第14話 黒魔と黒狼

 手加減とか言っていられる相手ではないのは、始めから分かっていた。

 だから先制攻撃は、私から仕掛けさせてもらう。


【テネブライ・アロー】


 闇属性の上位魔法『テネブライ』系。

 闇を極めた私に上位魔法は造作もなく、威力も通常のそれより、さらに上をいっている。

 その闇の矢を九本、相手へと解き放つ


「小賢しい!」


 しかし、それは決定打にはならない。


「グアアアアアーーー」


 獣人のボス、ルドルフは、それを自身の咆哮で打ち消す。

 闘気を使ったバリアみたいなもので、私の矢は全て、あさっての方向へと弾き返された。


「フーッ……。いくぞ……!」


 ルドルフは両手を構え、攻撃を仕掛けてくる。


狩ノ無刀流かのむとうりゅう滄狼そうろう


 波にも似た複数の青い斬撃が、地面を這ってこちらへと押し寄せてくる。

 おそらく追尾付き。下手に避けると確実に飲み込まれる。

 甘い判断は死を招く。だったら――。


 私は、自分の体の前方に黒いバリアを張り、青い高潮の中を突っ切る。

 全ての攻撃を打ち消し、そのままルドルフとの距離を詰める。


「この攻撃は痛いよ」


【テネブライ・パイルバンク】


 杖の先端に黒い杭を生成。相手の腹へと射出する。

 闘気のバリアを貫通する音と共に、ルドルフの体は後方へと大きく吹っ飛び、今まさに作られた瓦礫の中へと消えていった。


 大体は死ぬ。私の世界の大型の魔物はこの攻撃で沈んでいた。

 私が本気を出せばこんな感じ。

 ただ……、これで終わるとは思っていない。

 数秒後、瓦礫の中から、ルドルフが姿を見せる。


「効いたぞ……」

「嘘つけ!」


 彼の着ていた黒の着物は破れ、身体には大きな傷。所々に血も流している。

 しかし、効いている気配が全くしない。むしろ前よりもピンピンとしている……。


 獣人の身体能力が高いというのは、今、目の前の事例を言う。

 半端な攻撃では、傷しか与えられないのだから。

 はだけた着物から見える彼の素肌。

 過去にできた大きな傷が、いくつも確認できた。


「血が騒ぐ……。久しぶりだ……」


 身体から溢れ出る闘気とともに、ルドルフの体が変化していく。

 彼の元の体型はスマートだった。

 背が高く、ガッチリとした体つきにも関わらず、スリムな印象を受けた。

 黒の和服も良く似合っていた。


 しかし、今の姿は全く違う。

 身長は三メートルを超え、体格は大型の魔物――、RPGゲームなどに出てくるボスモンスターに近い。

 単純に縦にも横にも広い。


 人と獣が合体した姿。

 体毛は元の動物、オオカミの黒。

 口元の鋭い牙。さらに発達した、筋肉質な手足とその先の大きな爪。

 肉食動物の凶暴性をそのまま体現した姿。


「獣人の〈〉……、初めて見た」


 珍しいものを見たと喜ぶべきだろうか。

 それとも畏怖すべきだろうか。

 いずれにしても、すぐに次の攻撃が来る。


「いくぞ……」


 荒い息とともに、ルドルフの姿が目の前から消えた。


『っ!?』


 地面の蹴りを確認したあと、彼の牙は、すぐ私の背後へとあった。


『くっ、見えない!!!』


 杖を後ろに向け、私は即座に防衛体制を取る。


【狩ノ無刀流・逆狼ぎゃくろう


『ガキン!』


 と鈍い金属音がして、私の杖と彼の右手は激しく鍔迫り合いをしていた。


 力は――、

 わずかに私の方が負けている。


「強いな」

「ありがと……」


 彼はすかさず、次の攻撃を繰り出してくる。


【狩ノ無刀流・奥義・狂濤きょうとう


 両手を使った十本の斬撃は、私の障壁へと向けられる。

 空間が引き裂かれ、時間差で私の背後に立っていた建物が、無残にも倒壊する。

 彼の攻撃は高威力、広範囲。

 私がいた場所を除き、破壊を免れることはできなかった。


【狩ノ無刀流・男波おなみ


 さらに長い左足からミドルキックが繰り出される。

 爪を立てた蹴りは私の障壁を破り、殺せなかった威力は身体へと伝わり、そのまま先ほどできた瓦礫へと私は吹っ飛んでいった。


 飛ばされていく中、私は再度、魔法障壁を展開。

 しかし、体の動きまでは制御できない。

 瓦礫にダイブした私は、一瞬だけ平衡感覚を失っていた。


『獣人の覚醒体、強い……』


〈人型〉と〈獣型〉、その中間に位置するのが〈〉だった。

 それは決して人と獣が混ざり合っただけ、中途半端などではない。

 両方の特性を併せ持つ、選ばれし獣人と言われていた。


 一説には、〈覚醒体〉になることのできる獣人は、〈天界〉から使者が来て、宮殿の近衛兵として召し抱えられるという。

 異世界の歴史が、ルドルフの強さを証明していた。


「やってくれるね……」


 私はすぐに瓦礫の中から這い出て、怒りを攻撃へと乗せる。


【テネブライ・スピア】


 杖の先から黒い五本の槍を作りだし、巨大な獣へと放つ。


『そんなにお望みなら、すぐに狩ってやる』


 さらに私は、瓦礫の山を強く蹴った。

 敵との間合いを一気に詰める。


【テネブライ・シュテルンストライク】


 杖の先端にトゲの付いた黒い球体を生成。

 ルドルフの腹部へと思いっきり叩き込む。

 時間差で私の脇を黒い槍がかすめ、さらなるダメージを与える。


『やっぱりだめ……』


 だけど、さすがに守りが堅かった。

 ルドルフはしっかりと防御態勢をとり、両手で黒い鉄球を受け止め、槍は分厚い闘気のバリアで防がれる。

 白兵戦の経験は、あちらの方が上だった。


 ルドルフは私の攻勢を押し返し、防御から攻撃へと転じる。

 彼の手に握られているのは、この世界には本来、

 獣人の世界にもない、が握られていた。

 私の世界の魔法道具。彼はそれを使用する。


魔術補完マジックアイテム障壁破壊シエル・オブリテレイト


「しまっ……」


 その道具に気づいたとき、すでに遅かった。

 私の何重にも張られた障壁はガラスのように割れ、無防備な姿をさらけ出す。

 それを彼が見逃すわけがない。


『まずい……!!!』


 色を失った魔法石を手放したルドルフの手からは、新たな斬撃が繰り出されようとしていた。

 私はすぐに奥の手を発動する。


【ディスペイション・ノクトゥルヌス・ウィッチ】


 漆黒転化。


「夜の闇よ――、!!!!!」


 お互いの技がぶつかり合う。


【狩ノ無刀流・徒波あだなみ

【クレプスクルム・エスクード】


 周囲の闇を自分の力に変え、大きな黒い盾を生成。

 なんとか私は、覚醒体の獣人の一撃に耐えうるだけの力を、即座で手に入れた。

 強い衝撃と共に、辺り一帯が昼間のように明るくなる。

 私の世界の夜の魔法。しばらくの間、この不均等な夜の明るさは続くだろう。


 それにしても……、魔法道具を所持しているとは。

 私は他の種族への備えは全くしていないけど、大きな組織なら一つや二つ、対策がしてあってもおかしくはない。

 この男、つくづく油断ならない。


「今のを受け止めるか」


 ルドルフに驚きはない。

 むしろ、この状況を心から楽しんでいるように思える。

 本気を出せる相手、長らく現れていなかったのだろう。

 それだけ、私たちの力は拮抗していた。


「惜しいな、私と手を組む気はないか?」


 お互いに攻撃を――、鍔迫り合いを繰り返しながら、ルドルフは私に語りかけてくる。


「私に!? そういうのは黙ってするのがマナーだよ」

「違う!!!」


 一瞬だけ、ルドルフの力が強くなる。

 そのまま、私たちは一進一退の攻防を繰り広げた。


 遠距離からチクチクと攻撃ができればいい。

 だけど、それを彼が許すわけがない。

 前にも言ったけど、獣人は基本、遠距離攻撃が得意ではない。

 だから常に彼は、私との間合いを詰めてくる。


「強き者が、弱き者を導かなければならない……」


 台詞に乗せ、ルドルフは重い攻撃を放ってくる。


「彼女は……、は弱い。どちらの世界でも、一人で生きていけないほどにな」


 弱い……、ね……。

 同じ獣人の仲間だとしても、フィリスはくあちゃんのことを、そう断言するんだ。


「だから私が導く。強い生き方を叩き込まなくてはならない。お前なら分かるはずだ」


 遠くに、はくあちゃんの姿が見える。

 彼女はカレンちゃんの隣で。私たちの戦いを固唾をのんで見守っていた。

 そんなはくあちゃんは、ルドルフの台詞を聞いて暗くうつむく。

 自分が一番、よく分かっていることだから。


 確かに、はくあちゃんは弱いと思う。

 初めて戦ったときに思った、


『戦いの世界には向いていない』


 という私の評価は今も変わらない。


 実力はあるけど、色々と素直すぎる。

 一言で表すと、とか、感じ。

 同期の私から見ても、現実リアルの世界、仮想バーチャルの世界、両方とも少し心配に思うかな。

 だから、今回みたいに騙されるし、捕らわれの身にもなる。


 ルドルフの意見に反論はない。代案もない。

 彼の方が一人の獣人、【フィリス】のことをよく知っていた。


 それに、私には彼女を助ける理由がない。


『同じ事務所の同期だから?』

『一緒にデビューした仲間だから?』


 私は闇の魔女。聖人ではない。


 今、私がここにいる理由。

 それは単純に――、



 私、黒星ステラの活動において、ルドルフは障害の一つ。

 それぞれの意志を貫こうとしたら衝突した。

 そもそも、先に手を出してきたのは向こうだ。

 こっちは、私ともう一人の同期が殺されかけている。


「どうしてお前はここまでして、私たち獣人の邪魔をする?」


 だから、私はルドルフの問いに対して答える。



 と――。


 私は明確な答えを持ち合わせてはいなかった。


 ――。


「ただ、私は……」


 そのあとに付け加える。


 一応同期として、狐守はくあちゃんの夢は応援しいかな……って。

 頑張っているのを、それなりに近くで見てきたし。


〈ミスプロ〉からデビューして目指している場所、思い描くVTuber像は少し違うかもしれないけど、それでも人気になるのは共通の夢。

 それを邪魔されるのはやっぱりむかつくし、無視はできないかな……って。


 だから私は言い放つ。


!!!」


 これが私の本当の答えだった。


 矛盾しているよね。手のひらを返しすぎ。


「来なよ獣人。私に勝てないようなら、導くもクソもないと思うよ」

「チッ」


 結局、やることは変わらない。目の前の敵を倒す。

 とりあえず死ね! 話はそれからだ。


【テネブライ・ストライク】

【狩ノ無刀流・激狼げきろう


 お互いの想いがぶつかり合う。

 力は互角。どちらも意見を曲げる気はない。


「そうか、やはり帰属意識か」


 ルドルフは私の顔を見て、にやりと笑った。


だから、否定はしないね」


〈ミスプロ〉という組織の存続を考えれば、私の行動は『』だった。


【ヘルズゲート】


 ルドルフが放つ蹴りを、闇のゲートで回避。

 距離を取り、間合いを詰められる前に魔法を放つ。


【テネブライ・スラッグショット】


 単体魔法、大型魔物用、上位魔法かつ威力大。

 私が使えば、大体の魔物は倒れる。


 ――はずなんだけどね……。


「はぁ……、獣人、しぶとすぎ……!!!」


 射線上の建物は、跡形もなく消え去っているのにもかかわらず、瓦礫の中からは人影が見える。

 やっぱり獣人の覚醒体はタフだ。

 ここまで粘られると、さすがの私でもやばかった。


 魔力も底をつきかけている。

 慣れない接近戦。威力と引き換えに魔力消費量の多い闇魔法。

 久しぶりの戦闘も影響している。


 ただ、相手も私同様に息が上がっている。

 タフとはいえ、私の魔法を何度も食らっている。

 お互いに限界が近かった。

 だったら考えることは両者とも同じ。次で決めようとしていた。


「ハァ、ハァ、最後だ……。これで楽にしてやる」


 私に向けて両手を構えたあと、瓦礫の山を蹴り、一気に間合いを詰めてくる。

 助走距離は十分。

 両手を前に突き出し、全身の闘気をそこへと集中させ、最大の一撃を繰り出してくる。


! !!!」


 私は深夜にも関わらず、明るくなった空へと杖を掲げる。


【アステル・ウィッチ・スーパーノヴァ】


 全身の全魔力を解放。

 限定的に身体能力を大きく高める。

 杖の先端、青い魔法石に魔力を集中。

 こちらも相手と同様に、最高の一撃を繰り出す。


「あなたの想いは分かった」


 お互いの距離がゼロになる。


【狩ノ無刀流・最終奥義・狂瀾怒濤きょうらんどとう

【テネブライ・ルナティック・ディザスター】


 天の割れる音。

 瓦礫を吹き飛ばす衝撃。

 ルドルフの一撃を、私は真正面から受け止める。


「なにっ!?」

「はぁ、はぁ……、だけど――!」


 今ので……、決めきれなかった時点で相手の負け。

 ルドルフは今の攻撃で、ほとんどの力を使い果たした。


 この瞬間にできた隙。

 私は最後の力で、杖の先端に黒いつのを形成。

 ルドルフに対して、再度、重い想い一撃を繰り出す。


【テネブライ・ヒンメル・アインホルン】


「ぐぁっ……」


 大きな巨体が、一人の獣人の意思が、地面へと崩れ落ちていく。


「はくあちゃんは――」


 魔女の私は言い放つ。


!!!」

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