第13話 大悪魔
血まみれになった盗賊青年を治すのに1日かかったもののサイコパスではあるがちゃんと共存できる人間だと判断できたため気分は楽だった。
治療中に竜人魔術師、本名マナミアもやってきた。
一週間何も食わせてもらえなかった継子の様な表情をして〝ごはん…ごはん…〟とうわ言を漏らしているがこいつ昨日の夜も豚の丸焼きを骨だけにしてなかったか?
■□■□
いつも通り二層の探索をしている俺達の前に奴らは現れた。
山羊の頭と四本の腕を持つ異形の悪魔。
〝レッサーデーモン〟
低位の悪魔とはいうものの6割程度の確率で自らに向けられた魔法を無効化する特殊能力。通称対魔術結界を持つ魔術士の天敵。
その上本人は高位の魔術士であり魔術師系第三位階の呪文を唱えてパーティ全体にダメージを与えてくる。
さらに、魔界から次々に仲間を呼んで数を増やす嫌らしい敵。
本来四層より下にしかいないこいつがなぜここに?
そんな疑問を投げ捨て俺達は動き出す。やられる前にやる事が至上のルールの迷宮で迷ったら即死ぬのだ。
ここで質問だが悪魔から人間はどう見えているのだろうか。
答えは醜く愛らしい虐待用ゴミ糞袋だ。
ペットの様に可愛らしい外見で汚え醜い生々しい生殖行為によりその数を増やす。
中途半端な知能や情動を備え、悪魔ともある程度の会話が可能。
迷宮の驚異を軽視して全滅したり、悪魔との力の差を理解出来ないほど頭が弱いことが多い。
身体能力は高くなく、悪魔を含めた他の多くの魔物には為すすべもない。しかも偶に悪魔にすら嫌悪感をいだかせるほどの悪意を撒き散らす。これが悪魔の人間への認識だ。
人の悪性をありったけ詰め込んだ言語を解する可愛らしい虫
悪魔が人間に対して感じる感覚はまさにそれだ。
可愛らしい見た目から繰り出される一挙一動から漏れ出す悪性は同族嫌悪を酷く煽り立て、下等だと見下している対象が自分たちの真似事をしている生理的嫌悪感は攻撃性を酷く刺激してくる。可愛らしい外見と愛らしい仕草は弱くて可愛らしい対象に対する破壊衝動、通称キュートアグレッションを駆り立てる。
自身らよりも遥かに弱いくせに自身らに意気揚々と歯向かい、いざ叩き潰せば最高のリアクションを取る。
それゆえ悪魔は人間をひたすら傷めつけて殺す。できる限り面白いリアクションを引き出すため徹底的に嬲り虐待死させるのだ。
悪魔に友好的なら苦しませず殺す
悪魔に中立的なら苦しませて殺す。
悪魔に歯向かえば殺さない。寿命で命尽きるまで地獄を見せる。
長くなってしまったがまとめると二つ。
根本的に相容れない。
負ければ地獄。
地獄を味合わないために盗賊青年と君主青年が弾丸のように駆け出した、俺と竜人魔術師が詠唱を開始する。
君主くんの戦法は敵に攻撃を受け止めればそれ以上の腕力で捻り潰す。
盾で止められれば盾ごと切り裂く。
駆け引きなんていらない程の威力、速さ、鋭さを持って体に染み込ませた正道の剣技をぶつける。
駆け引きも、不意打ちも、集団戦もできない不器用な人間が必死に磨き上げた純粋暴力と技術の融合。
才能に恵まれた者が血を吐き泥を啜り、それだけでは足りずに更に血を吐き泥を啜った結果たどり着いた剣技。
それに対して盗賊青年は敵が引けば接近し敵に接近されれば引き、正道の剣技のリズムを崩し、邪道の剣技はそれ以上の邪道を持って捻り潰す。
敵が勇気を絞り出せば激痛薬によって勇気をくじき敵が逃走すればためらいなく後ろから突き刺す。
一撃を受け止めたと油断した相手に即座に三連撃を叩き込み会心の一撃を放ったと思い込んだ相手に反撃の急所突きを放つ。
単純な剣技だけでも脅威なのに短剣全てに塗られた毒により一撃一撃が絶対に食らってはいけない攻撃となっている。
共感性のなさゆえに人の思考を読み取る事に長けているため、人間との剣の打ち合いに長けているのが盗賊青年の剣技だ。
そしてその磨き上げた二種の剣術のどちらも魔術に対しては無力。発動してしまえば回避も防御もほぼ意味を成さない、剣の腕前でどうにかなるような攻撃ではないからだ。発動した魔術に対してまともな軽減効果が見込めるのは対魔術結界のみ。
なお人類は対魔術結界を纏うことは原則不可能。
それ故に高位の魔術士である悪魔は恐れられ人間の天敵と恐れられるのだ。
下級悪魔が唱えるのは第三位階〝凍結魔術〟
炎よりも属性として上位に当たる氷属性攻撃魔術。今の俺が喰らえば即死しかねない。
やられる前にやれ。
本能の導きに従い睡眠魔術を叩き込む。対魔術結界により弾かれる。
下級悪魔の凍結魔術の構成が完成する。
君主くんが駆け竜人魔術士も呪文を唱えているが間に合わない。
そこに飛んできたのは盗賊青年の短剣。
激痛短剣は悪魔に対しても有効な様で詠唱が潰れる。そこから対チンピラ戦の時と同じく盗賊青年は悪魔の鳩尾に蹴りを入れるものの頑健極まりない悪魔には大したダメージは入らない。そもそも鳩尾は悪魔の急所ではない、身体構造が生物とかけ離れている故に。
しかし物理法則に従い空気は押し出され魔術の詠唱は完全に中断される。
直後盗賊青年は短剣で悪魔の舌の先端を切り裂いた。魔術は原則として完全な詠唱で唱えないと効果を発揮しない。この程度の、不完全ながら喋れる程度の傷であっても魔術は潰せるのだ
その瞬間地面が割れる様な爆発音と風切り音を残して君主くんが踏み込み、駆け出した。
竜人魔術師のブレスが入る。魔術の様であって魔術ではない火炎は対魔術結界を素通りする。
レッサーデーモンは君主くんの剣で上半身と下半身を泣き別れにされ上半身を炎で消し炭に変えられた。
本当に対魔法使いの戦闘は心臓に悪い。
打たれた瞬間俺が死亡する様な攻撃を持った相手をやられる前にやらなければならない。
下層にはこのレベルの化け物がうじゃうじゃ要るのか。やっべえな。
戦闘終了後にはレッサーデーモンの死体をグチャグチャに解体し始め急所や身体構造を確認する盗賊青年、レッサーデーモンの死体に祈りを捧げる君主くん、悪魔を食おうと調味料を持ってスタンバっている竜人魔術師といういつもの光景が広がった。
弛緩したムードの中現れたのはレッサーを凌ぐ大悪魔、グレーターデーモン。
迷宮最深層に出現する化け物。
全高五メートル。
強靱な生命力を、魔法の板金鎧並に頑健な外皮と極太の筋肉繊維で覆い、爪と牙には麻痺および毒を持つ。
そしてなによりも怖ろしいのは、九五パーセントに達する魔法無効化能力と、魔術師系第五位階の呪文である。
呪文を封じることができないまま一方的に高位の攻撃魔法を唱えられるので、いかなるパーティでもたやすく全滅してしまう。
ここまでくると醜悪極まる外見さえ、いっそ美しく見えるから不思議である。
間違いなく迷宮最悪の脅威だ。
〝上位凍結魔術〟
容易く俺達全員の命を奪える氷結地獄が放たれた。
その瞬間君主くんが多い被さってくる。
盗賊青年の短剣も、暗器も、剣術も、竜人魔術師のブレスも、火炎も睡眠魔術も全て意味を成すこと無く二人は氷像に変えられ砕け散った。
君主くんだけはなんとか立ち上がった。背中側の肉と皮膚が凍傷で完全に破壊されてはがれてしまっているにも関わらず。
悪魔が近寄ってくる。
〝早く逃げろ、クソったれ、こんなことになるから君とも弟ともパーティーなんか組みたくなかったんだ〟と涙声で訴えてくる。
狼狽えた俺に更に凍結魔術が放たれた。
強烈な踏み込みで駆け寄ってきた君主くんが肉壁となり再び死を免れる。
近寄ってきた大悪魔が君主くんの顎に手を当て持ち上げる。
〝汝に称賛を〟〝目先の個人の死を跳ね除けようとして一党の死を招く行動、誠に愚か、不合理、理解できぬ〟
〝しかし同時にその行動、悪魔には理解できぬが、輝かしい、誇り高い、羨ましい〟
〝少しばかり我に飼われて見る気はないか?お前を知りたい〟
凍結によって君主くんは身動きが取れない、喋れない。それでも君主くんの目が語っている〝断る〟と
悪魔が笑う。
〝愚かで愚かで愚かで、そして愛しい。それでこそ我の敵だ〟
上位凍結魔術が放たれる。君主くんが氷像になって砕け散った。
魔術の衝撃で壁に頭から突っ込む。脳みそがシェイクされる。
思考がまとまらない戻れ、戻れ、元の思考に。あいつを殺して君主君達を寺院に連れ帰れば蘇らせられる、まだいつもの日常に戻れるのだ。睡眠魔術を叩き込め、確率こそ絶望的だが通らない訳では無い。そう思っていたらグレーターデーモンが亜空間を開く。そこから現れたのは二体目のグレーターデーモン。ただでさえ強いやつが徒党を組んでんじゃねえ殺すぞ。
もう死んだ。終わりだ。あの時と違って君主くんも巻き込んでしまった。これならあの時1人で死んでおけば良かった。死にたかった。
いや、まて。
本能が告げる。このまま脳みそをシェイクしていけ、壊せ、壊れろ、壊れた。
もはや私は魔術師ではない。魔法使いだ。
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