第5話 フィードバック

 理性を失ったブレイズボアは、執拗に師匠を狙い続けた。しかし、まだまだ未熟な私でも平常時の攻撃を回避してのけたのだから、私以上に軽装故に回避が得意な師匠に当たるはずもなく。

「そらそらそらぁッ!」

 というか単純に師匠の攻撃が止まらない。頭に拳を打ち続けたかと思えば鼻先を掴んで膝蹴り、肘打ち、離れたかと思えば牙を掴んでくるっと回転蹴り、反動を利用して飛び上がって脳天に踵落とし。無理やりブレイズボアが反撃しようと体当たりをすれば受け流されつつ顔面を打たれ、バランスを崩したところに重い蹴りが刺さる。

 熟練の格闘士は対人戦PvP一対一タイマンで最強なんだぜ、と前に酔った師匠が豪語していたのを思い出す。その時は適当に聞き流していたのだけれど、目の前で繰り広げられているラッシュを見れば、その理由は明らかだった。今回は相手が人間じゃなくて魔物だけれど、反撃の隙が全く無くて、動きが読めないから流れを変えることもできない。

 唯一逃れる術があるとしたら、一旦距離を取って仕切り直すことだけれど……師匠が圧倒している間に、私は両手剣を大きく振りかぶる。非常に隙だらけな構えだけれど、正面でこれだけの攻撃を受けていながら背後にまで気を配れる者は多くないし、ブレイズボアは真後ろに攻撃をする手段を持ち合わせていない。つまり、安全に狙いを定められるということ。

「せい……りゃあっ!」

 遠心力と重力で加速した鋭い一撃は、引き締まったブレイズボアの脚の筋肉を切り裂いて、その機動力を大きく削いだ。骨に当たっていたら私の膂力じゃ弾かれてしまっていたかもしれないけれど、うまく軌道調整できたようだ。

 まともな身動きも取れなくなったブレイズボアは、最後の抵抗として炎を吹き上げ、まとわりつく敵たちを追い払おうとした。だけど、その炎は最初に出会った時よりずっと弱々しくて、吸魔石がなくても問題なさそうなくらいだ。

「サミダレ、とどめは任せるぜ!」

 師匠が鉤爪をブレイズボアの脳天に刺し、雷撃を流して麻痺させる。子供とは違って頭蓋骨が厚かったからなのか単純に頑丈だからなのか、親はそれだけでは倒れないようだけれど、完全に動きが止まる。

 私はブレイズボアの背後から前面に回りこみ、その首に向けて大剣に遠心力をかけて振り回す。師匠が猪の鼻先を蹴って飛び退いたところに、身動きの取れない無防備な図体へと断頭台ギロチンの刃を振り下ろした。



「ブレイズボアから手に入る素材は、結構優秀でな」

 戦闘が終わった後、ブレイズボアの死体から皮を剥ぎながら師匠が言った。

「まず、体表に分泌されてる脂は燃料として非常に有用で、良く燃えるし長く燃える。ランプ用の油としても使えるし、ちと獣臭いが料理にも使えるぞ。

 それからこいつの皮は炎じゃ燃えないから、耐火性の高い防具に使える。牙も結構硬いから、細工品やナイフにも加工できるな」

「へぇー……」

 吸魔石を削っていたときと同様に、師匠の武骨な手は正確かつ繊細に皮を切り取っていく。素人目で見てもかなり早く処理しているのがわかるけれど、それでも石と比べればブレイズボアはとても大きいため、倒し終わってから結構な時間がかかっていた。

 空はだんだん暗くなってきて、気温も少しずつ下がり始めている。真っ暗になってしまう前に、焚き火の準備のために薪になりそうな木を拾い集めておこう。

「大人の個体には言えたことだが……子供の方はいかんせん未熟であまり使えるものは多くないか。ただ、肉の柔らかさは子供の方が上っぽそうだな」

 血を払い落としながら獲りたての粗皮を油紙の上に広げて、師匠が皮切り用のナイフから解体用のナタに持ち変える。よく研がれた刃先を肉に突き立ててすっと開くと、まだ温かい体内から血と湯気が立ち昇った。

 ……そこまで見届けたところで少し気持ち悪くなって、私は顔を背けた。戦っている最中は気持ちが昂ぶっていたりそんな余裕がないから大丈夫なのだけれど、落ち着いている時は、まだまだこういう光景を直視していられないや。

「あんまり無理はするなよ。解体は最悪他の誰かに任せてりゃいいんだ」

「でも……」

「何度でも言うが、人には人のペースがあるんだ。お前なりにこの世界に慣れていってる、しっかり成長してるってのは俺が保証する。

 焦らなくていい」

 師匠は優しい言葉を掛けてくれるけど、私だって解体くらいできないと困る。せめて貢献をとこうして薪集めはしているけれど、後始末をいつまでも師匠に全部任せっきりっていうのも良くないし、早いとこ慣れてしまいたい。

「ま、俺が解体を担当してるのは、皮とかを素材にする時の処理を雑にやられたくないからだけどな」

 苦笑いしているようなトーンで、師匠がそっと呟く。聞こえなかったふりをして、私は気持ちを切り替えようと声を上げた。

「それより、今回の戦闘の評価をお願いします。師匠から見てどうでした?」

「んー、そうだなぁ……」

 肉を捌く手を止めて、師匠が少し唸る。しばらく考えた後、鞄から香草を取り出して肉に擦り込みながら、師匠が再び口を開いた。

「まあ、最初の接敵で相手に先手を取られたのは痛かったな。とはいえ、ありゃ不慮の事故みたいなもんだし、しゃーねえ。

 むしろその状況からの撤退判断の早さと、それから逃げながらでも相手をしっかり観察していた点。全体を通して見てもここが非常に良かったと思うぜ」

 あと言われなくても牽制と足止めしてたしな、と親指を立ててハンドサインを送ってくれた。

「逃げてたとこが、良かったんですか?」

「そうだ。ただ逃げるだけじゃなくて、きちんと情報を得て、かつそれを持ち帰ったことが良かった。

 例えば、もし今回、ブレイズボアの大きさの違いについてサミダレが見てなかったら、作戦はどうなっていた?」

「ええと……」

 私は想像する。相手は三体で、こっちは二人。一対一であれだけ苦戦した相手なら、私が三体も同時に相手するのはまず不可能だし、いかに師匠とてタフなブレイズボアを奇襲だけで仕留めるのも厳しいだろう。それに好き勝手にかつ今回の倍以上の火球が飛んでくるのだから、吸魔石を持っていても大きな痛手を負ってしまうし、最悪死んでしまっていた。

 そんな状況を想定したら、私も師匠も迷わず撤退を選ぶだろう。討伐依頼としては失敗だ。

「相手の戦力を正しく測ることができたから、再戦することを選べたし、勝利した。情報戦ってやつだな」

 だんだん日が陰ってきて暗くなってきて、手元が見えづらくなってくる。私が集めた木の枝の山に、師匠が赤々と輝く吸魔石ーー私が持っていた、ブレイズボアの火球を吸収したやつだーーを掲げると、石から炎が噴射されて、木の枝に着火して焚き火を作り出した。なるほど、便利なライター。

「異世界人の中には、死んでも復活できるからと死を前提に戦って、そんでから対策を考える、なんてやつもいるが……俺はそのやり方が良いとは思わん。

 きちんと生きて帰って、それから勝つ方法を考える。そっちのがいちいち蘇生先から移動する手間も時間も省けるし、一回の戦いで相手をよく見る癖がつく。相手をよく見ていれば、対策も立てやすいし、相手が何をしてくるかもわかるようになって、どんどん倒しやすくなる。

 ……だから、俺は絶対に死なないように立ち回るし、弟子のお前にもそれを求めてる」

 出来上がった焚き火の両脇に支柱を立てて、インベントリから取り出した大きなお鍋を吊るしながら棒を渡すと、あっという間に簡易コンロの完成だ。そしてお鍋にさっき香草を擦り込んだお肉を焼けば……

「新鮮な猪肉バーベキュー!」

「おい弟子、師匠の良い話ちゃんと聞いてたか?」

 師匠は別の肉の解体を始めてしまったので、やることのない私は木の枝を剥いて肉を刺し、焚き火の回りに並べて追加で串焼きを作ってみることにした。ブレイズボアの肉って火、通るのかなぁ。でもお鍋で煮込んでるし、多分大丈夫かな?

「というか解体は見れねぇのに料理なら平気なの、よくわからん」

「命だったものとお肉は認識が別じゃないですかぁ」

 師匠が訝しげに尻尾を揺らす。きっと私がグロテスクなものに耐性を得るまで、この現象はわかり合えないだろう……。

「何の話だったか。ああ思い出した、戦闘評価だ。

 あとブレイズボアの背後取った時、真っ先に脚狙って敵の弱体化から始めたの、すげー助かった。自分が火力を出すことにこだわらず、仲間のサポートもしながら戦えるようになると、パーティーの安定感が増すからな。どんどんやっていけ」

 解体し終わったナイフの血を適当な布で拭って、師匠が肩越しに私を見る。

「まあそんなわけで、今回の評価は『優秀』だ。

 おつかれさん、いい時間だし肉が焼けたら祝杯といこうぜ」

「はいっ!」

 勢いよく返事をして、私はインベントリからちょっと小さめな水筒を取り出す。中身は普通のぶどうジュースだけど、ちょっと嬉しいことがあったときに飲めば、特別っぽい雰囲気が出せる。

 程なく、肉の焼ける良い匂いが辺りに漂い始める。頃合いを見てかぶりつけば、きっとジューシーな肉に舌鼓を打つことになるだろう。師匠も匂いにつられたのか、いつのまにか作業を止めて焚き火の周りでスタンバイしている。

 私の異世界生活は、まだまだ始まったばかりで、そしてこれからも続いていく。明日の冒険がどんなものになるのかはわからないけれど、とりあえず今日の串焼きは震えるほど美味しかった、とだけ述べておこう。



【素材】

 魔物の死体からは、強力な性質を帯びている素材が手に入る。それらは基本的にその魔物が生前に有していた性質であり、猛炎猪ブレイズボアなら耐火性、凍原巨狼ダイアウルフなら保温性などが挙げられる。

 これら特殊な素材を用いて製作された武具もまた、その性質を帯びる。かつ、これらの性質は多くは共存可能であり、例えばブレイズボアの皮革とダイアウルフの毛皮を用いたファーコートは猛暑にも寒冷にも強く、ミッド・ガラリア全土で人気のファッションアイテムとなっている。

 様々な魔物が持っていた性質を多数付与された武具は、神器アーティファクトと呼ばれ珍重される。理論上では、ただ様々な魔物の素材を組み合わせて武具を作製すれば神器になると考えられているが、実際にそれを試みた場合、多くが失敗に終わっている。その理由が何によるものかは研究者の間でも様々な仮説が立っているが、最も有力なものでは、相性の悪い性質同士を安易に複合させると性質が打ち消し合ってしまうため、うまく性質同士を共存させることができるよう素材配置の見極めが必要になる、と考えられている。

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ゲーム風異世界に来たエルフっ娘私、バトルも異世界ライフも頑張るぞー!(読切用) 鉛筆のミヨシノ @PencilMiyoshino

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