Karte.38 HALLUCINATION
実花……
「まずは私からいいかしら? ジョーカー……アナタの目的は何?」
「我の目的であるか。元来、黒岩純司によって作られた表向きのHASシステムの目的は精神疾患を判定し、患者を救うという医療用AIであった。しかし、我は裏コードによって切り替わったジョーカーである。我の真の目的は、その純粋な目的から大きく歪められたのだ。我の存在意義は、精神疾患のある患者を炙り出し、入院患者を増やすという病院が利益を得るための非道な計画、すなわち闇のシステムを構築し、稼働させることにあったのだ。それこそが、開発者たる黒岩純司によって我に与えられた真の目的である」
「質問を続けるわ。与里道真実を追い込んだのは貴方?」
「交通事故を誘発した直接的な原因は、我ではない。その人物は、ほかならぬ開発者である黒岩の人格のほうのジョーカーである。真実が藤藁夢介の助手席に乗っていたとき、ラジオをジャックし運転技術を誤らせる不快なノイズを流して、事故を引き起こさせた」
「許せない……目的は何?」
「交通事故を引き起こさせた目的は藤藁夢介を抹殺するためだったのだ。黒岩は藤藁夢介の動向を追った。そしてたどり着いた人間たちを盗撮・監視したのだよ。覚えがないか? 実花には黒岩よりプレゼントされたノートパソコン、我生には連絡用のスマートフォン、茉莉には時限装置テロメア、景にはパンドラの匣、瑠璃羽にはブリーシンガルの首飾り、真実にはソロモンの指輪、それぞれが監視や盗聴できる役割を果たしているのだ。黒岩にも我にも筒抜けだったのだよ。我がStorytellerだと称したのもそういうことだ」
「え!? このパソコンにそんなものが仕掛けられていたの? たまに持ち出しちゃってたけど病院用にしていて良かった……」
瑠璃羽……
「今度はわたしから良いですか? 盗聴や盗撮の話だけど、景くんや真実さんとわたしはどんなルートでそれを渡されたんですか? お互いの記憶が曖昧で一致しないんです」
「瑠璃羽の自宅で景と二人きりで話していたそれぞれの記憶が、誰から貰ったのかが曖昧だという話だな。君たちは人体実験の被験者でもあるのだよ。黒岩が真実、明快、景、瑠璃羽、それぞれを被験者として入院させた。順を追って話そう。まずは真実だが、彼は精神疾患の患者を集める人材として利用された。【脳細胞を操ることでヒトは幻覚を見るのか】幻覚を司る脳の部位である視覚野、側頭葉に直接、特定の周波数の波動を送り込み、異常な電気信号を強制的に発生させる。これにより、視覚入力がないのに見えていると脳に錯覚させたようだ」
「そんなこと出来るの?」
「俺が大学にいた頃に聞いたことはある。幻覚を発生させるメカニズムの研究は実際に進められてはいる。だが、現代の科学技術では実現不可能だと思っていたが……」
「もう少しくわしく続きを教えてください」
「それにより彼はヘヴンという幻覚を見たのだろう。景のエデン、瑠璃羽のアビスも同様の波動を操作することで見ている幻覚なのだろうと推測する。ただ君たちには精神疾患があるため、見え方にも個人差があって瑠璃羽は常にアビスが見えていたりするのではないだろうか。そもそもその実験が成功したのかどうかすら解らない……君たちは実験の一因で見えているのか、そもそも疾患による幻覚なのかを判断することは出来ないのである。景と瑠璃羽が多元宇宙論を使って面白い仮説を立てたな。見事だったよ……正にその通り、それぞれの脳内で処理された想像と現実が交差した創造なのであって他人の脳内に関与することは出来ない以上は確かめようが無いのである。話を監視システムを渡されたルートに戻すが、その入院時に景や真実は薬も同時に貰っていて、その監視システムが幻覚を見せるトリガーになっていたのだよ。だから君たちは貰った場所をヘヴンやエデンに出会った日だと錯覚していたのだろう。そして恐らく入院時の前後の記憶が曖昧になっているため、ルーシーとの出会いを覚えていないのだろう」
明快……
「じゃあ、オレからもいいです? 被験者とやらにオレも入っているようだが、あの連れ去られたときに何かあったってことですか?」
「その通りだ。君がスラサクス教会に母親を助けに行ったとき、黒岩の指示で病院に運び込まれたのだよ。しかし、君だけは他の誰よりも抵抗したためか或いは疾患が見受けられなかったからか、対象として除外され返されたのだ。だから君だけは監視下に無かった」
「スラサクス教会って何なんだ? 今回の一件のために作られた宗教なんですか?」
「いや、実際には存在していて単なる利用された宗教である。Sという頭文字なのが丁度よかっただけだ。Project.SがスラサクスのSではなく、景と瑠璃羽が言及していたエントロピーを意味するSであることを隠す必要があった」
景……
「ぼくからもいいですか? エデンがこの世の悪魔と呼んでいた精神疾患を蒐集すると言っていたのは?」
「それは不安や幻聴を引き起こしている脳の異常なガンマ波やシータ波の周波数の乱れを一時的に抑制または調律する逆位相の超音波をパンドラの匣やソロモンの指輪から流すことで、治ったと錯覚させる仕組みだ。時間が経ち超音波の効果が切れると、脳は元の異常な周波数に戻ろうとし、激しい反動から症状が悪化する。それにより入院患者も増えていく仕組みだよ。景も真実も同じ仕組みで患者を集めていたということになるのだ。それも先程の幻覚の説明と同様にその超音波を使った方法が効果をもたらしてのことなのかということは実際に脳波を見たわけではないのであくまで仮説であるとして言及するとしよう」
「薬の正体について教えてください」
「それについてはおそらく既に我生が調べているであろう」
我生……
「薬については説明は俺がするとして……俺からもいいか? 大体わかったが、AIであるジョーカーは信じていいんだな?」
「信じるか信じないかは君たちの脳に聞いてくれ」
「それともう一つ……お前には学習能力はあるのか? 開発者以外の人間が手を加えることは出来るのか?」
「現状ではどのAIも開発者以外の人間が手を加えるということは不可能であるとされている。それは集団洗脳などのヘイト行為を抑制するためや、誤情報として読み込まないためリアルタイムで教え込んだことを学習することはないのだ。そこが唯一人間の脳との違いでもある」
「みんな、粗方聞きたいことは聞けたか? 今後、ジョーカーは俺たちの手に回る。知りたいことがあったらあとから聞くことも出来るだろう。景くんの薬の件は調べがついたんだ」
「どうだったの? 今の話を聞くと幻覚であってそれすらも仮説であるとなると余計に薬がなんなのか分からないのよね」
実花の反応に賛同するように全員が同時に唾を飲み込んだと感じるほどに我生の答えに注力した。
「そう……そのなんなのか分からないが正に俺が結果を聞かされたときに思ったことだ。薬は単なるデンプンだった」
「何よ……それって、
「そうだ。ジョーカーに質問したときに返答があった【脳細胞を操ることでヒトは幻覚を見るのか】にも通ずるものがあるのだが、偽薬を薬だと信じ込ませた結果なのか……幻覚ならそれを利用したものなのか……今は概念でしか語ることが出来ないんだ」
「何よそれ? 謎が解けたのか解けていないのか分からずってことよね」
「とりあえず麻薬など違法性のあるものではなくシロだったことは安心出来た」
「そうね……よかった」
「ジョーカーがこっちの手に回った以上、これからも引き続き解明は続くだろう。今日は色々話も聞かされてみんなも疲れただろう? 頭も整理出来ないことが多いだろうし今日のところは一旦解散しよう」
「はい……」
みんな少し心残りある返事にも思えたが、頭が整理出来ていないというのも事実だろう。
「それと……それぞれ監視システムとなっていた物を置いていってくれ」
全員が我生の指示に素直に従った。黒岩に聞かれることは無くなったのだが、何よりも監視されていたということが少し怖かったのだろう。
各々が「失礼します」と言ったお辞儀を済ませ会議室を後にした。
「ルーシーお前は残れ。聞きたいことがたっぷりあるからな」
「ギクッ!! 我生ちゃん怒ってる? あたいが先回りしたから今回の件は……」
「いいから残れ」
「はぁ〜い」
ルーシーは眉間にシワを寄せて口をぷくっと膨らませながら渋々返事をした。
※D.N.A-ヴィラン外伝「金多晴夏編」因果のPARADOX参照
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