第2話 次に対策
体感で一分くらい経っただろうか。ようやく師匠が全身から魔力を引かせ、だんだんと減速してきたので、私はゆっくりと体を起こした。
どうやら、森の中を突っ切っている街道まで走り抜けたみたいだ。この道をまっすぐ辿れば、依頼を受けた街まで戻れるだろう。
一応周囲に魔物がいないことをざっと確認すると、私は師匠から降りてそのまま地面に突っ伏した。しがみついているのに精一杯だったため、緊張の糸が解けると体に力が入らなくなってしまったのだ。
横目で師匠の方を見ると、師匠も疲れた様子で草の上に寝っ転がり、息を整えていた。【迅雷】は身体を直接強化する技だけど、その運動に伴う疲労までは軽減できない。だから長時間発動したりはできないのが難点なのだという。
「いやー、久々に死ぬかと思った」
「本当ですよ……『ブレイズボアなら今のサミダレでもいけるだろ』だなんて嘘じゃないですか」
「なんだよ、サミダレだって『今日は猪鍋ですね!』って浮かれてたじゃねぇか」
「私はこの世界に来てからまだ日が浅いから、魔物のことよく知らなかったんですー」
ブレイズボアの様子を確認するために後ろを見ながら走っていたのと、師匠の【迅雷】の超加速の合わせ技のせいで、私は乗り物酔いのような不快感と軽い目まいに襲われていた。前に乗せてもらった時は盛大に落馬……いや落猫してしまい、酷いことになってしまった。その時に比べれば、今回は対策ができた分、多少はマシかな。
「で、どうしましょう。一旦村に戻ってお手伝いお願いしますか?」
「ま、それが一番確実な方法だろうな。たまたま寄った村で受けた依頼だったから、こっちの火炎対策も不十分だ。
ただ、その間にブレイズボアの被害が広がる可能性もあるから、可能なら今すぐ仕留めたいところなんだよなー」
師匠は大きく伸びをして体を起こすと、腰に回していたポーチの中身を漁った。〈インベントリ〉と呼ばれるそのポーチは、大きさは師匠の両手くらいのサイズだけれど、見た目よりたくさんの物が入るし、しかもどれだけ入れても全然重くならない魔法の道具だ。
しばらく中身を見て、たまに謎の小瓶なんかを取り出しては仕舞ったあと、師匠はため息をつきながら空を仰いだ。
「んー、やっぱ使えそうなもんなーんもねぇ。サミダレは?」
「私の方だって何もないですよぉ。師匠の方が隠し玉持ってそうです」
と言いながら私も一応、肩から提げたインベントリを開けて中身を探る。傷を治すお薬が入ったガラス瓶ーー〈ポーション〉がいくつかと、毒消し、あと致命傷も回復できる〈
「そのくらいですね」
「そうか……うん? 待て、その石ころ貸してくれるか?」
何か良い案でも思いついたのかな。石ころを渡す……元々師匠からの預かり物なんだから返すって表現の方が適切な気がするけど、とにかく渡すと、師匠はすぐさま石ころを太陽にかざして何かを検分し始めた。
「……やっぱりな。よっしゃ、こいつぁ使えるぜ。ナイスだサミダレ!」
「は、はあ……?」
急に褒められて困惑する私を他所に、師匠はカバンからノミと手鎚を取り出して、そのまま鉱石を削り始めた。
「この鉱石は〈吸魔石〉っつってな、特定の属性の魔力を吸収して内部に蓄える性質がある。
最大まで魔力を貯め込んだら、それを放出し切って砕けるまで、電池みたいに使えるんだ。小さい石ころでもそこそこ魔力を吸収できるから、市場でも結構な値段で売れる優れものなんだぜ」
解説しながらも師匠の手は正確に石を削り、やや赤みを帯びた透明な鉱石の部分だけを露わにしていく。宝石のことは私はわからないけど、表面を磨き上げて貴金属の装飾を施したら、すごく綺麗なアクセサリーになりそう。
「思い出した。俺は火打ち石使うの苦手だし、炎属性の魔術も使えねぇから、炎の魔力込めてもらってライター代わりに使おうと思って拾ってたんだったな。
サミダレ、ちゃんと持っててくれてありがとよ!」
「あ、はい、そうですか……」
こんな綺麗な鉱石をライター代わりって……頭の中で出来上がっていた華やかな指輪のデザインがたちまちに消えていくのを、私はこっそりため息をついて儚んだ。
「それで、これがブレイズボアとの戦いにどう役に立つんですか?」
「ブレイズボアがしてくる危険な攻撃は、炎を纏った状態での突進と、火球の魔術。あとは牙を振り回したり頭突きしたりってとこだが、こっちはまあ見てから避けられるから一旦置いておくぞ」
後半も置いておけるような代物じゃなかったと思うのだけれど……さっき私達に迫ってきていた熱気の中にそびえていた立派な牙を思い出し、私はちょっとだけ身震いした。
鉱石を手に握りやすいくらいの大きさに割り分け終えると、今度は自前で雷の球を浮かべてライトがわりにしながら、表面を紙やすりで磨き始めた。たぶんそんなとこまで凝らなくてもいいと思うんだけど、これが始まった師匠を止める方法は無い。……楽しそうに揺れてる師匠の尻尾を引っ張ったら止まりはするかもしれないけど、やったが最後、私の命まで止められてしまいそうだ。
「俺たちが得意とする近接戦闘の間合いじゃ、炎を使った攻撃は完全には避けられん。かといって炎に強い装備は手持ちにない。
だからこいつを使って、代わりに炎を受け止めてもらうんだ。炎属性に対するバリアとか、追加HPってとこだな」
「な、なるほど……?」
「使い方は簡単。こいつは持ってるだけで効果を発揮する。石自体が炎に近いほど短期間でより多くの炎を吸収するから、防具のポケットにでも入れとけ。
所持者自身の炎属性の魔術も使えなくなるデメリットはあるが、俺もサミダレも炎魔術は使わねぇから関係ないな」
師匠が石を空に掲げて、太陽の光に透かす。赤い透明な石は、やっぱり宝石と同じくらい綺麗だ。
「石の表面とかを削る必要はあったんですか?」
「石や岩がくっついてると吸魔石の魔力吸収が阻害されて、炎が弱くならねぇからな」
言いながら、師匠は磨き終えた石をいくつか私に手渡した。そして残った石をそのまま自分の胸ポケットやズボンの小物入れに仕舞う。
私も真似して服の適当な収納部分に石を入れておいたけど、2、3個ほど余ってしまった。
「言っとくが、インベントリの中には入れるなよ? あれは内部が空間拡張されてっから、炎との距離が広がりすぎて魔力が吸えなくなる」
見透かしているように師匠が忠告する。わかってますよぅと誤魔化して、私は残りの石をまとめて服のポケットに突っ込んだ。
【魔力】
この世界におけるエネルギーの一つ。人、動物、植物を問わずすべての生命体が有しており、非物理現象を発生させる【魔術】を行使する際に消費される。
生命体が持つ魔力量には個人差があり、また強力かつ大規模な魔術を行使するためには、より多くの魔力が消費される。
体内の魔力を使い切ったとしても命に別状はなく、飲食して外部から魔力を取り込むか、ある程度の時間が経過すると次第に回復していく。しかし、完全回復するまでに魔術を使い続けるなどで体内魔力環境が少なすぎる状況が続くと、頭痛やめまいや倦怠感などの症状を起こす。
非生命体は魔力を持たないが、吸魔石や、ゴーレムの核となる〈動力石〉など、魔力に対して特殊な反応をする鉱物も存在する。
また、転生者は元々魔力を持たない世界から来た存在のため、自身や他者が持つ魔力に対して原住民より鋭敏な感覚を持つ傾向にある。そのため、原住民よりも優れた魔法使いや、特殊な魔術を発明する素質が高い。
なお、ニザム学院の定義では魔法は「魔力が非物理現象に転化する法則そのもの」、魔術は「魔力を非物理現象に転化する際に用いられる詠唱や儀式、およびそれによって生じた結果」と使い分けられている(例:法則を内部に有している「魔法の道具」、炎の球を生成し指定した地点に発射する「火球の魔術の詠唱」)。比較的新しい区別であり、また区別方法が難解であるため、民間ではこの使い分けはあまり浸透していない。
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