第7話 白狐

 戦いの幕は、すぐに上がることになった。


 お互いに分かっているから。

 この平和な世界、大都会のど真ん中、非現実が長引けば、それぞれの立場が危なくなる。


「行きますっ!」


 ご丁寧にも相手は、攻撃の開始を宣言する。かなり真面目な性格みたい。

 お節介かもしれないけど、戦いの世界には向いていないと思う。


 彼女は宣言通り、地面を蹴って、一気に間合いを詰めてくる。


『思ったよりも早い!?』


 気づくと私の懐には彼女の姿があり、持っている刀は抜かれていた。


狩ノ一刀流かのいっとうりゅう回雪かいせつ


 横に一本、白い斬撃。

 抜刀から一撃まで早く、隙が少ない。

 私は攻撃を見切り、後方へと素早く回避してみせる。


「逃がしません!」


【狩ノ一刀流・飛雪ひせつ


 白い斬撃が飛び、私に迫る。

 回避行動中への攻撃。避けるのが難しく、素直に受けとめるしかない。


 私は杖の先端、青い魔法石へと魔力を込める。

 斬撃に合わせて杖を振り、攻撃を打ち消す。自身への脅威を取り払う。


 こちらも反撃へと転じる。

 魔女は魔女らしく、魔法を使った遠距離攻撃。

 杖の先端を、今度は敵へと向ける。


【ダークネス・アロー】


 魔法世界、闇属性の黒い矢。

 闇魔法が得意という、のプロフィールに偽りはない。

 十本の黒い矢が、ターゲットに向かって飛んでいく。


 しかし忽然こつぜんと、敵の姿が消えた。


「えっ!?」


 人よりも一回り小さい何かが、こちらの攻撃を上手くかわしている。

 それは白い犬――、いや、白いだった。


 四つ足の獣は、身体のいたるところを使い、こちらへと真っ直ぐに狙いを定めてくる。

 私は迎撃のため、再度黒い矢を放つが、獣は口に咥えた刀で、それも難なく弾いて見せた。


 再度間合いを詰めた彼女は、私が瞬きをしている間に人の姿へと戻り、右手に持ち直した刀で、新たな攻撃を繰り出してくる。


【狩ノ一刀流・雪花せっか


 深く鋭い、複数の斬撃。

 さらに――。


【狩ノ刀流・塩花しおばな


 斬撃の終わり際に、空いた左手からの鋭い一突き。

 ギリギリのところで、私は攻撃を回避した。

 銀色の爪はおそらく硬く、喰らったら斬撃同様ただでは済まない。結構危険なコンボ。


 私は魔力を込めた杖でなぎ払いをする。

 彼女は素早く後方へと飛び、その攻撃を回避してみせた。

 お互いにいったん、距離を取る形となった。


 現在の彼女の姿は、獣人の〈人型〉と呼ばれている。

 耳と尻尾が生えた以外、人間とさほど大きな違いは見られない。

 しかし、身体能力は桁違い。

 筋肉の付き方、密度、人間のそれとは大きく異なっている。


 獣人の特徴は『パワー』と『スピード』。

 体躯から繰り出される力は強く、その力はさらに早さを生む。

 獣人は他の種族に比べて、戦う前から優位な位置にいるのだ。


 さらに動物の姿、〈獣型〉に変化できるのも、獣人の特徴の一つ。

 彼女は元が小柄なキツネだからこそ、矢をかわす際に回避に適した、〈獣型〉を選んだというわけだ。


 そして、自身が持つ内なる気、〈闘気〉を、体や武器に纏わせて戦う。

〈闘気〉を纏った攻撃は、獣人の膂力りょりょくにさらなる力を与える。

 基本、白兵戦は避けるべき相手。ばけものと真正面からり合う必要はない。

 無謀に近い。普通だったらそう。


「何で本気を出さないんですか?」


 彼女は真剣な顔をして、私に問いを投げかけてくる。

 不満、そして不安、様々な心境が見て取れる。

 当然の流れだった。隠すつもりはないし、隠したつもりもない。

 私は明らかに手を抜いていて、彼女もそれが分かっていた。


 お互い、少しばかりの沈黙。


 しばらくして……、逆に私から、彼女に問いを投げかけてみた。


「じゃあ、逆に聞くけど……、?」

「えっ」

「覚悟ができているのなら、別に私はいいけど」

「できています……。遠慮なく、どうぞ……」

「そう……」


 含みのある言い方。やっぱり彼女は戦いに向いていない。


「分かった。ならいくよ」


 今度はこちらから、攻撃の開始を宣言した。


 私は自分の身体に、闇の強化魔法をかける。

 闇の強化魔法は、普通だったら身体への負担が大きく、使う術者は少ない。

 しかし、私はあまり気にしなかった。


 地面を軽く蹴る。これだけで十分。

 私は一瞬で、彼女の間合いへと入った。

 相手は防御態勢を取っている。

 だけど……、少し遅い。


 私は杖の先端から黒い物質を出現させ、形状を変化させる。

 杖から鎌に変わった私の武器は、目の前の敵へと向けられた。

 命を刈り取る、死神のように。


【ダークネス・サイズ】


 振り下ろされた黒い斬撃が、彼女を襲った。

 刀で攻撃を受け止めた彼女の身体は、後方へと大きくのけぞった。

 それが示す意味、それは私の力が勝っていたということ。

 闇の魔法は威力が高いことで有名。私が好んで使う理由の一つだった。


「ま、負けるわけには」

「いいよ、かかってきな」


 彼女は何とかその場に踏みとどまり、再度、私に刃を向けてくる。

 その両手には、しっかりと刀を握りしめていた。

 一方の私も、鎌状の杖を構える。

 私たちは同時に攻撃を繰り出した。


【狩ノ一刀流・雪風巻ゆきしまき

【ダークネス・クレシエンテ】


 無数の白く細かい斬撃を、三日月の黒い大きな斬撃が打ち消した。

 私はいったん、鎌の形状を解除。

 がら空きとなった彼女のお腹に、杖の先端で突きをお見舞いする。


「ぐあっ」


 彼女の身体は遠くへと吹き飛んでいく。そこへ私は追撃を加える。


【ダークネス・レイン】


 上空に放った人の頭ほどの黒い球体から、線のような黒い雨が降り注ぐ。

 威力は高くないが、避けるのが困難な攻撃。確実に相手の体を蝕んでいく。

 彼女は白いキツネの姿に変化して、私の攻撃を必死で避けようとする。

 しかし、真っ白の毛並みは、徐々に赤黒く染まっていった。


 こちらが優勢で向こうが劣勢。それは誰が見ても明らかだった。

 彼女は言うまでもなく近距離攻撃がメイン。

 こちらに対して、有効な遠距離攻撃の手段を持ち合わせてはいない。


 白い斬撃を飛ばされたとしても無意味。

 距離によって威力の落ちた攻撃は、私の障壁の前では意味をなさない。


 一方で私は魔女、遠距離攻撃がメイン。

 お互いの位置が離れれば離れるほど、私にとって戦況は優位に働く。

 彼女もそれが分かっていた。

 だから無茶をしてでも、私との距離を詰めるしかない。


 向かってくる白い獣に対して、私は狩りを楽しむかのように、複数の闇の弾丸を放つ。


【ダークネス・ショット】


 数発かが、彼女の体をかすめる。


 彼女はやっと、私の間合いへと戻った。

 人の姿へと変化して、最後の一撃を繰り出す。

 彼女には後がなかった。

 互いに上位の技を解き放つ――。


【狩ノ一刀流・最終奥義・雪の果てゆきのはて

【テネブライ・ディザスター】


 相手との決別に使うはずだった彼女の攻撃は、不発に終わった。

 いや、私相手だと、自分が果てることで、別れは達成されるかもしれない。


 私の闇の攻撃で、彼女の刀は複数に折れていた。

 一方で私は無傷。

 彼女の攻撃は、私の杖に傷一つ付けることすらできなかった。


 完全なる決着。

 情けをかけたつもりはないけど、彼女の体は原形をとどめている。

 戦意は削いだ。

 あとは攻撃を仕掛けてきた真意を聞き出すだけだった。


「どうして、こんなことをしたの?」


 その場にへたり込む、彼女の頭上に、杖の先を向ける。

 答えによっては殺しも視野に入っている。

 まあ、大体はしかるべき所、異世界問題を管轄している裏の警察に、引き渡すことになると思うけど。


 彼女は沈黙を貫いていた。

 しかし、戦いの緊張が解けたからか、手からは先の折れた刀が滑り落ちる。

 さらに、私に向けて見上げた顔、その表情は徐々に崩れ始め、目元からはゆっくりと涙が浮かび上がってくる。


「うっ、うっ」


 あ、これはまずい……。

 そう気付いたところで、私には何もできなかった。

 他人の感情は、操作ができないのだから……。


「うわぁーーーん」


 彼女の自制心は崩壊していた。

 目からは大粒の涙が噴き出し、時折、それを手でゴシゴシとこすっている。

 元々持っている、可愛い顔が台無しだった。

 軽い泣き顔なら評価はプラスかもしれないけど、ここまで大きく泣かれるとマイナスへと転じる。


 私は、同性に泣かれるという状況に慣れていない。

 というか慣れたくもない!


『困る!』


 の一言。

 このままでは事情聴取もままならない。


「ちょ、ちょっと待って! まだ命を取ったりはしないから。だから、落ち着いて、ね?」


 私は必死で彼女をなだめようとする。

 えーと……、泣き止まして、心を落ち着かせて。

 それから、それから……。


 鳴き声の合間から、小さなつぶやきが聞こえてくる。

 彼女が何を言っているのか、あるいは何を伝えようとしているのか、私は全力で聞き耳を立てる。


「――魔女の女の子が見つかったのに」


 えっ? 魔女!? 私???


「――やっと私、VTuberデビューできたのに」


 魔女にVTuber、予想外の単語の連続に、私は困惑していた。

 特に後者は戦闘とは無関係の単語。

 一気に私のプライベートに踏み込まれた感じだった。


『いや、違う!!!』


 本当に踏み込まれている。侵略されている。

 色々な点が線でつながり、残されていた違和感が全て解決されていく。


〈黒星ステラ〉は〈魔女〉。

〈夜桜カレン〉は〈吸血鬼〉。


 じゃあ、もう一人の同期は?


 ――〈〉だ。


 二度あることは三度ある。

 最後の一人も、Vの設定がリアルと同じである可能性は十分にあった。

 目の前の女の子の声質、私には聞き覚えがある。


『やっぱり彼女なの?』


 清楚が売りの、真面目で努力家な、歌とゲームが得意な女の子。

 私は恐る恐る、彼女に尋ねてみる。


「もしかして……、狐守こもりはくあ、ちゃん?」

「――え、なんで私の名前を……」


 私は言葉が出てこなくて、呆然と立ち尽くす。


 知りたくなかった事実。

 私を取り巻く環境は、さらにややこしくなった。


 夜桜カレンを殺そうとした人物の正体。

〈ミスプロ〉の同期、【狐守はくあ】だった。

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