第13話 漆黒の魔女ステラ

 深夜の都内山奥。


 黒のローブを身にまとい、同じく黒の大きな杖を持った私は、敵獣人の本拠地を襲撃しようとしていた。

 服と杖は、〈魔法世界〉で愛用していた物のレプリカ。

 先ほど魔法で作り出した物だった。


【テネブライ・メテオ】


 私は天に杖をかざして、破壊の魔法を解き放つ。

 天から現れた複数の黒い流星は、最初の数発で敵本拠地のバリアを破壊。

 残りの数発で木造の建物を、ただの木片へと変えていく。

 今の私の姿は、限りなく全盛期に近かった。


 やろうと思えば、ここ一帯を吹き飛ばすことはできた。

 ただ、それをしないのは、助けたい人がいるから。

 あとは色々な勢力(裏の警察)とかが出てきて、この世界で住みにくくなるから。

 つまり保身。情けないことに少し丸くなっている。


「では、乗り込みますか」


〈魔法世界〉にいたときの頃を、私は少し思い出していた。


       * * *


 屋敷の領内へと侵入すると、十人ほどの獣人に出迎えられた。

 夜行性なのか、深夜なのに活発すぎる。

 こっちは普段は寝ている時間帯。

 魔女の私にとって、獣人の生態系はいまいち理解ができない。


「止まれ、何者だ!」

「漆黒のステラ。魔女」


 名乗る義理はないけど、一応、私は呟いた。


 ここから目に付く獣人、動物のモデルは様々かな?

 いや……、よく見るとイヌ科がメインかも? 狩りをするタイプの動物が多い。

 はくあちゃんもキツネだから、納得の構成といったところかな。

 あと、肉食系の獣人は凶暴だから、「いやだなー」と内心思っていたりもする。


 そうこうしていると――。


「ステラさんっ!」


 少し遅れて、奥の方に二人の獣人が現れる。

 白いキツネのはくあちゃんと……、その隣には、黒いオオカミの男性の姿もあった。


 オオカミの獣人はとても背が高く、見た目、イケメンな感じだった。

 あと、ここからでも分かる。強い! 眼光は鋭く、じっとこちらを睨んでいる。

 おそらく敵のボス。彼を倒すのが、私の勝利条件の一つ。

 ゲームだと、すごくシンプルなステージだった。


 そのオオカミの獣人が少し前に出て、私に話しかけてくる。


「どうして、ここが分かった?」

「使い魔に尾行させていたからかな」


 はくあちゃんの尻尾の中からは、黒い光の点が飛び出てくる。

 その黒い点は辺りを一周したあとに、上空へと静かに消えていった。

 私の使い魔――、というか精霊に近いかも?

 余所の世界の細かいことなんて、向こうにとってはどうでもいいか。


 深く注意しないとばれないレベルの魔法だった。

 実際に、はくあちゃん本人にもばれていない。

 尻尾の中とか、気づきそうなんだけどね。

 もちろん、気が動転していたからもあると思うけど。


「ちなみに、会話も大体聞いているよ」

「趣味が悪いな」

「女の子の顔を傷つける人に、言われたくないね」

「ちっ……」


 まあ、そういうこと。

 事情は大体把握済み。

 だから、敵に情けは不要。

 さて、ぼちぼち、るかな。


 向こうも部下の獣人たちに対して、指示を出す。


「相手は魔女だ。女一人だからといって油断するなよ」


 それを合図に、私の一番近くにいた獣人二人が、こちらへと飛びかかってくる。

 一人は薙刀、もう一人は図太い野太刀を握っていた。


「悪く思うなよ、小娘」

「獣人に張り付かれた時点で、お前の負けだ」


 二つの武器が、私の頭上から振り下ろされる。

 その攻撃を、私は魔力で強化された杖で受け止めた。


「なっ!?」

「そんな、馬鹿な!!」


 確かに獣人の力は強い。

 だけど、こちらも魔力で身体強化したらそれなりに戦える。


 それに、私が杖に付与している魔力は闇属性。

 私の世界では火属性と並んで、火力に特化した属性だった。

 闇属性が得意な私は、獣人にも、力で負ける気がしないね。


「ごめんね」


【ダークネス・サイズ】


 私は杖の先端を鎌に変え、獣人の二人を地に切り伏せた。

 さて次は……。


 その矢先、二発の銃声。

 ほぼ同時に、こめかみに二発の着弾音と衝撃。

 私は普通に撃たれている。

 魔法障壁がなかったら、はくあちゃんに襲撃されたときと同様に、間違いなく死んでいる。


「おいおいおいおいおい!」


 私は発砲者を睨んだ。


「獣人は力が自慢じゃないの? 銃を使うとか、獣人のプライドが許さないと思うんだけど!」

「ひっ……」


【ヘルズゲート】


 私は足下に黒い渦を作り、中に身を隠す。

 さらに、相手の近くにも同様の黒い渦を作り出し、そこへと一瞬で体を移動させた。


 吸血鬼の影を使った移動、実は私も似たようなことができる。

 正確には原理というか、内容が少し違うんだけどね。


「さようなら、名もなき獣人さん」


 私は杖の後ろ、尖った方に魔力を込める。


【ダークネス・ケーンガン】


『ドン!』


 ――と大きな音がして、私の杖は獣人の腹を強く貫いた。


 至近距離から長距離ライフルで撃たれた感じかな。

 こっちもこめかみを撃たれているんだから自業自得。

 あと、魔女相手に遠距離攻撃を仕掛けるのは、得策とは言えないね。

 もう遅いけど……。


 さらに、再び闇のゲートを利用して、近くでおののいている獣人二人を始末。

 群れの数を急激に減らされていって、相手は恐怖しかないと思う。

 それを滑稽だと笑っている私は、本当に性格が悪い!


「くそっ、このままやられてたまるか!」


 獣人の一人が、無策にも私へと突っ込んでくる。

 誇張なしにスピードは速い。

 普段の相手にしている敵にだったら、十分に通用するのかもしれない。


「獣人ごときが、この私に勝てるとでも?」


 私は突撃してきた獣人を向かい撃つ。

 予定では相手の攻撃を受け止め、そのまま切り捨てる。

 しかし……。


 頭上から一人。さらに背後からもう一人、獣人たちは同時に攻撃を仕掛けてくる。

 一人目の攻撃は陽動。つまり、大げさに見せかけた罠だった。


ちゅチッ♥」


 字幕が付くとあら不思議。ファンへの投げキッスに。

 普通にむかついて、ナチュラルに舌打ちしてごめんなさい。


 そして、相手の陽動を使った同時攻撃。結果は予想するまでもなく、不発に終わる。

 闇の鎌による反撃で数秒後、私の周囲には、血を流す獣人たちが倒れていた。


「つ、強すぎる……」

「私、一切油断はしていないから」


 私は手を抜いたりはしない。戦闘でも配信でも。

 よほどのことがない限り、私に『』は訪れない。


 これで八人……、いや八匹と数えた方がいいのかな?

 分かりきっていた結果であり、私は相手の戦力をガンガンと削っていた。

 そうなると、相手の取る手段は自然と限られてくる。

 聞き覚えのある女の子の悲鳴が、私の耳に入ってくる。


「お、お願い……、や、やめてっ……」

「おい! おとなしく従え!!!」

「ステラさん……、助けて……」


 私の目と鼻の先、男性の獣人がはくあちゃんの首を強く絞め、身動きを取れなくしていた。

 さらに、もう片方の手には刃物が握られ、彼女の頬へと突きつけられている。

 つまり人質。

 武力で敵わないと悟ったのか、はくあちゃんを盾にしていた。


 「そ、そこを動くな魔女! こ、こいつがどうなってもいいのか?」

 「ステラさん……、ごめんなさい……、私……」


 ちゅっチッ、卑怯……。


 昔の私だったら人質なんて無視するんだけど……。

 今回は救助作戦も兼ねていた。

 あと、この期に及んで謝らなくてもいいよ。

 はくあちゃんらしいけどね……。


 私は前方の地面へと、握りしめていた杖を放り投げる。

 さらに、アニメなどで見る、銃を突きつけられた一般人みたいに両腕を上げる。

 つまり、降伏の意志を見せる。


「よ、よし……、そのままだ……」


 敵の獣人は合図を出すと、生き残っていた他の仲間たちが、私を取り押さえようと近づいてくる。


 しかし――。


 急に地面から黒い手が現れる。

 その手は、はくあちゃんを捉えていた獣人にまとわりつき、その身体を締め上げていく。

 私がじっとしていた、ほんの数秒の間。

 気付けば逆に、獣人の方が完全に身動きがとれなくなっていた。


「ひっ、何だこれは……」


 私の攻撃ではない。

 魔法ではなくこれは

 そんなことができるのは――。


「き、吸血鬼……、吸血鬼も、い、いるぞ……」


 獣人の一人が震えた声で叫び、新たな敵の存在を仲間にも伝える。

 しかし、時はすでに遅かった。

 吸血鬼、夜桜カレンは、はくあちゃんを敵から引き離し、本体とは別の人影で抱きかかえる。

 そして本体は、彼女に危害を加えていた獣人の首筋へと噛みついた。


「あっ、がっ、やめ……」


 獣人は弱々しく声を発して、程なくして事切れたことが分かった。

 残された者はただただ恐怖で、それを見ていることしかできない。


「やっぱり、はあまり美味しくないね」

「助けに来てくれなくてもいいのに……」


 私は、顔をしかめているカレンちゃんに声をかける。


 カレンちゃんがこの場にいるのは、何となく気配で分かっていた。

 登場のタイミングは、まあ、悪くなかったかな。


「いやだって、もしこの場にリスナーがいたら――、


○ステラちゃんを助けないの?

○はくあちゃんが大ピンチだよ


 ――ってコメントされてめんどくさいし……」


「まあ、そうだけど……」


 杞憂民ってやつだね。


「助けがいらないのは分かっていたけど、顔だけは出しておこうかな、ってね」

「はいはい」


 軽く流しておきます。


 戦力的に足手まといではないので、カレンちゃんがここにいても、特に問題はなかった。


 それに――。


「カレンさん……、た、助けてくださって、その、ありがとうございます……」

「はくあはいつも水くさいね。あたしたちでしょ!」

「あっ……、はいっ!!!」


 二人を……、

 カレンちゃんの言葉を聞いて、嬉しそうに頷くはくあちゃんの姿を、私は見ることができたのだから。


「カレンちゃん、はくあちゃんのことは頼める? あと残りの敵も」

「了解、リーダー」


 カレンちゃんは返事のあとすぐに、影で作られた蝙蝠を使って、残りの獣人たちに襲いかかっていた。

(もしかしたら、返事をする前に蝙蝠をけしかけていたかも?)

 味方は生態系上位の吸血鬼。さほど時間がかからずに終わるだろう。

 これで後方の憂いは全てなくなった。


 だから、考えるべきはあと一人。

 私はに対して、視線と杖の先を向ける。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったよね」

「…………」

「仲間はいなくなったよ。あなたはどうするの?」


 彼の相手は、絶対に私がしないといけない。

 お互いの陣営のリーダーだから……、という単純な理由ではなく。


 彼にカレンちゃんを当てると、間違いなくこちらが負ける。

 相手の実力は、雰囲気や気配、獣人だと身体から溢れる『闘気』で大体分かる。

 最初から彼が、カレンちゃんを仕留めに行っていたら、全てが終わっていた。

 私が出る。それ以外に選択肢はなかった。


 そんな強者は怒りを露わにするでもなく、落ち着いた表情でこちらを見つめ返していた。


「黒狼のルドルフだ。予想以上の強さ。こうなるのは必然だったな」

「あなたもすぐにそうなるんだよ!」


 まるで、部下の能力でも見定めていた様子。なんかむかつく。

 そうやって、はくあちゃんのことも試していたのだろう。


 話し合いの余地はない。

 相手は獣人。力で分からせるのみ。

 そこだけはお互いの、共通認識だった。


「さあろうか。漆黒の魔女」

「うん、いいよ」


 前座などではない。

 お互いの信念を決する戦いが、幕を開けようとしていた。

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