第15話 始まりの物語
例の事件から一週間後。
私は都内の収録スタジオを出て、帰宅の途についていた。
今日も事務所の公式の収録だった。
あと、最近はボイストレーニングなんかも多い。
企業VTuberは日中に予定を入れられ、自由に時間が使えない一方で、配信外での支援も多い。
それにボイストレーニングなんかは、普通に受けようと思えばお金もかかる。
歌で売っていきたい人にとっては、この支援はありがたい場合も。
つまり、この忙しさは贅沢な悩みだったりもする。
そういえば、今日みたいな日に、リアルのカレンちゃんとはくあちゃんに出会ったんだった。
色々とあったな……。
一週間前の出来事なのに、遠い昔のような気がする。
そのはくあちゃんの件。運営の一番上に事後報告したときに分かったこと。
〈ミスティックプロジェクト〉に普通の人間はいない。
元々疑惑はあったけど、今回の一件で私は真相を知ることになった。
というわけで、〈ウィッチライブ〉のメンバーは、もちろん全員が本物の魔女。
動物たちが集まった〈サバンナ〉のメンバーも、全員が獣人だと聞いている。
それ以外の設定のメンバーも、遠からずリアルを踏襲しているものだと思われる。
私はとんでもないグループに入ってしまった。
種族の
私は自宅のマンションへとたどり着き、玄関のドアを開けた。
その物音を聞きつけたのか、すぐに出迎えとして白いイヌ――、ならぬ白いキツネが駆け寄ってくる。
「…………」
あー、私のマンション、ペット禁止なんだよね……。
こんなところ大家さんに見られでもしたら、一発で退去を求められ、引っ越しのためにしばらく配信ができなくなる。
配信者にとって、配信頻度の低下は死活問題なのでやめてもらいたい。
嬉しそうに白い尻尾を振っても、私は許さないからね!
私はリビングへと上がり、ソファーへと倒れ込む。
当然、キツネも付いてくる。
しばらくして、キツネは獣型を解除。
私のすぐ隣では少し背の低い、白髪の女の子が横になっていた。
「ステラさん、お帰りなさい」
彼女は嬉しそうに話しかけてくる。
「ただいま……、って来るのが早くない?」
実は今日、用事があって同期を家に招いていた。
はくあちゃんは事前に到着。
すでに日は落ちているので、カレンちゃんじきに来ることだろう。
「ところで……」
私には一つ疑問があった。
「なんではくあちゃんは、いつも私の隣にいようとするの?」
完璧なまでのポジションキープ。
百合営業は悪くないと思うけど、
白い毛並みがくすぐったいし。
あと香水は付けているけど、やや獣臭さが……。
「えっ? だって同期だから……」
それは理由にはならないと思う。
「あと、すごく落ち着くし……、ステラさんの隣は安全だから……」
あー、そっちは理由として分かるかも。
納得はしたくないけど。
おそらく、種族としての生存本能が働いていると思われる。
獣人は他の種族に比べ、生への執着が強いと聞いている。
無意識に安全な場所を求めている感じ。
大きな集団、強い人のそばなど……。
私の性別が女で、さらに種族が魔女で良かった。
もしも、私が獣人で男だったら……。セーフ!
「私……、ずっとステラさんの隣にいたい……」
ほ、本当にセーフだよね……。
私も生存本能で、身の危険を感じているのは気のせいかな。
そんなところに別の女の子の声が、ベッドの足下から聞こえてくる。
「実際、リーダーのそばはかなり安全だと思うよ」
夜桜カレン、少し遅い到着。
彼女はヘッドから伸びた影から姿を現し、腕で挨拶をして見せる。
本当にカレンちゃんは、日が沈んでからしか行動しない。
吸血鬼らしいと言えばらしいけど、案件とかもらったとき、どうするんだろう?
大事な収録は昼間から念入りに打ち合わせすると聞いたし、リーダーとしては不安要素しかないんだけど。
「一応聞くけど、どういうこと?」
私の隣が安全な理由。
今後の参考として、他種族の見解を尋ねてみる。
「この周辺は怖い魔女の縄張りだから、近づかない方がいいよ! ってあたしの魔界仲間が口を揃えて言っていたよ」
「へー……」
もし、これが配信中だったら、
『誰だろう……? その魔女??』
と分かりやすく、すっとぼけていたと思う。
正直、あんまり知りたくなかったかも。
特別、何かしているつもりはないんだけど、私ってそんなに怖いかな?
それと、カレンちゃんに対してクレームがいくつか。
というかさっきから同期に対して、クレームしか思いつかなかった。
「あのさ、私の血を吸うのはやめてもらえないかな?」
「んっ、
「良くないっ!」
挨拶のあと、自然と私の腕をつかみ、噛みつくのはやめてください。
「だって、朝食がまだだし。それに血が足りなくなったら、あげるって言っていたよね」
「いや、それは非常時だけだから……」
とりあえず、現地調達スタイルはやめてください。
あと朝食は抜くな。しっかり食べてから(摂ってから)家を出ろ。
それと、さっきは突っ込まなかったけど、玄関から家に入れ。
ついでに、はくあちゃんは合鍵を返せ。
事件直後に家に入れたら、いつの間にか合鍵を作られていた。
私の帰宅時に出迎えがあったのはそのせい。
扉無視の吸血鬼。
合鍵を持つ獣人。
私の家のセキュリティは脆弱すぎる。
これは何とかしないとやばい気がする……。
さて――。
私が心の中で色々と文句を言っているうちに、予定の時間が近づいてきた。
そろそろマイクやカメラの準備をしなくてはならない。
その予定、三人そろっての、初オフコラボ。
オフでなければ、三人のコラボは初配信直後に行っていたけど、再び集まるのはそれ以来となっていた。
私たちには色々とあった。
種族も全く違っている。
これからも活動を続ける上で、色々な問題に直面すると思う。
だけど――。
配信チャンネルはオフで集まっている私のところ。
私は配信開始のボタンをクリックして、三人の機材(それぞれのカメラ)にトラブルがないことを確認してから待機画面を開けた。
「〈ミスプロ〉の新人三人、初のオフコラボだ~!!!」
「いえーい!!!」
「い、いえーい!」
微妙に合っていないのはご愛敬。
とりあえず、適当に会話をしつつ自己紹介。
「まずは、カレンちゃん」
「はーい。みんな、おはよ~。夜に咲く可憐な桜、〈アンダーグラウンド〉所属、吸血鬼の夜桜カレンだよ!」
以下、二人の声援でさらに場を盛り上げる。
たぶん、この世界の飲み会の雰囲気に近い感じ。
私は人見知りなので行ったことはないけど……。
ちなみに、司会進行は私、ステラ。
司会適性があるか分からないけど、このメンバーだと必然的に私になってしまう。
リーダーなのもあるし。
私はカレンちゃんにオフコラボへの意気込みを聞いて、次の人へと話を回す。
「次は、はくあちゃん」
「えっ、はい。皆さん、こん~はくあ~。とある神社の守り神、〈サバンナ〉所属、狐守はくあと申します」
先ほどと同様に、残り二人で場を盛り上げる。
続けて、やっぱりコラボへの意気込みも語ってもらった。
「最後はリーダーのステラさん、よろしくお願いしますっ」
最後に私は、はくあちゃんからバトンを渡された。
ここでリーダーの私がビシッと決めなければ、この配信は始まらない。
「人間のみなさん、こんステラ~。〈ウィッチライブ〉所属、闇に魅入られし魔女、黒星ステラです!」
今の意気込みを私は熱く語った。
「私たちの復活配信、行くよー!!!」
これは黒星ステラ、夜桜カレン、狐守はくあ。
三人の始まりの物語。
ウィッチ・ライブ 第一章前編 完
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