第5話:人間の世界へようこそ。

その声はたしかにルシルの声だった。

振り向くとルシルが腕組みしてしゃがんでいた。


「ヨシト・・・あんた帰ってきちゃったみたいだぞ、私も連れて・・・」


「分からない・・・どうなってるんだ?」


「ここ、ヨシトの世界だよね・・・」


好人が周りを見渡すと自分とルシルが歩道橋の上にいることに気づいた。

どうやらまた耳鳴りのせいで、人間界へ戻ってきたみたいだった。

それもルシルを連れて・・・。


ルシルが人間界に来てしまったのは、たぶんが好人が意識を失う時、ルシルと

体が触れていたことが原因だったんだろう。

ルシルは好人に引っ張られる形で人間界へ来てしまった。


今度は逆にルシルが人間界に来てしまう羽目になった。


好人は好人で、あんな形で耳鳴りが始まるとは思いもしなかった。

だから自分の耳鳴りが、また起きるまでルシルは悪夢の街には帰れないかも

しれないって思った。


「なんか・・・俺んちに帰ってきちゃったみたいだな」

「君も一緒に連れてきちゃった・・・ごめんよ、ルシル」


「・・・謝らなくていいよ・・・ちょっとショックだけど・・・まあヨシトと

一緒だから、まだまし・・・」


「当分は悪夢の街には帰れそうにないかもね」


好人は、今日が、いつかも分からないし、もう就職はとっくに無理だろうから

とりあえず、ルシルを連れて一旦家に帰ることにした。

歩道橋でボ〜ッと話ししてても拉致があかないし・・・。


「ここに、人間の​世界に来るのは、はじめてなんだよね?」


「うん、初めてだよ」


好人はルシルを連れて歩道橋を降りて公園を抜けるとすぐマンションに

帰った。


好人も兄弟はいなくては一人っ子だった。

今は、母親とふたり暮らし。

好人が物心つく前に両親が離婚したため父親のことはよく知らなかった。


母親は生活費を稼ぐため昼間、働いていたので、家には誰もいなかった。

好人はルシルを家の中に案内した。


「ルシル悪いけどブーツ脱いでくれる?」


「ほいほい・・・面倒くさいんだな・・・あんたんち」


ルシルは、しぶしぶブーツを脱いだ。


ふたりが家に上がると好人はキッチンの椅子にルシルを座らせて、冷蔵庫の中から

飲み物を出して飲むよう勧めた。


「あ、あのさ・・・あのね・・・私、ヨシトの世界に来ちゃって強気でいた

けど・・・やっぱり正直言って不安なんだ」

「いきなりだからね・・・私、これからどうなっちゃうんだろ?」


「そうだね・・・こんなこと普通あれないだろ?」

「人間の世界に悪魔がいるなんて・・・悪魔の歴史至上ルシルがはじめて

ゃないか?」


「ヨシト・・・どうしたらいいの?」


「ルシル・・・」

「ほら、おいでルシル・・・・」


好人はルシルを引き寄せてハグした・・・。


「大丈夫だよ、ルシル・・・」


いつも強気で生意気なルシルにも、こんな乙女な部分もあるんだって好人は思った。


「君が悪夢の世界に帰れるようになるまで僕が面倒見るから・・・ね」


もしかしたら好人がまた耳鳴りが起きたら、それが要因になって

ルシルは悪夢の街に帰れたかも知れなかったが、好人はルシルと暮らすことで

少しづつ耳鳴りが緩和されてきていた。


だから以前にように耳鳴りで悩まされることがなくなってきたわけで、

そうなるとルシルはなおさら悪夢の街には帰える手立てがなくなった。


優しい好人はできればルシルを悪夢の街に返してやりたいと思いながらでも

ついついルシルと一緒にいたかったので、そのことをクチにしなかった。


人間と悪魔の恋。


結局、人間だろうが悪魔だろうが、そこは男と女。

一緒に暮らしていれば、自然にエッチだってするようになる。


そうなると当然ルルシルの体に変化が生じて来るわけで・・・。

なんと・・・ルシルが妊娠したのだ。


ある日、好人はルシルから告げられた。


「私、妊娠したかも・・・」


「まじで?・・・」


まさかの妊娠・・・およよな出来事である。

前代未聞、空前絶後・・・支離滅裂・・・人間と悪魔の子供なんてありえない

話だ。


人類の長い歴史の中で悪魔が人間の子供を宿したなんて話、聞いたことがない。

それは悪魔の世界でも言えることだった。


これには、さすがに好人も驚いたというか、気持ちが動揺して焦った。

最初ルシルから生理が来ないって聞いた時は、ただ遅れてるだけだろうって

思っていた。


でも念のためと思って薬局で買って来た妊娠検査薬で、調べたら妊娠してる

ことが分かった。


こうなったらしかたない。

できちゃったものはしょうがない。


「流産でもしたら大変・・・ちゃんと養生しないと」

「産婦人科も予約しなきゃね」


ってそれは非現実的だった。

当然、戸籍のないルシルを産婦人科なんか連れていけないわけで。


ルシルもまさか人間の世界に来て、こんなことになるなんて思いもしてなかった。

でも、内心では好人の子供を授かったことを喜んだ。


起こりうる結果だったんだよ。


ってことは人間の世界では、こうなると当然できちゃった婚ってことに

なるんだけど・・・。

嫁さんが悪魔なんて誰も信じないし、婚姻届なんかはもちろん受理されない。


結婚式なんてありえない話だろう、悪魔からしてみれば・・・。


ルシルから言わせて貰えば、好人とセックスした時点で結婚したも同然なんだから、

それでちゃんと成立してることを、なんで人間界でいまさら形にしなきゃいけないんだって思った。


なにより人間界のしきたりに、形に振り回されるのはルシルは嫌だった。


好人は別に結婚式なんか挙げなくてもいいって思っていたからルシルが嫌ならそれでいいと思っていた。

まあ、そのことについては好人とルシルの間で、もめるようなことはなかった。


それならと好人はマンションの前の公園にテーブルと椅子を持ち込んでルシルと

ふたりだけで、結婚のお祝いをしようと思った。


「僕、ルシルを幸せにするからね」

「ルシル・・・可愛い赤ちゃんを産んでね」


で、その後ルシルは無事赤ちゃんを出産した。

これがめでたし、めでたしなのかどうかは分からないけど、


でもルシルは好人のことを、食べちゃいたいくらい愛してたし、

好人も、自分の愛しい人「悪魔」は未来永劫、彼女しかいないって思ってた。

それからも、ふたりは火傷するくらい熱々ラブラブなカップルだった。


さてと・・・こんな前代未聞な話って、あるんですね、世の中には・・・。

誰も知らないないだけで・・・。

悪魔が本当にいるって信じてる人がいないだけでね・・・。


街を歩いていて人間の男が顔色の悪い女性と小さな子供を連れてるところを

見かけたら、それはもしかしたら好人とルシルかもしれませんね。


おしまい。



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コシュマールヴィルの小悪魔。 猫野 尻尾 @amanotenshi

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