第11話 不干渉
「少しだけ、気分が楽になりました」
「そう、なら良かった」
夜も遅かったし、事情も一通り聞いた私は、はくあちゃんを玄関まで見送っていた。
「ずっと誰にも相談できなかったので……。ステラさんはこっちでも優しいんですね」
「そ、そうかな?」
猫を被っているだけだよ。
今のところ、話を聞いただけだし。
玄関の外で狐守はくあは、改まって体の正面を私に向けた。
「今日、ステラさんと話せて良かったです」
はくあちゃんは笑みを作っていた。
「私は何もしていないけどね」
「いえ、すごく助けてもらいました」
「何で?」
私は理由を聞いた。心当たりがなかったから。
はくあちゃんの表情が一瞬だけ曇り、すぐに戻る。
そして、私に呟くのだった。
「もしステラさんがいなかったら、私はもう一人の同期を――、カレンさんを殺しているところでした。大切な同期を失わなくて本当に良かった……」
しばらくの間、私はその台詞が忘れられなかった。
理由――、きっとその声が、彼女の最後のSOSだったから。
「おじゃましました」
玄関のドアに遮られ、狐守はくあの姿は完全に見えなくなった。
* * *
ベストな行動を取ったかと問われれば、たぶんベストではないと思う。
だけど、ベターな行動を取ったかと問われれば、それはベターで合っていた。
少なくともこの世界で、私は不正解を選んでいなかった。
はくあちゃんの見送りが済んで、私は自室へと戻っていた。
床には白い毛が何本も落ちている。
獣人ってやっぱりめんどくさい……。
あとでコロコロを使って掃除をしないと。
それと……。
もう一人の客人も、追い返さなくてはならない。
「いつまで隠れているの? 出てきなよ」
「…………、ばれていたんだ……」
ベッドの下の影から、女の子の声が聞こえてくる。
「私相手には、もう少し上手く隠れた方がいいよ」
「普通は影に潜んでいるだけで、ばれないんだけどね……」
ベッドの下の影が不自然に伸びてきて人の形を作っていく。
もちろん正体は、私が知っているあのVTuberしかいない。
〈ミスプロ〉所属、〈アンダーグラウンド〉の夜桜カレン。
バーチャル、リアル、共に吸血鬼。
こいつ、ばれていないことをいいことに、私たちの会話を途中から盗み聞きしていた。
最初は警戒していたけど、特に殺意はなかったので私はスルーしていた。
また、同期の問題でもあったので、一人だけ除け者にするのも悪いと思い見逃していたところもある。
というか、復活が早いよ……。
かなり致命傷を与えて、部屋に放置していたはずなんだけど……。
(別の獣人の再襲撃に備えて、こっちで結界を張っていた)
吸血鬼相手だったら、もう少し痛めつけてもいいんだ……。覚えておこう。
「ねえ、リーダー、これからどうするの?」
夜桜カレンは、すぐに本題を切り出してくる。
今、私たちが集まる理由は一つしかない。
「うっ、どうするって言われても……」
私にとっては痛い質問。
今日の私は他者に攻撃されてばかり。
もし、新人三人のリーダーの私に監督責任が伴うんだったら、今回の対応はとても良しとは言えない。
だけど、こっちにも言い分がある。
何度も言うけど、私は『不正解』を選んではいない!
「はくあちゃんに任せるしかないでしょ。この手の問題は不干渉が基本なんだし」
異世界人同士のトラブル。特に種族が違う場合、お互いに干渉しないのが暗黙の了解だった。
獣人の世界のルールなんて私は知らないし、吸血鬼の世界のルールも私は知らない。
ましてや、〈
魔女の私が何かしようとしたところで、余計に問題をややこしくするだけ。
それどころか、私の立場すらも危うくなる。
だから私は何もしない。この世界での正解である。
自分の問題は自分で、当事者の問題は当事者で解決する。
同族以外に助けを求めてはならない。
はくあちゃんの場合、その内容が俗物的なものだったら、私が何とかしてもいいと思っていた。
例えば借金があるとか……。
あんまり良くはないんだけど、金銭問題とかなら私でも解決できる。
だけど、それに種族の問題が絡んでいるとなると話は別だった。
この世界でのはくあちゃんの生い立ちを、私は知らない。
もう少し詳細を聞くべきだったのかもしれないけど……。
魔女の私にできることは、もうないのかもしれない。
ちなみに、運営(事務所)への連絡は絶対にNGである。
その選択肢はない。
私たちが異世界人であることは、運営のほとんどの人が知らない。
もちろん私のマネージャーさんも、ただの一般人(女性)でだった。
あとは――。
〈ミスプロ〉のメンバーの誰かに相談……。
今回の件で、私はミスメンの大半が異世界人だと確信へと変わっていた。
魔女以外、情報に疎いので確かめようがないけど、私たち三人だけが例外なんてことはないと思う。
ただ、その選択肢もたぶん適切ではない。
もし相談できるのなら、すでにはくあちゃんが(獣人の)先輩にしているから。
やはりこちらも、選択肢としてあり得なかった。
少し話が脱線したけど、以上のことから、私の行動が間違っていなかったことが分かってもらえたと思う。
「でも上手くいくかな? あたしの長年の勘だと、このままだと解決しないと思うよ」
ところが、夜桜カレンはこの方針に不服らしい。
自分の命が狙われていたのに、他人の心配をするなんて余裕があるね。
さすがは吸血鬼。
「こんなことを聞くのは失礼かもしれないけど、あなた何年生きているの?」
「あたしのこと、年寄りだと思っていない?」
「当然、そう思っているけど」
単純に彼女の年齢に興味が沸いただけ。
それに対して、カレンちゃんはむっとした顔で答えた。
「これでも、まだ50ちょっとしか生きていないわよ!」
「あー……、若いですね!」
「でしょ~!」
ごめんなさい、嘘をつきました。50は人間だと若くはないです……。
ただ、勝手に100歳以上だと想像していたので、それに比べたら半世紀若いです。
実際にカレンちゃんが私より年上なのは容易に想像ができていた。
初対面(通話)でも、そんな雰囲気は感じていた。
彼女の配信を観た感じ、古いオタク分野に精通していて、かつ人生経験も豊富。
深夜の雑談ラジオでは人生相談のコーナーを設けていて、的を射る回答もしていた。
恐ろしいのは、それでいて50という年齢を夜桜カレンからは全く感じさせないこと。
矛盾しているようだけど、配信からは年寄り臭さは一切なく、逆に若さすらも感じる。
RP(ロールプレイ)が完璧すぎる。
同期だから分かる。実年齢が分かる単語に夜桜カレンは反応を示さない。
50だとばれる問題、絶対に引っかからない。そんな地雷は踏まない。
長年生きた吸血鬼、夜桜カレンを良い意味で下手に演じていた。
同期だけど、関心と同時に恐ろしさも感じた。
配信の腕は、確実に私よりも上。
人生経験も大差を付けられている。
何か困ったことがあれば、彼女にアドバイスを求める。間違いないと思う。
その理論で言えば、はくあちゃんのことは無視するべきではない。
彼女は上手くいかないと言っている。
早速、矛盾する私……。
そ、それはいったん置いておくとして……。
今回の件、はくあちゃんの問題であるのと同時にカレンちゃんの問題でもあった。
被害者側として彼女も関わっていた。
リーダーとして、こっちのフォローも必要だろう。
「とりあえず、これ以上は手を出さないでね」
「えー、リーダーはそう言うんだ」
「血が足りないなら、また私があげるから……」
「本当に!? やった!」
とりあえずこれでいいかな。最低限の保障はばっちり。
初めは文句を言っていたカレンちゃんも、すぐに機嫌を直して目を輝かせている。
そんなに私の血が美味しかったのかな?
普通の魔女に比べて魔力は高いから、自信はなくはないけど。
ただ、そんなに頻繁に私の血はあげないからね。
街頭でたまに見かける献血も、日数を空けないといけなかったはず。
何度も吸血されたら、私が死ぬ。
「さあ、帰った、帰った」
「はーい」
カレンちゃんは再び不満そうな顔をすると、自分の影へと潜り、そのまま姿と共に気配も消えていった。
『玄関から帰ってよ!!!』
誰も聞いていないので、心の中で叫ぶことにした。
* * *
とりあえずこれで本当に長い、私の一日が終わったことになる。
私はベッドに体を預ける。
少し休み、少量の夕食を取り、風呂に入り、そしてファンに向けてSNSでおやすみを呟いて寝る。
こんな状況で配信なんかしたら、ぽろっと同期の愚痴をこぼしてしまいそうで怖い。
これで良かったのだと、私は自分に言い聞かせている。
ただ内心では、はっきりと分かっていた。
それは、私がリーダーを務めているから。
自分も含めて、どうすれば私たち三人の人気が出るのかを常に考えているから。
私たちは今、崩壊寸前だった。
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