第10話 終戦、ステラ宅にて

 体感、とても長い一日を終え、私は自分の部屋へと戻っていた。


 ――と言っても、現在の時刻はまだ22時を回ったぐらい。

 正確には、まだ一日の終わりではなかった。


 やろうと思えば、今からでも配信はできる。

 むしろVTuberにとっては、メインの時間帯。

 だけど無理。

 ファンには悪いけど、今はとてもそんな気分にはなれなかった。


 それに――、この部屋には客人がいた。

 もう少しすれば目を覚ますと思う。

 その人の声がマイクに乗る可能性もある。

 やはり配信はできない。


 だから仕方なく、事務所への提出物をこなしたり、先輩や同業者の配信をチェックして、次に自分が遊ぶゲームを決めたりしていた。


 そうこうしている間に、客人が目を覚ます。

 部屋のベッドで寝ていたその人物は、まだ事情が完全に飲み込めていないのか、困惑した表情で、私に質問をしてきた。


「ここは……?」

「私の家だよ」

「そう……、そっか……」


 実は私の家の初めての来客、狐守はくあ――、の中の人。

 やっと彼女は状況が理解できたのか、何か納得した様子だった。


 私は、はくあちゃんのことを拘束していなかった。

 最後の一撃のあと、新たに危害を加えてもいない。

 殺そうと思えば、寝ている間に殺すこともできた。

 だけど、それをしなかったということは、こちらに敵対の意思はないということ。


 それに少し時間も経っている。頭も冷えたと思う。

 あるいは抵抗したところで、無意味だとも分かるはず。


 そうだといいな……。


「黒星ステラ……、さんだったんですね」

「うん。狐守はくあちゃんだよね? リアルだと初めまして」

「はい……。こんな形になってしまって、本当にすいません」

「いいよ。別に気にしてないし」


 今日、この台詞、何度も言った気がする……。

 この場に沈黙が流れる。部屋の空気はとても重たい。


 私たちは一ヶ月前に共にデビューを果たした。

 きっとお互いに、配信に関する悩みは多いと思う。

 だから私なりに、細かく連絡は取り合っていたつもりだった。


 ただ……、最近は少し疎遠になっていた。

 はくあちゃんはデビューしてからすぐ、何か悩みを抱えているみたいだった。

 カレンちゃんのときと同じく、今回の事件と無関係でないのは分かる。


 私がリーダーを任されているのもある。

 だけど、個人的にも気になっている。

 無視はできなかった。


 はくあちゃんはベッドから降りて、ちょこんと床に正座した。

 カレンちゃんほどではないけど、今どきの若者の服装はとても似合っている。

 パンツがどうなっているのか分からないけど、白くて大きな尻尾が、お尻からはみ出している。

 同色の大きな耳も健在。だけど、今は元気なく垂れ下がっていた。


 落ち込んだ姿、それを除けば、VTuberの狐守はくあが、そのまま画面から出てきた感じだった。


 小さな違いはある。

 例えば衣装。VTuberの狐守はくあは、白と赤の和服を着ている。

 色使いも、Vの方が見栄え重視で派手だ。

 だけどよく見ると、現実リアル仮想バーチャル、ベースはあまり変わっていなかった。


 思い返してみれば、私とカレンちゃんも、両方にさほど違いはなかったように思える。

 運営がリアル容姿の特徴から、ガワのイラストを発注したと考えるのが妥当か……。


 そんなことを思い出しながら、私はどうやってはくあちゃんから、事情を聞き出すか考える。

 一応、タイマンコラボはしたことがあるけど、時間が経ち、関係性はある程度リセットされている。

 何より先ほど剣を交えたばかり。一からの再構築が必要だった。


 私はあまり緊張していなかった。

 冷静――、というか、冷めた目で見ている。

 自分でも意外だった。


「どうして、こんなことをしたの?」

「それは……」

「同期だし、話ぐらいは聞くよ」


 都合のいいときだけ、『』という言葉を使う私。

 実際に彼女と知り合ってから、一ヶ月と少しの関係でしかない。

 ましてや、向こうは獣人でこちらは魔女。元々住む世界が違っている。

 私たちのつながりはだった。


 だから私は、今回の事件を冷めた目で見ているのだ。

 新人三人のピンチではあるけど、私個人のピンチではない。

 友達の友達が問題を起こしている。そんな感覚。

 薄情な私。自分がさらに嫌いになる。


 また部屋には沈黙が流れる。

 これ以上、催促はしない。

 きっと意味がないだろう。

 はくあちゃんから話を切り出してくれるのを、私はじっと待つ。


 一分ぐらい無音の時が流れて、狐守はくあはゆっくりと口を開いた。


「人に頼まれたんです」

「それは誰?」

「この世界に来てから、ずっとお世話になっている人……」

「なるほど……。それで吸血鬼殺しを?」

「はい……」


 あまり深い理由ではなかった。動機はすごく単純。

 だけど……。


 会話の内容だけなら、事態はあまり深刻とは思えないかもしれない。

 だけど私たちは『』。

 普通の人に比べて、少し事情が異なってくる。


 今回の問題で一番重要なこと、それは――。


『狐守はくあがに属しているのか』


 これが今回の問題の本質だった。


 異世界人が見知らぬ土地にやって来て、一人で生きていくのは難しい。

 こんな私でも昔、お世話になった人がいた。


 一般的には、

(異世界人が一般的ではないという突っ込みは、ここではなしとして)

 異世界人はどこかの組織に入り、互いに協力し合って生きていくことになる。

 獣人なら獣人同士のグループ。それが賢い生き方だった。


 今回の吸血鬼殺し――、言わばその組織の方針となる。

 なんだかんだあって、吸血鬼のグループと対立しており、その中の一人、夜桜カレンを殺そうとしたのだろう。

 それぞれの組織の対立。〈魔界〉と〈天界〉(※獣人側)の怨恨。

 詳しい理由は分からないけど、色々とあるのだろう。


 そして、それを反故ほごにする。

 この世界で生きていくことが難しくなる。

 行き着く先は見えていた。


 今回の事件の背景にあるもの、それは組織への『』。

 同期だと知らなかった。今からでも頼みを断る。

 それが許されれば、一時的には問題は解決する。


 だけど後日、別の獣人が再度カレンちゃんを襲うかもしれない。

 上辺だけの解決は、はくあちゃんを余計に苦しめるだけかもしれなかった。


「こんなこと、相談されても困りますよね……」

「まあね」

「そう、ですよね……。ごめんなさい……」


 はくあちゃんは深くうつむく。

 耳の垂れ下がり具合から、ひどく落胆しているのが嫌でも分かった。


 今回の事件、はっきりとした悪役はいない。

 吸血鬼と獣人の対立、それに私は巻き込まれた。


 こうなると、私にできることは限られている。

 いや、むしろ答えは、そのに近いかもしれない。



 それがこの世界での『正解真実』だった。

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