっくり横たえさせる。


 そのまま私は流れるように、事前に準備していた巻物スクロールを取り出す。

 そこに転写していた、半径1メートルぐらいの中規模の魔方陣を展開する。

 その魔方陣に記されているのは、〈魔神〉の解放の魔法だった。


 邪魔さえ入らなければ、術式自体に問題は起こらない。

 懸案事項があるとしたら、そのあと。

〈魔神〉が解放されたときに、一旦押さえ込まないといけない。

 つまり実力行使。もう一度、〈魔神〉を討伐する必要があった。


 失敗すれば全てが無と化す。

 それどころか、〈人間世界〉までも危険にさらすことになる。

 ただ、それでもアリス先輩を救いたかった。

 私は、この世界の敵になる覚悟もできていた。


 もちろん、きちんと保険も用意してある。

 私は、首からぶら下げていた指輪型のアクセサリーを手に持つ。

 魔法道具――、〈幻想天球儀〉。

 これを持ってきた理由は、今、この瞬間にある!


お願い! この私に力を貸して!」


・ノクトゥルヌスウィッチ・リベレーション】


 指輪が何重にも開き、小さな球体を構成していく。

 それと同時に、強力な魔術が周囲に展開される。

 半径5キロに渡る擬似的な空間を作り出し、それを現実世界へと置き換える。

 これが〈幻想天球儀〉を用いた魔術。セレナの幻術魔法のであった。


 上空、地上ともに、地形は現実とさほど変化はない。

 しかし、地上に誰一人として人間はいない。

 人々の賑わいも、クリスマスの装飾も一切存在しない。

 殺風景なビル街。薄暗闇の空間。光源は月明かりのみ。


 空間の強度はそれなりのはず。

 私がセレナの魔術を真似したものなので、僅かな綻びはあるけど、それでも多少派手に暴れても問題はない。


 暴れるステージは用意した。

 平行して、アリス先輩の身体から、〈魔神〉を引きずり出す。

 中規模の魔方陣をアリス先輩の身体に重ね、中心から元凶を呼び起こす。


『来る!!!』


 相手があの〈魔神〉とはいえ、私にも勝機はある。

 開封直後は眠りが浅い。できれば一瞬で片を付ける。


 大戦の初期から中期にかけ、魔族が使用した戦略兵器、それが〈魔神〉。

 いくつかの形態、性質があるそれは、魔法使いたちを大いに苦しめ、末期に大半が討伐、封印された。


 今回、アリス先輩の身体に封印されている〈魔神〉は【】と呼ばれ、〈魔神〉の中でも特に性質が悪いと言われていた。

 一度でも使用されれば、魔法使いたちに『災い』を見せると言われている。

 集団相手だと大規模な『疫病』や『飢饉』、『大災害』だろうか。


 もしそれが、一人の個人だったら?

 私みたいな、魔女が相手だったら?

 それはその人の一番弱い部分、『』を見せる。


「えっ……」


 〈魔神〉はアリス先輩の身体を再びにして、強大な魔力が小さな身体へと収束していく。

 それは三年ぶりのとの再会。


「ステラ、久しぶり――。少し大きくなったね。これは何年ぶりになるのかな」

「セレナ!!! なんであなたがここに……」


 私のトラウマ、それはセレナとの別れと後悔だった。

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