第7話 太陽神の使いとかいうデジャヴ

「何してんだよ。ミカリー」

幼なじみの声を聞き、少女が振り返る。

「あ、シャーリィ!おはよう」

放課後。こんな場所で好きな人と会えた喜びと、イタズラがバレたことの驚きが合わさり、ぎこちない笑顔で必死に取り繕いながらミカリーと呼ばれた少女が答える。

「おはようって。もう夕方じゃん」

「あ、あーー…。ちょっと太陽神の使いを見すぎて。夕方なのに朝の気分!」

「何その独特な表現」

こういう時の嘘が壊滅的に下手なミカリーは、誤魔化すのを諦め幼なじみに正直に話し出す。

「えっと。また塔に行こうかなぁ。なーんて」

軽く、何でもないことのように聞こえることを願ってサラッと言えたつもりだったが、シャーリィは眉をひそめてミカリーを見る。

「それで、のか」

「あ、あはははぁー?」

とぼけるように笑うミカリーの背中に隠した両の手のひらには、彼女の魔力で生成された炎が爆ぜながら揺らめいており、今すぐにでも後方の校長室を焼き砕かんとしていた。

そんな彼女を見つめていたシャーリィが溜息を吐く。

「まぁ、ミカリーがなんであの塔に行きたいかは前教えてもらったし。そこはいいんだけど…。次入ったら、今度こそ魔力が尽きちゃうんじゃないか?」

少年にとっては、校長室が消し炭になることより少女のことの方が心配だった。それを聞いてミカリーは顔が更に赤くなったが、シャーリィは炎の熱によるものだと解釈した。

「ありがとう。シャーリィ。でも、どうしても行きたいの」

ミカリーの真っ直ぐなその視線に、止めても無駄だな。といった感じでシャーリィが首を振る。

「わかったよ。約束だもんな」

「うん。ありがとうっ」

優しく微笑むシャーリィ。その笑顔が大好きなミカリーは一層赤くなった表情を気づかれまいとくるりと背を向け校長室を見る。

「良いって。じゃ、行っておいで」


シャーリィの言葉を合図にしたかのように、ミカリーは両手の炎を校長室めがけて一斉に放った。


…………

………


「いやアカンやろ!!!!!」


水晶玉を覗いていた妃奈ひなが立ち上がり大声をあげる。

「なになんか2人で良い感じになってんの。怖っ!放火魔やん。何やねん約束って!」

狭い部屋に妃奈のツッコミが反響する。部屋には星や月をモチーフにした装飾が多く、部屋の宇宙を連想させる色合いとも相まって神秘的な雰囲気をかもし出しており、とても声を出せる感じではなかったので今の今まで黙って水晶の中の出来事を見守っていたが、それもついに爆発した。

「静粛にーー」

部屋の主が妃奈をたしなめ、椅子に座り直すよう指を指す。四階の令嬢は恐らく10代前半だと思われるミカリーよりも背の小さい女性で、女性というよりはほぼ女子のような見た目だった。それでも大人びて見えるのは、部屋と同じくらい神秘的な彼女のオーラのせいだろう。そのオーラに気圧され、妃奈もすごすごと椅子に戻る。

「ここはーー。追憶の部屋ーー。貴方の犯した罪を見つめ直す部屋なのーー。しっかり見ないとーーー。ダメでしょうーー?」

間伸びした声で妃奈に話しかけながら、机の上に置かれた水晶に再び魔力を注ぎ込む。水晶球が光り輝き、妃奈に新たなヴィジョンを見せる。


「ほら。ご覧なさいミカリー。魔法は使い方次第で人を守り、反対に傷つける時もあるの。貴方も生まれながらに王族級の魔力を持つ身なら、制御方法はしっかり覚えていないといけなくてよ?」


「あれ?この人……」


思わず妃奈がつぶやいた。さっきとは場面が変わって、水晶の中には白の令嬢・スニアが映っていた。スニアの周りでは灰色の玉がクルクルと規則的に舞っている。どうやらミカリーに魔法のコントロールを教えているようだ。


「ほらーー。急に席を立つからーー。見る順番が変わったじゃないーー」

「すみません……」

元々小さい体を萎縮いしゅくさせ、妃奈は続きを見る。


「一口に魔法制御と言っても簡単なことではありませんわ。使う魔法の種類、規模、付加させた能力などを演算えんさんしながら発動させるわけですもの。少しの、ほんの少しの雑念で制御を失ってしまうこともあるのですわよ。わかりまして?ミカ─

「んー、もうわかったってばぁ。その話もう四十回目じゃん。聞き飽きたよーっ」

言い終わるか終わらないかのうちに吐き出されたミカリーの心無い言葉に、スニアの笑顔の仮面がピシッと音を立てヒビ割れた。ように妃奈には感じられた。

「…わたくしだって、何十回も同じ話をするのは言い飽きましたわ」

ぽつりと、スニアの口から本音がこぼれ落ちる。そりゃそうやろな。と、妃奈はスニアに同情するが、肝心のミカリーはというと──。

「じゃあさじゃあさ!今度からお話はもうやめて、すぐ鍵を渡してくれるってのはどう?お互いのためにさっ」

「却下ですわ。再生の塔の各階層でしっかりと講義を受けてこそ、正しき道へ歩めるのですわ。例え、わたくし達の話を四十回以上聞いても改善効果の現れない生徒が居たからと言って、講義を辞めにすることは塔の存在理由の否定ですわ」

キッパリとした態度でスニアが断るが、ミカリーはなおも食い下がる。

「じゃあ。止めるんじゃなくて延期にしよーよ。一回ずつ講義するんじゃなくて、十回に一度まとめてドーンってやればいいじゃん」


いいわけあるかぁっ。と水晶越しにツッコむ妃奈だったが、スニアは意外にもその提案に乗りかけていた。


「ね?本当はスニアだって、みんなだって。私がここに来ることが悪いことって思ってないんでしょ?」

「……ええまあ。悪いと思っていないというより、善か悪かで判断するものでは無いとは理解してますわ」

スニアの心の揺らぎに呼応するかのように、宙を規則正しく舞っていた灰色の玉がぐにゃぐにゃとした軌道を描き出した。

「十回に一度ということは、単純に数えて十倍になるということですのよ?私の実技試験の魔法も最大級の威力に。アスハナとハンダルの講義も2時間弱から約20時間。その他の方々の講義内容もですわ。それでも本当に良いんですの?」


「よくありません!!!」


水晶の映像に合わせまた大声を出してしまい、シーーっと指を立て注意される。

「もーー。ちゃんとーー。ギレの講義を受けないなら貴方ーー。また三階に戻しちゃうわよーー」

部屋の主、ギレ・メロコのその言葉で妃奈がフリーズする。二階でアスハナの二十時間以上に及ぶ講義を受け、瞼を閉じても文字列や数式が浮かんでくる程に疲弊した妃奈を待っていた三階の令嬢・アンダル。彼女の講義内容はいたってシンプルで、尚且つ強烈だった。もう二度と受けたくない。なんて言葉が陳腐ちんぷに聞こえるくらいに。

「あ、あああっ」

トラウマが蘇り、頭を抱えガクガクと震える妃奈。ブツブツと小声でなにかを唱える彼女に、ギレが続ける。

「受けのーー。受けないのーー?」

「受けます!受けさせて下さい!」


水晶を通しての追憶体験は、まだ始まったばかりだった──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生ってチートとかもらえるんよね。え?ちゃうの? @gamiriku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ