第17話 ジャーニー
これは私の記憶の断片。
〈人間世界〉に渡ってくる、『数日前』の出来事。
時間が巻き戻ったわけではない。
これはただの『記憶』に過ぎず、やり直しなどできなかった。
それに巻き戻るという選択、タイムリープができたとしても私は選ばない。
過去に戻ったところで、この記憶はもう終わっているのだから。
「セレナ……、次はどこに行くの?」
昔、誰かが住んでいたとされる、〈魔法世界〉の建築様式の部屋の中。
私はかつての同僚の女の子に、次の目的地を尋ねた。
【幻影の魔女セレナ】
明るいブロンズの髪を持つ女の子で、私と同じ黒のローブを身にまとっている。
しかし、こちらも所々が破けたりしていた。
私とセレナはかつて、【ウィッチエクリプス】という〈魔法使い〉の組織に所属していた。
この世界では、魔女は、〈魔法使い〉の畏敬の名として呼ばれている。
広域的には私は魔女ではなく、〈魔法使い〉と名乗った方が正しいのかもしれない。
そして、私はセレナとペアを組み、ずっと行動を共にしていた。
セレナは私が一番尊敬する人物。
正確な年は知らないけど、当時17の私の2つ上ぐらいか……。
すごく頼りになる先輩の魔女だった。
私はセレナのことが……、本当に好きだった。
「ここから南にあるとされる、古い神殿かな」
知っている。私はその上で質問をしていた。
それが記憶の中の正しい私で、別の質問をしたところで、たぶん何も変わらないと思うから。
私は早く、この記憶を終わらせたかった。
「ステラ、大丈夫? もう少し休む?」
「ううん、いい……。大丈夫……」
顔に疲れが出ていたのか、セレナに(また)心配をされてしまった。
この世界の私、つまり『過去の私』は、まだ精神的余裕があるように見える。
それは今の私、つまり『未来の私』が、この記憶の結末を知っているから。
混ざり合う意識の中で、本来ではあり得なかった、客観的な思考ができている。
もし、未来の私がいなかったら……、過去の私の精神はとうに壊れかけていた。
理由は一つ。数ヶ月前に〈魔法世界〉における大きな戦争が終結したから。
私たち〈魔法使い〉と、敵対する〈魔族〉による酷く激しい戦争。
その戦いで魔法使い側の精鋭、〈ウィッチエクリプス〉の魔女たちは、数多くの魔族を屠ってきた。
私たちは、人々から持て囃されていた。
しかし、私たち〈ウィッチエクリプス〉の置かれた状況は、ある日を境に一変する。
戦争が終わり、私たちの敵は世界へと変わった。
戦争の責任は誰かが取らないといけない。
選ばれたのが、〈ウィッチエクリプス〉だった。
〈魔族〉は元々私たちを憎んでいる。
きっと家族を、同胞を、殺された者は多いだろう。
それだけの恨みと憎しみを買っていた。
否定はしない。
そして、〈魔法使い〉は私たちを『戦争犯罪人』に認定した。
仲間を守るために戦ってきたのに。
多くの賞賛を受けてきたのに。
昨日、味方だった人物に、今日、背中を刺されることになった。
全てが敵。世界が敵。
長きにわたる戦争で疲れていた人々は、半ば狂気のごとく平和を望んでいた。
〈ウィッチエクリプス〉は平和を脅かす存在。
味方する者は、数えるほどしかいなかった。
まだ17の少女、精神的にも幼かった私は強いショックを受けた。
それからは、逃げることしか考えていない。
悩む時間すらも与えられず、心と身体は疲弊していくばかり。
この時もそうだ……、私はポロッと本音を漏らしたんだった。
「セレナ、ごめん……。もう逃げるのは疲れたかなーって。あはは……」
「ステラ!!! そんなことは言わないの!」
「私なんか置いて、先に逃げていいよ。あとで必ず追いつくから……」
「次が最後の目的地だから! そこまでは一緒に行こう! ね!」
「…………」
当時、私はセレナの足手まといになっていた。
今日まで、私が生き残ってこられたのはセレナのおかげ。
一人、あるいは別の同僚と一緒だったら、たぶん私はこの世にいない。
セレナ一人だけでもどこかに……。
そう思いつつも私は彼女に甘え、生きながらえていた。
だから、せめて最後だけはセレナの代わりに……。
覚悟はできていた……。
『だめだ……』
完全に今の私の意識が、昔の私の意識に持って行かれようとしている。
過ぎたことなのに、感情が闇へと染まっていく。
そして、そんな『今』の私たちに、落ち着ける場所はもう存在しない。
「っ……!?」
私の体は、何かの刺激を受けたかのように跳ね上がる。
きっと、酷く怯えた表情をしていたに違いない。
『ここがばれた……』
私の索敵範囲に敵の偵察精霊が入り、向こうもまたこちらを捉えた。
すぐに精鋭の魔法使いたちがこちらへとやってくる。
私たちを殺しに――。
「セレナっ!!!」
私の表情を見て、セレナは即座に状況を理解する。
「ステラ、行くよ!」
「うん」
この家も数日と持たなかった。
セレナが家にかけていた隠蔽魔法を解除する。
もう意味がない。
最近は敵による、私たちの発見率が飛躍的に上がっていた。
戦力の大半がこちらに割かれている。
各地に分散していた敵の集中。
他の仲間がやられていることを意味していた。
セレナが先に家を出て、私もそれに続く。
しかし、少し進んでから、セレナの足が急に止まった。
珍しかった。
うつむいて歩いていた私は、その痩せた背中に頭をぶつけた。
「セレナ……?」
私は理由を尋ねる。
「ステラ、そっか……。さっきから違和感があったんだけど、『今』の【ステラ】ではないんだね……」
「えっ!?」
セレナは微笑んでいた。
まるで暗闇の中から、小さな光を見つけたかのように……。
「良かった……、無駄ではなかった……」
この出来事が、私の見ている『記憶』だと、セレナは気付いている。
さすがはセレナ……。
彼女は〈ウィッチエクリプス〉の中でも特に優秀な魔女で、私では遠く及ばない存在だった。
「セレナ……、私は……」
途中まで言いかけて、私はやめた。
『今さら、変えようだなんて……』
これはただの記憶……。
「ステラ、行くよ!」
立ち尽くす私にセレナは声をかけ、再び歩き出した。
何事もなかったかのように……。
私もセレナに続き、この地を後にした。
* * *
私たちの旅の終着点。
未来の私は、そこでの結末を当然知っている。
地下深くに建てられた古代の神殿。
最奥には昔の人が使っていた、異世界へとつながる門があると言われている。
遠い昔に放棄された、人々に忘れ去られたゲート。
この世界のどこにも逃げ場がない。
考えることは決まっていた。
敵も直前になって、それを察知したのだろう。
私たちは無数の敵に囲まれていた。
「ステラ!!! 早くゲートを通過して!!!!!」
セレナが叫ぶ。
アーチ状の大きな石の門には、両開きの鉄の扉が出現していて、それは開かれている。
しかし、完全に開かれているわけではない。人一人、通れるぐらいの隙間だけ。
高さが数十メートルの重たい門は、全体から見てほんの少しだけ、『奥』が顔を覗かせているだけ。
そして、その奥は虚空の闇。どこに繋がっているのか見当も付かない。
私たちのいる空間、その門の反対側では、セレナが敵を食い止めていた。
ゲートと同じぐらいの大きさの扉を挟んで、向こう側には敵がいる。
セレナが結界を張って、こちらに来られないようにしていた。
敵の総数は百以上。
認識阻害魔法で、私が捉えきれていない魔法使いもいる。ずっと敵対してきた魔族もいる。
神殿の出入り口は一カ所しかない。
私たちは完全に追い込まれていた。
『世界の汚点』、残るはここだけ。
相手も必死だった。
そして、私は一番大事なときに傷を負っていた。
敵の攻撃を受け、両腕の感覚を失い、杖を握ることすらできなかった。
魔力も残りわずか。
最後の最後まで、私は足手まといだった。
「でも……! セレナ……!」
「ステラ、行って!!!」
いつもは優しいセレナが、今まで見せたことがない顔を、私に向けていた。
私は何が『正解』が分かっていた。
セレナが敵を食い止めている間に、私がゲートを通過する。
それが、この場での最善だということに。
でも、私はセレナを置いて逃げることなんてできなかった。
この世界で一番大切な人物。
こんな形で別れるなんて、考えたこともなかった。
私がゲートを通過したあとに、セレナが追いつく。
不可能だと分かっていた。
どちらかが犠牲にならないといけない。
負傷している私に、その役目はできない。
それに……、今なら分かる。
セレナは元から、私だけを逃がすつもりでいた。
ゲートの存在も開け方も知っていた。
だけど、一人で逃げようとはしなかった。
私がゲートを通過する。
それがセレナの『真の目的』。
でも――。
『私はセレナと別れたくない……』
私の足は異世界のゲートとは反対の、セレナの方へと向かっていた。
何かにとりつかれたかのように、私は『不正解』の道を選んでいた。
「っ!? ステラの馬鹿……!!!!!」
そんな私に対して、セレナは左手を向ける。
そして、風の魔法を放ち、私の体を異世界のゲートへと吹き飛ばした。
「っ!? セレナっ……」
別れは突然だった。
叫んでも遅く、私の体は異世界のゲートへと近づくと、扉の向こう、世界の挾間へと吸い込まれていく。
いくら手を伸ばしても、いくら声を発しても、もうセレナに届くことはない。
ゲートの中、私はセレナの最後の姿を見た。
何かを呟きながら、優しい笑みを浮かべていた。
私はセレナに、別れすらも言えなかった。
* * *
セレナと別れてから――。
私は無事に、〈別の世界〉へとたどり着いていた。
あれから、どのぐらいの時間が経ったのか分からない。
不安定な空間、世界の挾間を歩き続け、やっとのことで、私はこの世界へとたどり着いた。
手足の感覚も、身体の感覚も、時間の感覚も、分からなくなっていた。
そして、今、私の体は地べたへと接している。
何かのお祭りの時期だった。
大きなモミの木には、明かりや装飾が盛大に付けられている。
私の世界にも、似たようなお祭りがあったかもしれない。
その光は眩しく、そして温かく、私を迎え入れているようだった。
しかし、実際は……、この世界の人々は冷たい。
倒れ込んでいる私に誰一人、声をかけようとはしない。
いや、普通か。そういう世界か。
何にしても私は異世界人。優しくされなくて当然だった。
同様に外も冷たい。雪も降り始めている。
もう体が動かない。
せっかくゲートを通過したのに。別の世界にたどり着いたのに。
私はここで力尽きようとしていた。
――いや、これでいい。
セレナの目的は達成された。
私の死体は、敵には渡らなかった。
「ふふ、ざまあみろ……」
私は地に這いつくばりながら、弱々しく叫んだ。
『……』
『…………』
『セレナ……、くやしいよ……』
涙も枯れていた。
このまま、果てよう
もう、何も考えなくていい。
この世界で、どうやって生きていけばいいのか分からない。
私は、夢も、希望も、憧れの人も、何もかもを失っていた。
そんな『全て』を失った私に対して、声をかける人物がいた。
「ねえ? 大丈夫!?」
私は声の持ち主を見上げた。
なぜか懐かしい匂い。私と同じ存在――。
「魔女……」
そう私が呟いた瞬間、急に意識がはっきりとしてくる。
遠くの方で、私の名前を呼ぶ、別の声が聞こえる。
「ステラさん!!! ステラさん!!!」
『うっ……、今度はだれ……』
私はゆっくりと目を開いた。
* * *
「…………」
私の部屋……。戻って来た……。
さっきまでうつ伏せだった私の体は、いつの間にか仰向けへと変わっている。
床も、冷たいコンクリートから、温かいマットへと変わり、私はベッドの上で横になっている状態だった。
「あ……、はくあちゃんと、カレンちゃん……」
悪夢にも似た、一人の魔女の記憶は終わり。
私の目には、心配そうにこちらをのぞき込む、狐守はくあ、夜桜カレン、同期二人の姿が映っていた。
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