あたいがつれていく

Karte.39 白昼夢

 ジョーカーの正体もわかり、認識の溝で埋めたような理解でしか確定しようがない事実ではあるが、それこそが人間ひとりひとりに見えている現実なのだと言われればそれまでだろう。


「元気だったか? 大学のほうは順調か?」


「おかげさまで。我生ちゃんには感謝してますぅ。我生ちゃんが居なかったら、あたいは単なる落ちこぼれだったんだから」


「何を言ってるんだ……落ちこぼれなんかじゃないさ。輝く場所を間違えていただけだ。今なら姉二人よりも優秀なんじゃないか??」


「そ、そうかなあ?」


「俺がお前をここまで成長させたとでも思っているのか? お前は初めからそれだけのポテンシャルを持っていたんだ。もっと自分に自信を持て」


「あ、ありがとう」


 久しぶりに会って早々に褒められるとは思っていなかったため、ルーシーは少し照れた表情を見せた。


「それはそうと随分と大層な立ち回りしてくれたじゃないか」


「ごめんねぇ。指示される前から知ってたの……茉莉ちゃんから助けを求められていたからね」


「やけに察しが良いなとは思っていたよ。大体のことは把握してるんだよな」


「茉莉ちゃんから聞いたのと、飛行機の待ち時間にジョーカーにも色々聞いたよ」


「なら話は早い……次の計画を企てよう」


「その前に……ついでにこれも見つけたの…」

 我生が話を進めようとすると腕輪が入ったジップ袋を、指先でつまんで持ち上げ、中身を見せるように振って見せた。


「これをどこで?」

「黒岩の研究室よ……それより二人とも聞いてるんでしょ? コソコソしてないで入っておいで」

 静かな音で扉を開けて景と瑠璃羽の二人が屈みながら入ってきた。

「お前ら……今日は帰れと言っただろ」

「いいわ……興味あるのよね。瑠璃羽ちゃんの家で話してたもんね」

「ジョーカーを通じて聞いていたんですね」

 瑠璃羽は物珍しそうに目を輝かせている。

「別に盗み聞きするつもりは無かったの。でも凄い興味深かったから。でも黒岩に聞かれたら勘付かれてたところだった」

「そこは上手くダミーと繋がらないように電波妨害したってわけか……それはそうとそれぞれに渡されたアクセサリー類は何を意味するんだ? 本当に単なる監視目的だけなのか?」

 我生は顎に手を当てて考え始めた。

「ジョーカーに聞いてみるのはどうですか」

 景も同じく興味津々に目を輝かせている。

「景くん名案ね! ジョーカー……それぞれのアクセサリーの意味を教えて」

「ソロモンの指輪・パンドラの匣・ブリーシンガルの首飾り・ドラウプニルの腕輪、それぞれが神話などをイメージして命名されたのだ。このアクセサリーは単独では確かに監視目的である。しかしすべてのアクセサリーを揃えると、監視システムとして作用していたときに流れる電波が我ジョーカーと共鳴しあって、失われた記憶を取り戻せる効果がある。それは時を経て黒岩が記憶を掘り起こし、患者を増やす駒として彼らを利用しようとしていたと思われる」

「すごい計画だったのね。我生ちゃん……これ逆に利用できないかしら?」

 ルーシーはお得意の前髪をくるくる指で回しながらニヤついた。

「どういうことだ?」

「実花っちに相談して記憶を取り戻した景くんたちをカウンセリングしてもらうの。そして謎を解いて……すべて終わらせる」

 くるくるしていた前髪をデコピンで強く弾いて革新的な笑みを浮かべた。

「ふっ……実花が嫌がりそうな案件だが、責任感はあるからやってくれると信じて……やってみるか? 思い出すということは苦しいかもしれないし、当然危険を伴うが二人はどうだ?」


「ぼくは構いません。ここまで来たならやるしかないですし」

「わたしも解決に導くなら覚悟します」


「そうか……今日は本当にこれで解散だ! カウンセリングに関してはまた報告する」


「わかりました」と言って皆は会議室を離れた。


 我生も残り仕事を終えて、真実の看護記録に目を通していると、ふとあることに気が付いた。

「昨夜一瞬だけ瞳孔の追視反応があった?  こんな不安定な反応はあり得ない。まるで意識があるような反応だな。この意識の変調……まさか?」

 そんなことを考えていると我生のスマホに着信があった。

「もしもし、茉莉さん?」

「夜遅くにすみません。先程はありがとうございます。伝え忘れたことを思い出しまして……わたくしも全てを知っているわけではないのですが、夢介さんから聞いた事実とわたくしの事実を元に、物語として成立するようプロットの段階でハコ書きという手法を取るんです」

「なるほど。今回の件を演目に込めたのなら、夢介さんは何かヒントを隠しているんじゃないかってことですね……」

 我生はスマホを握りしめる力が強くなり、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「真実さん演じるベニバナがアモンとの契約を経て願望を叶えていくうちに、今起きていることやこの世のすべてが夢なのか現実なのか分からなくなってしまうんです。そして……」

「そして……?」

「彼はアモンに悪だと思う感情を全て捧げるんです。するとアモンはその逆の感情を彼に与える……その与えられた感情は観客それぞれにどう見えるかと問いかける形で終わります」

「なるほど。では薬の開発者に関しては何か知っていますか?」

「夢介さんが関わっていた可能性はありますが……わたくしには教えてくれませんでした」

「ありがとうございました」

「こちらこそ突然すみませんでした」

 電話を切ってしばらく思考して話を組み立てるも我生には気がかりな点があった。

「ジョーカー……薬の開発者のことは知っているか?」

「薬の開発に携わった人間であるか。開発を命じたのは紛れもない黒岩純司で薬の開発のリーダーは藤藁夢介だ」

「では……? イーヴィルという薬の名前を考えたのは藤藁夢介か?」

「その通りだ。由来は【悪】という意味もあるが……」

 イーヴィルの由来を聞いた我生は飛び出すように部屋を出て真実の病室まで走った。


「きゃっ?! 我生そんなに急いでどうしたの?」

「実花……まだ残っていたのか! お前も付いてこい!!」

「えっ……う、うん」

 二人は急いで真実のいる集中治療室へと向かった。病室の扉を開けると看護師が点滴を変えているところだった。

「先生、ちょうど点滴を変えているところです」

 我生は少しばかり強引に点滴を確認して、看護師を睨みつけた。

「お前、いつからこれを……」

「どうしたんですか? そんな怖い顔して」「とぼけるな!」

 そう言って我生は幾つか繋いであるうちの中から看護師が変えに来た点滴のクランプを止めた。

 すると途端に意識レベルが急激に回復して真実は眼球運動をはじめ、自分からゆっくりと腰を上げて起き上がったのだ。

「どういうことよ?」

 実花は状況が理解できないままただ立ち尽くしている様子だ。

「ずっと何度も同じ夢を見ていた……森を彷徨っていると夢介さんが遠くのほうにいて、手を繋ごうとするんだ……すると何度も何度も解かれて……」

「真実、お前この二年間に体が動かなかっただけで意識や記憶はあったんじゃないか?」

「ああ、ずっと記憶はあったさ。夢なのか現実なのか区別がつかなかったが、実花が毎日のように来てくれて、我生が必死に治療に専念してくれていたことも朦朧としていたが覚えているよ」

「意識障害ではなく、抗てんかん薬の投与量を増やして、脳内の興奮と抑制のバランスが崩すことで、非けいれん性てんかんの状態を意図的に作り出していたんだ」

「あなた……二年前に私のところに呼びに来た看護師ね!」

「ごめんなさい! 説明通りにやっていただけで何も知らなかったんです!!」

 看護師は泣きながら二人に何度も何度も頭を深く下げて謝った。

「真実!!」

 感極まった実花は思わず飛び込むように真実を抱きしめた。

「おっと! ただいま実花」

「待った! 待ったよ!!」

 実花は歓喜の涙で喉を詰まらせるほどにむせび泣いた。

 しばらく我生が診療を施し、回復状況や今後の見込みなどを確認した。病室を出て病棟付近にある自動販売機コーナーに座っていた実花に話しかけた。

「どうやら、現状では上半身だけが回復しているようだな……しばらくは車椅子などで少しずつリハビリなどを重ねていけば回復も見込めるかもしれない」

「ありがとう……よかった」

 診療の結果を聞いて、実花は安堵の表情へと変わった。

「でも、どうして気が付いたの?」

「茉莉さんと夢介さんは演目にして今回の件を伝えようとしていた……演目ではアモンとの契約を経て願望を叶えていくうちに、今起きていることやこの世のすべてが夢なのか現実なのか分からなくなって、悪だと思う感情を全て捧げてしまい、アモンはその逆の感情を彼に与える……その与えられた感情は観客それぞれにどう見えるかと問いかける形で終わるらしい」

「それがどう関係しているの?」

「ああ。そしてジョーカーにイーヴィルの意味を聞いてみたら、夢介さんが名付けたらしいが……【悪】を意味する【EVIL】を逆から読むと?」

「LIVE……?」

「そうだそうだ……もっとくれ……毒素は俺の薬となる」

「真実が入り込むのに躓いてた演目のセリフね」

「すべての物質は毒であり、毒ではない物はない。容量が毒かどうかを決める……Byパラケルスス」

 実花は温かいペットボトルの紅茶を飲んでいたが、握りしめながら強く震え上がる。

「投与量を止めるという逆の発想にというギミックが隠されていた?」

「そういうことだ。夢介さんが事故を予見していたとは思えないが、命を狙われていることには気が付いていた。常に逆の発想を持てというメッセージを込めていたってことだ」

「やっぱり作家の考えることは一枚上手ね」

「薬の段階からすでに、偽薬として仕込ませて考えられていたんだな」

「茉莉さんを関係者にしないためにも、夢介さんはギリギリまで関係者として活動していたのね」

「そういうことだ……すべては黒岩の陰謀を阻止するために、薬の開発から演目やジョーカーに刷り込ませるところまで出来る限りやっていたんだな」

「本当に私たちの為だけではなくなったわね……あれ? でもAIであるジョーカーに教え込ませることは出来ないんじゃ……」

「おそらく端末内にルールを書き込んだんだ。Aと質問したらBと答えてくださいって……」

「なるほどね」

「それとひとつ提案があるんだ」

 我生はカウンセリングの話を一通り話した。

「かなり危険なことではあるけれど……解決に導くならやってみるわ」

「そう言ってくれると思っていた。慎重に計画を立てよう」

「頭使って疲れたわね。今日はもう安心して帰りましょうか」

 そうして二人は病院をあとにしたのだった。

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