第22話 マネージャー襲来

 暁月アリスの引退。

 そのニュースは卒業(引退)発表から数日経った今も、VTuber業界で大きく尾を引いていた。

 黒星ステラがコラボで大事故を起こした。

 そんな出来事を、全くなかったことにするように――。


』といえば聞こえはいいけど、実質は『退』に等しい。

 VTuberの卒業は存在の


『推しは推せるときに推せ』


 その言葉通り、推しが消えてからでは遅いのだ。


 当然、私も驚いている。

 いや、〈ミスプロ〉のメンバーで驚かない人はいないと思う。

 私たちは何も知らされていなかった。

 先輩たちの反応を見るに、みんな寝耳に水らしい。


 例の配信ではあまり多くは語られなかった。

 引退の理由、それさえも不明のままだ。


 今後の配信についても未定。

 もしかしたらもう、卒業配信や卒業ライブもしないのかもしれない。

 私はそんな気がしている……。

 先輩の生の配信はもう観ることができないのかも……。


 もちろん、ファンやリスナーも引退の理由を知りたがっていた。

 だから、他のミスメンの配信でも、アリス先輩に関する質問でコメントが埋め尽くされる。

 しかし、誰一人答えることはできなかった。

 だって、メンバーも同じように知りたがっているのだから。


 真面目な話、アリス先輩の引退を運営が許すわけがない。

 暁月アリスのモデルは聖女。

 だけど、それは初期モデルの話。

 聖女以外の衣装もいくつか持っているし、ライブができる『』の体も持っている。


 新衣装一つ作るにしてもお金がかかるし、ましてや3Dなんてそれ以上。

 企業のVTuberの3Dともなれば特注品となり、さらに多くのお金がかかる。

 企業勢も含め、3Dの体を持っていない人が多いのがその証拠。

 だから、3Dお披露目はVTuberにとって、特別な一日になるのだ。


 VTuberとしての一つの到達点が3D。

 2Dに比べて、活動、そして仕事の幅も増える。

 多額の費用はかかるが、その分のリターンも大きい。

 新衣装も含め、事務所から期待されている証だった。


 だから、運営が暁月アリス先輩を卒業させるわけがないのだ。

 それに、アリス先輩は〈ミスプロ〉に強い思い入れがある。

 きっと、現在の夢や目標もある。

 私はアリス先輩と、また一緒になれたのに……。


 ――ううん、熱くなりすぎるのは良くない。

 運営の批判もダメ。

〈ミスプロ〉のメンバーがこれでは、リスナーに示しが付かない。


 の引退、初めて経験するけど中々くるものがあった。

 あるいは、私が原因かもしれない。

 数日前にコラボに失敗したから……。


 いや、そんなはずがない。

 責任を取って引退とか馬鹿馬鹿しい。

 黒星ステラにそこまでの価値はない。

 私の方を切り捨てればいい話。


 でも、最近のアリス先輩の活動で目立った事と言えば、私とのコラボしかない。

 いやでも……。

 そんなわけ……。

 でも、やっぱり……。


『ピンポーン』


「ひっ!?」


 私が重度にうろたえている中、さらに追い打ちをかけるかのように、玄関のチャイムが部屋に鳴り響く。


 ちゅっチッ、心臓に悪すぎる。

 三年前、世界に裏切られたときの事を思い出してしまった。

 急な襲撃、私のトラウマを呼び起こすな!!!


 不本意ながら、私は玄関へと足を進める。

 念のため敵かどうか、気配も確認する。

 悪意は感じられなかったので、少なくとも敵ではない。


 ついでに、100%同期でもない。

 私の同期はチャイムを鳴らすなどという、律儀な事はしない。

 というかただの人間。

 この希薄な気配には、身に覚えがあった。


 私が玄関のドアを開けると、一人の女性が立っていた。


「マネージャーさん……?」


 私のマネちゃん。今日もスーツ姿。

 何度も言うけど人間の

 不安がるリスナーもいるので、〈ミスプロ〉のマネージャーは基本女性だと、何度も明言しておく。


「ステラさん、突然すいません。どうしても会わせたい人がいまして」

「はい?」


 またかと、私が心の中でため息をついている中、マネちゃんの横から別の女性が現れる。


「ステラさん、初めまして」


 私のマネちゃんより、さらに大人の女性。

 雰囲気的に、マネちゃんの上司かな?


 そして――。


「暁月アリスのマネージャーをしている者です」

「えっ」


 問題の渦中の人物、暁月アリスのマネージャーさんでもあった。


       * * *


「たいしたものはありませんが、どうぞ……」


 私は二人を部屋に上げ、お茶を振る舞っていた。


 ま、まずい……。

 というか家に来るなら事前に言ってほしい。

 何で私の家にはアポなしで来る人が多いんだ。

 毎回、ペットボトルのお茶しか出せないんだけど……。


 しかも、今回は異世界人ではなく普通の人間。

 二人を家に上げる前に、少しだけ外で待っていてもらい部屋を片付けた。

 仮にもこっちは正体がばれてはいけない異世界人。

 見られてはいけない物が部屋にないか、確認する必要があった。


 運営のスタッフ、せめて私のマネちゃんだけは異世界人にしてくれないかな……。

 ――無理だよね。そこまでの人材を集めるのがきついと思う。

 そもそも急激な事務所の成長で、社員も不足しているみたいだし……。


 たぶん、スタッフの何人かは知っていて、誓約書とか書かされてそう。

 獣人とか、普段は耳や尻尾を隠しているけど、オフで油断していたら簡単にばれていそうだし。


 なんて勝手な予想をしてみる。

 真実は知らないので、発言の保証はしません。

 そもそも、こういうのは詮索しないのが基本だからね。

 異世界問題は不干渉が基本だよ!


 さてと……、この重たい空気をどうしたものか。

 今、〈ミスプロ〉は史上最大の危機。

 アリス先輩のマネージャーさんがここに来たのも、何となく察しが付いている。

 そのマネージャーさんが重たい口を開く。


「ステラさん、アリスさんから何か伺っていることはない?」


 ですよね……。

 マネージャーさんがここに来る理由はそれしかない。


「すいません。私も何も知らなくて。アリス先輩に何があったのかこっちが聞きたいぐらいです」

「そうですか……」


 アリス先輩のマネージャーさんですら、事情を知らされていないみたいだった。


「現在、誰もアリスさんと連絡が取れていません。私も初めての事なので、一体どうしたらいいものか」


 事態は思った以上に深刻だった。

 彼女のマネージャーさんには少し同情する。

 そして、自分のマネージャーさんにも言えないこと。

 つまり、〈〉が絡んでいる可能性が浮上してくる。


は……、何て言っているんですか?」


 私は、一番上を攻めてみる。

 ちなみに事務所の社長は、実はだったりする。


〈ミスティックプロジェクト〉の創設者は現在、〈ウィッチライブ〉のリーダーをしている。

 つまり、私たちと同じ本物の魔女。

 あの一番偉い先輩がどのような判断を下したのか、そこを問いただすしかない。


 そして、その答えは――。


「社長は了承済で、あとはノータッチです。引き継ぎはしっかりとされていて、問題なしの一点張り。確かに最近は本人や社長の意向で、案件などは入れていませんでしたが……」


 何で不干渉!?

 どうやら社長は、出る影響を最小限にして、本当に引退させるつもりらしい。


 アリス先輩のマネージャーさんは当然、この結果を心から納得していない様子だった。

 先輩の引退は事務所の損失。

 自分の食い扶持だから必死になるのも分かる。

 だけど……、ファンの人と同じく、彼女のマネージャーだからこそ、やるせなさも感じている。


 そして、私が知らなかった情報も、アリス先輩のマネージャーさんは教えてくれた。


「アリスさんは、ステラさんとのコラボを強く望んでいました」


 あっ、そっか……。

 そういうことだったんだ……。


「だから、私のマネちゃんを使って、事務所に呼び出したんですね」

「はい。だからステラさんならどんな些細な事でも、何か知っているのではないかと」


 アリス先輩と再会したときに覚えた違和感。

 今、何となく分かった気がした。

 確かに先輩はあのとき、私とのコラボを急いでいた。

 同じ事務所なら、ましてや先輩と後輩の上下関係なら、コラボなんていつでもできるはず。


 あのとき……、いや、最近案件を入れていないことから、先輩の引退はかなり前に決まっていた。

 そんな中で最後のコラボの相手に私を選んだ。

 どうして……、なんで私なんかと……。


「もし何か分かったら、すぐにマネージャーさんに連絡します」

「ステラさん、お願いします」


 私にできること。今はそれぐらいしか。


「あとステラさん、もう一つだけ」

「何ですか?」


 アリス先輩のマネージャーさんは私を引き留めるかのように、さらに追加の情報を出してきた。


「これは社長が言っていたことですが……、本当に暁月アリスの引退を止めたかったら、新人の魔女のステラに相談しろと……」

「えっ!?」


 社長は私を名指し。

 謎は深まるばかりだった。

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