Karte30 Scheme

 明快は今まで景たちにすら、細かく話したことが無かった過去を明かす。普段の明快からは、あまり見ることの無い辛そうな表情が感じ取れた。


「話してくれてありがとう。スラサクス協会にハデス……関係はありそうね。我生と組み立てて、今回の件をなんとか収束させるわ」


「とりあえず、もう下校の時刻は過ぎている。今日はみんな家に帰るといい。この件は、必ず俺たちが何とかする」


 みんな静かに頷いたが、黙っているのは各々に思い思いの胸の内があるからだろう。

 明快はいつになく食いしばった表情だ。


「明快くん……そんなことがあったんだね」

 心配そうに声をかけたのは瑠璃羽だった。心の声が聞こえなかった意味が、今なら分かる気がしたのだ。

 負の感情を押し殺し、自らを否定してネガティブな感情を打ち消していただけなのかもしれない。


「大丈夫だ! 実花さんと我生さんなら、しっかり調べてくれそうだし!」

 切り返しが早いというべきなのか、性格でもあるとは思うが、明快は自分の太腿をパンッ! と叩き、正面を向いて笑顔を見せた。


 景はおおよそ人が見つめる視線とは違い、どこを見ているのかさえ分からない一点を見据えて、何を考えいるのか解らない表情をしていた。


「景くん、貴方はエデンとは接触しちゃ駄目よ。薬のことは調べておくから」

「は、はい」


「瑠璃羽ちゃんも話は聞くから、いつでも相談してね」

「はい! ありがとうございます」


 そうして、ひとりひとり保健室をあとにした。


「最後は……零花、色々聞いてつらかった?」

「うん。あたし近くにいながら、景のことも明快や瑠璃羽ちゃんのことも、何も気付いてあげられなかった。真実さんのことも少しでも変化に気付けたら……」


 零花は元気な子ではあるが、すごく繊細で気遣いのある優しい子だからこそ、こういった時に落胆してしまう。


「大丈夫。零花はその優しさを大事にしなさい。ちゃんとみんなの心に寄り添って、助けになっているはずよ」

「ありがとう……」

 零花は哀しげに肩を落としていたが、実花の言葉を落とし込み、自然と頬を滑る涙を流しながら微笑んだ。


「今日は家来る? お母さんには私から話しておくから」

「う、うん!」

「じゃ、私たちも帰りますか」

 実花の相変わらずな人想いの優しさに、我生も「ふっ」と微笑んだ。



「家まで送ってくれ」

「はいはい。どのみち足が無いでしょ」

そうして全員が保健室を出ようとした時、我生は机の上に置かれていた新聞の地域欄にふと目が行った。

「おい! ちょっと待て……これ見てみろ」

そう言って、新聞を手に取り地域欄の記事を指差した。




――――――――――――

【劇作家・八舞士郎氏にゴーストライター疑惑浮上 二年前の不慮の事故との関連も波紋】


二年前の四月十二日、皇海峠すかいとうげで交通事故により逝去した劇作家であり、劇団リメンシ(現在は休団中)の代表を務めていた八舞士郎やまいしろう氏(享年45、本名・藤藁夢介ふじわらゆめすけ)に、生前ゴーストライターの存在があったとする疑惑が浮上した。

この衝撃的な情報は、当時を知る匿名の関係者によって明かされた。関係者によると、八舞氏とは別に脚本を担当する人物が存在し、両者が複数回にわたり連絡を取り合っている様子が目撃されていたという。

現時点では、このゴーストライター疑惑が八舞氏の事故と直接的な関係があるかは不明である。しかしながら、事故現場は見通しの良い直線道路でありながら単独事故として処理され、当時からその経緯には疑問の声が上がっていた。今回の疑惑浮上は、この不可解な事故の真相解明に新たな波紋を広げる可能性を秘めている。

劇団リメンシは、八舞氏の死後、活動を休止している。今回の報道を受け、劇団関係者や演劇界からは困惑と真相究明を求める声が上がることが予想される。

警察当局は、この新たな情報を受けて再捜査を行うのか、今後の動向が注目される。



――――――――――――


「何よこれ……?」

「もし本当だとしたら……あの台本を書いた人間が別にいるってことだな」

「気になる台本とのリンク……突き止めれば、その謎が解けるかもしれないわね」

 二人は目を合わせて頷いた。

「もう一度、現場を見に行かないか?」

「えっ? 嫌よ、あの峠は複雑すぎて……通らなくても迂回すれば帰れるのに」

 地元の人間でも、運転に慣れていない人間は避けて通るし、遠回りにはなるが、今は別の道を使っても行けるように整備されているため、通る人は少なくなった峠道だ。

「運転は俺がする。あの峠は昔よく走っていたからな。アスファルトの亀裂まで記憶していたほどだ……零花ちゃんにも付き合ってもらうことになるが……」

「あたしは構いません。重要な手がかりが見つかるかもしれませんしね」

「頭◯字Dみたいなことやってたヤンチャ時代ね」

「ただの憂さ晴らしで走っていただけだ」

そうして三人は、峠道へと向かった。


「ここだな。このあと連続ヘアピンのような急コーナーが続くが、ここは唯一の長い直線で見渡しも良いはずなんだ……」

 車を停められるスペースに駐車して三人は現場を見渡した。

 道幅はすれ違うほどには十分にあって、所々に木は茂っているものの、それほどに谷が深いわけでもなく、木々の隙間から町の景色が見え隠れしている。下りではあるがそこまで急勾配でもない普通の道だ。

「ここで横転による単独事故ってのが、どうも引っかかるのよね。」

「動物が飛び出してきたとか?」

「確かに冬眠から目覚める時期ではあったが、風速から考えて、動物を避けたくらいで横転するだろうか」

 二人にはどうも、単独の横転事故というのが、今も納得出来ないらしい。

「今日はこれくらいにして、お家ですき焼きにでもしましょ! 我生も来るでしょ?」

「俺は……別に……」

「何言ってるの? どうせひとりで食べるんだし、たまには良いじゃない」

 実花は背中を押すように、無理矢理に我生を車に乗せて、家までの道のりを走らせた。




――――――――――――

 実花の家にやってきて、三人は鍋を囲んでいる。


「我生さん、ご結婚はされないんですか?」

 零花は、他愛もない会話をしていた中で、ド直球な質問をする。

「あ、ダメダメ! この人は結婚に興味無いのよ! メリットがどうのとか言って……」

「ま、こう見えて忙しいからな。相手にも迷惑をかけるだろうし」

「モテるとは思うのにねぇ……」

「そうですよ! 生徒のみんなもイケメンって騒いでましたよ」

 二人は鎌をかけるが、淡々と食べすすめるだけで話には動じず、仕事柄なのかスマホを机に置いて、返信なども器用にこなしながら食事をしている。

「それより、零花ちゃんは、景くんのことどう思っているんだ?」

「それ! 私も気になる! やっぱり好きなの?」


 我生は話をすり替えるように、零花と景の関係性について触れた。実花も話に乗っかってくるあたり、おそらく身内のお節介というやつだろう。


「あたし……わからないんです。好きなのかどうか」

「どういうこと?」

「景はすごく優しくて、気にはなるんだけど? 何を考えているか分からないというか……景だけにしか見えていない世界があるような気がして、時々それが怖いとさえ思う」


 食べ進めている箸を止め、零花は不安そうに下を向いた。


「精神科医の観点から言わせてもらうとね、それぞれに見えている世界はみんな違うのよ。だから好きになるものも違えば、好きなものが同じでも意見が合わないこともある」


「それだけなら良いんだけど……あたしには付いて行けない世界がある気がして……」


「付いていく必要なんて無いんじゃない? 違うと思う考えに、共感や理解を示す必要なんて無いじゃない。繋がっているところで繋がっていれば……少なくとも、私と真実はそれを意識しているつもりよ。それでも、そばにいたいと思えるかどうかを考えてみれば良いと思う」


 飲み物を飲みながら黙って頷いていた我生も、コップをそっと置き話に加担した。


「人の見えている視点に、他人はどう頑張っても合わせることは出来ない。この話は次回また学校で公演があったら話そうと思う」


「聞きたいです! 今回の公演すごく興味深い内容だったので!」


 スマホを見て、我生の顔が少し変わる。


「おっと、悪いが俺はもう帰るよ。明日も忙しいんでね」


「あらそう! 呼び止めて悪かったわね。たまには良いでしょ? みんなでご飯」

「我生さん! ありがとうございました」


 颯爽と準備をして、我生は帰っていった。

 そのあとも、実花と零花は女子トークを繰り広げ盛り上がったようだ。

 後片付けも二人で済ませて、寝支度の準備をしていたとき、ふと実花は思った。


「あれ? 我生って明日当番お休みなはずじゃ?」

「我生さんって、いつも忙しそうにしてますよね」

「仕事じゃなくても忙しいか……いや、でも怪しい」

「実花姉ちゃん?」

 女の勘というのだろうか。何かを感じた実花だった。

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