第3話 吸血鬼

 種族【吸血鬼】。

 人間の血が大好物な不老不死。

 事実かどうか分からないけど、一応弱点はあるみたい。

 それが魔女である私からの認識だった。


 吸血鬼に関して、私はあまり詳しくはない。

 そもそも出身の世界が違っている。

〈人間世界〉と〈魔法世界〉。それ以外の世界が存在することは知っている。

 だけど、その世界の詳細まで把握するのは難しい。


 だから、アニメや漫画などのフィクション、あるいはこの世界の伝承の範囲でしか、私は吸血鬼のことを知らなかった。

 周りの人間の知識と私の知識、あまり違いはないだろう。


 ただ、それを確かめるすべを、私は持っていた。

 それが周りの人間と私との違い。とても大きな差である。


 ちなみにだけど、外見からは一切、吸血鬼だと分からないと思う。

(まあ、当たり前か……)

 不良たちからの誘いを断るときに見せる、口元の八重歯が少し尖っているぐらいか?

 でも、それだけでは判断できない。


 一方で私は、しっかり吸血鬼だと認識できていた。

 これは人によると思うけど、


『女の子の皮を被った得体の知れない何か』


 私にはそう見えている。


 その得体の知れない何かを、私の経験というデータベースと照合すると、一致するのが吸血鬼だった。

 かなり自信あり! 驚異の一致率99%ぐらいかな。


 そんな本物の吸血鬼に対して、不良たちは喧嘩を売っている。


『あーあ、ご愁傷様……』


 と私は冷めた目で見ていた。


 吸血鬼の女の子は日本ここでは珍しい金髪。ミディアムロングに軽いウェーブが巻かれている。

 目、鼻、口――、顔のパーツの大きさ、バランスなども良く、吸血鬼なのに薄暗さは一切感じられない。

 その下、冬のコーデもよく似合っており、雑誌の読者モデルに選ばれても不思議ではなかった。


 さらに胸は大きく、女性であってもそこに目がいく。

(腰も細いに違いない!)

 全てが高水準。不良たちが声をかけるのも分かる気がする。


 不良たちの擁護終わり。

 今回は見なかったことにして、早く帰ろう。


 しかし、私は一つだけミスを犯していた。

 私のミス、それは――、


『あっ、吸血鬼……』


 と、つぶやいてしまったこと。

 そして、それを吸血鬼の女の子に聞かれてしまったこと。


「あれ? そこのあなた、あたしの正体が分かるんだ!」


 すごく離れていたのに何で? 地獄耳!?


 吸血鬼の女の子は同類を見つけたからか、満面の笑みで私を見つめてくる。

 不良たちも私をにらんでくる。

 女の子は助けを求め、それに私が応じた。そんな構図。

 つまり、私は女の子の援軍で不良たちの敵。なんで……。


 はぁ……、こうなったら仕方ない。

 面倒だし、適当に対処することにする。


「もう、探したんだよ。こんなところでいないで、早く行くよ!」


 私は吸血鬼の女の子に近づき、片方の手を握り、人混みのない方へと強引に引っ張っていく。

(さすが吸血鬼、体温が低い)

 当然、それを不良たちが許すわけがなく――。


「おい、ちょっと待て!」


 不良たちの一人が、私の肩を乱暴に掴んだ。

 その攻撃に対して、私は問答無用で足払いをかけた。

 ただし、足は使わない。手もほぼ使わない。指先で風の魔法を操り、男性の片足を脅かす。

 男性の体は簡単に倒れ、地面へと大きく背中をぶつけた。


「ぐあっ」

「な!? こいつ、よくも」


 別の男性が掴みかかってくる。仲間がやられたことに対しての反射的な行動。

 ただし、状況に対して理解が追いついていない。


 私は向かってきた男性に対して膝蹴り。一発でKO。

 男性の体が3メートルぐらい浮いた気がするけど、か弱い女の子がそんなことできるわけがない。見間違いだろう。


 そのまま、吸血鬼の女の子の手をいったん離し、残りの一人に近づき頭にデコピン。 

 魔力を込めていたので威力はそこそこ(※人間比)。

 やはり10メートルくらい吹っ飛んだ気がするけど、深く考えないことにした。


「とりあえず、ここから離れるよ」

「あ、うん……。そこまでやらなくてもいいのに」


 私は吸血鬼の女の子の手を再び握り、人混みのない方へと早足で歩き出す。

 ちなみにクレームは受け付けません。私が始めた物語ではないので。


       * * *


 人目のない所で、私たち二人は足を止めて休んでいた。

 ここまで来ればもう、聞かれてまずい話をしたとしても大丈夫だろう。


「助けてくれてありがと。吸血鬼だとすぐにばれたのには驚いたけど」

「別にいいよ。たいしたことはしていないし」


 補足事項として、私は人見知り、言い換えれば陰キャである。

 見ず知らずの人と話をするのは、少し緊張していた。


 私は〈人間世界この世界〉に友達がいない。

魔法世界前いた世界〉でも、いたとは言いがたい。むしろ

 対面で人と話さなくてもいい。ついでに群れなくてもいい。VTuberになった理由の一つである。


 さらに、今回は異世界人の吸血鬼。一般人とは勝手が違っている。

 何も起こらなければいいけど……。


 それは別として……、私には少し気になることがあった。

 このまま、すぐに彼女と別れても良かったんだけど、疑問を残したままでは少しモヤッとするので、一応ここで解決しておく。


「なんで不良たちを撃退しなかったの? その気になればミンチにもできたでしょ?」

「あ、それは……、少し貧血気味で。今はあまり血の力は使いたくないの」

「なるほどね」


 分かった(分かっていない)。

 つまり、私たち魔女でいう魔力不足。そういうことにしておこう。


「じゃあ、私はこれで。お互いに良い異世界ライフを……」

「ちょっと待って! あたしからも聞きたいことがあるの」

「はい?」


 今度は相手の番だった。

 こっちが吸血鬼に興味があるように、向こうも魔女に興味があるらしい。

 答えられる範囲ならなんでも。別に秘密にするようなことは何もないし……。


 彼女は私の目をじっと見つめてくる。

 背丈は私と同じぐらい。だから見上げたり、見下ろしたりすることはない。


 うん……。やっぱり彼女は贔屓目なしで可愛いと思う。

 年は20の私よりも少し上で、落ち着いた雰囲気をまとっていた。


 いや、違う……。冷静に考えて少しどころではない気がする。

 吸血鬼だから100とかいってそう。

 見た目は20ちょい。少しうらやましい。


 私は急に恥ずかしくなり、彼女から目をそらした。

 同じ女性なのに完全上位互換。

 私のスタイルやファッションもそんなに悪くないと思うんだけど、彼女の前では霞んでいた。


 彼女には、私が持っていない、人を引きつける力があった。

 その証拠に、私は目をそらしつつも、彼女のことを考えずにはいられなかった。

 百合とかレズとかではないんだけど、私の体は彼女を求めている。

 きっと生物の本能として、上位の存在に惹かれているのだろう。


 あとから思うと、この時点で私は気づくべきだった。

 気付けば私の目は、再び彼女の方を向いていた。


「あたしのこと、好き?」

「えっ!?」


 彼女は急にぶっ込んだ質問をしてきた。脈略のない質問。

 だけど、ぼんやりとしながらも、私は迷うことなく返事をしていた。


「はい……」


 と――。


「血が飲みたいの、可愛い女の子の新鮮な血が。それも魔女の」

「ふぇ?」


 彼女のお願いを無下にはできない。

 私にできることなら、なんでも、なんでも……。


 私の頭の中は彼女の瞳を通じて、真紅へと染め上げられていた。

 身体からだがふんわりと軽く、地に足が付いていない状態だった。


 そんな中、ほんの少しの理性、もう一人の私が、


『これは吸血鬼の【】の力! ステラ、早く逃げて!』


 と必死で叫んでいる。


 でも、時すでに遅かった。

 彼女に心惹かれた時点で、私の防御は完全に手薄となっていた。


「飲んでもいい?」

「痛いのは、いやっ……」


『こんなときだけ、がらにもない悲鳴を上げるなっ!』


「大丈夫、痛くないから」


 彼女に首筋を噛まれ、強い痛みが走る。


 最後まで抵抗を試みていた私が、


『この大嘘つき!!!!!』


 と文句を言っている。


 色々と大切なものを奪われているのをよそに、私は意識を失った。

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