第一章後編
第16話 エスケープ
「こんステラ~! 〈ウィッチライブ〉所属、闇に魅入られし魔女、黒星ステラだよ~!」
今日もいつも通り、私は夜の配信を始めていた。
体調に問題がない限り、私は毎日配信を心がけている。
この業界、配信頻度は正義なところがあるし、体力には自信があるので、喉の調子を見つつ無理なくって感じかな。
オフコラボ配信から、約ニ週間後。
黒星ステラの最近の調子は――、まあ上々と言ったところかな(二人は言うまでもない)。
〈ミスプロ〉での活動にもだいぶ慣れてきて、少し肩の力を抜いて、配信ができるようになった気がする。
あっ、あと、素の自分を少し出してもいいことに気づいたかな。
あの事件以降、私は同期からは、もっと普段のステラを出した方がいいとアドバイスをもらっていた。
私が良い子ぶるのは無理があったみたい。
猫をかぶるのはやめたかな。
さすがに完全にまでとはいかないけどね。
こうやってVTuberあるある、初期ステラは消えていくんだ……。
そうそう、同期が、私の話題を配信でしてくれているのも地味に助かっていた。
最近は忙しくて、直接二人の配信を見ることができていないんだけど、
『黒星ステラ 切り抜き』
で検索すると、何件か二人の配信が引っかかる。
内容は――。
『リーダーはすごく頼りになる!』
『前に不良から助けてくれた。すごくイケメンだよ~』
これは吸血鬼の方。
確かに不良からは助けたけど……。イケメンではないと思う。
あと、すっかりリーダー呼びが定着していた。
少しむずかゆいけど……、悪くはない……。
その一方で――。
『ステラさん、強くて
『好みのタイプ? ステラさんみたいな人かな……』
あえて名前は出さないけど、後者はちょっと愛が重たい。
百合営業だよね!? そういう路線で売っていくってことだよね?
――そう信じたい。
寒気がしたので話を戻すと、わずかではあるけど、新人三人のイメージが回復しているのをエゴサから感じ取っていた。
二人は不調からすっかりと抜け出し。
私もキャラの方向性が定まりつつある。
何より三人、足並みを揃えて活動できている気がする。
同期という最大の
『不人気の黒星ステラに対する運営からのテコ入れ』
こんなアンチからの意見なんて、放っておくに限る。
私たちのこと、何も知らないくせに!!!(激怒)
そんな事もあって、私たちの調子は上々というわけだった。
もう私たち三人の間に、問題なんて起きるわけがなかった。
「時間が余ったし、今から黒猫くんの質問に答えようかな」
今日は単発のゲーム配信をしていた。
サクッと遊べるゲームで、その評判通り早くクリアをしてしまい、配信の時間がかなり短くなってしまった。
だから、その埋め合わせとして、ファンからのコメントを拾うことにした。
ちなみに、【黒猫くん】とは黒星ステラのファンネーム。
長い正式名称は【ステラの使い魔の黒猫くん】です。
知らなかった人は、今日、黒猫くんになって帰ってくれると嬉しいなっ!
(チャンネル登録、高評価、ポチッとお願いします……)
そのコメント拾い、当たり障りのない質問を選んでいく。
『今日は何食べたの?』とか、
『同期とは遊びに行ったの?』とか。
『はくあちゃんとはいつ結婚するの?』とか……。
最後みたいな質問を除き、答えられる範囲で答えていく。
当たり障りのない質問を選んでいるのは、私が異世界人だからである。
もちろん事務所の守秘義務の問題、自分の身バレ防止もあるけど、まずい情報を表に出すわけにはいかない。
アーカイブも残る。消しても誰かしらに絶対録画されている。
先輩たちは慣れているかもしれないけど、まだ新人の私は慎重にならざるを得なかった。
あと、同期のことは何とも思っていないからね。
仲の良い友達。それ以外に言いようがないんだけど……。
最後の質問とか何!?
下手に答えると、絶対に切り抜かれる……。
配信中に流れるコメントは、無数の質問であふれていた。
こんな私でも一応、大手事務所〈ミスプロ〉のVTuber。
みんな私にコメントを読まれたがっていた。
今日はこのまま、平和な配信で終わる。
――はずだった。
○*****
○*******
○何でこの世界に逃げてきたの?
○******
「えっ……!?」
私は、あるコメントから目が離せなかった。
数ある他の質問に目が行かない。
私の何かを知っているそのコメントが脳裏に焼き付き、離れることがない。
「あっ、あ、その、なんで……」
そのリスナーからのコメントは続く。
○死ねばよかったのに
む、胸が苦しい……。動悸が激しくなっている。
画面向こうのリスナーからは分からないけど、汗も大量にかいている。
私はそのコメントに心をかき乱されていた。
○ステラちゃんどうしたの?
○大丈夫、ステラちゃん
私を心配してくれているコメントが朦朧と見える。
『やばい! 配信を切らないと!!!』
なりふり構っていられなかった。
気分が悪くなるだけならまだいい。
これは『魔力の暴走』。
自分の身体に流れる魔力を、今制御しきれていない。
『はぁ、はぁ……、最悪の事態だけは……』
暴走を抑え込み、かつ配信を切る。
た、倒れるならそれから……。
しかし、私の右手はマウスから滑り落ち、視界が左へと傾く。
いつの間にか私の体は床と平行になり、意識が保てなくなる。
「違う……、私……」
私の視界は闇へと包まれていった。
* * *
「んっ……」
数分後、私はゆっくりと目を覚まして、体を起こす。
いや、数分後かどうか分からない。
数十分、数時間、あるいはそれ以上かもしれない。
魔力の暴走で数日間、意識が戻らなかった事例を私は知っている。
「ここは……」
明らかに自分の部屋ではなかった。
確認のため、私は周囲を見渡す。
どこかの――、西洋系の――、懐かしい――。
長らく人が住んでいない、家の中。
これは、その、見覚えがある。
今の服――、魔女の格好――、ボロボロ――。
本来、堅牢な魔法障壁を有している黒い魔女の服。
しかし、その機能の一部には、綻びが生じている。
痩せた体――、栄養失調――、言い換えれば、虚弱状態――。
手首がすごく細い。最近ろくに食事にありつけていない。
魔力も枯渇している。今にも死にそう……。
私がやっと状況を把握したところへ、部屋の扉が開き、ある人物が姿を見せる。
「おっ、やっと目が覚めたね。ステラ、少しは休めた?」
「せ……、セレナっ……!? あ、あ……、ひ、久しぶり……」
「何言っているの? ついにおかしくでもなった?」
おかしな人を見るような顔で、心配されてしまった。
だって無理もないじゃん。
こっちは久しぶりなんだし……。
私に話しかけてきた人物は【セレナ】という。
魔力の暴走、それによって、私は自分の過去を見せられている。
これは一人の忌々しい魔女の、消し去りたい『記憶』だった。
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