第6話 再生の塔
扉を開けると、そこは教室でした──。
異世界に来てからというもの、急な展開が続いていた
かれこれ2時間はノンストップで授業をしてくる令嬢が居なければ。の話だが。
「はい。では青い方の書物、1325
(な、長ぇ…!)
令嬢─確か、アスハナ・ウスコウと言っていた─の独白とも取れる講義は終わる気配がなく、妃奈はゲンナリした顔で青色の本に手を伸ばす。妃奈が座っている机には赤青緑の本が置いてあり、それぞれ広辞苑並の分厚さを誇っていた。
(この本の内容、全部今日中にやるの?3冊とも5000ページくらいあるのに?)
そう考えるのは、この授業が始まってから一度や二度ではなかった。既に妃奈の気力は大いに削がれていたのだが、それでも彼女がギリギリ授業に喰らいつけているのは、授業の内容が妃奈にとってどれも新鮮だったからだ。アスハナの話はいい意味で言うと多岐に渡り、悪い意味で言えば脱線しまくるので、様々なことを知ることが出来た。
「ではミカリー、グロブ校長の建てたこの塔の名前は分かるかな?」
「ふぁいっ?」
突然質問され、妃奈の背筋がピンと伸びる。しまった。アスハナが開始からずっと喋り通しだったので完全に油断していたが、これ生徒も参加型の授業なんか。と、焦りながら本に目線を落とすが、それらしい名前は見当たらない。この塔をグロブ校長が建てたというのも今知ったばかりだ。冷や汗を浮かべる妃奈に、アスハナが笑顔で話しかける。
「ああ。気にしないでくれ。これは書物にも乗ってないただの通名だ。ミカリーともなると知ってるんじゃないかと聞いてみただけさ」
「なるほど…?」
ミカリーともなるとと言われても、中身ちゃうしなぁ。そんなことを思っている妃奈を知ってか知らずか、アスハナは正解を話す。
「この塔は『再生の塔』と呼ばれているんだ。理由はそのまま。ここが君のように残念ながら道を誤ってしまった者、外れてしまった者。校則に著しく反した者を善なる道へ連れ戻す更生施設の役割をとつからさ」
更生施設。その言葉を聞き、妃奈も少しずつ理解していく。
(要するに。今私は“生徒指導されてる”って感じなんやな)
七人の令嬢。ナルダール姫。魔宮の牢獄。訳の分からない用語に混乱していた妃奈だったが、ようやく状況が飲み込めてきた。
(えーと、つまり、七人の令嬢とナルダール姫が生徒指導係の教師で、牢獄ゆーんは話の流れからすると、説教部屋とかそんな感じかな)
と、頭の中で予想する。今までは何が起こるか不安でしかたがなかったが、アスハナの話を聞き少しこ少し気が楽になる。更生施設だというならば、 そこまでヒドイことをされはしないだろう。と、ホッと胸を撫で下ろす。今のこの体には胸は無いが。
(あれ?でもあの真っ白い人、めっちゃ本気で魔法ぶつけてきたような)
一階で出会ったスニアのことを思い出す。彼女は確か、当たれば半年は再起不能になる魔法を放ってきていたはずだ。もし当たっていたなら善なる道へ連れ戻すどころか、病院送りになっていたことを思うと、「再生の塔」「更生施設」としての指導にしては少しやりすぎなのでは無いだろうか。妃奈がさらに考えていると、
「ほらほら!ボーッとしない。さあ、1450から1452頁まで暗唱すること」
アスハナの言葉に目の前の現実に連れ戻される。どうやら思考している間に次の章に進んでいたようだ。
(やったー!残りあと13000ページくらいだぁ。ってまだ全然多いわっ)
妃奈の渾身のサイレントノリツッコミは、当然ながらサイレントなので誰にも届くことはなかった。ので、仕方なく黙々と本を読む。このページの内容は、賢者マハガ・グロブ・グロブの
「あの、アスハナ先生?」
なので、兼ねてから思っていたことを聞いてみる。
「アスハナでいいよ。なんだい?ミカリー」
先生と言うよりは、宝塚歌劇団の男役のような朗々とした声でアスハナが答えた。青い長髪に深緑のローブ姿の彼女に、申し訳なさそうに少女が切り出す。
「えっと、授業?なんですけど、大体あとどのくらいあるんでしょうか?」
「ああ。心配しなくていいよ。この塔は時の流れが遅いからね。ここで18時間ほど過ごしたとしても、塔を1歩出れば給食の時間には間に合うさ」
「あ、いや。別にお昼ご飯の心配をしたわけちゃうくて…。え、今18って言いました?」
18時間ほどと、確かに聞こえた気がする。馬鹿な。恐らく例え話に違いない。塔の中で18時間くらい過ごしても外に出れば1時間くらいしか経ってないよ。そういう目安として「18」という言葉が出ただけだ。そう自分に言い聞かせる妃奈だったが。
「うーん。そうだな…。確かに18時間では少ないかもしれないな。途中で休憩も挟みたいし…。20くらいは要るだろうか…」
アスハナは真剣な表情で残りの授業時間を算出しだした。なんなら2時間増えた。
「え、待って待って。嘘。この本3冊読み終わったら終わりですよねっ?なんでそんなに」
顎に手をあて考え込むアスハナに、
「ふむ?なんでそんなに。と言われてもなぁ…」
顎にあてていた手を妃奈に向け、アスハナはさらに衝撃の事実を告げる。
「これは、君が決めたことじゃないか。ミカリー」
(私が…????)
妃奈の顔が一瞬ポケーっと
(私が決めた?18時間授業して下さいって?い、いつや。決めてへん決めてへん!なにそれ。再生の塔ってよりむしろ刑務所やん!)
そうツッコもうとして、妃奈の脳にある単語が浮かぶ。そして、目を見開いたまま、アスハナに思いついた単語をぶつける。
「アスハナさん。今、『ミカリー』が決めたって言いました?」
「うん。言ったね」
「『ミカリー』って、私ですよね?」
「?。君以外にミカリーは居ないだろう?」
妃奈は愕然として、無意識に自分の両手を見る。小さく可愛らしい指。そう。この身体は妃奈のものでは無く、ミカリーのものなのだ。そもそも、なぜ自分は『重罪すぎる』と思っただけで拘束されたのか。何故、│
「え。私って、何回かここ来たことあります?」
ミカリー常習犯説。これが妃奈の導き出した一つの答えだった。そうだとすれば、行き過ぎた指導も納得がいく。妃奈の世界でも、生徒指導は最初は反省文から居残り掃除、停学、退学と罰というものは回数を重ねる事に厳しいものになっていく。今の
「アッハッハ。いやいや」
頭を振り、人差し指をチッチッチッと言わんばかりに動かす。そういう動きは万国共通なんやなぁと変な関心をして現実逃避しようとする妃奈に、アスハナがとどめを刺す。
「何回かなんて。初等部の頃と合わせてもう百回以上は来てるじゃないか。無法者くんっ」
茶目っ気たっぷりに妃奈にアダ名をつけるアスハナと対照的に、少女は天を仰ぐ。そして、ありったけの気持ちを込めて憎むべき相手の名を叫ぶ。
「なにしてんねん!│
結局この後、アスハナの授業は23時間以上続いたのだった。
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