第9話 VS夜桜カレン(Underground) VS狐守はくあ(Savanna)

 私は吸血鬼、夜桜カレンに、杖の先端を向ける。


【ダークネス・アロー】


 はくあちゃんのときと同じく、私は杖の先端の青い魔法石から、黒い十本の矢を放つ。

 吸血鬼相手に手加減は無用。

 向こうは私が〈ステラ〉だってことも、白狐が〈はくあ〉だってことも知らない。

 殺しをためらう理由がなかった。


「くすっ」


 相手は、私の攻撃を避けようともしなかった。

 黒い矢は彼女の身体、実体のない影をすり抜ける。

 さすがは不老不死の吸血鬼。

 半端な攻撃では、ダメージすら与えられなかった。


 カレンちゃんの身体から無数のコウモリが飛び立ち、私へと急接近してくる。

 私の感じる反応では、命――、というか魂が分散している感じ。

 その中の数匹を撃ち落としたところで、ダメージにはならないだろう。

 私の前方にコウモリたちが集まり、実体を形作る。


『いや違う――、これはフェイク!』


 カレンちゃんの本体は、私の背後の影の中。

 そっちの方が魂の反応が濃い。


 私の影から彼女の姿が現れ、血で作られた、赤い西洋刀を振りかざしてくる。


【ブラッディ・ソード】


「くっ!!?」


 重たい攻撃。私は魔力で強化された杖で、赤い刀身を受け止める。

 私の足裏には、強い衝撃が走った。


「背後からなんて卑怯!」


 私は杖を鎌へと変化させ、吸血鬼の首を切り落とす。

 しかし、手応えがない。吸血鬼相手に意味がないことは分かっていた。

 彼女の身体は全てが影と化し、地面へと消えていく。

 まるでスポンジが黒い水を吸収するかのように、彼女の姿は消え、同時に私の感知からも気配が消えていった。


 どうやら吸血鬼は影へと潜り、姿を消すのが得意らしい。厄介……。

 しかも私は、はくあちゃんから離れられない。

 少しでも目を離すと、彼女に攻撃がいく可能性がある。

 吸血鬼相手に仲間を庇いながら戦う。不利だと言えた。


「そこ!」


 少し離れた場所、その地面に影が現れる。

 そこから姿を見せた吸血鬼に対して、私は一気に距離を詰めた。


【ダークネス・サイズ】

【ブラッディ・ハンド】


 魔力が付与された黒い鎌と、鮮血を纏った赤い爪は激しくぶつかり合う。

 力は互角。さすがは吸血鬼……。に強い!


 魔女と吸血鬼、出身地は違うものの、何か近いものを感じていた。

 彼女の出身、〈魔界〉の住民は、私の出身、〈魔法世界〉の住民と、力の使い方が似ているのかもしれない。

 どちらの世界も、『』の文字が入っているし……。


 そういえば、私の世界は〈人間世界〉の他に、〈魔界〉とも繋がっていると聞いたことがある。

 過去に住民の移動や魔術体系の流出も十分にあり得る。

 私たちに関連性が全くないとは言えないのだろう。


 さらに彼女の攻撃からは、私の魔力も感じていた。しかもかなり……。

 心当たりは大いにあった。数時間前に私の血を吸ったから。

 魔女の血を、吸血鬼の血の力、あるいは影の力へと転化している。

 ゲームで例えると、コウモリの敵のMP吸収。なんかむかついてくる。


 血さえあれば、向こうにほぼ弱点はないのだろう。

 それが吸血鬼、夜桜カレンという存在。

 獣人、狐守はくあが血の兵糧攻めをしたのは、その力を恐れていたからだと分かる。


 となると、まずはその力を封じるしかない!

 方法は色々とある。


【クレアーティオ・ダークネスカーズ】


 私は刀身の少し曲がった、黒い短剣を作り出す。

 そして、再び影から姿を見せた夜桜カレンに対して、私はその短剣を素早く突き刺した。


 普通だったら、短剣はすり抜ける。

 しかし、今回は有効だったらしく、剣を刺した箇所からは、人間と同じく赤い血が流れた。

 風呂の後に着替えた赤いドレスが、同色によって穢されていた。


「ぐっ、これは……、呪い!?」

「そう、私の世界の闇の呪いかな」


 短剣には、強い闇の呪いをかけていた。

 吸血鬼相手に効くかどうか分からなかったけど、一応有効らしい。

 それさえ分かれば、あとは簡単だった。

 何かあれば同系統の魔法を使用するか、それも効かなくなれば、さらに強い呪いをかけるだけ。


 彼女は私から距離を取りつつ、必死で短剣を抜こうとしていた。

 しかし、それは不可能に近い。魔法の返しを付けているからだ。

 あと、私は見逃さない。距離を取る際に影にならなかったことを。

 彼女は今、非実体化ができない。


「この剣、ひ、引き抜けない……。やばい……」

「引き抜いたところで、呪いは続くけどね」

「え!?」


 硬直する吸血鬼。急に見える死。

 今なら、彼女の首を切り落としても大丈夫だろう。

 まあ、相手は同期なので、絶対にやらないけどね。


 とりあえず二度目の決着。

 ここからはさっきと同じく話し合い。外交フェイズ。

 今回の私は、上手く両国を仲裁しなければならない。


 ――と思っていた。


 背後に薄い人影が現れる。

 白い毛並み、狐守はくあちゃん。

 先ほどまで、魔女と吸血鬼の戦いを傍観していた彼女は、私に対して――。


 


「嘘っ???」


 首の後ろギリギリを、刀身がかすめる。

 私は前屈みになって首を倒し、何とか攻撃を回避してみせた。


『危なっ!』


 しかも、後ろ髪をばっさりと切られたんだけど。

 最近、伸ばしていたのに……。


 攻撃してきた張本人、狐守はくあの姿を確認する。

 ふさふさの尻尾に隠していた脇差を握りしめ、こちらに敵意を向けていた。


 状況は振り出しに戻っていた。

 しかし、彼女からは、明確な決意が感じられない。

 怯えが見て取れるその表情から、少し錯乱しているようにも思えた。


 凶行に及ぶ理由、何となく予想が付いた。

 はくあちゃんからすれば、魔女と吸血鬼の戦いは、仲間割れをしているのと同じ。

 だったら話は早くて、両者が弱ったところを叩けばいい。

 それが彼女の本来の目的。


 何事にも忠実なはくあちゃんは、色々なものを天秤にかけ、私たち二人を意地でも仕留めるという選択を取ったのだ。

 その選択を否定するつもりはない。

 ないんだけどさ……。


『さっきまで、私になついていたじゃん!』


 可愛いペットだと思っていたのに、少し殺意がわいてきた。

 殺処分待ったなし!

 あれかな、少し優しくしただけではダメ? 餌付けも必要だった?

 何か納得がいかない。もう獣人になんか優しくしない!!!


 そうこうする間にも状況は動いていた。それも悪い方に。

 私は心の中で冗談を言いつつも、今、必死で最善策を考えている。

 しかし、収拾が付きそうにない。


【狩ノ一刀流・牡丹雪ぼたんゆき


 はくあちゃんは、新たな刀で強い斬撃を放ってくる。

 私はその斬撃を避けたり、杖で受け止めたりする。

 小柄な刀へと変わり、リーチが短くなってはいるが、威力は健在だった。


「ちょっと落ち着いて、ね? ね?」

「ご、ごめんなさい! でも私、こうするしか……」

「謝るぐらいなら、攻撃をやめてよ!」


『言っていることと、やっていることがちがーう!!!』


 はくあちゃんの姿が、私の目の前から消えた。

 私を仕留めきれないと悟ったのか、対象を変え、今度は吸血鬼に牙を向いている。

 暴走するはくあ。それを迎え撃つカレン。

 両者は、ほぼ互角の戦いを繰り広げていた。


 私は、二人に見向きもされなくなった。

 下手に手を出すと、痛い反撃を食らうことが分かっているから。

 だから二人は、本来の敵を仕留めることに躍起になっている。


 私の出る幕はなかった。

 放っておけばいずれ決着が付く。


 私の予想では、たぶん吸血鬼が勝つ。

 呪いの短剣はいつの間にか引き抜き済みで、その効果は徐々に弱まりつつある。

 いずれ獣人が押され始め、じり貧になって終わる感じ。


 最悪なのは、このまま私が、二人の戦いを見守るという選択肢が取れないこと。

 無視をすれば、次の日には、確実に同期の片方が消えている。


「もう!」


『どれだけ私たちの絆は脆いの!!!』


 ――と呆れつつ、私は二人の戦いに介入することを決意する。


【ウィルゴ・ウィッチ・サクリフィシオ】


 私は、杖の先端を地面に付け、小さな闇の渦を作り出す。

 先ほど、はくあちゃんに切り落とされた後ろ髪を、闇の渦へと飲み込ませ、身体の一部を供物にして、自分の魔力へと転化させる。

 それなりに実力のある魔女の身体の一部。得られる力は大きい。


 そのまま、私は地面を蹴って、戦いの真っ只中、二人の間に割って入る。

 両者、私に気づくがもう遅い。

 右手でカレンちゃんの、左手ではくあちゃんの肩を掴み、そのまま相手の位置を入れ替えるように、左右反対方向へと勢いよく投げ飛ばす。

 伸ばしていた髪を犠牲にした分、素手でも十分に威力は出ていた。


 二人はそれぞれ受け身を取る。

 そして私に対して、攻撃という名のクレームを入れてくる。


【ブラッディ・スパーダ】

【狩ノ一刀流・白雪しらゆき


 赤と白、二つの斬撃が飛んでくる。

 私はそれぞれの攻撃を闇のバリアで受け止め、杖を一振りして、自分のバリアごと全てを打ち消した。

 もう埒があかない。


「あなた一体、何者なの?」

「部外者が、私たちの邪魔をしないでっ!!!」


 私が部外者……。

 同期にここまで迷惑をかけておいて、何を言う……。

 ただで済ますはずがない。

 私は深呼吸をして、二人にで話しかける。


「カレンちゃん、はくあちゃん……、こんステラ~。ステラに内緒で、二人はここで何をしているのかな?」

「「えっ!?」」


 二人の動きが一瞬にして止まった。

 さすがにここまですれば、二人ともきちんと状況を把握できるだろう。

 ちなみに私、心は笑っていないよ。


「もしかして……、ステラ、なの???」

「え、えっ、ステラさん……?」

「そうだよ。なんで今まで気づかなかったの?」


 私も人のことはあんまり言えないけど……。


「カレンちゃん、はくあちゃん」

「っ!?」

「ひぃ」


 名前を呼ばれた二人は縮こまっている。

 私は二人に言いたいことが山ほどあった。


「リーダーという立場から、色々と言うつもりはないんだけどさ……」


 今まで溜まっていた鬱憤を全てを吐き出す。

 これまでの配信のストレスも上乗せして。

 私は大きく跳躍。

 天へと杖を掲げる。


「同期の殺し合いを見せられる、私の気にもなってよっ!!!!!」


【ダークネス・ステラバースト】


 二人の間、その上空に黒い小爆発が起きる。

 私の怒りを、そのまま具現化したものだった。


「それは……、ま、まさかステラとは思っていなくて、なんとか許してほしいな……。あはは……」

「本当にステラさん!? まさか、魔女がステラさんとは思わなくて。あ、あ……」


 二人は弁明のため、身振り手振りを交えたり、あるいは何度も頭を下げたりしている。

 今更へりくだっても遅いわ!


 私が、形式的でも二人のリーダーであること。

 戦闘で圧倒的な実力を持ち合わせていること。

 本能的に察したのだろう。

 公私ともに絶対に怒らせてはいけない相手だと。


「二人とも、争っていないで――」

「ちょっとステラ、待ってちょうだい!」

「ステラさん、待ってください」


 私は杖を強く握りしめ、先端の青い魔法石に闇の魔力を集中させる。

 大きく息を吸い込み、私は二人に向けて叫んだ。


ーーー!!!」


 今日の中で一番早く跳躍をして、二人の同期に対して制裁を加える。


 まずは吸血鬼、夜桜カレン。


 私の血を勝手に吸った恨みもある。

 痛くないと言ったのに痛かった。

 首筋にはまだ跡も残っている。

 一発、殴らないと気が済まない。


「ちょ、ちょっと待って!」

「もう遅い。灰となり死ね」


 彼女との距離を詰め、私は思いっきり杖を振り下ろす。

 先端が当たった地面は、大きくめり込んでいた。


ちゅっチッ♥、避けたか」


 カレンちゃんは、私の怒りの一撃をギリギリで回避。

 影による移動。呪いの効果がだいぶ薄れている。

 うざいな、もう。


 あとこれでも私、一応アイドルなのに、普通に『』が出てしまっていた。


 これが配信だと、


○キッス助かる


 ってリスナーさんに、『』のコメントをもらうんだけど、今はそんなのいらないよ!


 一般的に影で逃げられると、こちらは手も足も出ない。

 たぶん、相手はこれで逃げ切れる。

 あるいは、煙に巻くことができる、と思い込んでいるだろう。

 甘い、甘すぎるわ!!!


 私は一切迷うことなく、目標地点を定める。

 手には闇の魔力を纏わせ、跳躍。

 そこから下の地面へと、思いっきり左手を突っ込む。

 割れた地面の先には、油断した吸血鬼の姿があった。


「ぐあっ……」

「ビンゴ!」


 地面の中から金髪の女の子の首を掴み、安全だと思われていた地中から強引に引きずり出す。

 私から逃げるなんて百年早い。

 さらに私は平らな地面へと、彼女を雑に横たえさせ、吸血鬼の公開処刑を開始する。

 向こうは手足をバタバタとさせている。


「な、何で、あたしの場所が……」

「勘!」

「うそっ!?」


 理由を聞かれても困る。

 何となくそこにいると思っただけだから。


「吸血鬼だから、手加減しなくても大丈夫だよね」

「ちょっと、それはダメだって!!!」


 右手の杖を天に掲げ、とどめのポーズを取る。

 杖の先端には、黒い闇の魔力が集まっていた。


「短い間だったけど、さようなら」

「ステラ! やめ……」


 私は思いっきり杖を振り下ろす。


【テネブライ・ストライク】


 強い衝撃が周囲に走り、一瞬、空が割れる音がした。

 私の闇を込めた一撃。ただでは済まない。

 普通の人だったら……、間違いなく死んでいる。


「まずは一人目。次は……」

「ひっ」


 私は目標を変更する。

 今の出来事を見て相当怯えているであろう、白いキツネの女の子を睨む。


「何か言い残すことはある?」

「あ、あっ……、ステラさんの歌声は可愛くて大好きです……」

「そう」


 私は再び地面を蹴り、はくあちゃんとの距離を詰める。

 歌上手うたうま勢のはくあちゃんに言われても、上から目線であんまり嬉しくないです。


「えっ、えっ、私、褒めたのに!」


 私の強い殺意を感じて、彼女は迎撃の体制を取る。

 何もしなければ殺される。本能で分かっているから。

 だから、なにがなんでも、技を繰り出そうとするが――。


「狩ノ一刀流――」

「遅い!!!」


 私はそれを許さなかった。

 攻撃が繰り出される前に、間合いへと入り、杖を鎌に変え、自分の技を先に繰り出す。


【ダークネス・スライス】


 はくあちゃんが持っていた最後の武器も、見事にへし折ってみせる。

 攻撃を受ける手段を失い、恐怖で慄いている小動物が、私の目には映っていた。


「お願い、許して……」

「はくあちゃん、ごめんね」


 私は、左手の中指と薬指に魔力を込めて、相手の額に【強攻撃】をお見舞いする。

 一応、こっちは吸血鬼と違って耐久力が低めなので、手加減ありで……。


【ダークネス・ダブルキツネデコピン】


 頭に強い衝撃を受け、はくあちゃんは気絶。

 その場にぐったりと倒れ込んだ。


「はぁ……、はぁ……」


 私の近くでは、吸血鬼と獣人の女の子が二人、横たわっている。

 まさか同期二人を殺めることになるとは。

 数時間前の私には、想像ができたであろうか?


 今更ながら、すごい後悔が押し寄せてきている。

 あるいは罪悪感かも……。


【リザレクション・スピカ・ウィッチ】


 自分の髪、供物で手に入れた力がまだ残っていたので、それを使って髪を再生させる。

 不意打ちで切られた後ろ髪が、少しだけ伸びてくる。

 やや伸び足りないが仕方ない。また伸ばしていこう。

 別に配信でリアルは写さないし、活動に影響はほとんどない。


「どうしようかな。はぁ……」


 深いため息をついて、私は途方に暮れるのだった。

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