第8話 神主さんとお賽銭

 襲撃者、あるいは暗殺者は〈ミスプロ〉の狐守はくあ。


 その事実が判明して、私の思考が整理されていく。

 そして、私は頭を抱える事態に陥っていた。


『普通に考えてまずい……』


 同期二人が対立関係にあり、殺し合いが始まろうとしている。

 私の立場でこれを良しするのなら、その人はサイコパス以外にあり得ない。


 二人ともデビュー直後に、仲良くタイマンコラボしていたじゃん。

『カレはく』てぇてぇとか言われていたじゃん。

 お互いの雑談で、そのことを嬉しそうに口にしていたじゃん。

 カレンちゃんが不調のときに(その原因は……)、はくあちゃんはSNSで心配するメッセージを送っていたじゃん。


 二人はすごく仲が良くて、人見知りの私だけが孤立していた。

 なのに、どうして……。


 きっと、お互いの正体を知らないで対立しているんだろうけど……。

 もし本人たちがその事実を知ったら……、私は考えたくもない。


 とりあえず何とかしないと。今、二人の正体を知っているのは私だけ。

 でも、どうすればいい? 一方に味方したら、もう一方と角が立つ。

 最悪、片方が死ぬ。

 かといってスルーしても、近いうちに同じ未来になる。


 事務所から、


 ミスティックプロジェクト所属「*****どちらかの名前」に関する重要なお知らせ


 が発表されるだろう。


 もちろん、卒業か引退。

 もう一方の契約解除もセットかもしれない。


 このままでは、人気まで終わっている私たちが、物理的にも終わる。

 二人の仲を取り持って、人気も回復させて、なんでこんな重大な使命が、私の肩にのしかかっているの!?

 リーダーの仕事、ブラックすぎない?


「その……、詳しく話を聞かせてもらえないかな?」

(マジでお願い……)

「うっ、うっ」


 とりあえず私は、手持ちのハンカチをはくあちゃんへと差し出す。

 彼女は恐る恐るハンカチを受け取ったあと、目に当てて涙を拭き取っていた。

 このハンカチをはくあちゃんのファンに売りつければ――。

 と少しでも考えてしまった私は、たぶん心が穢れている。


 崩れていたはくあちゃんの表情が、元に戻っていく。

 耳などの獣人の特徴を除けば、ごく普通の女の子。私に対する殺意は消えていた。

 ハンカチを渡したことで、少し警戒心が解けたみたい。

 ま、私は一切油断していないけど。


「落ち着いた?」

「はい……。どうして、その、敵の私に優しくしてくれるんですか?」

「いや、それは、その……」


 同期だから――、とは言えないよね。


 うー、ここでもカミングアウトするべきなのかな。

 とりあえず前と同じく保留にして、どうしてカレンちゃんを襲ったのか、理由を聞き出した方がいいかも……。


 私が取るべき対応に迷っている中、目の前のはくあちゃんは、急にハッと何かに気付いた表情をしてみせる。


「あ! もしかして、神主さんですか!?」


 すぐに私はそれに乗っかることにした。


「そ、そうです……。会えて嬉しいなー」

(すごく棒読み……)

「わ、私も嬉しいです! の神主さんはとても珍しいので……」

(あれ……? 何とかごまかせた!?)


 ちなみに【神主さん】とは、〈狐守はくあ〉のファンの名称ファンネームである。


〈ミスプロ〉の三人目の新人。

〈サバンナ〉所属、白いキツネがモデルの【狐守はくあ】。


 とある神社(※古くさい)に住み着いた白狐しろきつね

 お世話をしてくれた神主さんに恩返しをするため、廃れた神社の復興を願う。

 歌やゲームの配信で人々の信仰を集める(お賽銭も集める)。

 心優しき、白いキツネの女の子。


 公式サイトのプロフィールを私なりにまとめるとこんな感じ。


 なお、はくあちゃんの配信では、投げ銭スーパーチャットは【お賽銭】と呼ばれている。

 神主さんが自分の神社にお賽銭を投げて、そこに住み着いた白いキツネが中身を見て喜ぶ。

 それって自作じえ―。

 いえ、なんでもないです。


 さらに掘り下げると、中の人の性格はすごく真面目。

 デビュー前の期間も含め、知り合ってからまだ二ヶ月しか経っていないけど、チャットでの返信はとても丁寧だった。


 誠心誠意という言葉が似合う人物。

 それはファンに対しても同じで、日々の配信、特にコメント読みなど、すごく真剣に考えていた気がする。

 一応同期だから、その頑張りは近くで見ていたつもり。


 だから、新人三人の中でも一番人気があり、約13万人のチャンネル登録者数を獲得していた。

 得意なことは意外にもFPSゲーム。

 あと、歌がすごく上手い!


『オリジナル曲をたくさん出して、いつかソロライブがしたいです!』


 彼女は夢を語っていた。

 チャットでも。そしてリスナーの前、初配信でも。

 私にとって、まぶしい存在の同期だった。


 だめだ、事情にもよるけど、全力でかばうしかない。


「私が何とかするから」

「えっ!?」


 はくあちゃんは、捨てられた子犬のようにこちらを見ている。

 私はその子犬をそっと抱きかかえ――、

 はしていないけど(大型犬なので……)、優しく彼女の頭をなでてみた。


「よしよし……、っと」

「あ……、あっ……、はい……」


 まんざらでもない様子だった。

 動物に接する態度で正解だったみたい。


〈獣人〉の起源は言うまでもなく動物で、彼ら(彼女ら)が暮らす世界の名は【自然界】と呼ばれている。

【天界】に住む神々は、〈自然界〉に住む動物に対して人の姿を与え、しもべにしたと伝えられている。

〈自然界〉は〈天界〉の支配下とも言えた。


 一方で、〈天界〉に住む神々は、【下界】に住む悪魔と争っていると聞く。

〈下界〉の別名は【魔界】。

 実は吸血鬼が住む世界のことを指していた。


 つまり――。


〈自然界〉の獣人。

〈魔界〉の吸血鬼。


 二人の対立は原作通りで、世界観的にはとても正しい。

 別世界の住民からしたら、はた迷惑な話である。


 二つ世界の対立に巻き込まれてしまった、可哀想な私。

 こういうときは、目の前の動物(?)をモフモフして、癒やされるに限る。


「可愛いな、もう……」(※軽く嫉妬)


 私は、はくあちゃんの頭をなで続け、さらに耳の先も触ってみる。

 フワフワ、そしてモフっとしていて、気持ちいい……。


 白いキツネは、だいぶ私になついていた。

 飴と鞭、暴力を振るったあとに優しくする。

 私はDV彼氏みたいなことをしている。


 あるいは――。


『動物は力で分からせるに限る』


 配信でこんなこと言ったら、炎上しそう……。


 一通りモフモフを堪能した私は、はくあちゃんに手を差し伸べ、彼女はそれを握り返す。

(握力が強い。痛っ!)

 その手を引っ張り、彼女の体を起こすと、私は安全な場所への移動を考え始めた。


 カレンちゃんのことがほったらかしだけど、今はそれどころではない。

 後回しにするしかなかった。


 私が今後の対応について、フルに頭を回転させているときだった。

 月明かりに照らされ、はくあちゃんの背後にできた影から、金髪の頭が浮かび上がってくる。

 そして、瞬く間に金髪の主は姿を見せると、はくあちゃんの体に向け、影の攻撃を仕掛けてきた。


「っ!? 危ないっ!!!」


 私は咄嗟に、はくあちゃんの体を突き飛ばす。

 代わりに自分の体が、攻撃にさらされることになった。


 相手の放った、尖った円錐状の影は、私の腹部に直撃。

 一応、貫通はしていない。魔法障壁でしっかりと防ぎきっている。

 しかし威力は、分厚い鉄板を貫通するレベル。

 影は実体を失い、飛散していく。


 つまり、私が何もしなければ、はくあちゃんは即死だった。

 犯人は分かっていた。一瞬、援軍かと思ったけど違っていた。


 影を使った攻撃はある種族の特徴。

 それは吸血鬼だった。


「一体、何をするの!?」

「それはこっちの台詞!!! なんでその獣人をかばうの?」


 吸血鬼、兼VTuber、夜桜カレン。

 私が一番恐れていた事態が起こった。

 この場に私たち三人が集結してしまったのだ。


 できればカレンちゃんには、家でじっとしていてほしかったけど、世の中上手くはいかない。

 やっぱり、気になって出てくるよね……。


「もしかして……、最初からあなたも敵だったの?」

「それは違う!」

「だったら、その子の首をちょうだい」

「それは……、絶対にできない……」


 とてもじゃないけど、彼女が狐守はくあだと紹介できる状況ではない。

 そしてカレンちゃんは、すでに私も敵だと認識している。


 私の背後では、はくあちゃんが小刻みに震えていた。

 相手は血の力を取り戻した吸血鬼。

 自分が弱り、相手が強化された状況で、勝ち目はない。


「大丈夫、私が守るから」


 まるで彼氏が言うような台詞を、私は、はくあちゃんの前で呟く。

 そして心の中で、それとは別に大きく叫んでいた。


『もう、どうしてこうなるの!!!』


 ――と。

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