第25話 本当の理由
私は家に帰宅したあと、ベッドの上で放心状態となっていた。
まるで何かの抜け殻みたいだった。本当に情けない。
何もできなかった。
無理だと分かっていて……、それでも先輩を引き留めることができなかった。
敵が強大すぎる。
さすがに私一人では相手にできない。
まるで三年前みたいに。
私は大切な人が失っていくところを、ただ目の前で、見ていることしかできないのだ。
きっと〈魔法世界〉には、平和が訪れていることだろう。
平和自体は否定しない。
それはこの世界を見ていればよく分かる。
〈魔神〉の回収も、何か理由があってのことなんだと思う。
だけど、戦争によって歪められた人はどうなるの?
あんまりじゃない……。
セレナや一緒に戦った魔女たち。
そして、〈魔神〉を封印されたアリス先輩。
〈魔法世界〉は私から、何もかもを奪っていく。
私はあのとき、聞くことができなかった。
アリス先輩の今の夢……。
きっと先輩にも、〈ミスプロ〉で成し遂げたいことがある。
私でも分かるのは、チャンネル登録者数100万人。
もう少しというところで引退。
やっぱりないよ、そんなこと……。
はぁ……、同期の二人には、何て説明しようかな……。
調査する前は、いい報告をする気満々だったのにね。
きっと二人もそれを期待しているに違いない。
こんな私でも、できないことは存在するのだ。
そして、こんな非常時なのに、アリス先輩の命がやばいのに、次の配信のことを考えている自分がどこかにいた。
サボっていた分、どうしようかな。とか……。
次のゲーム配信、何にしようかな。とか……。
これも職業病? いやルーティン?
あるいは、全てを吐き出し……、ファンの人に慰めてもらいたいのかも。
なんてね……。
まだ、気分は乗らないものの、ずっとこうしている訳にはいかない。
私にも……、ファンの人がいる。
〈ミスプロ〉の黒星ステラの配信を、今か今かと待ち望んでいる。
ファンの人の前では、胸を張らなくては!
「そういえば私……、何で配信者になろうと思ったんだっけ……」
その答え、それは――。
この世界での【ステラ】。
それは間違いなく、暁月アリスによって作られた。
実は〈ステラ〉も偽名……。
私の本名はもっと長い。
長すぎるから、同僚からは〈ステラ〉と呼ばれていた。
異世界人はきっと、何かしらの夢を持って、この世界に渡ってくるだろう。
新しい世界に想いを馳せ、その姿はキラキラと輝いているに違いない。
完全なる偏見。でも分かるでしょ?
泥にまみれて逃げてきた、私とは大違い。
私には何もない。
必死で逃げ延びてきた先、それが〈人間世界〉。
前情報は何一つなく、異国の地にぽつんと放り出された。
ひとりぼっち――、で死ぬはずだった。
私は同じ世界の出身、アリスさんと出会った。
アリスさんは〈ミスティックプロジェクト〉という所で、【VTuber】なるものをしていた。
デビューしてから、まだ一年ちょっと。
試行錯誤を重ねつつ、彼女は毎日、配信活動を行っていた。
当時、暁月アリスのチャンネル登録者数は1万人にも満たなかった。
アリスさんに拾われ、同居していた私は、数ヶ月の間、彼女の活動をずっとそばで見ていた。
私が、この世界で初めて触れた文化、それが〈VTuber〉。
初めは、「なにこれ……」と思った。
だけどそのあと、この世界の別の文化に触れても、私は興味を示すことはなかった。
VTuberというものに触れ、そこからアニメやゲームなどを知った。
日本のオタク知識にも詳しくなった。
もちろん、配信に関することにも詳しくなった。
今の私の文化を形成しているのは、アリスさんとVTuberだった。
そのあと、私はアリスさんの家を出て、二年半、だらだらとしていた。
もちろんその間、暁月アリスの活動は追っていたし、他の配信者も少しは観ていた。
VTuberの情報は逐一チェックしていた。
そして、世間ではVTuberブームが起こる。
〈ミスプロ〉の躍進と共に、暁月アリスの人気が上がっていくのは、ファンとしてすごく嬉しかった。
チャンネル登録者数も気付けば10万人をあっという間に超え、今では名実ともに、大人気VTuberとなった。
純粋なリスナーとして、暁月アリスを追っていた時期。
自慢ではないけど、ファン歴は長いので、メンバーシップ(ファンクラブみたいなもの)の加入月数はかなり長い。
入会から一切解約はしていないし、そんじょそこらのファンに、暁月アリスの知識では負けない自信があった。
ただこのとき、私自身がVTuberになるとは一切思っていなかった。
なろうとも考えなかった。
華やかな舞台の影を私は知っていた。
暁月アリスの人気は、数々の苦労の積み重ね。
だから私は、暁月アリスを一人の知り合い、アリスさんとしてずっと応援してきた。
転機となったのは、私が〈ミスプロ〉のオーディションの広告を、偶然ネットで見つけてしまったこと。
当時の私は血迷っていたのか、そこに応募してしまったのだ。
そして、すんなりと受かった。
私は再びアリスさん――、アリス先輩と出会うことになった。
ちなみに、私のファンのために強く言っておくと、配信活動に一切手を抜いたことはない。
オーディションに応募すると決めたときから、VTuberに関する勉強はすごくしたし、一人で何回もテスト配信も行っている。
この考え方は私の戦闘スタイルと同じ。
油断や慢心、相手への軽視、それが仕事なら、極力排除した方がいい。
だからカレンちゃん、あと聞くところによるとはくあちゃんも、デビュー前に配信経験があったけど、それをハンデだと思ったことはない。
何より中途半端な気持ちで活動をすること。
ファンに対してすごく失礼なことだと、私は知っていた。
ただ……、一つだけ後ろめたい点があるとしたら、私の志望動機が不純なのは否定しない。
それに二人には明確な目標があって、私にはない。
二人のチャンネル登録者数が10万人を超え、私だけが超えていない。
きっと原因はそこにあり、私はその差を埋められずにいた。
私は夢があって配信者になったわけではない。
〈ミスプロ〉で叶えたい夢、私にはない。
ただ、私は……、私は……。
『ううん、違う……』
私は自分に嘘をついている。
『大嘘つきだ!』
今、思い出した……。
いや、始めから分かっていた。
私が〈ミスプロ〉のオーディションを受けた本当の理由。
偶然、広告を見つけたからではない。
きっかけは広告だったけど、本当の理由は別のところにあった。
配信の勉強をしてまで、本気でVTuberになろうとした理由。
いや、正確には、〈ミスプロ〉のVTuberになりたかった理由。
それは少しだけ叶っている。
『もう一度、アリスさんと会いたかったから』
勝手に罪悪感を覚え、勝手に失踪した私。
人見知りの私は、直接、合わす顔がなかった。
VTuberの事務所、どこでもいいわけではなかった。
〈ミスプロ〉だから、オーディションを受けた。
〈ウィッチライブ〉じゃないとだめだった。
私は――、
『アリスさんがいる〈ミスプロ〉に入りたかった』
――なんだ、もう答えは出ているじゃん……。
『アリス先輩がいない〈ミスプロ〉なんて、あり得ない!!!』
「うん……!」
私には夢がない。
だけど、アリス先輩の引退を止めたい気持ちは本物。
考えてみれば、きっとこれは、〈ミスプロ〉のメンバーで私にしかできないこと。
むしろ、私がやらないといけないこと。
〈魔神〉絡みのお仕事、戦闘関係の『案件』なんて、私以外に適任なメンバーはいない。
私はベッドから起き上がる。
そして、先輩の引退を阻止するために、作戦を練り始める。
もう一度、私は、世界の悪意と向き合う必要があった。
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