第5話 秩序のスニア
階段は思いの
「んで、まーた扉…」
最初に入った時と同じ見た目の扉が、妃奈の目の前にフワフワと浮かんでいた。ここまで魔法チックなことが出来るのに、何故階段は歩きなのだろうかとツッコミを入れたくなったが、疲労が溜まっている
(この中に7人の令嬢とやらがいるんかな?令嬢って
この異世界に妃奈いた世界の礼儀作法が通用するかは不明だが、ここまでの住人とのやり取りを思い返すにそこまで大きく違うところも無さそうだ。頭の中で対お嬢様用の
ガチャリ
そこは、この異世界においても不思議な空間だった。まず、塔の中のはずなのに壁も天井も見当たらない。見上げても左右を見渡しても、足元を見つめても、とにかく白い。という情報しか得られない。部屋自体が魔法空間で生成されているのか、幻惑なのかは分からないが、この何も無い白の空間は巨大で、そしてとても静かに感じられた。
「あの…」
「あっ、はい!」
声のする方を見上げると、椅子に座った1人の女性が宙を漂っている。扉の中には、予想通り7人の令嬢の1人と思われる女性が居た。白のドレスに透き通るような白い肌、澄んだ白髪と、この部屋の主に相応しい容姿の人物だ。しかし、その女性が
「こんにちは。
「あ、はい。ミカリーです。よろしくお願いします」
自己紹介も済ませた後も、尚も妃奈を非難するように見つめるスニアと名乗った女性。
「あの、え、私。何かしましたか…?」
「
スニアがこちらへゆっくり降りてくる。近づいてみれば、現実世界の妃奈(22歳)とそんなに年齢は変わらなそうに見えた。しかし、ミカリーにはない気品の様なものが、彼女をさらに美しく高貴に見せていた。
「貴方、ノックもせずに入ってくるなんて、
「!」
圧力すら感じるスニアの一睨を受けた妃奈の行動は迅速だった。瞬時に両足を曲げ、音速と見間違えるばかりの初速で両手を頭の方に突き出しながら体を折る。そしてーー。
「す、すみませんでしたァああ!!」
日本古来から、
妃奈の土下座は、最早芸術の域に達していた。
「も、もうわかったから。顔を上げて宜しくてよ」
土下座という文化を知らないはずの異世界の民さえ、多少
(やってもうた。そうやん。扉ときたらノックやん。あんだけ高校受験の時、面接練習でやっといたんに、異世界の礼儀作法とか以前のマナーなのにぃ…!)
ギリッ。と、
「あの。本当にもう大丈夫ですわ。貴方、1年生でしょう?まだ12歳の子が
本当は22歳ですなんて口が裂けても言えない状況で、妃奈は更に顔が赤くなった。もう帰りたい。魔獣に追われていた時ですら
「コホン。さて。ではそろそろ、始めましょうか」
「はじめる…?」
そういえば、
「消し飛んでくださいまし」
「…へ?」
スニアの周りの空気が渦を巻く。今日だけでも何度目かになる魔法が始まる前の
「な、なんで?」
それだけを発するのが精一杯だった。消し飛んでくださいとスニアは言った。つまり、今彼女が放とうとしている魔法は、
「どうせ意識を失うのですから、聞いても無駄。というものではなくて?」
スニアは両手を上空に掲げる。魔力の塊だろうか、灰色の光の玉が両の手の平の間に出現していた。玉は段々と大きくなり、くす玉程の大きさになっていった。
「
「な、まってよ。ねえ!」
アレに当たったら死ぬ。その事実が解りたくなくても理解出来てしまう。最初に入った扉も消えており、白一面のこの空間に隠れる場所などなかった。
「いきます。『穢れ無き者よ、純然なる輝きで、かのものを祓え。ガインズ・センリーン』…!」
「………ッ!」
妃奈の放った言葉は、妃奈自身に聞き取れなかった。スニアが両手を振りおろし飛来させた灰色の玉の疾走音があまりに激しかったからだ。
(ごめんな。ミカリー。ほんと、私は口だけ人間やったな)
絶対にミカリーをシャーリーにまた会わせると、固い意思で塔へ入ったつもりだった。しかし、まさか無罪を主張する所か殺される理由もわからないままアッサリ死ぬとは。情けなさと悔しさで、妃奈の目から涙が滲んだ。もう、スニアが再び魔法を詠唱する声も、2弾目の魔法が発現した音も聞こえない。これが例の、死ぬ前に自分以外の
バタッ。
彼女が倒れる音が、白の空間に響く。痛みは意外と感じないのだな。妃奈は涙を浮かべた目を閉じると、そのまま…。
(あれ?倒れる音?)
パッとめを開ける。おかしい。倒れる音も何も、自分はもう既に倒れている。では今の音源は一体どこからだろうか。妃奈が思わず顔を上げると。
「…はぁ…はぁ…ッ」
スニアが、倒れていた。
(……なんで!?)
事態が上手く飲み込めない妃奈だったが、苦しそうに地面に
「えぇ…。余力ちょっとは残しといたら良いのに」
ボソッと呟いた妃奈だったが、どうやら聞こえてしまったようでスニアにまた睨まれてしまった。もっとも、部屋に入った時と今では、睨む意味合いが違っているが。
「
息も絶え絶えにスニアが何かを
「…ほらっ」
スニアがドレスのどこからか金属を取り出し、妃奈の元へ投げ出した。妃奈の3歩ほど手前でカチャリと音を立てて落ちたそれは、乳白色の鍵だった。
「これは?」
いよいよ訳が分からなくなった妃奈だったが、とにもかくにも渡された(否、投げつけられた)鍵を見つめる。拾い上げるべきか、でも罠かも。と、迷っていると。
「その鍵で、次の階に…進めますわ」
倒れた直後より呼吸が
「でも、扉なんて無いし…」
その途端、妃奈が『扉』という単語を使うのを待っていたかのように鍵が光だす。と、同時に、手のひらに収まるくらいだったその金属は見る見ると形を変えていき、あっという間に乳白色の扉に変わった。
(あー。敵を倒すと次のフロアに進める。みたいやつやコレ)
「ありがとう。あの。スニア、さん」
「…なんですの」
何を聞かれたって答えないわよ。とばかりに睨む彼女に、妃奈が言葉を続ける。
「あれやったら。べトリス先生呼んできましょうか?」
尋ねられ、キョトン。と効果音が鳴りそうなほどに
「ウフフフフ。
なぜ笑われているのか分かっていない妃奈は、愛想笑いで返す。良かった。そこまで心配するほど大事じゃ無いのかもしれない。と、1人安堵する妃奈に、笑顔のままスニアが話しかける。
「頑張って頂戴ね。上の階の方々は、
頑張って。気品高いお嬢様にそう言われて、素直に受け止めそうになる妃奈だったが、
(ああぁ。やっぱり1階ずつこんな感じでイベント戦みたいにするんやん。え、あと6階全部こんなバトル系?)
次に待ち受ける試練のことを思い、これなら大掃除をしていた方がマシだったと、何度目かの結論に至る妃奈だった。
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