第23話 いつも通りの配信を

 マネちゃんたちの黒星ステラ宅襲撃から、数十分後。

 二人を帰した私は、これまでに分かったことから、一人考えをまとめようとしていた。


 これ以上、マネちゃんたちと話すことは何もないし、現時点で僅かな進展すらも難しいだろう。

 それに彼女たちは、普段の仕事があって日頃から忙しい。

 特に今は、アリス先輩の引退の対応で、さらに負担は増しているはず。

 長く家に引き留めておく理由はなかった。


 私が気になっていることはいくつかある。

 最後のコラボの相手に私を選んだこと。引退と無関係とは思えない。


 ――と信じたいけど、自意識過剰かな……。

 少し不安。


 それに、社長は私を名指ししてきた。

 他の魔女ではなく、新人の私を。

 引退を止められるのは、黒星ステラだけだと。


 そもそも、引退は止められる事なのか?

 私の取る行動、それ次第で〈ミスプロ〉や〈ウィッチライブ〉の運命を、大きく左右することになりかねない。

 だからこそ、私のこれからの行動はとても重要で、ゆっくりと考えたいところ。


 なんだけどさ……。


 何でいるのかな。

 ゆっくり一人で考えることもできないじゃん!


「二人とも、いつまでそこにいるの?」


 私は部屋にあるベッドの下に視線を向ける。

 ベッドの下の影、中には気配が二つ。


「あはは……、やっぱりばれていたか」


 ベッドの下からは影が広がり、中からは二人の人物が浮上して姿を見せる。

 もちろん吸血鬼の夜桜カレン。それと、獣人の狐守はくあだった。

 こいつらは、いつもいつも……。


「だーかーらー、私に潜伏は効かないからね」

「やっぱり、リーダーは手強いね」


 伊達に、〈エクリプス〉の魔女はやっていなかったよ。

 最後は裏切られたけど。


「ステラさん、大丈夫……?」


 カレンちゃんの影の力を借りて、一緒に隠れていたはくあちゃんが、恐る恐る尋ねてくる。


「一応、大丈夫かな。心配かけてごめんね」


 コラボ失敗からの先輩引退コンボ。心はズタズタだけどね。

 ちなみに、二人は先輩とのコラボの前後に連絡を入れてくれている。

 アリス先輩の引退会見後もすぐに連絡が来た。

 元々二人は、私が尊敬している人物がアリス先輩だと知っていたので、かなり気を遣われていた。


 これでチャイムを鳴らして、玄関から入ってくれれば完璧。

 と言いたいところだけど……。今回は不問かな……。


「二人はどうしてここに?」


 私はペットボトルのお茶を注ぎながら、二人に質問をする。

(やばい! もうお茶のストックがない。あと紙コップも)

 まあ、なんとなく理由は分かっているんだけど……。

 それと、私は少しばかりの違和感に気付いていた。


 今の時刻は午後4時を回ったぐらい。

 外はすでに暗いが、まだ日は沈みきっていない。

 つまり、夜桜カレンの営業時間外であった。


「――というか、カレンちゃんって日中活動できたんだ」


 ズバリそのことを指摘すると、カレンちゃんはそわそわとした様子で答える。


「は、はくあがどうしても、リーダーのことが心配だからって言って……」

「えっ!? カレンさんの方がステラさんが心配だから、日が出ている間、護衛してって言っていたのに……。私はただ、その、付き添いで……」


 食い違う意見。

 そして、カレンちゃんの手元にある黒い日傘。

 なるほど……。


 色々と言いたいことはある。

 吸血鬼、やっぱり日が出ている間はダメなんだ……。

 とか。


 でも、そこまでして、カレンちゃんは私に会いに来てくれたこと。

 はくあちゃんも、彼女の護衛を引き受けてくれたこと。

 きっと二人も、アリス先輩のことが気になっているに違いない。

 だけど、無理をしてまで、私の家に来る必要はない。


 私は本当に同期に恵まれていた。


「二人ともごめんね。大体、話は聞いていたと思うけど、私もアリス先輩のことは全く分からなくて……」


 本当に申し訳ないけど、こちらから出せる情報が何一つない。

 それに関して、二人は私を責めることはしなかった。


「二人は、何か知っていたりするの?」


 そして、逆質問。

 あまり期待はしていないけど、とりあえず聞いてみる。

 しかし、二人はマネージャーさんのときと同じく、困惑の表情を浮かべる。

 カレンちゃんは明後日の方向へと目をそらす。あー……。


「私はアリス先輩のことについて、余計なことは言わないように! って運営さんから連絡がきていたかな……」


 はくあちゃんは、現時点で彼女が知っていることを教えてくれる。

 もう一人の同期も、顔色を窺うに同じみたい。

 そういえば、私も同様の連絡がメールで――。

 あれ? 来ていないかも……。


 触れてはいけない話題だから、私は配信やSNSで余計なことは言っていない。

 だけど、それは別に運営から指示されたからではない。


 間違いないと思う。


 仕事関係の連絡は迷惑メールのフォルダも含めて、毎日しっかりとチェックしている。

 はくあちゃんの言っていたメール(連絡)、絶対に私には来ていない。


「やっぱり、二人もそうだよね……」


 とりあえず話は合わせておいて……。


 つまり、これが意味することは、二人に対しては運営から箝口令かんこうれいが敷かれていた。

 おそらく他の先輩も同様に。

〉のメンバー。

 あるいはにだけ、除外処置がされているんだと思う……。


〈魔法世界〉が大きく関係していて、魔女とは無関係の種族には、完全に情報が伏せられている感じ。

 二人が情報を求めてここにやって来るのも、無理はないのかも。


「そ、その……、獣人の先輩から、ステラちゃんが何か知っていないか聞いてみて、って頼まれていたんだけど……。どうしよう……」

「うっ!?」


 カレンちゃんも同じく頷いている。

 私の同期経由で魔女の先輩たちからも、探りを入れられていた。


 言い換えれば、これは『』。


『おいステラ! お前何か知っているんじゃねーの?』

(ひー、知りません!)


 あるいは、


『お前、同じ魔女なんだから何とかしろよ!』

(無理です……)


 と言われていた。


 世間では、これをという。

 配信内の出来事(プロレスネタ)であってほしかったです……。


 そして、カレンちゃんは本題を切り出してくる。


「ねえ、リーダー、これからどうするの??」


 圧倒的。前にもこんなやりとりがあった気がする……。


「どうするって言われても……。アリス先輩が決めたことだし……」


 同期二人は、疑いの眼差しを私に向けている。


「うっ……」


 あー、もう! なんでこうなるの!?


「分かった、分かりましたよ。調べます、調べさせてもらいます。これから先輩の引退理由を調査しますよーだ!!!」


 くそっ、私が勝手に動こうとしていることが、同期二人にはばれている。

 前例はあるし、コラボは多くないものの、最近は頻繁に連絡を取り合っていたので、こちらの性格も把握されている。


「リーダー、悪いね!」

「ステラさん、よろしくお願いします!」


 まあ、元々は調べる予定だったし、同期に頼まれたら断れないよね。


「あたしたちにとっても、暁月アリス先輩は憧れの人だから」

「獣人の私に対しても、アリス先輩は優しく声をかけてくださいました」


 そうだよね……。

 二人の先輩でもあるよね……、アリス先輩は。


「どう転ぶか分からないけど、とりあえず最善は尽くすよ」


 アリス先輩は、〈ミスプロ〉のメンバーから本当に慕われていた。

 私に対して、他の先輩たちからも探りが入れられているのがその証拠。

 さらに、〈ミスプロ〉外からも引退を惜しむ声は多かった。


 暁月アリスは『』を大切にしていた。

 リスナー、外部を含んだ配信者。

 その人との一回一回の交流が、かけがえのないものだと考えている。


 好きな言葉は『一期一会』。

 様々な人との数多の出会いが、暁月アリスの人気と人望を作り出していた。


 私もいつか、アリス先輩みたいなVTuberになることができるのだろうか……。

 いや、きっと一生届くことはない。

 あの人みたいに……。


 さてと……、ある程度方針は決まったし、こっちもやることをやろうかな。


「二人とも手出し無用だからね。私の世界の問題だと思うし。もちろん、何かあったら遠慮なく頼むから」


 今回は完全に〈魔法世界こっち〉の管轄。

 拒む理由はないので、遠慮なくいかせてもらう。


「あと、〈ミスプロ〉の危機なのは変わらないから、リスナーを不安にさせないためにも、いつも通りの配信をよろしくね!」

「了解! リーダー」

「はいっ!」


 アリス先輩の引退騒動で〈ミスプロ〉は大打撃。

 世間では崩壊待ったなしとも言われている。

 私たち後輩ができること。

 それはリスナーを笑顔にする、


 このあと、マネちゃんたちと同じく二人を帰して。

 さらに数十分後、私は身支度を調え、家を後にした。

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