第4話 姫と7人の令嬢の塔

保健室を出てから数時間後〜。


「…さあ、ここだ」


担任教師ビィスタが、ひび割れたレンズのメガネをクイッと持ち上げながら、逆の手で扉を指し示す。が、


「いやなに何事も無かったようにメガネ上げ直しとんねん!アンタ教師の癖に道間違い過ぎやろ!」


肩で息をしながら妃奈ひなが抗議する。

保健室の先生(結局名前また忘れてしもた)の拘束呪文も効力を失ったのかすっかり解け、自由になった両手を存分に振るい体全身でビィスタの方向音痴っぷりにツッコミを入れる。


「何でお姫様の部屋に行くだけなんに、上級魔獣飼育室なんかすごいバケモノのへやとか、古代精魔植物研究室こっちたべようとしてくるハッパのへやとか通らなあかんねん!」


大きな怪我こそないものの、妃奈とビィスタの服はボロボロに裂かれ、魔獣と食人植物の唾液だえきまみれになっていた。

平静をよそおっているビィスタも、それらを退ける為に魔法を連発した疲れからか、初対面の時より10歳くらい老けて見えた。


「ふん。黙れ罪人。この学園で死罪に当たるほど重大な罪を犯した者など、貴様以外にここ何十年も出てはいない。私とて、姫の塔の入口への場所は新任教師時代に1度しか聞いたことがないのだ」

「だから罪人ちゃうし。あと、偉そうに言ってるけど、だとしても3時間も学校内ウロウロするのは迷い過ぎやろ!」

うるさい。貴様が罪人かどうかは、姫が裁いてくれよう。早くこの扉の中に入れ」


ビィスタが扉を開ける。扉の向こうは上階に続く階段があり、ほのかに灯りが付いている。が、ロウソクも電球も見当たらない。

恐らくこれも魔法なのだろうと妃奈は早々に結論づけた。というか、ここに来る道中でこれよりすごい魔法を沢山見た(主にビィスタの攻撃魔法だが)彼女は、もう多少の魔法くらいでは動じなくなっていた。

とは言っても、塔自体への恐怖や不安が消えた訳では無い。むしろ、様々な凶暴な魔獣や植物を見せつけられ、恐怖心はさらに増していた。


「では、健闘を祈ってやる。さらばだミカリー」


破損のためか、頻繁ひんぱんにズレるようになったメガネを再度持ち上げ、ビィスタが別れを告げる。


「え。せ、先生は来ないん?」


気丈に振舞っていた妃奈だが、謎の塔を1人で行くのは怖いし不安があった。


「ふん。俺はこれから用事がある。罪人に構ってなどいられん」

「用事?」


ビィスタいわく『何十年に一度の重罪人』を放っておいてするほどの用事とはなんだろうか。


「今から。詳細を校長に報告したあと、服を着替え風呂に入り汚れを落とし、保健室の貴様が寝ていた寝具がけがれていないか確認のために俺がそこで数時間留まり、安全を把握はあくする」

「後半、『疲れたから着替えて風呂はいってベッドで寝る』ゆーてない?ちょっと、先生??」


図星を付かれた為か、単にやり取りに疲れた為か、ビィスターは無言で妃奈を扉の奥へと押し込み、バタン。と、扉を閉めた。

その瞬間に、扉はスゥゥゥッと闇の中に姿を消してしまった。階段を進むしか道は無いのだと覚悟を決めるしかない状況だが、それでも踏み出せず躊躇ちゅうちょしてしまう。


「あーー。なんでこんなことに…」


大晦日の大掃除を魔法で解決したいなどと思ったから、神様が罰を与えたのだろうか。だとしたらどんな神だ。七福神だろうか。それとも、この世界の太陽神か。

などと自虐気味に考えて、ふと、彼女にとっての太陽神の使い、シャーリーのことが脳裏にうかぶ。


「シャーリー…」


今、彼の元を離れて冷静になったからこそ分かることがある。あの時の胸の異様な高鳴りは、勿論、彼が本当に美少年だったということもあるが、恐らく。


「私、いや、『ミカリー』は。シャーリーのこと、好きなんやろうな」


彼は、幼なじみだ。と、言っていた。きっと、ずっと前からミカリーはシャーリーを想っているのだ。

だから心は妃奈と入れ変わっていても、身体が反応してしまったのだろう。

それこそ、太陽に身を焦がれるくらいの気持ちで。


「だとしたら。ちゃんと、返したらなアカンな。この体」


階段へ1歩足をかける。そうだ。このままではミカリーは、事実無根の罪で罪人となってしまうのだ。そうすれば二度とシャーリーとは会えなくなってしまうかも知れない。

妃奈は、異世界に来て初めて、自分の意思で前に進み出した。妃奈の、いや、ミカリーの無実を証明し、彼女をシャーリーの元へ戻すために。

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