第3話 担任教師と魔法虫

新学期早々。学校に着くやいなや保健室に運ばれる生徒が居たというニュースは、ともすれば学生達の間で話題になりそうだが、先生の計らいか、今の所そのことを知っているのは連れてきてくれた少年と担任教師、保健室の先生くらいだった。


「ふむ。急に具合が悪くなったのかね」

「ええ。そう見えました」


ベッドの脇で、サンタを白衣に着替えさせたような保健室の先生と、例の少年の話し声が聞こえる。

妃奈ひなは実はさっきから起きていたが、少年が美しすぎて動揺して倒れてしまったなんて言えるはずもなく、狸寝入りを決め込んでいた。


「幻惑魔法、もしくは、影月魔法でしょうか」

「その可能性は低いよシャーリー君。じゃが、ワシが見る限り、病気やケガはないようじゃ。となれば…」


2人の議論は続いていく。影月魔法といったワクワクしそうな単語がチラホラ出てきているが、妃奈の脳は(そうか。少年はシャーリーというのか)と、彼の名前を記憶に焼き付けるのに必死だった。

ちなみに保健室の先生の名前もここに運ばれてくる時に聞いたはずなのにすっかり忘れているのは、先生の方はあまり彼女の好みではなかったこととは多分一切関係ないのであった。


「では俺は授業があるので失礼します。ベドリス先生」


あ、そや。そんな名前やったな。と内心相槌を打つ。今度は忘れまいと言う誓いを建て、もとい、フラグを建てる妃奈。


コンコン。


ノックの音が聞こえた為、妃奈は薄目で扉の方に視線を移し、新たに入ってきた男性を見る。この男も、さっき自分が倒れた時にシャーリーが呼びに行った教師の1人で、確か、担任教師の…。


「ああ。来てくれてありがとうビィスタ先生。それで、魔法虫の結果は?」


ビィスタと呼ばれた男は、鼻をフンと鳴らし、勿体ぶってメガネを指で上げ直すと、妃奈を指さしこう告げた。


「今すぐ拘束すべきです」


(…は?)


薄目で見ていた妃奈は思わず目を見開きそうになるが、何とか我慢して寝返りを打つふりをし壁の方を向く。

拘束?何故?もしかして、私が異世界人だとバレてしまったのだろうか。バレたらどうなるのだろう。脳内で様々な疑問が沸き起こるが答えを出す術はなく、ビィスターの次の言葉に耳を傾ける。


「ご存知の通り、私の魔法光虫クライツリアは監視用に学園内を常に飛び回っており、更に、他人の心の声を聞く能力があります。この女の考えは全て分かっているのです」


それを聞いた妃奈はベッドの毛布の中で震えを抑えるのに必死だった。やはり、全てバレたのだ。魔法の世界だからと言って夢と冒険が待っているなんて幻想を持っていた自分がマヌケすぎる。当然、魔法の世界にだって法律もルールもあるし、よくは分からないが、きっと私はそれに反してしまったのだ。と、恐怖心に駆られ泣きそうな妃奈が考えていると、べドリスが異を唱える。


「こ、拘束かね。そこまでする必要が?」

「ええ。今、その証拠をお見せします。現れよ。魔法光虫クライツリア!」


ビィスタと呼ばれた担任教師が、懐から小瓶を取り出し蓋を開けると、ふわふわとした光が現れ、空中に弧を描く。そうかと思うと、その光は瞬く間に蝶の形に変わっていった。最も、壁の方を向き話を聞いていた妃奈には見えなかったが。


「オヨビ。デスカ」


魔力によるものか、声帯のないはずの蝶が言葉を発する。ビィスターは続けて蝶に命令した。


「先刻、校門前でのミカリーの心の内を紡げ」

「ワカリマシタ。マスター」


(終わった。やっぱあの時心読まれてたんや。でも、あそこで私、自分が異世界人だなって思ったかなぁ)

妃奈はなんとか思い出そうとするが、記憶にない。そもそも、校門では9割がたシャーリーのことを考えていた気がするし、あとは一体なんだったか。


「コノ生徒ハ。『 私、は、存在。だけ、で重罪すぎるぅ。死刑。でも、いい。くらい、だ』ト、考エテ、イマシタ」

「…いやワード切り取りすぎやろ!腐ったマスメディアか!!」


あまりに酷すぎる言葉の取捨選択に、寝ている演技も忘れて飛び起きツッこんでしまう妃奈。

確かにシャーリーを初めて見た時にそんな風なことを思ってはいたが、そういう意味では決してない。

いや、ある意味ではその通りなのかもしれないが。

そんな彼女に驚くべドリスとは対照的に、ビィスタは冷酷に妃奈を見つめる。


「フン。貴様が起きていることは我がクライツリアが感知済みだ。気づかないと思っていたか?この重罪人め」

「わぁっ。凄いですね…ってなるかボケェ!荒いねんその蝶の翻訳。あと名前も分かり辛いっ。ただでさえシャーリーとかビィスタとか横文字多いんやけ、せめて魔法蝶とかでええやろ!」


「い、いかん。錯乱状態のようじゃ。『幽玄の炎よ、かの物を捕らえよ、ジギンソゥム!』」


興奮する彼女を止めようとしたのか、べドリスが呪文を唱え右手を妃奈に向ける。青白い光の輪が四肢に食い込まれ、いとも簡単にその場から動けなくなってしまった。初めて自分に向けられた魔法に驚く妃奈だったが、ビィスタの口からもっと驚くべき事実を聞かされる。


「フン。貴様もこの学校の規則は充分に知っているだろう」

「規則?」

「そう。貴様は校則に従い、7人の令嬢から罪の裁きを受け、ナルダール姫に謁見えっけんし、しかるのちに魔宮の牢獄に捕えられるのだ!」

「多い多い多い。なにその情報量と聞きなれない専門用語。打ち切り週刊連載漫画のラスト2話目?」


七人の令嬢、ナルダール姫、魔宮の牢獄などお初に聞くワードに困惑を隠しきれない妃奈に構うことなく、ビィスタとは妃奈を拘束したまま保健室から連れ出した。

なんか、異世界って移動してばっかだな。と、この後に起こる最悪の何かをなるべく考えないように、妃奈は逃避先のはずのこの地でもさらに現実逃避していった。



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