第3話 作戦会議

「さて、対策も立てたことだし、改めて作戦を練るぞ」

 師匠は今度はインベントリから、おはじきみたいな色付きの半透明の石を取り出す。立ち回りなんかの説明に師匠がよく使っている、マーカーがわりの小石だ。

 ちなみに以前、このマーカーも宝石や鉱石なのかと聞いたら、単に若干魔力を込めて色をつけただけの石ころで価値はないぜ、と説明された。でもそのあと別の人に聞いたら、石自体はそうでも、作るのに使われた職人の腕が良いから、結構な値が付くだろうねぇ、とコメントされたっけ。

 まあそれはさておき。師匠は白と青色の二つの石を固めて置き、少し離れた所に赤と橙と黄色の三つの石を並べた。前者が師匠と私で、後者はブレイズボアたちを指す。

「まず、ブレイズボアたちを見て気付いたことはあるか?」

「ええと……」

 私は少し前の、観察していたときから逃げている時までの記憶を思い返す。

「たしか火の球を投げかけてきてたのは、いつも先頭の一体だけだった気がします。後ろのは飛ばしてきませんでした」

「そうだな。火球の数が少なかったおかげで、射線を切りながら逃げ切れた。

 あの手の『飛ばしてぶつける』魔法は相手を見ながら使わないと当てるのが難しいから、他の二体は誤射を恐れて使わなかったのかもしれん」

 橙と黄色の石を、赤の石の後ろに動かす。さらに私たちの石との間に小さい木の枝を一本立てると、橙と黄色の石から私たちの石までまっすぐ線を引いた時に赤の石や木の枝が邪魔になった。

「先頭のやつと、後ろの二体に違いはあったか?」

「えっと、距離の違いかもしれないですけど、先頭の一体が一番体が大きかったような……?」

「とすると、あれは子連れのグループだったのかもな。ブレイズボアはタフな魔物だが、子供はそこまでじゃないから、倒す側としては助かる。

 ……さて、情報は出揃った。ここからはサミダレの攻略案を聞かせてもらおうか」

 ぱん、と手を叩いて、師匠が顔を上げて私を見る。全部任せきりにせず、弟子自身の頭で考えさせることで更なる成長に繋がるものだ……みたいなニュアンスのやつだ。

 目を閉じて、今まで出てきたことを整理しながら、考えを少しずつ言語化していく。

「ええと……まずは定石通り、敵の数を減らすべきだと思います。子供でもブレイズボアは危険なので、こっちは人数で負けてますから。

 でも、さっき戦った時は真正面に親が陣取っていて、子供を狙えませんでした。遠距離攻撃として私の魔法もありますが、効き目が弱いのであまり有効じゃないですし……どうにかして親と子供を引き離したいところです」

 魔物相手にどこまで感情論が効くのかはわからないけれど、親としてはやっぱり、たとえ敵を相手にしていても子供の側は離れたくないだろう。生半可な挑発では、子供を狙うことも難しい。

 ちらっと、私は背中に吊るしている剣を見やる。私の背丈ほどもある両手剣は、軽くて丈夫な金属を使っているため、まだまだ非力な私でも容易に振り回すことができる。それでいて両手剣の強みの一つである、高い攻撃力と長いリーチは十分に確保されている。

 それでも、ブレイズボアたちに気付かれないように接近する場合は、この武器は邪魔になってしまうし、実際失敗した。それに、木々に隠れながら近づくにしても、障害物の多い森の中では、振り回すタイプの武器は使いづらい。

「どうにかして、広いとこまで誘導できたらいいんですが……」

 一方、師匠の武器は、素手に装備する鉤爪や、四肢から放たれる蹴りなど。装備が軽いおかげで音を立てずに移動・攻撃するのは得意で、反面間合いを取られると攻撃するのは苦手だ。

 引きつけ役には不向きだし、接敵するまでに火球の弾幕を張られないよう不意打ち側に回ってもらうのが良さそうだ。

「ここは二手に分かれましょう。

 私が親を引きつけるので、親が十分に離れたら師匠が後ろから奇襲してください」

「わかった。合図はどうする?」

「移動完了したら、【迅雷】で奇襲の準備をしてください。それが視えたら、水玉の魔法で仕掛けます」

 こくりと師匠が頷いて、そしてニヤッと笑った。トラみたいな猛獣の顔で口角を上げられると、最初はかなり怖かったけれど……今はもう見慣れてるから平気。それに、私の作戦をきちんと確認してくれたということでもあるから、むしろ安心する。

「子供を倒せた後、親の討伐はどうする?」

「そうですね……私の力じゃ頭を叩いてもあまりダメージを与えられませんし、それなら肉質が柔らかい胴体やお尻を狙いたいところです。

 師匠の打撃は硬い頭蓋骨も平気ですが、柔らかい肉を叩くのには向いていません。なので、理想は子供を倒した師匠が狙われて、私はその後ろから敵を攻撃する形ですね。

 もしブレイズボアが私を狙い続けるなら、私は守りに専念するので、アシストをお願いします!」

「ああ、任された。……悪くない作戦だと思うぜ」

 そんじゃやりますか、と師匠はマーカーを片付けて立ち上がる。今さっき逃げてきた森の方には、まだ黒煙が上がっている。ターゲットがいる場所は見失わなくて済みそうだ。

 



【猫人族(ネコビト)】

 ミッド・ガラリア大陸北部に広がるデール高原(現地語ではゼ・ウルス・ハク、"白き女王の大地"を意味する)の先住種族。脚部の逆関節や収納が自在な手の爪、鋭い感覚を補うヒゲや尻尾など、哺乳動物に似た身体特徴を持ち、全身を長く柔らかい体毛が覆っているため寒冷に強い。最大の特徴は両手の親指関節の変形により四足走行が出来ることで、瞬間速度は他の人間種族全てを大きく引き離す。

 出生児こそ体は小さいが、男女ともに大柄で筋肉質に成長する。また生涯に10人近くの子供を産むなど多産であるが、デール高原の過酷な環境ゆえに死亡率が高く、15歳で成人できるのは兄弟のうち3〜4人が平均。成人した者も魔物との戦いで死亡する者が多いため、およそ80年の寿命を全うするのは世代に一人か二人程度だという。

 ウルス羊や家畜動物の放牧が主な生活様式であり、高原内の地域を一定周期で巡りながら暮らしている。ウルス羊の乳製品や毛織物は高原の外でも高く評価されているが、北部のグラン・デール山脈に豊富な鉱物資源が見つかったことにより開発が進行し、その排水問題と過放牧によって砂漠化が進行。現在では放牧産業はやや縮小化している。

 他地域との交流が広がった結果、猫人族はミッド・ガラリア大陸各地でも時折見られるようになった。この場合の死亡率は低くなるが、他種族と子供ができないため、そもそもの出生率が低く結局人口比率が増えないようだ。

 身体能力、戦術能力など実力の高さを評価する傾向があり、やや好戦的で開放的な性格の者が多い。総じて魔法の才能は高くなく、魔法が使える者は重宝される。

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