第24話 生い立ち

 マネージャーと同期の訪問から二日後。

 私はアリス先輩の引退の理由を、突き止めるまでに至っていた。


 調査は少し難航したものの、私からすれば、さほど難しいことではない。

 基本、最優先で調査を行ったので、その間、ろくに配信はできなかった。


 最近の黒星ステラの活動状況は、コラボのメンタルブレイクからの先輩の引退コンボ。

 さらに今回の調査で配信はお休み

 SNSでの交流を除けば、配信は全くの0。

 ほぼ、サボっているに等しかった。


 何も知らない外部の人リスナーからは、


『こいつ、大事なときに配信サボってない?』


 と思われても仕方ない。


 実際にそれはチャンネル登録者という数字にも現れている。

 私から見える(一桁まで分かる)、内部のカウンターは全く動いていない……。

 というか減っている。

 やっぱり仕方ない。


 正直なところ、黒星ステラなんてどうでもよかった。

 暁月アリスさえ生かせれば、〈ミスプロ〉という組織は存続することができる。

 きっと、〈ミスプロ〉のリスナーもそれを望んでいるだろう。


 そして何より……、私もそれを強く望んでいた。

 それだけ私の中で、アリス先輩の存在は大きかった。


 で、本題。

 暁月アリス先輩の引退理由。

 安心安全、実績多数?のステラさんの調査報告は以下の通り。


 事前にマネちゃんから預かっていた先輩の私物を元に、追跡魔法を使って現在の居場所を特定。

 さらにそこから、今後の動向を調査。

 三日後のクリスマスの日に、〈魔法世界〉へと旅立つ予定だと分かった。

(アリス先輩、ストーカーみたいなことをして、本当にごめんなさい……)


〈魔法世界〉への渡航。

 そうなると、調べられる所がさらに一つ増える。

 異世界へのゲートを管理している政府機関だ。

 もちろん表には出ていないのね。


 異世界間のゲートの開通は、双方の世界の承認をもって通常は行われる。

 複数の術者が絡む大事であり、一個人がゲートを開くことは、……。

(…………、だからセレナは……)

 ――必ず政府への申請、承認が必要となっていた。


 だからゲートに関することは、異世界人の犯罪抑止の一つとなっている。

 何かしらの罪を犯して、この世界のブラックリストに載る。

 それは一生、ゲートが使えなくなることを意味していた。


 前に戦った獣人、ルドルフクラスの役人に一生追いかけられ、かつ異世界への渡航が叶わない。

 親しい人に、家族に一生会えない。

 故郷の地、思い出の地を一生踏めない

 大体の異世界人はブラックリスト入りを避けるだろう。


 私は……、未練がないからどうでもいい。

 ゲートなんて一生使う気はない。

 使いたくもない!

 もちろん、を犯す気もないけど。


 話を戻すと、〈魔法世界〉へと帰ろうとするアリス先輩は、必ず政府に申請を出しており、予定が立っているということは、その承認が下りているということ。

 今回、その申請内容を確認して、引退の理由を特定した形となる。

 ここだけの話、申請理由は非公開。

 政府機関へのは久しぶりだった。


 以上のことから、引退の理由『』は分かったことになる。


 ただ……。ここからが問題だった。

 私はアリス先輩の引退を止めなくてはならない。

 調べるだけなら簡単。

〈魔法世界〉へと帰るのを引き留めるまでが、私に課せられたミッションだった。


 だけど、理由が理由だった。

 政府関係者、政府暗部によって極秘裏にされていたその理由は、私が想定していたものよりも、ずっとずっと重たいものだった――。


       * * *


「アリス先輩、やっと見つけました……」


 都内の喧噪から少し離れた、海沿いの公園。

 そこにアリス先輩はたたずんでいた。


 まるでこの世界との別れを、惜しむかのように。


「やっぱり、訪ねにくるんだ」


 いずれここに私が来るのが、分かっていたかのように。


「ごめんなさい……」

「ううん、気にしてないよ。メンバーのみんなに迷惑をかけているのは、私の方だしね」


 そんな、そんなことはない……。


「黒い精霊が不自然に飛んでいたよ」

「はい……」


 私は見境なく、先輩の調査をしていた。

 雑、というか最短を選んだ感じ。

 調べる相手が本当の敵、あるいは期限に余裕があるなら、もう少し慎重にやっている。


「ステラちゃんはもしかして、引退の理由まで分かっている感じかな……?」


 私はアリス先輩に問い詰められ……、本題を切り出すことにした。


「先輩の身体には……、【】が封印されている……。そして、それを〈魔法世界〉に返さないといけない……」

「っ……!? そこまで分かっているんだ……、悪い後輩だね……」


 言い出したくなかった、こんなこと。

 知りたくなかった、こんな事実。


「本当に、〈魔法世界〉に帰るつもりなんですか?」

「うん……」


 先輩は深く下を見た。


 政府のゲート開通に関する承認の理由。

 それは通常のそれとは、かけ離れたものだった。

 閲覧するのにかなり苦労した。

〈魔法世界〉との協定、その最重要案件。



 これが承認の理由。

 先輩の名前は、理由の中に


 数年前の〈魔法世界〉――。

 魔族との戦争で猛威を振るった〈魔神〉の一体、それが先輩の身体に封印されている。

〈魔法世界〉がそれの返還を求め、〈人間世界〉が同意した。

 双方とも、先輩のことなどどうでもよく、〈魔神〉の移送だけを望んでいる。


 まるで物。

 あるいは、〈魔神〉の封印の器、扱い……。


 そして、それは――。


「〈魔法世界〉へと渡ったら……、二度と戻っては来られないんですよ! それに、先輩の命も……。知っているんですか……!!!」


〈魔法世界〉が〈魔神〉を手中に収めたいのは分かっている。

 だけど、〈魔法世界〉の術者が、先輩の身体に傷一つ付けずに、〈魔神〉を取り出せるとはとても思えない。

 必ず失敗する……。

 魔法使いの最高位、元、〈エクリプス〉の魔女の私が断言する。


 だから十中八九、先輩は殺される……。

 あの世界は平気でそれをする。

〈魔神〉さえ取り出せれば、それで用済み。

 先輩を〈魔法世界〉に送ったら最後、一生会えなくなる。


 そこまで私は分かっていた。

 だけど……、それを回避する方法を、私は思いついていなかった。

 両世界がすでにその事実を知っていて、当の本人も了承している。

 この決定を、私は覆すことができずにいた。


 先輩はうつむいて黙ったまま。

 私は先輩の口から直接、理由を聞きたかった。


 だけど――。


「先輩、何か言ってください……。私は先輩と別れたくないです……」

「な、なら、私はどうしたらいいの!!!」

「そ、それは、その……」

「ステラちゃんが何とかしてくれるの?!!」

「…………、ごめんなさい……」


 違う! 私がしたかったのはこんなことじゃない……。

 先輩を怒らせたいわけでも。

 喧嘩別れしたいわけでも。


 今回、私は先輩と話をするのが怖かった。

 こうなることが分かっていたから……。


「私が帰る以外に、何ができるというの……」


 喜怒哀楽――、今の先輩の感情に、『』と『』は全く存在しなかった。

 怒ったあとにすぐ見せた、すごく悲しそうな表情。

 いつも観ていた、暁月アリスとは全くの別人。

 アリス先輩が神聖な存在でもなんでもなく、私と同じただの女の子だと、改めて気付かされた。


「昔のように……、私の『』を聞いてくれないかな……」


 海側の遠くの空を見つめながら、先輩は話し始める。

 先輩の『悩み』を聞く。

 私にとって、懐かしいの一つだった。


 私は先輩と同居していたとき、よくVTuberの活動についての悩みを聞いていた。

 アドバイスなどは何もできず、ただ話を聞いているだけだったけど、少しでも先輩の……、アリスさんの役に立っている気がして嬉しかった。


 先輩が話し始めた『悩み』、それは自分の生い立ちについてだった。

 ただ、話を聞かなくても、私は何となく、先輩の境遇が分かっていたのかもしれない。



 先輩も私と同じ、〈魔法世界〉では、魔族との戦争の経験者だった。


 聖女としての才があった彼女の身体に、〈魔神〉が封印されたのが事の始まり。

 理由はたいしたものではなく、単に封印先の器として適性があったらしい。

 そこから時が過ぎ、魔族との停戦の兆しが見え始める。


 別にいきなり魔族と仲良くなって、戦争が終わったわけではない。

 私とその仲間は、最後まで魔族と戦っていたけど、場所によっては条約が結ばれる前に停戦していた地域もあった。

 また魔法使いと魔族、初めから共存していた地域もあり、そこはもちろん戦争に反対をしていた。


〈ウィッチライブ〉に所属している五人の魔女。

 私を除いた『』は、そうした地域の出身だった。


 言い換えれば、〈人間世界〉での生活歴が長い者。

 早い段階で世界を渡ってこれた者。

〈魔法世界〉が戦争をしているときに、〈人間世界〉に渡ることができるのは、平和な地域にいる者だけだった。

 アリス先輩の出身地もまた、戦争の末期では、比較的安全な地域の一つだった気がする。


 ただし、〈魔神〉が封印されているとなれば、話は別だった。

 それに危機感を抱いたアリス先輩の両親は、あるいは今回のような事を予期していたのか、先輩をこっちの世界にこっそりと逃がすことを決めたのだ。


 それが、私がこの世界に来る三年前の、さらに前の出来事。

 アリス先輩は〈人間世界〉にで渡ってきたあと、さらに先輩の魔女、〈ミスプロ〉の社長に拾われ、手探りでVTuberを始めて今に至る。


 それが今回、明るみに出た形だった。

 何を考えているのか、〈魔法世界〉は戦争が終わったにも関わらず、〈魔神〉を欲している。

 魔族にでも引き渡そうとしているのか。

 気分が悪い……。


「ステラちゃん、ごめんね……」


 さすがに今回は事が大きすぎる……。

 世界を相手にするなんて――、自分が一番よく分かっていた。


「私たちが初めて出会ったときのこと、覚えている?」

「はい、覚えています! 忘れもしないです!」


 クリスマスの夜。

 私はアリス先輩に救われた。


「ステラちゃんを初めて見たとき、私と同じだと思ったの。だから絶対に助けないと! って……」


『そっか……』


 アリス先輩が私を助けてくれた理由。

 やっと今、分かった気がした。

 先輩も一人でこの世界にやってきた。

 きっと私の姿に、昔の自分の姿を重ね合わせていたんだ。


「その判断は、今でも正しかったと思っているよ。だって遅くなったけど、ステラちゃんは〈ウィッチライブ〉に来てくれたからね」

「そんな……、結局、私は何も……」


 先輩に迷惑ばかりかけて、恩を返すこともできない。


「ねえ、ステラちゃんは、〈ウィッチライブ〉が――、〈ミスティックプロジェクト〉が?」

「えっ? えーと、社長が……、先輩が好き勝手にできる、アイドルグループを作りたかったから……。ですか?」


 世間一般には、上の理由が広く知れ渡っている。

 社長で〈ミスプロ〉の最初の魔女が、配信で何度も語っていて、その切り抜きも多く再生されている。


 だけど、それが本当の理由かどうか、私は知らない。


 そしてアリス先輩は、一般のファンの誰もが知らない、その真相答えを教えてくれるのだった。


「それも少しあるけど……、実は歌が大好きな友人を、この世界でさせるためなんだよ!」

「あっ……」


 心当たりはもちろんある。

〈ウィッチライブ〉の一番目の魔女、その同期には、アーティストとして有名な人物がいる。

 彼女のVTuberのキャラクターは、美しい歌声を持つ【セイレーン】。


 私はその先輩の名前をよく耳にしていた。

 だって、はくあちゃんが一番憧れとしている人物だから。

 はくあちゃんはその先輩の話をしているとき、すごく生き生きとしていた。

 ときには、こちらが引いてしまうぐらいに……。


「異世界人だと、どうしても様々な理由で、メジャーデビューするのが難しいでしょ……」


 確かにそうだ……。

 特に獣人は、その真の姿を隠し続けなければならない。


「そんな中で、友人の夢を叶えるためだけに作られたグループ、それが〈ミスティックプロジェクト〉。全ての始まりで、その想いは今もしっかりと受け継がれている」


 一人の友人の夢を叶える。

 それが〈ミスプロ〉が生まれた、真の理由。


「〈ミスティックプロジェクト〉はね、なんだよ!」


 はくあちゃんは、もっと歌が上手くなりたいと言っていた。

 オリジナル曲をいくつも出して、ソロライブをするという大きな夢もある。

 歌姫の先輩と同じように、いつか自分も、夢のステージに立ちたいと思っている。


 カレンちゃんも、配信活動を長く続けたいと語っていた。

 それこそ単位で……。さらに配信でやってみたいことも数多くあるらしい。

 個人勢では活動の幅に限界がある。

〈ミスプロ〉でいつか大きなことを成し遂げたいと、年寄り臭く夢を語っていた。


 二人とも何かしらの夢を持っていた。

 それを叶えるために、〈ミスプロ〉の門を叩いた。


 私は……、私には……、夢はないのかもしれない。

 だけど、こんな私でも、アリス先輩は優しく受け入れてくれた。

 世界から迫害されていた私を、〈ミスプロ〉は迎え入れてくれた。

 私も例外ではないのかもしれない。


「〈ミスプロ〉や〈ウィッチライブ〉の未来を見られないのは残念だけど、何も心配していないよ。だって、ステラちゃんが来てくれたから」

「でも、私は未熟で、失敗も多くて、この前のコラボでも迷惑をかけて……」

「大丈夫!」


 震える私の肩に、先輩は両手を乗せる。

 私の目の前には……、本物の聖女がいた。


「ステラちゃんには、仲のいい同期や優しいファンの人たちがいるでしょ。だから、紛れもなく〈ミスプロ〉の一員だよ。もっと自信を持って! ファンの前で胸を張って! 私は〈ウィッチライブ〉の黒星ステラだよ! って」

「…………、はいっ!」


 アリス先輩の偽りのない表情を見て、私ははっきりと分かった。

 先輩は、私が身内だからといって、〈ミスプロ〉に入れるような人物ではないと。


 どこかで分かっていた。

 ズルでメンバーになったとしても、長く活動は続かない。

 きっとどこかで諦めてしまう。お互いによく分かっている。

 この世界は、そんなに甘くない。


『私は〈ミスプロ〉のオーディションに受かってメンバーになった』


 それは


「ステラちゃんに出会えて、本当に良かった」


 先輩は私の肩から手を離す。


「〈ミスプロ〉の、〈ウィッチライブ〉の未来をよろしくね!」


 私に想いを託すと、アリス先輩はこの場から静かに立ち去っていった。

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