第5話 違和感と殺意

『まさか、同期だとは思わないじゃん……』


 私は心の中で、大きく呟いていた。


 しかも本物。吸血鬼はアニメなどでよく登場するキャラ。

 VTuberも例外ではなく、起用されやすい設定である。


 そして、事もあろうに事務所の同期だった。

 収録やオフコラボ前に私たちは出会ってしまったのだ。

 いつか真実を知ることになったとはいえ、初めてがこんな形とは……。


 極端な話、VTuberの仕事のほとんどが、家の中で完結すると言える。

 配信はもちろん、公式の収録も場合によってはリモートで可能。

 シチュエーションボイスの収録や楽曲のレコーディングも、環境が良ければ自宅でもできる。

(もちろんスタジオに比べて、品質は下がるけど)


 今日私は、収録のためにスタジオへと行ったが、希望をすれば自宅を選ぶこともできた。

 都心から遠い所に住んでいる先輩もいて、その先輩は打ち合わせや収録のほとんどをリモートで済ませていると、私のマネージャーさんは言っていた。


 というわけで、同期二人と、私はまだ会ったことがなかった。

 先輩たちとも、ほとんど面識がないと言える。

 むしろ配信者同士、会う方が珍しいまである。そういう人たちが配信者になるのでは?

 人見知りの私からすれば、会わなくていいのなら、無理に会う必要はない。


「もしかして、びっくりした?」

「あっ……、はい。すごく有名な方で驚きました……」


 びっくりしたのはそっちじゃないけど、とりあえず話を合わせておく。


 新人VTuber【夜桜よざくらカレン】。

 キャラクターの設定は吸血鬼。

 所属は〈ミスプロ〉内のグループの一つ、私とは別の〈アンダーグラウンド〉というところ。


 キャラの見た目は、金髪に赤いドレス、頭と背中に黒い羽(小と大でキャストオフ可能)。

 全身の所々に、血と桜をモチーフにしたアクセサリーを身につけている。

 イメージカラーは赤。新人三人で並んだときに、それぞれが目立つ色、被らない色に設定されていた(私は黒、もう一人は白)。


 配信の傾向は主に雑談と晩酌、夜明かしゲーム配信。

 吸血鬼の長寿設定を生かした、お悩み相談などもやっている。

 深夜ラジオ的な雰囲気で、なかなか好評だと耳にしていた。


 そして、夜桜カレンは昼間、絶対に配信を行わないのが特徴だった。

 必ず、日没以降に配信を始める。

 キャラクターの設定に忠実とも言えるし、中の人が完全な夜型で、設定を口実に不摂生を正当化しているとも、リスナーから言われていた。


 だけど、リアル吸血鬼だと分かると納得がいく。

 本当に昼がだめらしい。なるほどね……。


 そんな夜桜カレンは配信スタイルに偏りはあるけど、一部のリスナーからは人気を博していた。

 ガワは可愛いし(リアルと同じで胸も大きい)、声も今時の女子大生ぽくて元気になれる。

 仕事から帰ってきた男性社会人にとって、オアシス的な存在。

 配信時間も夜から深夜なので、遅くまで働いている人にも優しい。


 しかし、私から見て、不安な要素もあった……。

 最近、体調不良が続いていて、配信のリスケも多い。

 だから同期として、あとリーダーとして、ここは色々と探ってみた方がいいかもしれない……。


「ところであなた……」


 私が今後のVの活動について、色々と思いを巡らしていると、夜桜カレン(の中の人)は、さらに話しかけてくる。


「あなた、あたしと同じ配信者だよね?」

「ぎくっー」

「やっぱり!」


 やばい、ばれている!? 根掘り葉掘り聞きすぎた。

 あるいは配信機材に興味を持ちすぎたからかも。心当たりがありすぎる。

 この際、正体を明かした方がいいかも?


『実は私、黒星ステラです。まさかカレンちゃんだとは思わなかったよ』


 と自白する?


 別にやましいことは何一つない。

 いつか顔を合わせる予定だった。

 それが早まっただけ。


 いや、なんとなく今じゃない――、私はそんな気がした。

 これは切り札。適切なカミングアウトのタイミングが、まだ別にあるはず……。

 それに、同期には言いづらい話もしてくれるかもしれない。

 ここはもう少し正体を隠して、彼女から色々と聞き出してみよう。


「はい……、実は私も配信者をしていまして……」

「今度、コラボしようよ?」

「あっ、いや、私、あんまり人気がないので……」

「そんなの気にしないって!」

「あっ、あっ……」


 すごく優しい……(泣)。

 なお、人気がないのは、ある意味で嘘ではないよ……(血涙)。


 私、黒星ステラは、大手事務所に所属しているのもあって、業界の中では上の方かもしれない。

 しかし、〈ミスプロ〉のメンバーや夜桜カレンと比べると、明らかに下だった。


 夜桜カレンのチャンネル登録者数はたしか12万人。

 一方、黒星ステラは8万人。

 もう一人の同期、狐守こもりはくあは13万人。

 つまり、今期の新人、または〈ミスプロ〉内で、10万人に達していないのは私だけである。


 もし、私が個人Vだったら、〈ミスプロ〉のメンバーからのお誘い、喜んで受けるだろう。

 大手の人とコラボする。もっと多くの人に自分のチャンネルを知ってもらう絶好の機会となる。


 しかし、私も〈ミスメン〉(※ミスプロのメンバーのこと)。どやぁ……!

 リーダーの私が声をかければ、同期とのコラボの一つや二つ、すぐにできるはず?

(た、たぶん、で、できるよね……)


 というわけで――、


「そ、そういえばカレン……さんは、なんで貧血だったんですか? さっきから、とても気になっていて」


 コラボの話題は終わり。別の話題へと、強引に方向転換を試みる。


 でも、それも気になっているのは事実だった。むしろ私にとっては本題。

 どうして貧血になるまで、追い詰められていたのかなーって。

 事態も少し深刻化している。

 赤の他人だったらスルーしてもいいけど、同期だと判明したから。


 カレンさんの貧血と、夜桜カレンの体調不良、それが無関係だとはとても思えない。

 同期として、リーダーとして、知る権利はあるはず。


 私の疑問に対して、夜桜カレンは少しやつれた表情をしてみせた。


「実は……、普段利用している血液の定期便が止まっていて、かなり困っていたの」

「なるほど……」


 吸血鬼の食事情は分からないけど、宅食サービス(?)みたいなものがあるらしい。

 何かに登録して、お金を払って、合法的に血液を手に入れる。

 そのサービス(システム?)が今は止まっている感じだろうか?


「でも助かった~。血を提供してくれる優しい魔女さんが見つかって」

「別に少しぐらいなら」

「それにとてもおいしいし、魔素まそも多かったし、しばらくは大丈夫そう!」

「もうあげないからね!」


 カレンさんは、すぐに明るさを取り戻す。

 あと、物欲しそうに私の首筋を見るのはやめてください。

 今、この瞬間もだるいんですから。


 まあ、私の血で同期の体調が良くなるんだったら、トータルでプラスかな。

 同期の好調は、回りに回って自分にも影響を与える。

 そう自分に言い聞かせておくことにする。


「大丈夫だって! 実は今夜、特別に手配してくれるところが見つかって、そろそろ届くと思うから」

「それは良かったです」


 カレンさんは上機嫌に語っていた。


 私の血がなくても、別に大丈夫だったらしい。少し損をした気分になる。

 でも、同期の体調不良の原因が分かり、かつ、改善の見込みがあることも分かった。

 何だかんだでこのやり取りは無駄ではなかった気がする。


「あたしは風呂に入ってくるから。もし荷物が届いたら、受け取りはよろしく~」

「あっ、はい……」


 何か勝手に任されてしまった。


 私の抗議を聞くことはなく、カレンさん……、いや、カレンちゃんは部屋から出て行ってしまった。

 置き配じゃだめなのかな? だめだから私に頼んだ感じか。


 私は鞄の中からスマホを取り出しSNSを開く。

 カレンちゃんと会話をしていたのもあって、血を吸われてから、かなりの時間が経過していた。


 今日の配信予定時間には間に合いそうにない。体もまだ少しだるい……。

 急用が入ったことにして、ファンにはリスケを伝えよう。


 同期の体調は回復した。

 私の評判は少し下がった。

 はぁ……。


 それにしても――。


 私の頭の中で、何かが引っかかっていた。

 一つではない、複数の何かが。私は大事なことを見落としている。

 この違和感、経験上、すごくうやむやにしてはいけないもの。


『ピンポーン』


 そんな時、突然チャイムが家に鳴り響く。

 カレンちゃんはついさっき、風呂に行ったばかり。

 チャイムには私が出ないといけない。


 部屋を出て、まっすぐに玄関へと向かう。

 印鑑とか何も用意していないけど、たぶん大丈夫だろう。

 受け取るだけだし。

(普通の宅配便でもないし……)


 玄関のドアを開けると、一人の女の子が立っていた。

 普通の宅配員ではないし、何より普通の人間でもなかった。


 の女の子。


 私より少し背が低い――、と言った方がいいのだろうか?

 頭のつむじの高さは私の方が上。だけど、ふさふさの白い左右の大きな耳を合わせると彼女の方が上だ。


 彼女は、〈人〉と〈獣〉が合わさった種族。

 私やカレンちゃんとはまた別の世界の住人で、名を【獣人】という。

 吸血鬼に獣人、今日の私は色々とついている(?)らしい。


「こん~ばんは~、吸血鬼さん」


 どこか聞き覚えがある落ち着いた声で、彼女は話しかけてくる。

 軽く笑みも浮かべている。


 しかし、一瞬にして、その笑みは消え去った。

 背後から日本刀を取り出すと、瞬く間に鞘から刀身を引き抜く。

 急に変わる感情。恐ろしいほどの殺意を解き放つ。


「えっ!?」

「そして、さようなら」


 刀身は私の体まですぐに到達。

 その刃先はしっかりと私の首を捉えていた。

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