第18話 アライブ
「ステラさん! やっと目が覚めた……。本当に良かった……!」
「あっ……、うん……」
まだ、意識がはっきりとしないながらも、大体の状況は理解できていた。
別にずっと気絶していたわけではなく、記憶を覗いている間、現実の私は眠っていただけ。
はくあちゃんは私が目を覚ました瞬間から、ずっと体を揺すっている。
獣人だから力が強くて乱暴。
だから手加減しないとだめなんだって……。
「配信中に急に倒れたから心配して……」
そんな大げさな、と思ったけど、私が何者かに襲撃されでもしたら、そんな感じにはなるかも。
万が一にも、あり得ない状況でないのが怖い。
「二人とも……、心配しに来てくれてありがとう……」
奥にいたカレンちゃんにも目を移して、私は感謝を伝える。
カレンちゃんは軽いため息をついていた。
こっちも配信を観ていた?
あるいは、はくあちゃんかマネージャーさんから連絡を受けて、駆けつけてくれた感じかな?
「私、どのぐらい寝ていた……? 配信は切ってくれた……?」
「配信は私が切って非公開にしたよ。変な音声が入っていないかの確認も、マネージャーさんと済んでいるから大丈夫。眠っていた時間は……」
はくあちゃんは私の部屋に飾られていた時計を確認する。
私も彼女の視線の先を見る。
現在の時刻は、日付が変わって少し経ったぐらい。
配信は夜の八時から行っていたので、結果、私は数時間だけ寝ていたらしい。
実際の時間と、記憶の中にいた時間、一致しているかどうかは分からない。
ただ、いずれにしても、私は記憶の一部をかいつまんだ形だった。
それにしても……、意地悪な神様である。
もう少しだけ、記憶を見せてくれても良かったのに……。
三年前のクリスマスの日、私は新たな【魔女】と出会った。
それからの生活は悪いものではなかった。
悪夢だけ見せられて、私は少しむかついている。
「二人とも、本当にありがとう。もう一人で、大丈夫そ……、うっ」
私はベッドから起き上がろうとするが、バランスを取ることができず、前に倒れ込む。
それをはくあちゃんがしっかりと受け止めた。
「ステラさん、無理はだめ! しばらくは私たちがいるから」
「で、でも……」
「こういうときは、お互い様だから」
「あ……、うん……」
少しだけ甘えても、バチは当たらないのかな。
私……。
身体に流れる魔力も安定している。
魔力の暴走はすっかりと収まっていた。
そもそも日常生活程度で暴走することなんてあり得ない。
よっぽど疲れていたのかも。
あるいは――、あのコメントが引き金か。
「今、カレンさんが消化にいい物を作ってくれているから」
「うん……」
いつの間にか、部屋からカレンちゃんの姿が消えていた。
私が目を覚ましたのを確認して、おかゆでも作りに行ったのかな。
手際がいい。お母さんみたい。
(そういえば自炊はするけど、家に食材は残っていたかな……。急に不安に……)
「も、もし食べられなかったら、遠慮なく言って! わ、私が……、口移しで食べさせてあげるから……」
これは――、巧妙な罠!?
『うん……』
――とは絶対に言わないよ!
どさくさに紛れて、強引に『キス』にもっていくのはやめてください。
はくあちゃんは台詞を言う際に、すごく顔を赤らめていた。
やや油断していたけど、よく気付いた。
私偉い!
ま、まあ……、別にはくあちゃんとなら、キスぐらいしてもいいよ……。
(私……、初めてだけど……)
それに、自力で食べることすら難しかったら、口移しでもいいと思う。
完全に拒絶する意志はない。
どちらかというと、興味がないに等しい。
だけど……、それは通常時の話。
あるいはアイドルとしての、綺麗なはくあちゃんのときの話。
私は知っている。
数日前に、はくあちゃんが『とある配信』をしていたのを――。
【食レポ】ゴキブリさんを色々な方法で食べてみます!【狐守はくあ/サバンナ】
う、うーん……。
さすがにしばらくの間は、キスしたくないかも……。
百合以前の問題。
配信のサムネには、はくあちゃんとデフォルメされた可愛い『G』のイラストが使われている。
しかし、その内容はかなりエグかったと聞いている。
生きたまま、油で素揚げしたとか、
断末魔が聞こえてくる配信。私は怖くて観ることができない。
ちなみに、一応食用らしい……。
本当に!?
その辺の山で捕まえてきているでしょ。絶対。
一応、本人の名誉(?)のために言っておくと、狐守はくあがやばいのではない。
獣人の『全員』がやばかった。
昆虫類の実食は獣人グループ、〈サバンナ〉の
あいつら……、
(あー……、こほん)
素敵な〈サバンナ〉の先輩方は体が丈夫で、基本何でも食べなさる。
配信のネタに困ったら――、
『とりあえず虫でも食べるといいよ!』
的な精神、あるいはグループの伝統を感じる。
同じ〈ミスプロ〉の人なのに、彼女たちは『別世界』に住んでいた。
ただ、そういったゲテモノの配信を、私みたいな〈他のグループ〉のメンバーが否定できるかというとまた難しい。
少なからず恩恵を受けているからだ。
SNSの話題で、やばい配信をしているVTuberがいる。
大体、〈サバンナ〉のメンバーだったりする。
VTuber業界、まずは存在を知ってもらうという高いハードルがある。
そのハードルを下げてくれているのが、〈サバンナ〉のメンバーだった。
一般の人が、〈サバンナ〉のメンバーの配信に興味を持つ。
そこからコラボなどの配信で、他の〈ミスプロ〉のメンバーも知る。
最終的には、グループ全体、箱推しのリスナーとなる。
これが他の事務所にはない、〈ミスプロ〉の強さ。
業界大手の一角に名を連ねる、最大の理由である。
だから、文句など言えるはずがない。
運営の許可が下りており、かつコンプライアンスが守られているのなら、なおのこと。
それに元から、メンバーの配信にとやかく言う権利は、私にはない。
まあ、ないんだけどさ……。
企画を主催して、メンバーに食べさせるのだけはやめてほしい。
私、絶対に参加しないから!
心に決めているから!
獣人以外の先輩が配信中に倒れた切り抜き、見たことがあるからね。
そんな要注意メンバーの一人、〈サバンナ〉の狐守はくあちゃんは、さっきからずっと私の両手を握っていた。
相変わらず強くて痛い。加減を知らない彼女の手。
もう少しで指の骨が折れそうになる。
いつ文句を言い出すか、私は迷っている。
だけど……。
『あったかい……』
同期との繋がりを感じられるのも、また事実だった。
私は最近、この世界に来て良かったと思っている。
だって今、それなりに幸せだと言えるから。
今回は心の中だけど、文句を言い合える友達もできた。
過去の私……、今は関係ない。
「あ、そういえば、ステラさんのマネージャーさんにまだ連絡していなかった」
「えっ」
はくあちゃんは急に何か思い出し、彼女に握られていた私の手が寂しくなる。
「ステラさん、少しごめんなさい」
「あ、待って……!」
彼女の姿が視界から見えなくなる。
私は部屋で、再び一人となった。
「…………」
私の視線は、異様に広く感じる部屋の中をさまよう。
そして最後に、視線はある一点へと集まった。
この部屋には、大事に飾られているアクセサリーがある。
見た目は分厚い指輪のネックレス。
しかし、魔力を込めるとリングが何重にも開き、小さな天球儀へと変化する。
私が17の誕生日のときに、セレナがプレゼントしてくれた物だ。
私は小さい時、セレナに命を救ってもらった。
私はセレナの役に立ちたくて、〈ウィッチエクリプス〉に入った。
そして、私はセレナを失い……。
今はその指輪が、セレナの唯一の形見だった。
肌身離さず身につけているべきだと思う。
だけど、私の部屋の片隅にずっと置かれたまま。
高価な魔法道具で、魔法障壁もしっかりと張られている。
この世界では絶対、傷つくことはないのに……。
「セレナ……。私、まだ生きているよ……」
私は指輪に向けて、小さく呟いた。
* * *
十二月上旬。
都会の街は昼間にも関わらずイルミネーションにあふれ、クリスマスムード一色に染まっていた。
この時期になると、私はしんみりとした気分になる。
もう少しで〈人間世界〉に来て三年。
初めてこの世界に降り立った日はクリスマス。
嫌でも思い出してしまうのだろう。
それが一昨日起きた、世間で言う、『黒星ステラ気絶事件』の引き金である。
あのあと、私が倒れるきっかけとなったコメントを探した。
異世界のこと、〈魔法世界〉のことを少なからず知っているそのコメントを、無視はできなかった。
ところが――。
そのコメントはなかった。消された形跡もない。
つまり実際には該当のコメントはなく、私の見間違い。
エアコメを読んだだけだった。
(死ねのコメントは別にあったけど……、なんで……)
情けない。
きっと最近の活動が順調で、その反動で疲れが出てしまったのかもしれない。
そう結論づけて、本件は幕を下ろすことにした。
そして今日、私が外出している理由。
それも今回の事件と関係したことで、私は事務所に呼び出されていた。
おそらく注意か何かかな。
結果、何もなかったとはいえ、配信中にメンバーが倒れる事態は、〈ミスプロ〉としてはマイナス要因となる。
とりあえずスタッフさんの話を素直に聞いて、以後、魔力の暴走を起こさないように気をつける。ただそれだけである。
(そもそも魔力の暴走はあまり起きることではなく、対策の仕様がなくて困っているんだけどね……)
そうこうしているうちに、事務所へと到達。
中規模の建物へと入り、エントランスでスーツを着た私のマネちゃん(マネージャーさん)と合流をする。
彼女は私の三つ上、新卒でこの事務所に入社した人物。
一応人間の女性。それは他のメンバーのマネージャーさんも変わらないと聞いている。
今のところ、関係は良好。
不満もあまりない。
彼女の話によると、今日、私に会いたい人物がいるらしい。
えーと……、誰?
私はマネちゃんに連れられ、事務所の通路を歩いて行く。
そして、すぐにその人物と出会うことになった。
通路の正面に立つ、その人物の背中を見たとき、私の心臓は一瞬止まったかと思った。
向こうも私に気が付いて、すぐに駆け寄ってくる。
「アリス……さん?」
彼女は私と同じ存在。〈魔法世界〉出身の魔女。
事務所にいることからも分かる通り、〈ウィッチライブ〉のメンバーの一人であった。
そして、私がこの世界に来て、初めて出会った人物でもある。
「えっ……、なんで……」
理由は分からない。
別に悲しさや寂しさを覚えたわけでもない。
だけど――。
私の目からは、静かに涙がこぼれ落ちていた。
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